その漫画はなぜAVの歴史を変えると言われるのか――野々原なずな×クジラックス特別対談(1/2 ページ)
自伝漫画を描く現役セクシー女優が敬愛してやまない漫画家、クジラックスさんを招いて対談。
ソフトオンデマンド専属の現役セクシー女優・野々原なずなさんが描く自伝漫画『男性恐怖症だった私がAV女優になるまでの話』。電子コミック配信サービス「まんが王国」と新潮社バンチ編集部のコラボで6月に立ち上がった新レーベル「ウツツ」で連載中です。
身内からの性的虐待など、衝撃的な出来事が生々しい心情とともに描かれている同作は、後述するよう、セクシー女優のイメージ作りのセオリーとしては普段表に出さないような内容です。メーカーの人間をして「AVの歴史に残る」と言わしめる同作を描く野々原なずなさんとはどのような人物なのでしょうか。
ねとらぼエンタでは、野々原さんと、成年向けマンガで独特の存在感を放つクジラックスさんとの特別対談をセッティング。対談の進行は“エロマンガ家インタビュアー”こと、稀見理都(きみりと)さんにお願いしました。
出会ってしまった野々原なずなとクジラックス
稀見理都(以下、稀見):今日は、バンチ×まんが王国の新コミックレーベル「ウツツ」で、野々原なずな先生の新連載『男性恐怖症だった私がAV女優になるまでの話』スタートを記念して、先生が敬愛する漫画家、クジラックス先生をお招きして対談を行うこととなりました。以前実施した知るかバカうどん先生との対談に引き続き、クジラックス先生の対談がシリーズ化している印象もありますが(笑)、今日はよろしくお願いします。
野々原なずな(以下、野々原):よろしくお願いします。
クジラックス(以下、クジラ):なんか、いつもすいません。よろしくお願いします。
稀見:新レーベル名の「ウツツ」とは「鬱」と「現(うつつ)」のダブルミーニング的な発想と考えていいんですよね? 野々原先生の担当、新潮社バンチ編集部のK澤さん。
K澤:その通りです。女性の家庭の問題や、性の問題を若年から上の世代までカバーできるレーベルとして立ち上げました。
稀見:K澤さん、どういういきさつで野々原先生をオファーし、「ウツツ」レーベルでの連載に至ったのか最初に簡単に説明いただけますか。
Cまる:すみません、少しいいですか? 私(SODクリエイト・プロモーション担当)のところにプロダクション経由でお話が来たのですが、K澤さんって福満しげゆき先生の漫画に出てくる編集さんだと知って、驚きました。私、福満先生の大ファンで、K澤さんとお会いできて誰よりも興奮しちゃったんですよ!
K澤:作品によく出るので(汗)。
野々原:いきさつは私から。私、漫画を読むのが好きで、2018年にAVデビューしたんですが、デビュー前にちょっとだけ漫画連載をしていたこともありました。期間的には短いですけど。
稀見:AVデビュー以前に漫画家としてデビューされていたんですね。商業誌連載ですか?
野々原:そうですね、4コマ誌でした。所属事務所にその話をしたら、漫画やイラストを描く女優として売り出していこう、みたいな流れになったんです。だから、Twitterなどでは最初、顔を出さないでイラストを描いたりして、デビュー解禁となったときに顔出し! ということに(笑)。
Cまる:話題性があって本人の特技を生かした方がいいかなと、私もマネージャーさんと話しました。懐かしいですね。
野々原:それで昔描いたものや最近描いた漫画を上げていたんです。頻繁にアップしていたんですが、デビュー後にK澤さんに見ていただいたみたいで、オファーされて今に至ります。アップしたのは明るい漫画もありますが、過去の暗い感情を描いたエッセイ4コマを上げたときがありました。
K澤:野々原先生の小中学生時代のお話でした。それを読んで執筆を依頼しました。これは漫画のうまいAV女優ということではなく、作家としてオファーをしなければならないと感じたんです。それほどの衝撃でした。
野々原:とてもうれしいです。
Cまる:小泉ひなたちゃんという野々原と同時期にデビューしたとても仲のよい女優さんがいるんですが、その子もすごい漫画好きです。AV業界でも最近は漫画、エロ漫画の話で盛り上がることが多くなりましたね。
クジラ:AV業界にはそんなにエロ漫画好きがいるんですね。
稀見:クジラックス先生、その辺はさすがに喰いつきますね!
