「編集の赤字は無視」「OKが出た後に内容を変える」 型破りすぎるマンガ『このかけがえのない地獄』の作り方(1/3 ページ)
作者のアッチあいとは何者なのか。その一端が分かる!?
潤んだ目に眼鏡をかけ、リボンをつけた三つ編みの女の子(巨乳)が、こっちを見つめている……。そんな「意味深」なイラストが印象的な短編集『このかけがえのない地獄』(電撃コミックスNEXT・KADOKAWA)が、ひそかに話題を集めています。
バラバラの媒体で描かれた収録作に出てくるのは、かわいいけれど一癖も二癖もある女の子たち。「なんだこれは!?」と言いたくなるような、ひねりのあるストーリーにうならされ、既刊を調べてみても、情報はなく……。果たして作者のアッチあいとは何者なのか? 気になったので直接本人に会ってインタビューしてきました。収録作の「黙れニート」の出張掲載とあわせ、魅力をたっぷりとお届けします!
※レビュー:「恋人でもない男におっぱい揉ませて悔しくないの?」ラブコメの“舞台裏”を暴く!? そして掟破りの衝撃エンドへ…
実は、表紙から描きました
――『このかけがえのない地獄』、とても面白かったです。いろいろな媒体での読み切りが収録されていて、表題作だけが描き下ろしですよね。こちらはどういう経緯で生まれたのでしょうか?
アッチ:これ実は表紙から先に描いたんです(笑)。
――えっ……?
アッチ:表紙の締切りが早くて。でも締切りを過ぎてもマンガの内容を決められなかったので、「先に表紙を描かせてください! それに合わせて話を考えます!」と編集さんにお願いして……(笑)。とにかくキャッチーな表紙を目指しました。
――表紙買いした身としては「確かに!」とも思ったのですが、具体的にはイラストのどういう要素が「キャッチー」なんでしょう。
アッチ:細かく描き込まれてる髪の毛、大きいおっぱい、赤いリボン、こっち見てる大きな瞳、服を脱ごうとしてるしぐさ……とかですね!
――マーケティングの思考だ! 完全に釣られました。
アッチ:編集さんに迷惑を掛けているのでとにかく表紙で引けるように頑張りました。そうやって表紙絵を描いてから、「路地裏っぽいから都会かな」「これから変身しそう」と表紙から妄想して、話を作りました。
――でもよく考えたら、表紙から描くのって、同人誌だと珍しくないかもしれませんね。
アッチ:同人活動の影響はあるかもしれません。同人誌ではいつも、ざっくり展開を決めた後は、先に表紙から描くことが多かったので。でも、大まかな話は事前に決めた方がいいと思いました。正直、「このかけがえのない地獄」はとても苦労しました……(笑)。
編集I:そもそも、最初に出てきたプロットは「おねショタもの」だったんです。
――え、おねショタの要素なかったですよね?
編集I:「これはキャッチーですてきですね!」と思ってOKを出したのですが、ネームが上がってきたらショタがいなくなっていた……。
アッチ:描いてるうちに「この話の流れだと、少年が傷つくかもしれない。それはかわいそうだな」と思って、退場させてしまいました(笑)。編集さんごめん。
――自由だ(笑)。
編集者から「うそつき村の住人」と言われて
――ちなみに本作はAmazonでレコメンドされて読んだのですが、アッチあい先生の経歴が全くわからなかったので、興味をそそられました。
アッチ:もともと「oimo」という名前で商業デビューしたのですが、ローマ字のペンネームって何だかかっこつけてるよな……とずっと思っていて(笑)、今回の短編集でやっと変えたんです。
――どの短編集も、「読んだことあるパターンかな」と思って油断していると、ラストでひっくり返される。毎度「なんだこれは!?」という読後感に見舞われました。
アッチ:王道が描けないんですよね。「うそつき村」の住人なので(笑)。
――……どういうことですか?
アッチ:「うそつき村と正直村」っていう論理クイズ(※)があるじゃないですか。
※:「旅人がある分かれ道にやってきた。片方はうそつき村に、片方は正直村に続いているが、どっちが正直村かわからない。一方から村人がやってきたが、相手がうそつき村の住人か、正直村の住人かもわからない。相手に一度だけ質問できるとして、どうやったら正直村の方向がわかるか」
――ああ。「人に何か聞かれると、必ずうそをついてしまう」のが、うそつき村の住人の特徴でしたよね。
アッチ:前にある編集さんから「うそつき村の住人みたいですね」って言われてしっくりきたんです。私は王道が嫌いというわけじゃないんですが、世間で流行っているのとずれたものを描きたくなっちゃうんです。逆に、世間で「ちょっとひねったっもの」が流行っていたら、王道を描くかも。「4番目のヒロイン」(初出:週刊少年サンデーS増刊)も担当編集さんからは「ラブ描いてください」と言われたのに、ああなっちゃいました。
――個人的に特に好きな作品です。冴えない男性主人公がなぜかモテてしまう“ラブコメあるある”を、実は物語の女の子たちが頑張って作り出している……という設定が衝撃的でした。
アッチ:「ラブ」のお題を逆手にとって、どうせならハーレム系ラブコメをいじっちゃおうと思って、あれを描いたんです。私は昔からハーレム系の主人公がモテモテなのに違和感があったんです。ハーレムの女の子たちの意志のなさもあまり好きではなかったのもあって、考えた結果、ああいう話になりました。
――ラブコメが好きだからこそメタな展開に踏み切ったのかと思ったのですが、そういう経緯だったのですね。編集さんからは、出したネームに対して何か言われなかったんですか?
アッチ:内容については大丈夫だったんですけど、メタ設定が分かりにくいからって別の表現を提案されて。だから伝わりやすいように描き直しました。結果、提案を無視した形になったんですけど編集さんは完成作を読んで褒めてくれました(笑)。
――編集さんの赤字って、無視できるんですか……?
