「シン・ゴジラ」はゴジラであって、ゴジラでない 庵野秀明監督が伝えたかったメッセージは? :ねとらぼレビュー
実写と2次元のはざまのような作品。
ゴジラシリーズ最新作「シン・ゴジラ」が7月29日全国一斉公開されました。12年ぶりにスクリーンにカムバックした「シン・ゴジラ」は、私たちに何を訴えかけているのでしょうか。配慮はしていますが以下一部ネタバレを含みますので、ご注意ください。
これは「ゴジラ」なのか
公開日の7月29日、「MX4D」で座席を予約した筆者は六本木の劇場へ。館内は40代前後の男性客が最も多く、中にはアメリカ人の旅行客の姿もありました。
映画は冒頭、「私は好きにした、君らも好きにしろ」との書置きが残された無人プレジャーボートが羽田沖で発見されるところから始まります。プレジャーボートの持ち主はある研究の権威、牧吾郎博士。
時を同じくして東京湾で謎の巨大不明生物が姿を現します。第一報を受けた内閣官房副長官・政務担当 矢口蘭堂(長谷川博己)らは対策チーム「巨大不明生物特設災害対策本部」(通称:巨災対)を設置するが……というストーリー。
これまでのゴジラシリーズと同様、海から目覚めるゴジラですが序盤は「巨大不明生物」と呼ばれており、日本がはじめてゴジラに直面する緊迫感は第1作をほうふつとさせました。
しかし上映が始まって数分で謎の既視感に襲われます。「何だっけ、この感じ……エヴァだ!」。言わずもがなですが、本作で総指揮を取っているのは新世紀エヴァンゲリオンなどで知られる庵野秀明監督。細かいカット割り、仰々しい固有名詞のテロップなど随所に庵野節がちりばめられています。特にゴジラが日本へ上陸した際は「使徒」といっても過言ではない演出とハリウッド映画に匹敵するレベルのCGで、実写と2次元アニメのはざまに落ちたような感覚に陥りました。
また公開前から話題となっていたゴジラデザインのなかでも注目すべきは尻尾。これまで擦過傷ができるのでは、と思うぐらい引きずっていた尻尾がピンと立つスタイルになりました。樋口特技監督もお気に入りというゴジラの尻尾は可動域がぐっと広がり、シン・ゴジラならではのスタイルが確立されました。
情報量の多さ
序盤に驚かされたのが、元AKB前田敦子さんが数秒間しか映らない役で登場したことです。のちに確認してみると役名は「カップルの女」とのこと。映画などで主演を務める女優が「カップルの女」で登場しているというゴジラのスケール感、凄すぎます。しかし、これは前田さんに限ったことではなく、撮影時期には「日本中から俳優が消えた」ともいわれた本作には総勢328人ものキャストが登場しており、見切れているキャストまで名のある俳優や著名人だったりするのです。
また前述した通り、庵野作品と言えば固有名詞のテロップがふんだんに登場します。登場人物の名前はもちろん肩書まで表記されるため、例えば竹野内豊さん演じる政治家は「内閣総理大臣補佐官・国家安全保障担当 赤坂秀樹」となります。
さらに主演俳優の背後では“ガヤ”としてミリタリー用語などの専門用語が飛び交っていたり、英語のせりふが入ると対応テロップも表示されるため「あ、あの俳優出てるじゃん」などとのんきに構えていると「この人なんて肩書だっけ?」「なんでこの展開になったんだ?」と置き去りにされてしまうことも。目で追えないほどの連続テロップ表示については庵野監督なりの「肩書はあくまで記号で重要ではない」という表現なのかと受け取り、筆者はこれらの演出を「何度観ても楽しめるための情報過多」と前向きに捉えました。
オマージュ
本作には、日本映画界を支えてきた多くの作品のオマージュが盛り込まれています。カット割りのテンポやゴジラの襲来でパニックに陥る政府の様子は、「日本のいちばん長い日」で知られる岡本喜八監督へのオマージュと考えられます。さらに物語のキーマンとなる牧博士として岡本監督の写真が使用されるなど、庵野監督の並々ならぬリスペクトが感じられました。
またシリーズの原点で第1作目の映画「ゴジラ」へのオマージュも素晴らしいので、本作を鑑賞する前にはぜひ第1作を予習しておくことをオススメします。そしてもちろん新世紀エヴァンゲリオンのオマージュもふんだんに使われています。会議室で話しあう政治家たちのカットなどはエヴァファンならば、すぐに気が付くはずです。
キャラクターの魅力
