やはり猫侍は実在した? 戦国時代の“ミミズク兜”、「実は猫耳がモチーフ」と美術作家が新説提唱(2/2 ページ)
――猫の武具というのはあまりないのでしょうか
野口:非常に少ないですね。刀飾りに小さな猫が付いている物はありますが、ほかでは見たことがないです。そうした背景から「侍と猫の組み合わせはアンバランス」という先入観が定着して、あの兜も、ひとまずミミズクとする方が無難だと考えられたのではないか、と僕は思っています。
――ほかの動物かもしれないという可能性はありませんか
野口:例えば大きな耳を持った動物、虎や熊という可能性も考えられますが、虎の象徴であるシマ模様が施されていないこと、また熊ならば、戦国時代は通常、熊毛を植えて表現するので、それらが無いという理由から、猫がもっとも有力だと考えています。また昔の武将の肖像画に猫が登場するものがあります。もちろん、僕が描いた物じゃなくて、戦国時代の本物です(笑)。昔は描く要素によって制作料金が変わっていたと考えられるので、追加料金を払ってまで猫を描きたいと思う武将がいたということは、武具(兜)のモチーフに猫を使った武将がいても、決しておかしくないと思うのです。
――ではこのよろい兜についてもう少し詳しく聞かせてください
野口:そうですね。特徴的な兜が目立って、あまり注目されませんが、兜と胴は別に作られたもの。つまり時代が異なる物だと思います。
――どうして別の時代のものと分かるのでしょうか
野口:専門的な部分は略して説明します。胴の部分の「葵の紋」が入っているところを「小札(こざね)」といいますが、ここを見ると、かなり手が込んでいることが分かります。金具の細工なども見事で、これは江戸期以前の手法です。一方、兜の方を見てみると、「しころ」と呼ばれる首筋を覆う部分が比較的新しい形式で、胴に比べると少し作域が落ちます。といっても、漆の仕上げは丁寧でかなりの高級品ですけどね。個人的には、胴は主人であった徳川家康からの拝領品、兜は胴よりもしばらく後で松平信一が新調したんだと思います。
「作域が落ちる」とは……制作の手法のレベルが落ちること。
――具体的にはいつごろ作られたものなのでしょうか
野口:個人的な見立てでは、よろいが作られたのは慶長期、豊臣秀吉の時代で、猫耳の兜はその20年ほど後、徳川家康の晩年、もしくは死後間もなくのころに作られたと思います。
――着用者と云われる松平信一がデザインを指定したのでしょうか
野口:そこまでは特定できていませんが、兜の時代的な特徴からして、晩年の松平信一、もしくはその子どもが発注した可能性は高いと思います。
――こうした変わり兜は珍しいのでしょうか
野口:いえ、流行した時期もあります。変り兜には江戸時代に観賞用として作られたものもありますが、実戦で使用されたものも多いですよ。松平の兜も実戦期の制作と思われます。実戦に使われたものはシンプルなデザインの変わり兜が多いですね。
――実戦にこんなに珍しい兜をかぶっていったのですか
野口:そうです。こうした珍しい兜をかぶって実戦に挑むのは、やはり「自分を目立たせるため」と考えられますが、なぜ自分を目立たせなくてはいけないかについては、僕はこれまでの通説とは違った考えを持っています。
――どういうことでしょうか
野口:これまで侍が高価なよろいや目立つ兜をかぶるのは「死に装束で、自分の死を華々しく飾るため」という、共同幻想のような考えがありました。でも本当にそうでしょうか? もし仮に侍が「死を飾る」概念をもっているとすれば、彼らのお葬式はド派手じゃないといけませんよね。でも、侍のお葬式といえば白一色で、とても厳か。死を華々しく飾る感覚とは思えません。いくら侍や武将であっても、あくまでも人間です。死ぬためにではなく生きて帰るために高価なよろいを着て、合理的に手柄を立てる。その延長に、変わり兜があったのではないかと思うのです。
