「日本の製作委員会方式は岐路」 Production I.Gとボンズのトップが明かす「Netflixとの業務提携の真意」
「新しい作品を生み出せる」企画の魅力とは?
とある日、Netflix Japanのオフィスには、Production I.Gの石川光久社長とボンズの南雅彦社長の姿があった。
折しもこの日は、Production I.GのNetflixオリジナルアニメ「B: The Beginning」の配信が始まり、翌週にはボンズの「A.I.C.O. Incarnation」の配信を控えたタイミング。アニメ制作会社として幾多もの名作を生み出してきた2社は1月、Netflixとの包括的業務提携を発表した。
提携の具体的な内容はここでつまびらかにされたわけではないが、Netflixとの包括的業務提携を「プロ野球選手でいう“単年度契約”ではなく“複数年契約”みたいなもの」だと石川氏は説明。プレイヤーが1年で結果を出すのが難しいように、1作品、または1年で“勝った負けた”を判断するのはばくちと変わりがないため、複数年かけてオリジナル作品も含めヒットするものを企画段階から話し合って作っていくためのスキームだとあらためて説明した。
この2社が同時に提携発表した背景も詳しくは語られなかったが、米国で「作品を見たいアニメーション制作スタジオ」を調査した際、2社が入っており“海外に強い日本のアニメスタジオ”という認識がNetflix側にあったのではないか、と石川氏は語った。なお、この調査では2社の他、WIT STUDIOやA-1 Pictures、サンライズも入っていたという。WIT STUDIOはProduction I.Gのグループ会社だ。
これまで業務提携などは結ばず、プロジェクトごとにいわゆる「製作委員会方式」を採ってメーカーとともに作品を作り上げてきたボンズ。南氏は今回の提携で魅力的に感じた部分を「全世界同時配信で1億人以上の視聴者がいるこれまでにない形で自分たちの作るアニメーションを見てもらえること」だとし、「1本ごとのプロジェクトではなく長い期間で何本かの作品で世界にチャレンジしていく機会は、今の日本のアニメーションの制作形態とは違う形で組めると思い今回の提携につながった」と語った。
動画配信サービス大手のNetflixとアニメ制作会社がダイレクトにつながるこの提携は、今後のアニメーション業界を考える上で見逃せない動きの1つといえる。以下、記者との質疑応答の内容をまとめた。
石川「日本の製作委員会方式は岐路」
―― 今回の提携、日本のアニメ業界にどんなインパクトを与えるでしょうか。
石川 中長期でみれば日本の製作委員会方式にとってもいいことだと思いますが、短期ではネガティブな要素もあるかもしれない。業界には「製作委員会方式で(IGやボンズを)育ててきたのに、いざ育ったと思ったら海外と一緒にやるのか」という思いもなくはないでしょう。
ただ、今の日本の製作委員会方式は、良質なアニメを作り最終的にDVDやBlu-rayを買ってもらうことをビジネスの中心に据えている。しかし、それで今後もやっていくのは難しいと皆さん感じていると思う。良くも悪くも日本の製作委員会方式は岐路に立っていて、“壊す”というか、見直す必要があるのではないかという思いもあります。
石川も南もこの年ですし、たたかれても壁に当たってもここまでやってこられたので今さらビクビクすることもない。むしろ若い会社や次を望む会社にとってチャンスが出てきたということではないかと思います。
南 ここ10年くらい、映像ビジネスは大きく変化してきました。5年ぐらい前は「(今後)アニメの本数は減るんじゃないか」という話もありましたが、中国資本が入ってくるなどしてそうはならなかった。しかし、契約の条件などでブレやすいこともあって再び危機感が高まってきたころ、Netflixのように全世界をターゲットにした配信ビジネスが登場し、「また増えていくのではないか」という状況になりつつあると感じます。
こうした状況に現場としては混乱する部分もありますが、プロダクションとしてはオリジナル作品を1つの軸にしてきて、それを継続的にやれる環境を探っていた中での話でした。今回の提携により、日本でのビジネスを考えて企画を立てていたものを突破するような作品作りが見えてくるのではないかという思いがあります。
だから今回、「B: The Beginning」や「A.I.C.O. Incarnation」を全世界の人がどう捉え、どう感じるかは今後のわれわれを取り巻くアニメーションビジネスへの影響を考える上で楽しみです。
それぞれの視点で見た「B: The Beginning」と「A.I.C.O. Incarnation」
―― Netflixから制作についてオーダーは?
