早押しクイズの微分学 〜4文字でボタンを押す「最速の押し」が「最速ではなくなる」理由〜(2/3 ページ)

» 2017年09月13日 11時00分 公開
[伊沢拓司ねとらぼ]

 競技クイズにおける2015年以降の誤答戦略の変遷については以前の連載で書いた通り、「序盤から一定のリスクを織り込んだ早押しスタイルを徹底する」ものへとたどり着いた。現在のメインの潮流といえるだろう。

 ことばもこれに対応したのだ。いま議論すべきは100%確実に正答となる「確定ポイント」ではなく、80%程度の正答率になるとしても高確率で正解にたどり着き、かつ相手に押し勝てるポイント、つまり「俺ならここで押せる」なのである。

 もちろん、決め打ちで当たりそうなことと「ここで押せる」とは全く別の概念だ。先ほどの問題でいうならば、「京都三大祭とは、」で押してしまい「時代祭」と答えることは「ここで押せる」の対象外だ。無限問のクイズの海を前に、それでも言葉のつながりなどから理論的に導き出された「ここまで聞けばほぼ正解だろう」というポイントが「ここで押せる」なのだ。

 「ここで押せる」と確定ポイントとの違いはこの確率面にあるが、この場合どれくらいの確率なのかは明確にされていない。

 これは、未知のクイズが誕生することや、出題者が持つ「美しさ」の感覚がズレていた場合などへのヘッジであり、おおむね「微小なリスク」とみなして良い(このあたりの話は、先ほどの誤答についての連載を読んでいただきたい)。

 また、「確定ポイント」が普及しすぎたことにより確定ポイントでの押し合いをしているようでは勝てなくなってきた。これが、確定ポイントの一歩先である「ここで押せる」ポイント開拓のきっかけとなった。

 このあたりを踏まえても、確定ポイントの延長上の概念でありながら、それを現代の戦術論に発展させたのが「ここで押せる」と言っていいだろう。

早押しクイズ最適化問題を解く

 では、実際の「ここで押せる」について見ていこう。

 「ここで押せる」を解説する際に欠かせないのが「ゾスラ」である。ゾスラとは「ゾーンスラッシュ」の略で、簡単にいえば「ゾーン状態に入っているならここでバシッと押せるぜ」ということだ。「ゾスラ」はそのようなゾーンスラッシュ部分で問題文を止め、その問題の正解が何かを当て合うクイズプレイヤー同士の遊びである。例えば、

 「いまにお/」

 というお題が出る(音声で聞くものなので、ひらがなで書くのがルール)。/(スラッシュ)はここでボタンが押され問題文が区切られたことを表す。ゾスラはまさに「ここで押せる」ポイントで問題文が切られており、その先をゆっくり考えながら予想するという実践的なトレーニングなのだ。

ここで答えが分かる人はクイズ王になる素質あり

 では、このゾスラ「いまにお」を例に、「ここで押せる」の具体的構造について確認していこう。

 「いまにお」の答えは「佐渡ヶ嶽部屋」である。想定される続きの問題文は、

 「『今に王になれ』という願いを込めて、所属力士の四股名に『琴』の字をつけている相撲部屋はどこ?」

 となる。

 「いやいやいっぱいあるでしょ他にも!」という言説に対してきっちりと返答していこう。

 まず注目したいのは「今に」だ。現在の口語表現では「今に○○」という表現は用いられない。「今にも」とくれば口語の範ちゅうに入るが、「いまにお」なのでそれも当てはまらない。となれば、ここの今にを日本語とみなせば「今に〜」は何か固定の言い回しであることが分かる。

 脳内変換ミスも怖い。「居間に」で始まるパターンを考えてみよう。「居間に大きな〜」「居間にお父さんが〜」……あまりクリティカルな発見はない。「居間に置かれることが多い〜」→「ちゃぶ台」とか? あまり必要性のない説明になってしまうし、これも却下。こういう方向性だと、多少無理すれば選択肢が増えることはある。実際の早押しでは「今」と「居間」はイントネーションが異なるため、このような変換ミスは起こらないだろう。

 次に気にしなければならないのが、何らかの固有名詞であるパターン。「イマニオ」や「今鳰(いまにお)」? 幸い、Googleで検索してみたところイマニオはヒットしなかった。この可能性はない。

 このようにしていろいろな選択肢を削った結果、「いまにお」という4音から始まる問題は「佐渡ヶ嶽部屋」だろう、となるのである。

 そして同時に、これがこの問題の「ここで押せる」ポイントだ。考える過程でも解説したように、これが100%ではないかもしれない。しかしながら、このポイントで押せたとしたら「佐渡ヶ嶽部屋」で正解できる可能性も高いだろう。

 とまで書いたが、ここで問題がある。本当に「いまにお」でボタンを押そう! と思い、かつ実際に押せるかという問題だ。ゾーンに入っていることを想定したスラッシュなので、実際にこの押しをすることはかなり難しい。この瞬間に答えはほぼ確定しているが、確定ポイント以上に実際やってのけるのが難しいのが「ここで押せる」ポイントなのだ。

 とはいえ、このような押しが実際の大会でさく裂することも少なくはない。当記事の問題提供者である佐谷政裕さんも、学生ナンバーワンを決める大会「abc the 14th」の決勝において、あと一問正解で優勝という状態で2人が並び立った状況で「まぐちがせま/」「うなぎの寝床」というゾーンスラッシュをさく裂させている。大舞台ゆえのスーパープレイというものもまた存在するのだ。

 以前も書いたように、録音などによる「耳学問」が押しのスピードを早め、ゾーンスラッシュでの「ここで押せる」押しは、より現実的に体得可能なものとなってきたのだ。「ここで押せる」理論が先なのか、それとも体得されたものが「ここで押せる」論となったのかは分からないが、ここ数年で早押しクイズにスピードイノベーションが起きたことは明らかである。

