YouTubeで日本のMVの多くが海外から視聴できず 背景にはGoogleとの規約問題、国内レーベルの葛藤(2/2 ページ)
YouTube Redに契約したエイベックスとPPAPの成功
一方でエイベックスに取材したところ、同社ではYouTube Redと契約し、エイベックス公式YouTubeチャンネルのMVは基本的に海外でも視聴制限がかからないようにしていると回答した。アーティスト個別の公式チャンネルでも同様の契約を結んでいるという。
ピコ太郎に扮(ふん)する芸人・古坂大魔王さんはエイベックスに所属している。YouTubeを舞台にしたピコ太郎「PPAP」の世界的大ヒットも、所属レーベルがYouTube Redの条件に契約しているか否かが命運を分けていたといっても過言ではないだろう。
ただしエイベックスの公式MVであっても、YouTubeで海外に視聴制限がかかるケースがある。理由についてエイベックスの担当者は次のように話す。
「エイベックスでは自社のMVや楽曲を、YouTubeに限らず『AWA』などネットサービスへアップする際、基本的には海外でも視聴できるようにしています。しかしそのアップ基準は楽曲ごとに異なっています。
例えばエイベックスデジタルの『dTV』のCMをYouTubeに配信する場合。曲に海外の楽曲がサンプリングとして使われていると、著作隣接権、配信権といった法務の事情から、国内配信に限定するケースがあります。そのときは動画にジオタグ(緯度と経度の数値を含めた情報)を追加させることで、日本でしか見られないようにしたりしています。
このような法務の事情。さらには浜崎あゆみさんのMVは国内のみとなっているようにアーティストのプロデュース面から、楽曲ごとにどの範囲で視聴できるようにするか対応が異なるといったところです。」
YouTube Redの契約の問題だけでなく、こうした法務の事情やプロデュース戦略で視聴制限がかかっているケースは、他の音楽レーベルにもあるだろう。
Googleの規約に乗らない判断は吉か凶か
YouTube Redの規約に同意しないという日本のレーベルの選択は、日本の音楽市場の成長を妨げる悪手なのか、その先に待ち受けるかもしれない障害をにらんだ賢明な判断なのか。簡単に結論付けることはできない。
ネガティブな見方をすれば、既存のパッケージメディア(CDやレコードなど)の販売にこだわり、デジタル音楽(ダウンロードやストリーミングなど)への移行に慎重となっている、日本市場の停滞感を示した一例とも捉えられる。
音楽ジャーナリスト・柴那典さんは新刊「ヒットの崩壊」(講談社現代新書)で、消費者がパッケージメディアで音楽を“所有”する聴き方から、デジタル配信で音楽に“アクセス”する聴き方へ変化しているのに対し、「日本の音楽業界は、はっきりとその潮流に乗り遅れている」と、書いている。
国際レコード連盟(IFPI)によると、2015年に世界の音楽市場全体の収益は150億ドル(前年比3.2%増)と、1998年以来17年ぶりに音楽産業がプラス成長を遂げた。そのうちデジタル配信の売り上げは全体の45%、パッケージメディアは39%と、デジタルがパッケージを初めて上回った。「音楽産業がデジタル時代に適応し、より強く、よりスマートに拡大していることを示しています」と同連盟のフランセス・ムーアCEOは分析したという。
これに対し、日本の音楽産業の主軸はまだCDとなっている。日本レコード協会「日本のレコード産業 2016」によると、2015年の日本の音楽ソフトと有料音楽配信の売り上げ合計は3015億円(前年比1%増)。このうち有料音楽配信は471億(前年比8%増)と全体の16%だ。定額制ストリーミング配信サービスは124億円(前年比58%増)と急成長を見せているが、CDは1801億(前年比2%減)と全体の約6割となっている。
柴さんは同著で、世界全体がストリーミングサービスを意識して新作のリリースを毎週金曜に足並みそろえているのに対し、日本ではほとんどがオリコンチャートの集計を考慮して水曜日となっている現状も踏まえ、次のように述べている。
「世界第2位の音楽市場を持つ日本では、レコード会社の一部は、CD中心の市場を何年も維持することを望み続けてきたように見える。内需が強く、変化を厭う。そのことが音楽産業の停滞感や閉塞感に結びついていた」(「ヒットの崩壊」より)。