石川 強烈に覚えているのは「シナリオの分かりやすさ」について。「B: The Beginning」は難解なサスペンスですが、脚本について言われたのは、“(視聴者への)つかみ”となる第1話の重要性。出し惜しみをするのではなく、第1話でいきなりトップギアでいくよう強調されたのを覚えています。
とはいえ、そういうことは頭の部分、それこそ第1話とか前半だけ。後はすごく現場を信じてくれているというか、イニシアチブを取らせてくれて、ブレーキがかかるようなことはありませんでした。
「B: The Beginning」の場合、企画がスタートしたのは3年前で、開発に1年ぐらい、絵の作業に1年間目いっぱい使えて、それからリテイクやダビングなどの作業に入ることができました。アフレコを全話色つきでやれたのは今のテレビシリーズではないことですし、絵が全て完成しアフレコも終わったものに音楽をつけるぜいたくな作りで、さながら劇場版のようなスタンスで作れました。
僕は第1話を見て大ヒット間違いなしだと思ったけれど、大事なのは、見た人が「シーズン2を見たい」と思ってくれる仕上がりになっているかどうか。オリジナル作品を作った意味として、シーズン1で終わってしまうのは見た人にとってもNetflixとしても残念なことだろうし、続きを求めてもらえるのであればクリエイターとしてうれしいことなので。
―― 「A.I.C.O. Incarnation」はどうでしょう?
南 「A.I.C.O. Incarnation」は、作画枚数でいえば「B: The Beginning」ほどではないかもしれませんが、目的に向かって動き続ける中での人間模様やマターとのアクションが緻密に組み立てられていて、CGとアニメの融合にも挑戦していて見ごたえがあります。
後は、アイコという主人公が持つ秘密が今の時代に即したとてもセンセーショナルなもので、「視聴者の横にある別の世界」を感じてもらえるのではないかと。オリジナルで新たなテーマを持ってやれるというのは1つの醍醐味(だいごみ)ですね。
村田監督は、石川さんもよく知ってると思うんだけど、「翠星のガルガンティア」をやっていて……。
石川 知ってる。彼はスタジオジブリ作品をテレビシリーズで作ろうとする、ものすごい正統派ですよね。あれほど細かくリテイクを出すのは自分の知る監督では沖浦啓之さんか村田さんかというくらい。
南 最初から最後まですごく緻密で、演出を作り上げてから制作に入るのは村田監督の真骨頂ですね。
石川 あれはもう教科書。本当に細かい動きに緻密な演出が積み重なって作り上げられている。特にプロならあのすさまじさを実感するのでは。
(翠星のガルガンティアと同じく)鳴子ハナハルさんのキャラクター原案のかわいらしい女の子に対する執着心もものすごい。はたから見れば「いったいなぜ?」と思えるリテイクが出ますから。
石川 村田さんの作品をテレビシリーズでやれるアニメスタジオは少ないですよ。(Production I.G制作の)ガルガンティアのときも「これ以上やると現場がもたない!」と言いに行ってから村田さんとはあまり話をしていなかったりするんだけど。でもね、だからこそこの場で言っておかなければならないのは、「監督としてすごく評価しています」ということ。
海外は作り込んだクリエイティブの価値を見る目が肥えている
―― 少し話を戻します。以前Netflixのイベントで、Netflixにおける日本アニメの視聴は9割以上が海外からと紹介されていました。「世界にチャレンジしていく」ということでこれまでとは何かが変わっていくこともありますか?