――具体的にはどういうことでしょうか
野口:武将たちの日記や彼らの活躍を描いた軍記物を読んでみると、誰がどんな格好で合戦に参加したのかがやたらと細かく書かれていることがあります。「どこの誰某は何糸威のよろいに竜頭の前立て打ちたる兜を……」みたいなやつですね。これが、“侍が自分の死を飾った”とか、“ファッションに命を懸けた”という少し偏った意見につながったのだと思います。でも、その理由をよーく考えてみるうちに、「録画機材の無い時代、(合戦で)誰が手柄を立てたのかは、互いの目撃談に頼るしかなかった」ということに思い至りました。つまり、論功行賞をスムーズに行うために、混乱する戦場では奇抜で覚えやすい形状の「変り兜」を被らざるを得なかったのではないか、という考えです。
――なるほど
野口:派手な理由は「ファッション」ではなく「識別」のため。踏切の遮断機やパトカー、カラーコーンなどに派手なペイントを施す理由に似ています。これはよろい兜の造形や勉強をする中で、僕が独自にたどり着いた結論です。もちろん、多少は着用者の好みや趣向が反映されたデザインだったとは思いますけどね。
――それはまた合理的で面白いですね
野口:歴史を研究してみると、ちょっとした矛盾や違和感を覚えることがあります。その矛盾に突き当たったときに「エライ先生が言っているのだから……」と済ませるのではなく、自分なりに調べてみると新しい発見や新説が出てくるかもしれない、というところが面白いですよね。今回お話させていただいた「松平信一の兜は猫をモチーフにしている」という説も、きっと僕以外にも多くの人が「(兜の印象を)猫っぽいな……」と思っていたはずです。“裸の王様”の話じゃないですが、リスクを恐れず、感じたことに素直に向かい合うことは、誰にとっても大切なことではないかと思います。
野口さんが唱える「松平信一の兜、実は猫がモチーフ」説が認められれば、歴史的大発見となるかもしれません。
(Kikka)
関連記事
- リアル猫侍とネット騒然の「よろいを着た猫を散歩させる猫耳の武士」、実は現代アートだった なぜ生まれたのか作者に聞いた
有名ブランドとのコラボ作品も発表している現代アーティストのアクリル画! - “火星人”や“どろぼう”から届く物語 自分で封を切る新感覚手紙小説「何者からかの手紙」が読書通をうならせる
一読の価値あり。 - 甲冑姿で驚きのパフォーマンス 7人のサムライが世界で魅せるカップヌードルの新CMがカッコイイ
スキーでは二刀流がストック代わり。 - 国立劇場がまさかの「PPAP」演奏動画を公開 笛・小鼓・大鼓・太鼓・三味線・唄によるガチな邦楽アレンジがかっこいい
「ペンヌリサンポーサンポーペン!」 - センター試験、日本史の問題になんと「妖怪ウォッチ」登場
これには受験生もびっくり。 - 故障中のロッカーに「只今戦場に出陣候 暫く帰還しませぬ」 関ケ原の「戦国武将ロッカー」誕生の経緯を聞いた
戦国好きにはたまらない。 - タイムスリップしたみたい! イタリアの「行き過ぎた中世コスプレオタクの祭典」がカッコよすぎる
街がまるごとコスプレしてるー!? - ルービックキューブ1009個を使った「マリオ」ドットアート動画が圧巻! 京大卒大道芸パフォーマーが制作
人間大サイズのマリオをルービックキューブで表現。 - 「レターパック510を箱型にするライフハック」を郵便局が掲示するも、本社が待った!
