インタビュー
» 2014年04月25日 11時00分 UPDATE

共に電王戦出場、世界最強の“同僚”――コンピュータ将棋ソフト開発者 一丸貴則さん・山本一成さん(前編) (3/4)

[杉本吏,ITmedia]

超ダメ学生だった「東大将棋部時代」

山本さん自身の棋力はアマ五段。将棋ソフト開発者の中でもトップクラスだ

 Ponanza開発者の山本一成さんは、1985年生まれの28歳。現在の快活な山本さんからは想像しにくいが、小学校時代に目の病気を患い、外での運動が禁止され放課後はいつも家で過ごしていた。将棋に出会ったのは4年生のころ。クラスで流行っていてルールを覚えた。長い時間を部屋で過ごすしかない山本さんに、両親は積極的に将棋を勧めた。小学校を卒業するころには病気も完治していたが、将棋への興味が薄れることはなかった。

 中学校、高校と将棋部での時間を過ごし、東京大学に進学してからもやはり将棋部に所属したが、「大学に入ったら燃え尽き症候群みたいになっちゃって。毎日、麻雀とダンス・ダンス・レボリューションと将棋しかやってなくて、あっという間に留年した。超ダメ学生だった」(山本さん)。さすがにまずいと思い、今まで手を出したことのない苦手分野にも挑戦してみようと、プログラミングを始めてみた。当時の山本さんはPC関連全般に苦手意識を持っており、部屋にあったチューナー付きPCはただのテレビ代わりだった。

 とは言え、プログラミングで特に何か作りたいものがあるわけでもない。本屋で適当に選んだ書籍「はじめてのC」をとりあえず最後まで読み通し、練習問題などを解いてみたところ「けっこうできた」。中でも惹かれたのは、「エイト・クイーン問題」と呼ばれるチェスの駒を使ったパズルを解くためのプログラムだ。コードを書くうちに「これって詰将棋※と似てるな」と気付いた。自分の中でずっと大切にしてきた将棋と、新たに出会ったばかりのプログラミングが結びつくのは自然な流れだった。

※ルールに従って相手の王様を追い詰めていく、将棋の駒を使ったパズルのこと

弱すぎるソフトの完成、そして――

 そこからまずは詰将棋を解くためのプログラムを作り始め、江戸時代に創作された超難解作品「寿」を解けるようになったころから、徐々に本将棋のプログラムに移行していった。初めての将棋プログラムが完成したのは2008年。名前は、コンピュータ将棋の歴史を変えたと言われている革新的ソフト「Bonanza」(ボナンザ)をもじって「Ponanza」(ポナンザ)に決めた。「当時、ポナンザとボナンゾで迷いまして。より弱そうな感じのポナンザに」

 ソフト名の通りと言うべきか、完成したソフトは悲しくなるほどに弱かった。アマチュア五段(アマチュアの大会で県代表を争えるレベル)の実力を持つ山本さんが対局すると、「6枚落ち※でも余裕で勝てました」。翌年の2009年に初出場した世界コンピュータ将棋選手権では一次予選であっけなく敗退。小さな改良ではらちが開かず、一からプログラムを書き直しては捨てることを数え切れないほど繰り返した。

※実力差のある相手同士で対局する場合につけるハンディキャップのこと。上位者が自陣の駒6枚を配置せずに戦う「6枚落ち」は、極めて大きなハンディとなる

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