アッチ:新人は普通無視したらダメなんですけどね! 『オゲハ』を連載していたときは、毎月無視していました……。
編集I:赤字は編集からの提案にすぎないですからね。個人的な意見ですが、原稿の最終的な決定権は作家さんにあると思います。受け入れられないと、ちょっと悲しいものですが(笑)。
アッチ:ちゃんと赤字は見てますよ! ただ描きたくないものは描けませんでした(笑)。
――それだけフリーダムに描かれるんであれば、本当は同人活動のほうが水にあってるんじゃないでしょうか?
アッチ:それがですね、同人誌のほうが自由に描けないんです!
――……そんなことがあるんですか?
アッチ:同人誌って、即売会で手売りするから、読む人の顔が直に見えるじゃないですか。そうすると「この子たち、バッドエンド描いたら悲しむだろうな……」と思ってしまって、最後は絶対ハッピーエンドにしてるんです。女の子が好きなので、読んでくれる人のことも悲しませたくなくて。
――愛ですね……!
アッチ:それに対して、商業誌だと読者の顔も見えないから、空に向かって自由にナイフを振り回してしまう……。
――ナイフ(笑)。それでも、商業の作品もギリギリのところでは突き放さないというか、ちゃんと読者のカタルシスに応える所がステキだと思いました。「黙れニート」とか、私なんかは「ええ、それでいいの?」と思っちゃうタイプなのですが、すごく励まされてる友人もいて。
編集I:とても研究熱心で、頭の回転が早くて、ご一緒していて楽しい作家さんです。
アッチ:研究が好き、という自覚はありますね。もともと本当に絵が下手だったのですが、何ページも何ページも同じものを描き続けるのは苦じゃなくて。練習し続けてやっと、今くらい描けるようになりました。
『ゴールデンカムイ』を読んで目覚めました
――現在までに単行本を4冊出していますが、商業でマンガを描きたいと思ったのは、いつごろなんでしょうか。
アッチ:この間、ですね!
――えっ?
アッチ:『ゴールデンカムイ』がアニメ化記念で100話無料公開になっていたじゃないですか。
――……なってましたね。
アッチ:それで『ゴールデンカムイ』を読み始めたら、めちゃくちゃ面白くて。
――(笑)。
アッチ:熱量と情報量がとんでもなくて、「商業マンガって、こんなに面白いことができるんだ!」とワクワクしたんです。私は同人をやっているうちに声がかかって、商業マンガでも描いてきたんですけど、最近のマンガ市場って「分かりやすさ」や「売れやすさ」が重視されていて、「編集に描かされてる」感が透けて見える作品が多いように感じていて……。
――Iさんもいる前で、ものすごく赤裸々な話が……。
編集I:耳が痛いお話しです。
アッチ:それだったら同人誌市場のほうが自分のために描いているし熱量が半端ないし、面白いのでは? という気持ちになっていたんですね。でも『ゴールデンカムイ』は、半端ない熱量と情報量をきちんとまとめ上げて、さらに面白くて……。私はまだまだこれほどの熱量でマンガを描けていないと反省しました。これだけ面白いものが生み出される世界なのであれば「自分ももっと頑張ろう」と刺激を受けましたね!
――今後のアッチ先生の商業作品がますます楽しみです。他には、最近ハマっているコンテンツなどはありますか?
アッチ:『ゴールデンカムイ』以外だと、ケイン・コスギの実況動画です。
――それはどういう……?
アッチ:ケイン・コスギが、Twitchで「League of Legends」のゲーム実況をやっているんですよ。ゲームプレイ自体が面白いというよりも、ケイン・コスギの人柄が面白くて。Twitchって、コメントが荒れやすいサービスで、ケイン・コスギの配信にもいろいろキツいコメントがついてたんですけど、彼が誠実に対応し続けている結果、コメントもどんどん誠実になっていくんです。
――誠実というのは、具体的にどういう感じなんですか?
アッチ:ゲームで負けると、ケイン・コスギが腕立て伏せを30回やる独自ルールになってるんですが、腕立て伏せはカメラの外でやるので、どうなってるか見えないんです(※)。そのときに、コメントで「ウソツキスギ」って言われていて。私のような「うそつき村」の人間は、人からそんな発言をされたらブチ切れるんですが……、ケイン・コスギは「ウソツキスギ」って言われても、にこにこ笑ってるんですよ!
※:現在はトレーニングカメラが設置されたため確認できる
――あー、うそついてないから。
アッチ:そう、うそついてないから気にならないんですね。自分が「うそつき村」なので、ケイン・コスギの実況を観て誠実さを勉強してるんです。
――アッチ先生は、人間観察がお好きなんでしょうか?
アッチ:好きです。最近だと近所の商店街の人たちを眺めるのが楽しいです。「売れてる八百屋」と「売れてない八百屋」の違いを考察したり。あまりにも売れてなさすぎて「こうしなよ」と心のツッコミを入れたり(笑)。面白いのでいつかマンガで描きたいです。
――いつかその八百屋の話から『ゴールデンカムイ』をしのぐ傑作が……。描きたいものの構想は、頭の中にいろいろ持ってるんでしょうか?
アッチ:うーん。でもやっぱり依頼があって初めて形になるかもしれません。編集さんの言うことを聞かないという話を散々してしまいましたが(笑)、オーダーがあるからこそ遊べるんですよね。オーダー通りは嫌だけど、外れすぎないギリギリ……を狙うことで、描きたいものが生まれるんです。
――次はどんな「うそつき」な話が世にでるのか、期待しています! 今日はありがとうございました。
出張掲載:漫画「黙れニート」(『このかけがえのない地獄』より)
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