本作の主人公は長谷川博己さん演じる政治家・矢口蘭堂。窮地に追い詰められていくなかで「諦めず、最後までこの国を見捨てずにやろう」と力強く呼びかけるシーンなどは、彼の若く熱い気持ちを如実に表しています。一方、現実的な選択で成熟した政治家感を醸し出していたのが、竹ノ内豊さん演じる赤坂秀樹です。目指す方向は同じでも、アプローチが違う2人の葛藤を見ていると、この2人は庵野監督に宿る「情熱的に行動したい」という気持ちと「リスクを取らず、現実的に進めなくては」という気持ちが具現化したキャラクターなのではないかと感じました。
また本作で最も物議を醸しそうなのが、石原さとみさん演じる米国大統領特使 カヨコ・アン・パタースン。日本人の祖母を持ちゴジラを「Godzilla(ガッズィーラ)」と呼ぶ彼女は、いわゆるバイリンガルで英単語だけネイティブになるというキャラクターです。登場の必要性はないのではと考える人もいるかもしれませんが、感情をあらわにするキャラクターが少ないなか、パタースンの天真らんまんぶりは良いスパイスとなっていました。また演技が光ったのは、文科省の官僚を演じた高橋一生さん。力まない演技で独特の雰囲気と存在感を出していました。また環境省の役人を演じた市川実日子さんは、感情抑えた演技が素晴らしかったです。
シン・ゴジラがやったこと、やらなかったこと
本作で特徴的だったのが、自衛隊の攻撃がゴジラの顔に全弾命中したという演出です。これまでのシリーズでなぜか砲撃が当たらなかったり、ミサイルをスレスレで避けられてしまい、特撮ファンから「ちゃんと狙ってるのか?」とも言われていた自衛隊ですが、今回はまさかの全弾命中。しかも砲撃はもちろん、誘導ミサイルまで全弾顔に命中しているのです。怪獣の顔にバンバン攻撃を加えるという演出は現在のテクノロジーの発達を見れば、当然のことともいえますが、特撮映画の歴史上、こうした演出に踏み込んだのは本作が初めてではないでしょうか。
またこれまで「怒り」の感情をあらわに、日本中を破壊しつくしてきたゴジラですが、今回は移動を除いて故意に街を壊したり、人々を襲うことはありませんでした。一方で攻撃されたときにのみ、「制裁」のように発動されるゴジラの伝家の宝刀は衝撃の進化を遂げています。あのシーンだけでも延々とみられるほどカッコよかったです。
またゴジラに対して列車を使った大規模な攻撃を仕掛けたのも、シリーズ初でした。ゴジラは巨体を2足歩行で支えているため、これまでも劇中で転んだり、尻尾をつかまれて振り回されたりと体重移動が非常に苦手な生き物です。そんなゴジラの弱点に日本が誇る新幹線で攻め入るという作戦は非常にダイナミックでした。
ゴジラは何を伝えようとしたのか
第1作では水爆実験の恐怖と人間のエゴを描き、「ゴジラ対ヘドラ」では公害問題をクローズアップするなど世相を反映した問題提起を行ってきたゴジラシリーズ。本作でもゴジラ災害後の街は、3.11を思い起こさせました。そんななか今回筆者が注目したのは、冒頭で失踪したとされた牧博士の存在です。ゴジラは前述の通り自ら積極的に攻撃を行わない反面、日本に、それも日本の中枢を担う東京に上陸したことにより、日本をパニックに陥れます。なぜゴジラは東京へやってきたのか。博士の失踪場所とゴジラ出現の関連性は。そして牧博士が残したメッセージの意味とは。
ここからはあくまで筆者の解釈ですが、私はゴジラの身体にヒトの遺伝子が取り込まれている可能性が高いと感じました。これまでになかった順応性を見せるゴジラは、巨大不明生物からヒトへと近づいていっているのではないかと感じたのです。そしてゴジラには「日本に対する愛着と憎悪」という“ヒトの心”があったのではないかとも考えています。ゴジラという脅威に自衛隊の装備では歯が立たず、国家中枢である東京が壊滅したとき、“日本人が”どのような対応・手段を取るのか、ゴジラはそれを日本に対して問うたのではないかと思うのです。
これはシン・ゴジラなのだ
ゴジラという名前は、そもそも牧博士の故郷・大戸島で「神の化身」を意味する“呉爾羅”に由来しています。神の化身=脅威の襲来により立ち尽くす人々のなか、「諦めず、最後までこの国を見捨てずにやろう」と叫べる人がこの国に今、どれだけいるでしょうか。私たちはゴジラのような脅威にも、「巨災対」のような諦めない存在にもなりえます。
日本の国家システムの脆弱性と日本人の心の脆さを突きながら、日本の在り方に一石を投じた庵野秀明。上映後は自然と拍手が起こるなど、ゴジラシリーズに確かな爪痕を残しました。
(Kikka)
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