またくるりの岸田さんは今回の話題のなかで、YouTubeにMVを公開する理由について「宣伝効果的にラジオやテレビと同列で考えてる、てことだと思ってます」とTwitterで触れていた。
CDよりも原音に近い音源を再現できるハイレゾ音源も登場し、2015年には日本の音楽コンサート市場が3405億円(ぴあ総研調べ)と、音楽ソフトと有料音楽配信の売り上げ合計を追い抜いた。高音質な音源やライブチケット、物販の購入を促すための広告手段としてYouTubeを捉えた場合、やはり多少のリスクを負ってでも日本のレーベルはYouTube Redに契約するべきではないかと考えることもできる。
ゲントウキ・田中さんはビクターのYouTube公式チャンネルでは海外の一部から視聴されないことを知り、原盤権は自分にあるとしてビクターに交渉。視聴制限のかからないMVを個人の公式YouTubeページに上げることを許可してもらったという。「せっかく作ったPVなので、地球上の全ての人が目が届く場所に置きたいと思いました」と、詳しい経緯を公式ブログにつづっている。
一方で、福井弁護士は、「ただ、契約条項など何の関心もなしに新サービスに走るよりは、『この条件では乗れない』という判断をした日本レーベルは一歩前進だったように個人的には思います」と、一定の評価を示している。
福井弁護士が危険視しているのは、YouTubeやアマゾンのように海外の巨大なプラットフォームと一方的な規約を結ぶことで、最終的に自国の事業の成長が妨げられてしまうという展開だ。
例えばアマゾンは電子書籍契約において、自社へ最も有利な条件を与えるよう出版社に義務付ける「最恵国条項」を強いている。ある出版社が他の電子書店でアマゾンより安い価格で電子書籍を販売した場合、自動的にアマゾンもその価格まで下げて販売できるといった仕組みだ。
福井弁護士はこのアマゾンの問題を解説した記事「平成の不平等条約? 〜ついに公取委が動いたアマゾン『最恵国条項』とは何か〜」(ねとらぼ)で、次のように述べている。
「一方的な規約の問題は、行き過ぎればこの国の事業者の成長を妨げ、情報社会を息苦しい危険な場所にしかねない。その歯止めには、もはや個別の事業者の交渉だけでは到底無理で、ときに業界横断的なサポート体制や今回のような競争法の積極適用、そして何より、個別の事業者がおかしいと思った際に声を挙げる勇気が必要だろう」
今回のYouTube Redと日本のレーベルも似た状況だというのが福井弁護士の見方だ。
「だからと言って、全てのレーベルがダウンロードを嫌うのが当然賢い選択だと言っている訳でもありません。あるいはダウンロードも含めて許容するのが今や賢い選択なのかもしれません。ただ、契約条項など何の関心もなしに皆が一斉に新サービスに走り“がちな”いつもの日本人よりは、ちゃんと条件を検討して交渉しようとした点は一歩前進に思えます。それでも、その後の交渉にちょっと時間がかかり過ぎたかな、とも感じますね」(福井弁護士)。
YouTubeの視聴問題が示すもの
最後にくるりの岸田さんのツイートをまた引用したい。「俺はMVが海外で観られへん問題はどーでもいいです」「まるでビクターの事を悪者のように書きましたが、僕は所属レコード会社だからということ抜きにしても、元々ビクターが好きでした。日本の音楽への貢献のデカさと、本来の『原音追求』の理念に深く共感しております」と踏まえた上で、次のように述べていた。
「ただ、移りゆく時代。レコード会社、としての役割を終えなければならない時に、どんな風に音楽に貢献していくのか、というビジョンが見えないのも事実です」「大手レコード会社やレコード店も意地を見せてほしいのです」。
韓国でYouTube Redがスタートしたのが2016年12月。じわじわと領土を広げつつある“YouTubeで日本のMVが視聴できない問題”――ここには日本のレーベルが音楽ビジネスにどう取り組むのか、今後のビジョンや姿勢が映されていくだろう。
(黒木貴啓)
※3月13日追記: 記事初出時、「ゲントウキ」をアーティストの個人名として扱う書き方をしておりましたが、「ゲントウキ」は田中潤さんのソロプロジェクト名にあたるため誤りでした。お詫びをもって修正いたします。
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