日本郵便「当社が推奨するものではありません」。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
-
猫だと思って保護→2年後…… すっかり“別の生き物”に成長した元ボス猫に「フォルムが本当に可愛い」「抱きしめたい」
-
「やはり……」 MVP受賞の大谷翔平、会見中の“仕草”に心配の声も 「真美子さんの視線」「動かしてない」
-
大きくなったらかっこいいシェパードになると思っていたら…… 予想を上回るビフォーアフターに大反響!→さらに1年半後の今は? 飼い主に聞いた
-
「大企業の本気を見た」 明治のアイスにSNSで“改善点”指摘→8カ月後まさかの展開に “神対応”の理由を聞いた
-
「明らかに……」 大谷翔平の妻・真美子さんの“手腕”を米メディアが称賛 「大谷は野球に専念すべき」
-
「何言ったんだ」 大谷翔平が妻から受けた“まさかの仕打ち”に「世界中で真美子さんだけ」「可愛すぎて草」
-
松田翔太、憧れ続けた“希少な英国製スポーツカー”をついに入手「14歳の僕に見せてあげたい」 過去にはフェラーリやマクラーレンも
-
「行きたすぎる」 入場無料の博物館、“宝石展を超えた宝石展”だと40万表示の反響 「寝れなくなっちゃった」【英】
-
スーパーで売っていた半額のひん死カニを水槽に入れて半年後…… 愛情を感じる結末に「不覚にも泣いてしまいました」
-
自動応答だと思って公式LINEに長文を送ったら…… 恥ずかしすぎる内容と公式からの手動返信に爆笑 その後について聞いてみた
- 「飼いきれなくなったからタダで持ってきなよ」と言われ飼育放棄された超大型犬を保護→ 1年後の今は…… 飼い主に聞いた
- ドクダミを手で抜かず、ハサミで切ると…… 目からウロコの検証結果が435万再生「凄い事が起こった」「逆効果だったとは」
- 「明らかに……」 大谷翔平の妻・真美子さんの“手腕”を米メディアが称賛 「大谷は野球に専念すべき」
- まるで星空……!! ダイソーの糸を組み合わせ、ひたすら編む→完成したウットリするほど美しい模様に「キュンキュンきます」「夜雪にも見える」
- 妻が“13歳下&身長137センチ”で「警察から職質」 年齢差&身長差がすごい夫婦、苦悩を明かす
- 人生初の彼女は58歳で「両親より年上」 “33歳差カップル”が強烈なインパクトで話題 “古風を極めた”新居も公開
- 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
- 互いの「素顔を知ったのは交際1ケ月後」 “聖飢魔IIの熱狂的ファン夫婦”の妻の悩み→「総額396万円分の……」
- ユニクロが教える“これからの季節に持っておきたい”1枚に「これ、3枚色違いで買いました!」「今年も色違い買い足します!」と反響
- 中央道から「宇宙戦艦ヤマト」が見える! 驚きの写真がSNSで注目集める 「結構でかい」「どう見てもヤマト」 撮影者の心境を聞いた
- 50年前に撮った祖母の写真を、孫の写真と並べてみたら…… 面影が重なる美ぼうが「やばい」と640万再生 大バズリした投稿者に話を聞いた
- 「食中毒出すつもりか」 人気ラーメン店の代表が“スシローコラボ”に激怒 “チャーシュー生焼け疑惑”で苦言 運営元に話を聞いた
- フォロワー20万人超の32歳インフルエンサー、逝去数日前に配信番組“急きょ終了” 共演者は「今何も話せないという状態」「苦しい」
- 「顔が違う??」 伊藤英明、見た目が激変した近影に「どうした眉毛」「誰かとおもた…眉毛って大事」とネット仰天
- 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
- 星型に切った冷えピタを水に漬けたら…… 思ったのと違う“なにこれな物体”に「最初っから最後まで思い通りにならない満足感」「全部グダグダ」
- 「泣いても泣いても涙が」 北斗晶、“家族の死”を報告 「別れの日がこんなに急に来るなんて」
- ジャングルと化した廃墟を、14日間ひたすら草刈りした結果…… 現した“本当の姿”に「すごすぎてビックリ」「素晴らしい」
- 母親は俳優で「朝ドラのヒロイン」 “24歳の息子”がアイドルとして活躍中 「強い遺伝子を受け継いだ……」と注目集める
- 「幻の個体」と言われ、1匹1万円で購入した観賞魚が半年後…… 笑っちゃうほどの変化に反響→現在どうなったか飼い主に聞いた