ピカソの絵が何百億円もするのってなんでなの?【芸大生が5分で解説】

「自分にも描けそう」なんて思っている人も多いのでは?

» 2018年05月31日 10時30分 公開
[QuizKnockねとらぼ]

 世の中に芸術家と呼ばれる人はたくさんいますが、「天才芸術家」と聞いて真っ先に思い浮かぶのはきっとパブロ・ピカソでしょう。


パブロ・ピカソ(1962年撮影)

 「ゲルニカ」など数多くの名画を描き、今に至るまで絶大な評価を得ているピカソですが、その絵のいくつかは「わけが分からない」と評されることがあります。また、子供にも描けそうな絵といわれたりもします。

 少し前には、「ピカソより普通にラッセンが好き」というお笑い芸人のネタもありました。確かに誰が見てもきれいで分かりやすいラッセンのイルカの絵に比べて、ピカソを普通に好きになれる要素を見つけるのは難しいかもしれません。

 ではそんなピカソが教科書に載るような巨匠として扱われ、ここまですごいといわれているのはなぜなのでしょうか。


圧倒的な技術力

 まず、ピカソの絵が「良い」か「悪い」かはさておき、「うまい」絵であったことは確かです。


「科学と慈愛」1897,ピカソ美術館

 この絵は「科学と慈愛」という題で、ピカソがわずか15歳の時に書き上げた大作です。この時点で類稀なる画力を身につけていたことが分かります。

 ピカソの父親であるホセは美術教師であり、ピカソが幼い時から厳しいデッサン教育を施しました。そうして少年時代に培われた、絵を描く上での圧倒的な「画力」がピカソの絵を支えているといえます。

 後年にはそれこそ「子供が描いたような」とても写実的とはいえない絵を多く残したピカソですが、そのような絵も土台にはこの画力があり、とても誰でも描けるような線ではないのです。


新しい絵画を切り開いた

 ピカソといえば、ジョルジュ・ブラックと共に「キュビスム」という絵画様式を生み出したことで知られています。

 キュビスムとは人や自然の立体的な風景を全て複数の視点から見た幾何学的な形で捉え、平面にそのまま表す様式です。描かれているそれぞれの構成要素が立方体(キューブ)のように見えることからキュビスムと呼ばれています。

 私たちは普段、ものを1つの視点からしか見ることができません。例えばサイコロのある1つの面を見るときには、その反対側の面を見ることはできないようにです。しかしキュビスムでは全ての面を同時に描くことで、見る側の視点を超えた物や人の本質に迫ろうとしました。ピカソは現実をただ模倣するだけの絵画をやめることで、より「純粋な絵画」を目指したのです。

 つまり目に見えるものをあらゆる角度から分析することで、3次元の物体をそのまま2次元に展開しようとする試みがキュビスムなのです。


「アヴィニョンの娘たち」1907,ニューヨーク近代美術館

 一見奇抜ともいえるこのキュビスムがなぜこんなにも評価されたのかといえば、それはキュビスムが旧来の遠近法に縛られた絵画を破壊し、全く新しい道を切り開いたからです。

 目に見えるものをそのままではなく幾何学的な形として捉えるというのはピカソに始まったことではなく、「近代絵画の父」とも呼ばれるポール・セザンヌが編み出した手法です。

 しかしピカソはそのセザンヌの手法を極限まで推し進め、自然の単なる捉え方にとどまらず画面全体を覆うような平面での立体表現を生み出してしまったのです。

 ピカソは初期の「青の時代」や「ばら色の時代」から後期のシュルレアリスム(超現実主義)的な作品を描く時代など、その生涯で幅広いジャンルの絵画に取り組みました。彼が制作した作品数は15万点にものぼり、「最も多作な芸術家」としてギネスブックにも記録されています。

 抽象絵画で有名なアメリカの画家ジャクソン・ポロックは、ピカソの画集を床に投げつけ「ピカソが全部やっちまった!」と叫んだという逸話が残っています。

 それほどまでにその人生で絵についてやりつくし、描くことを極め切ったのがピカソなのです。


ピカソというスター

 たとえピカソの技術がいかに優れ、どれほど革新的であったとしても、その作品に何百億もの値段がつくのはおかしいと思う人も多いのではないでしょうか。

 ここで気を付けなければならないのは、作品の価格=作品の価値では必ずしもないということです。

 ピカソが活躍したのは20世紀初頭のことで、ちょうどオークション市場が活性化し、「アートがビジネスとして」見られるようになった時代でもありました。

 そこで時代の最先端を走り新しい絵画をひっさげ登場したピカソは、まさに市場にとって待望の存在。多くの投資家やコレクター達に次々と作品が買われていきました。このある意味バブルともいえる状態で、ピカソの絵の値段は跳ね上がっていくこととなります。

 こうした背景もあり、ピカソはゴッホのように貧しい中で絵にしがみついていたような画家ではなく、比較的裕福な中で制作に没頭することのできた芸術家となりました。キュビスムを象徴する作品である「アヴィニョンの娘達」も、生活への心配がない中で売れるかどうかを考えず、純粋に表現を突き詰めることができたために生まれた作品でした。

 芸術を追い求めるピカソと、その作品を望むマーケット、更には新たな美術を確かなものにしようとする美術館が一体となって作り上げたのがピカソというスターなのです。


まとめ

 生涯作品を作り続け、また多くの愛人とのスキャンダルでも知られるピカソはまさに今の「芸術家」のイメージを作り上げた張本人です。

 確かにピカソの絵はよく分からないものばかりかもしれませんが、そこには確かな表現と美術としての大きな意味があります。

 それを踏まえると、「普通にピカソが好き」と少しでも思えるようになるのかもしれません。

参考文献

『ピカソは本当に偉いのか? 』西岡文彦(新潮新書)