消えた最速スラッシュの謎

 ここからは少々話がぶっ飛んでいくが、僕が今回一番興味深いと思っている部分であり、意味ある思考実験であるはずなのでぜひお付き合い願いたい。

 いま、先ほどの「佐渡ヶ嶽部屋」の問題を「いまに/」だけで押すことを考えてみよう。「いまにお/」の「お」を聞かない、ということだ。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2411/25/news189.jpg 「理解できない」 大谷翔平と真美子さんの“スキンシップ”に海外驚き 「文化は100%違う」「伝説だわ」
  2. /nl/articles/2411/25/news134.jpg 「絶句」 ユニクロ新作バッグに“色移り”の報告続出…… 運営が謝罪、即販売停止に 「とてもショック」
  3. /nl/articles/2411/26/news089.jpg 「最高の人間」 大谷翔平が現地で“神対応”見せる 写真家の投稿に反響…… 「息子はまだ信じられないみたい」
  4. /nl/articles/2411/22/news184.jpg 「やはり……」 MVP受賞の大谷翔平、会見中の“仕草”に心配の声も 「真美子さんの視線」「動かしてない」
  5. /nl/articles/2411/26/news184.jpg 「中学生で妊娠」した“14歳の母”、「相手は逃げ腰」妊娠発覚からの経緯を赤裸々告白 母親の“意外な反応”も明かす
  6. /nl/articles/2411/07/news027.jpg 百均で多肉植物を購入→半年以上放置してしまったが…… 驚きの結果に「すごーい!」「品種は何ですか!?」
  7. /nl/articles/2411/26/news188.jpg 「ハリー・ポッター」の“レプリカ剣”を回収 銃刀法違反の可能性か…… 運営謝罪「申し訳ございません」
  8. /nl/articles/2411/26/news052.jpg 日本に1店舗のみの“完璧なマクドナルド”が778万表示の話題 地元民も「そんなすごい店やったんか…」「たまに使ってるけどそんなすげぇとこだったのね」
  9. /nl/articles/2411/25/news193.jpg 辻希美の高2長女、「明日皆さんにご報告があります」 16歳最後の日の意味深投稿に注目集まる
  10. /nl/articles/2411/25/news160.jpg 「これを見て退団するとは……」 楽天・田中将大、最後に見せた“衝撃の姿”にファン複雑 「ほんと辛い」
先週の総合アクセスTOP10
  1. 「絶句」 ユニクロ新作バッグに“色移り”の報告続出…… 運営が謝罪、即販売停止に 「とてもショック」
  2. 「やはり……」 MVP受賞の大谷翔平、会見中の“仕草”に心配の声も 「真美子さんの視線」「動かしてない」
  3. 猫だと思って保護→2年後…… すっかり“別の生き物”に成長した元ボス猫に「フォルムが本当に可愛い」「抱きしめたい」
  4. 「理解できない」 大谷翔平と真美子さんの“スキンシップ”に海外驚き 「文化は100%違う」「伝説だわ」
  5. 大きくなったらかっこいいシェパードになると思っていたら…… 予想を上回るビフォーアフターに大反響!→さらに1年半後の今は? 飼い主に聞いた
  6. 「大物すぎ」「うそだろ」 活動中だった“美少女新人VTuber”の「衝撃的な正体」が判明 「想像の斜め上を行く正体」
  7. 川で拾った普通の石ころ→磨いたら……? まさかの“正体”にびっくり「間違いなく価値がある」「別の惑星を見ているよう」【米】
  8. 大谷翔平と真美子さん、「まさかの服装」に注目 愛犬デコピンも大谷家全員で“歩く広告塔”ぶり発揮か
  9. 「明らかに……」 大谷翔平の妻・真美子さんの“手腕”を米メディアが称賛 「大谷は野球に専念すべき」
  10. 「何言ったんだ」 大谷翔平が妻から受けた“まさかの仕打ち”に「世界中で真美子さんだけ」「可愛すぎて草」
先月の総合アクセスTOP10
  1. 50年前に撮った祖母の写真を、孫の写真と並べてみたら…… 面影が重なる美ぼうが「やばい」と640万再生 大バズリした投稿者に話を聞いた
  2. 「食中毒出すつもりか」 人気ラーメン店の代表が“スシローコラボ”に激怒 “チャーシュー生焼け疑惑”で苦言 運営元に話を聞いた
  3. フォロワー20万人超の32歳インフルエンサー、逝去数日前に配信番組“急きょ終了” 共演者は「今何も話せないという状態」「苦しい」
  4. 「顔が違う??」 伊藤英明、見た目が激変した近影に「どうした眉毛」「誰かとおもた…眉毛って大事」とネット仰天
  5. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  6. 星型に切った冷えピタを水に漬けたら…… 思ったのと違う“なにこれな物体”に「最初っから最後まで思い通りにならない満足感」「全部グダグダ」
  7. 「泣いても泣いても涙が」 北斗晶、“家族の死”を報告 「別れの日がこんなに急に来るなんて」
  8. ジャングルと化した廃墟を、14日間ひたすら草刈りした結果…… 現した“本当の姿”に「すごすぎてビックリ」「素晴らしい」
  9. 母親は俳優で「朝ドラのヒロイン」 “24歳の息子”がアイドルとして活躍中 「強い遺伝子を受け継いだ……」と注目集める
  10. 「幻の個体」と言われ、1匹1万円で購入した観賞魚が半年後…… 笑っちゃうほどの変化に反響→現在どうなったか飼い主に聞いた