南 いえ。実態としてはNetflix以外でもそれに近い数字だと思います。それだけ日本のアニメが多くの国で見てもらえているということで驚きはないですね。
石川さんも僕もこの業界は長く、海外番販が1話数万円とかの時代を知っている。だから国内でしかビジネスできなかったし、当時は玩具を売るための映像でした。当時、石川さんだと「赤い光弾ジリオン」(タツノコプロ制作分室時代)、自分はサンライズでしたから「機動戦士ガンダム」を。
そういう時代からすれば、今は映像自体を見てもらえる時代。自分の手応えとしては、(プロデューサーを務めた)「カウボーイビバップ」という作品で初めて海外のイベントに参加しましたが、屈強な外国人たちがすごく喜んでくれていて驚いた覚えがあります。ビバップは海外を意識して作ったわけではなく、国内の視聴者に新しい面白いものを届けようとして作ったものだったので。今はわれわれの作ったものが世界中の多くの人に見てもらえるというのは素晴らしいことだなと思います。
石川 海外に影響を与えたアニメというと、「AKIRA」や「攻殻機動隊」、暴力描写やセクシャルな部分が一人歩きしがちですが川尻善昭さんの作品も今も色あせない作品ですよね。そこに「カウボーイビバップ」や「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」が続いて。
海外では、情熱を注いで作った作品の息の長さを日本以上に感じます。日本だと1つの作品が中長期続いていくのはなかなか難しい。「エヴァンゲリオン」も継続的に続きを作っているからこそ、お客さんを引きつけている。それもまた大事なことですが、海外では1つの作品が評価されるし、作り込んだクリエイティブの価値を見る目が肥えているイメージがあります。
南 そうですね。うちの作品で「WOLF'S RAIN」(2003年)という作品がありますが、少し前に米国から「BDにアップコンバートするからチェックしてほしい」という連絡が来て驚きました。日本でもDVD-BOXまでしか出ていないのに、すごくコストが掛かるアップコンバートをやろうというニーズがあるということに驚くとともにすごく幸せな気持ちになりましたね。
一番の面白みは「アニメ制作会社と配信会社がダイレクトにやれること」
―― ところで、今回の業務提携は制作会社が100%の制作費を負担して制作し、固定のライセンスフィーが決まっていて、Netflixでの配信再生回数に応じて収益が変動するものではないという認識です。これが正しいなら、ビジネスとしてスケールする部分は、結局のところ二次的な部分という理解で正しいですか?
石川 オリジナル作品だと配信された作品が1年後くらいにDVDなどのビデオグラム、グッズ、ゲームなどでビジネスになっていくイメージですが、アニメ制作会社が配信以外の権利を持つことは大きいと思います。
―― 先ほど、製作委員会方式が岐路に立っていると話されていました。製作委員会方式では資金調達リスクが分散されますが、アニメ制作会社が相当な決断の下に出資しない限りオリジナル作品であっても得られる権利は限定的ですよね。そこに対する1つのアプローチというところでしょうか。海外市場の開拓はNetflixとの提携だけで解決する問題でもないように思います。
南 Netflixが作品を配信している190カ国以上に商品を売るためのビジネスインフラが今整っているかといえばそうではないですが、今後、比較的短期間でインターネットなどを通じてそれらの国々でもビジネスができる状態になってくるように感じます。もちろん、メーカーなどがパートナーであることはこれまでもこれからも変わりません。
アニメーションのビジネスのスタイルが変化していく中で、1つの方向性として「新しい作品を生み出せる」企画の魅力がある。それは、原作があって国内ビジネスを意識しながら作っていく作品とはおのずと違うものになります。アニメ制作会社と配信会社がダイレクトにやれるのは一番の面白みですね。
石川 ダイレクトにやれるのよさはそのとおりですね。ちまたではテレビシリーズの制作予算と比べてNetflixのそれは高いなどとよく話題になっているようですが、僕がより重要だと思うのは、ビジネス上の関係を築けるかどうか。制作費を高めたいと思うなら結果を出して、ニーズを示して交渉したい。そうしたデータをわれわれがダイレクトに把握できるかどうかは重要なポイントであり、そのデータが見られるようになるとうれしいですね。
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どんな作品が生まれるか楽しみですね。
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