See Lee Krasner Pollock, “An Interview with Lee Krasner Pollock by B.H.Friedman,”in Jackson Pollock:Black and white, exh. cat. (New York: Marlborough-Gerson Gallery,1969)


制作協力

QuizKnock


Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2411/21/news027.jpg 大きくなったらかっこいいシェパードになると思っていたら…… 予想を上回るビフォーアフターに大反響!→さらに1年半後の今は? 飼い主に聞いた
  2. /nl/articles/2411/20/news049.jpg 高校生の時に出会った2人→つらい闘病生活を経て、10年後…… 山あり谷ありを乗り越えた“現在の姿”が話題
  3. /nl/articles/2411/20/news222.jpg ディズニーシーのお菓子が「異様に美味しい」→実は……“驚愕の事実”に9.6万いいね 「納得した」「これはガチ」
  4. /nl/articles/2411/20/news027.jpg 「こんなことが出来るのか」ハードオフの中古電子辞書Linux化 → “阿部寛のホームページ”にアクセス その表示速度は……「電子辞書にLinuxはロマンある」
  5. /nl/articles/2411/20/news054.jpg 「防音室を買ったVTuberの末路」 本格的な防音室を導入したら居住空間がとんでもないことになった新人VTuberにその後を聞いた
  6. /nl/articles/2411/20/news050.jpg プロが教える「PCをオフにする時はシャットダウンとスリープ、どっちがいいの?」 理想の選択肢は意外にも…… 「有益な情報ありがとう」「感動しました
  7. /nl/articles/2411/21/news083.jpg 間寛平、33年間乗り続ける“希少な国産愛車”を披露 大の車好きで「スカイラインGT-R R34」も所有
  8. /nl/articles/2411/21/news085.jpg 「もしかしてネタバレ?」 “timeleszオーディション”候補者がテレビ局を退社 ディズニーの“船長”としても話題
  9. /nl/articles/2411/18/news107.jpg 走行中の車から同じ速さで後方へ飛び降りると? 体を張った実験に反響「問題文が現実世界で実行」【海外】
  10. /nl/articles/2411/21/news018.jpg グルーミングが出来ない生まれたての子猫、とんでもない体勢になり…… 想像以上のへたくそっぷりに「どこにも届いてないww」「反則級」
先週の総合アクセスTOP10
  1. 「飼いきれなくなったからタダで持ってきなよ」と言われ飼育放棄された超大型犬を保護→ 1年後の今は…… 飼い主に聞いた
  2. ドクダミを手で抜かず、ハサミで切ると…… 目からウロコの検証結果が435万再生「凄い事が起こった」「逆効果だったとは」
  3. 「明らかに……」 大谷翔平の妻・真美子さんの“手腕”を米メディアが称賛 「大谷は野球に専念すべき」
  4. まるで星空……!! ダイソーの糸を組み合わせ、ひたすら編む→完成したウットリするほど美しい模様に「キュンキュンきます」「夜雪にも見える」
  5. 妻が“13歳下&身長137センチ”で「警察から職質」 年齢差&身長差がすごい夫婦、苦悩を明かす
  6. 人生初の彼女は58歳で「両親より年上」 “33歳差カップル”が強烈なインパクトで話題 “古風を極めた”新居も公開
  7. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  8. 互いの「素顔を知ったのは交際1ケ月後」 “聖飢魔IIの熱狂的ファン夫婦”の妻の悩み→「総額396万円分の……」
  9. ユニクロが教える“これからの季節に持っておきたい”1枚に「これ、3枚色違いで買いました!」「今年も色違い買い足します!」と反響
  10. 中央道から「宇宙戦艦ヤマト」が見える! 驚きの写真がSNSで注目集める 「結構でかい」「どう見てもヤマト」 撮影者の心境を聞いた
先月の総合アクセスTOP10
  1. 50年前に撮った祖母の写真を、孫の写真と並べてみたら…… 面影が重なる美ぼうが「やばい」と640万再生 大バズリした投稿者に話を聞いた
  2. 「食中毒出すつもりか」 人気ラーメン店の代表が“スシローコラボ”に激怒 “チャーシュー生焼け疑惑”で苦言 運営元に話を聞いた
  3. フォロワー20万人超の32歳インフルエンサー、逝去数日前に配信番組“急きょ終了” 共演者は「今何も話せないという状態」「苦しい」
  4. 「顔が違う??」 伊藤英明、見た目が激変した近影に「どうした眉毛」「誰かとおもた…眉毛って大事」とネット仰天
  5. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  6. 星型に切った冷えピタを水に漬けたら…… 思ったのと違う“なにこれな物体”に「最初っから最後まで思い通りにならない満足感」「全部グダグダ」
  7. 「泣いても泣いても涙が」 北斗晶、“家族の死”を報告 「別れの日がこんなに急に来るなんて」
  8. ジャングルと化した廃墟を、14日間ひたすら草刈りした結果…… 現した“本当の姿”に「すごすぎてビックリ」「素晴らしい」
  9. 母親は俳優で「朝ドラのヒロイン」 “24歳の息子”がアイドルとして活躍中 「強い遺伝子を受け継いだ……」と注目集める
  10. 「幻の個体」と言われ、1匹1万円で購入した観賞魚が半年後…… 笑っちゃうほどの変化に反響→現在どうなったか飼い主に聞いた