やはり猫侍は実在した? 戦国時代の“ミミズク兜”、「実は猫耳がモチーフ」と美術作家が新説提唱(2/2 ページ)

» 2017年01月22日 11時45分 公開
[Kikkaねとらぼ]
前のページへ 1|2       

――猫の武具というのはあまりないのでしょうか

野口非常に少ないですね。刀飾りに小さな猫が付いている物はありますが、ほかでは見たことがないです。そうした背景から「侍と猫の組み合わせはアンバランス」という先入観が定着して、あの兜も、ひとまずミミズクとする方が無難だと考えられたのではないか、と僕は思っています。

――ほかの動物かもしれないという可能性はありませんか

野口例えば大きな耳を持った動物、虎や熊という可能性も考えられますが、虎の象徴であるシマ模様が施されていないこと、また熊ならば、戦国時代は通常、熊毛を植えて表現するので、それらが無いという理由から、猫がもっとも有力だと考えています。また昔の武将の肖像画に猫が登場するものがあります。もちろん、僕が描いた物じゃなくて、戦国時代の本物です(笑)。昔は描く要素によって制作料金が変わっていたと考えられるので、追加料金を払ってまで猫を描きたいと思う武将がいたということは、武具(兜)のモチーフに猫を使った武将がいても、決しておかしくないと思うのです。

――ではこのよろい兜についてもう少し詳しく聞かせてください

野口そうですね。特徴的な兜が目立って、あまり注目されませんが、兜と胴は別に作られたもの。つまり時代が異なる物だと思います。

――どうして別の時代のものと分かるのでしょうか

野口専門的な部分は略して説明します。胴の部分の「葵の紋」が入っているところを「小札(こざね)」といいますが、ここを見ると、かなり手が込んでいることが分かります。金具の細工なども見事で、これは江戸期以前の手法です。一方、兜の方を見てみると、「しころ」と呼ばれる首筋を覆う部分が比較的新しい形式で、胴に比べると少し作域が落ちます。といっても、漆の仕上げは丁寧でかなりの高級品ですけどね。個人的には、胴は主人であった徳川家康からの拝領品、兜は胴よりもしばらく後で松平信一が新調したんだと思います。

「作域が落ちる」とは……制作の手法のレベルが落ちること。

――具体的にはいつごろ作られたものなのでしょうか

野口個人的な見立てでは、よろいが作られたのは慶長期、豊臣秀吉の時代で、猫耳の兜はその20年ほど後、徳川家康の晩年、もしくは死後間もなくのころに作られたと思います。

――着用者と云われる松平信一がデザインを指定したのでしょうか

野口そこまでは特定できていませんが、兜の時代的な特徴からして、晩年の松平信一、もしくはその子どもが発注した可能性は高いと思います。

――こうした変わり兜は珍しいのでしょうか

野口いえ、流行した時期もあります。変り兜には江戸時代に観賞用として作られたものもありますが、実戦で使用されたものも多いですよ。松平の兜も実戦期の制作と思われます。実戦に使われたものはシンプルなデザインの変わり兜が多いですね。

――実戦にこんなに珍しい兜をかぶっていったのですか

野口そうです。こうした珍しい兜をかぶって実戦に挑むのは、やはり「自分を目立たせるため」と考えられますが、なぜ自分を目立たせなくてはいけないかについては、僕はこれまでの通説とは違った考えを持っています。

――どういうことでしょうか

野口これまで侍が高価なよろいや目立つ兜をかぶるのは「死に装束で、自分の死を華々しく飾るため」という、共同幻想のような考えがありました。でも本当にそうでしょうか? もし仮に侍が「死を飾る」概念をもっているとすれば、彼らのお葬式はド派手じゃないといけませんよね。でも、侍のお葬式といえば白一色で、とても厳か。死を華々しく飾る感覚とは思えません。いくら侍や武将であっても、あくまでも人間です。死ぬためにではなく生きて帰るために高価なよろいを着て、合理的に手柄を立てる。その延長に、変わり兜があったのではないかと思うのです。

――具体的にはどういうことでしょうか

野口武将たちの日記や彼らの活躍を描いた軍記物を読んでみると、誰がどんな格好で合戦に参加したのかがやたらと細かく書かれていることがあります。「どこの誰某は何糸威のよろいに竜頭の前立て打ちたる兜を……」みたいなやつですね。これが、“侍が自分の死を飾った”とか、“ファッションに命を懸けた”という少し偏った意見につながったのだと思います。でも、その理由をよーく考えてみるうちに、「録画機材の無い時代、(合戦で)誰が手柄を立てたのかは、互いの目撃談に頼るしかなかった」ということに思い至りました。つまり、論功行賞をスムーズに行うために、混乱する戦場では奇抜で覚えやすい形状の「変り兜」を被らざるを得なかったのではないか、という考えです。

――なるほど

野口派手な理由は「ファッション」ではなく「識別」のため。踏切の遮断機やパトカー、カラーコーンなどに派手なペイントを施す理由に似ています。これはよろい兜の造形や勉強をする中で、僕が独自にたどり着いた結論です。もちろん、多少は着用者の好みや趣向が反映されたデザインだったとは思いますけどね。

――それはまた合理的で面白いですね

野口歴史を研究してみると、ちょっとした矛盾や違和感を覚えることがあります。その矛盾に突き当たったときに「エライ先生が言っているのだから……」と済ませるのではなく、自分なりに調べてみると新しい発見や新説が出てくるかもしれない、というところが面白いですよね。今回お話させていただいた「松平信一の兜は猫をモチーフにしている」という説も、きっと僕以外にも多くの人が「(兜の印象を)猫っぽいな……」と思っていたはずです。“裸の王様”の話じゃないですが、リスクを恐れず、感じたことに素直に向かい合うことは、誰にとっても大切なことではないかと思います。


