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» 2017年09月13日 11時00分 公開

早押しクイズの微分学 〜4文字でボタンを押す「最速の押し」が「最速ではなくなる」理由〜 (3/3)

[伊沢拓司,ねとらぼ]
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 「お」を聞かないことで、先ほど切り捨てた「今にも○○」という口語表現は当然カットできなくなる。

 パッと思い付くものでは、「今にも何かが成し遂げられそうな状態のことを、ある時間の単位を使った言い回しでなんという?」→「秒読み」などが可能性として生じるだろう。しかも「いまに/」で押して「も」が聞こえてしまった場合、「今にも」だけでは正解にたどり着けない。

 また、「今に〜」で始まるフレーズ表現が他にもあるかもしれない。他のフレーズと比較してみた時、やはり「今に王になるように」の知名度、出題したときの面白さに軍配が上がるだろう(相撲だけに)。しかしながらそれは絶対的ではない。「今に『お』」まで聞けた状態とその後が分からない状態ではかなり絞り込みに差が出てくるだろう。

 このような点から見ても、一文字ポイントを早めるだけで状況が全く変わってくる。一度開発された「ここで押せる」は、なかなか前に進まないだろう。

 一方で、そのような良質な「ここで押せる」は皆に知れ渡るスピードもまた早い。大会でその押しが披露されたり、SNSなどで面白いゾスラとして広まったりすることで、「ここで押せる」の体得者が増えていくのだ。

 するとどうだろう、最適化されたポイントであったはずの「ここで押せる」は、競合他社多数のレッドオーシャンとなり、そこで押してもランプを点けられる可能性は下がっていく。ここにおいて、「いまにお」で押していては最速たりえなくなるのだ。

 とはいえ、前に述べたように「いまにお/」よりスラッシュを早めるのは危険な行為だ。研究され尽くしたポイントであるからしてここから先に進むとぐっとリスクは上がってくるだろう。

 でも、僕は最速のポイントが早まると思う。「いまに/」で押して「佐渡ヶ嶽部屋」で正解が取れる様子を見た人のなかで、次に同じ出題がされたとき同じところで押そう、と思う人は少なくないだろう。知識上位のプレイヤーは押しのリスクなども考えて避けるかもしれないが、知識で劣るプレイヤーはスピード勝負に勝たなければリードが見えてこないので、この押しを実践する――いや実践せざるをえないはずだ。

 競技クイズにおいては一問の問題で早押しランプを点けられるのは一人であり、すなわち最速を取れない限りそれは最適ではないのだ。ボタンを押された瞬間、押し負けた全てのプレイヤーはその問題に対するコミット権を失う。まずはボタンをつけること、これがクイズの基本だ。

 このようにして、スピードに賭けているプレイヤーがこの押しをしだすと、それが広まりスタンダードとなっていく。確率的に分がいいとまでいえない状況だとしても、その動きは止められないだろう。「いまに」で始まる定番問題が新たに誕生しない限り(そしてそれは今のところ存在しないので)、「ここで押せる」のその先がジリジリと開拓されていくのだ。

 つまり、研究による最適点は、それが生み出された瞬間から徐々に腐敗を始める。共通認識になればなるほど、ランプを点けるための意識は前のめりになっていくのだ。

 こうして、早押しクイズ最適化問題の微分はうまくいかない。数学で言うところの病的関数のように、連続的であるにもかかわらずどこが明確に極値になるか分からず、それゆえにスラッシュは最適化できない。ある段階で「ここが最適」という共通認識が生まれると、実際の勝負ではそのポイントに先んじなければいけなくなるため自ら最適ではなくなるのだ。

まとめ

 今回の結論はズバリ「最適最速の押しは、それ自体が広まることによって最適最速ではなくなる」である。あくまで理論上ではあるが、競技クイズのもつ性質により、最適は長くは存在し得ないのだ。

 もちろん、これは半分以上おとぎ話で、現実的に起こっているかどうかは分からない。あくまで仮説だ。

 でも、複数回出題される問題に対してこのようなアプローチが可能であることは事実であり、ミクロな面に注目するとクイズとはかくも奥深いものなのか、ということが感じられるであろう。この最適スラッシュの自己崩壊が果たしてクイズという競技の成立に悪い影響を及ぼすのか、それともさらなる戦術進化を生むのか、結果は分からないからこそ思考実験自体が大事だ。

 クイズというのは、ただ問題を出して答えて、を繰り返す単調な競技ではない。クイズ文化という大きな枠組みの中で、潮流が生まれ、戦術が伝播(でんぱ)することで競技クイズそのものが変容していく、非常に社会的な営みなのだ。

 嗚呼奥深きクイズの世界。前回の連載でも書いたが、「しょせんクイズ」と思わずに他の文化系競技に対して「こっちも負けるか」の精神で高めていく価値のあるものだと、僕は思う。そのためにも、まずはこの連載で少しでも競技クイズ世界の最先端をお見せできれば、と思っています。

制作協力

QuizKnock、佐谷政裕(問題提供)


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