野口哲哉 イラストを描いて説明する野口さん


 野口さんが唱える「松平信一の兜、実は猫がモチーフ」説が認められれば、歴史的大発見となるかもしれません。

(Kikka)

関連キーワード

| サムライ | 武将 | 猫耳 | 歴史


前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2412/28/news029.jpg 「言葉が出ない」 TDL「スペース・マウンテン」現在の状態は…… 変わり果てた“衝撃的な姿”が423万表示
  2. /nl/articles/2412/25/news213.jpg 「やりすぎだろ」 M-1王者が通販サイトでの「非公式グッズ」販売に抗議…… 運営謝罪「申し訳ございませんでした」
  3. /nl/articles/2412/26/news108.jpg 藤本美貴、“豪華なクリスマス夕食”公開 2枚目には夫・品川庄司の“激変した姿”も……「一瞬びっくりした」
  4. /nl/articles/2412/26/news028.jpg パパに娘を任せて風呂から先に出たママ、ふと浴室を振り返ると…… 衝撃展開が400万表示「ホラーすぎ!」「うちの子も……」
  5. /nl/articles/2412/25/news171.jpg ホロライブ・鷹嶺ルイ、クリスマスイブに“悲しすぎる理由”で配信を終了し泣く 「そんなことある?」「悲しいエンディングでしたね…」
  6. /nl/articles/2412/26/news122.jpg 生え際が後退し、数年髪を切ってない男性を理容師がカットしたら…… 驚がくの大変身が1400万再生「彼の人生まで変えちゃった」「すごすぎて涙出た」【米】
  7. /nl/articles/2412/26/news110.jpg 辻希美の長女・希空、“完成度高いクリスマスケーキ”披露 杉浦家6人そろった“豪華すぎる料理”にも反響
  8. /nl/articles/2412/23/news193.jpg 【編み物】淡い色の毛糸を時間をかけてひたすら編むと 芸術品のような仕上がりに脱帽「美しすぎる」
  9. /nl/articles/2412/18/news171.jpg “27歳差夫妻”、妻の母親に妊娠報告したら……涙を浮かべて まさかの「パパと同い年のおばあちゃん!」が誕生
  10. /nl/articles/2412/24/news037.jpg 毛糸で作ったお花を200個つなげると…… “圧巻の防寒アイテム”完成に「なにこれ作りたい……!!」「美しすぎる!」と100万再生【海外】
先週の総合アクセスTOP10
  1. ザリガニが約3000匹いた池の水を、全部抜いてみたら…… 思わず腰が抜ける興味深い結果に「本当にすごい」「見ていて爽快」
  2. 新1000円札を300枚両替→よく見たら…… 激レアな“不良品”に驚がく 「初めて見た」「こんなのあるんだ」
  3. 家の壁に“ポケモン”を描きはじめて、半年後…… ついに完成した“愛あふれる作品”に「最高」と反響
  4. 「庶民的すぎる」「明日買おう」 大谷翔平の妻・真美子さんが客席で食べていた? 「のど飴」が話題に【大谷翔平激動の2024年 「お菓子」にも注目集まる】
  5. 100均のファスナーに直接毛糸を編み入れたら…… 完成した“かわいすぎる便利アイテム”に「初心者でもできました!」「娘のために作ってみます」
  6. “プラスチックのスプーン”を切ってどんどんつなげていくと…… 完成した“まさかのもの”が「傑作」と200万再生【海外】
  7. 「バグってる」 シャトレーゼの“864円で買える”「1人用クリスマスケーキ」に大絶賛の声 「企業努力すごい」
  8. 「昔モテた」と言い張るパパ→信じていない娘だったが…… 当時の“驚きの姿”が2900万再生「おおっ!」「マジかよ」【海外】
  9. トイレットペーパーの芯を毛糸でぐるっと埋めていくと…… 冬に大活躍しそうなアイテムが完成「編んでるのかと思いきや」【海外】
  10. “月収4桁万円の社長夫人”ママモデル、月々の住宅ローン支払額が「収入えぐ」と驚異的! “2億円豪邸”のルームツアーに驚きの声も「凄いしか言えない」
先月の総合アクセスTOP10
  1. 「何言ったんだ」 大谷翔平が妻から受けた“まさかの仕打ち”に「世界中で真美子さんだけ」「可愛すぎて草」
  2. 「絶句」 ユニクロ新作バッグに“色移り”の報告続出…… 運営が謝罪、即販売停止に 「とてもショック」
  3. 「飼いきれなくなったからタダで持ってきなよ」と言われ飼育放棄された超大型犬を保護→ 1年後の今は…… 飼い主に聞いた
  4. アレン様、バラエティー番組「相席食堂」制作サイドからのメールに苦言 「偉そうな口調で外して等と連絡してきて、」「二度とオファーしてこないで下さぃませ」
  5. 「明らかに……」 大谷翔平の妻・真美子さんの“手腕”を米メディアが称賛 「大谷は野球に専念すべき」
  6. 「やはり……」 MVP受賞の大谷翔平、会見中の“仕草”に心配の声も 「真美子さんの視線」「動かしてない」
  7. ドクダミを手で抜かず、ハサミで切ると…… 目からウロコの検証結果が435万再生「凄い事が起こった」「逆効果だったとは」
  8. 「母はパリコレモデルで妹は……」 “日本一のイケメン高校生”グランプリ獲得者の「家族がすごすぎる」と驚がくの声
  9. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  10. 「真美子さんさすが」 大谷翔平夫妻がバスケ挑戦→元選手妻の“華麗な腕前”が話題 「尊すぎて鼻血」