Cまる:なずなちゃんとひなたちゃんは一緒にツイキャスをやっているんですが、うどん先生(知るかバカうどん先生)とクジラックス先生の話題が出たりします。あとギャルゲーの話とか。
野々原:私、もともとニコ生(ニコニコ生放送)の配信をやっていたので、ツイキャスも楽しんでやっていた感じです。で、K澤さんに今回の対談の話をいただいた際、以前、知るかバカうどん先生がクジラックス先生と対談した話を聞いて、私もクジラックス先生と話したいですとお伝えしたんです。
クジラ:!!!!
稀見:モテモテじゃないですかクジラックス先生。ちなみにクジラックス先生やうどん先生の作品を知ったのはいつ頃ですか?
野々原:クジラックス先生は未成年のころに知っちゃったんです。作品は、『がいがぁかうんたぁ』(同人作品)。あれを読んですごいなーというのが最初で、うどん先生は2年くらい前です。最初は同人作品を見たと思いますが、その後『コミック Mate L』(一水社)で描かれている漫画も読んで、すごい人がいるなと。
稀見:うどん先生が女性だってことは知っていました?
野々原:女性の描写がすごくリアルで女性的に描かれているので、そうなんじゃないかなと思っていました。それで調べたらインタビューが出てきて、やっぱり女性の方だったんだと。
稀見:野々原先生たっての希望で実現したクジラックス先生との対談ですが、まずは、野々原先生がクジラックス先生に聞いてみたいことを掘り下げてみましょうか。野々原先生いかがですか。
野々原:そうですね、クジラックス先生は心理描写が丁寧で本当にリアルじゃないですか。そういうのはどう勉強したり、どういう風に描かれているのかなって。例えば『がいがぁかうんたぁ』で女の子がビクっとするシーンの描写は勉強して描かれているんですか?
クジラ:……勉強なのかな? うん勉強ですかね。ネットでそういう記事を読みあさるのが好きだったとか。ただ、意識的に勉強しているわけではないです。あとエロ自体にそこまで……ガチャン! (注:クジラックス先生が、野々原先生の原稿のコピーにお茶をこぼす)あ、すみません、原稿に、すみませんすみません!
稀見:まさかこんなところで、クジラックス先生が野々原先生にぶっかけをするとは(笑)。
野々原:ぶっかけ好きなのばれちゃいますね(笑)。
クジラ:エロ描写だけだとそこまで自信がないから、心理描写で目立っていこうとか印象に残そうとかといった意識があったんでしょうね。
野々原:私、『ろりともだち』(茜新社)が大好きなんですが、主人公の男性の心情描写にたくさんページを割かれていますよね。あれを読んで、クジラックス先生は「ただのロリエロを描きたい人じゃないのかも」と感じたんです。
クジラ:青年漫画の影響というか、さえない男が主人公の漫画とかが好きだったので、それをエロ漫画に持ち込んだ感じですね。
稀見:『ろりともだち』といえば、野々原先生のAV作品の監督もされている、太田みぎわ監督も『ろりともだち』の大ファンだとお聞きしました。さりげなくこの対談に最初からいらっしゃいましたが(笑)。
太田みぎわ(以下、太田):僕は、『ろりともだち』は基本的に少女というのは記号的なもので、野々原さんの作品は、生々しい少女の心情がメインに据えられているように思います。そういう2人の作家がどういうところで接点を持つのかは気になりますね。例えば僕はクジラックス先生の作品を読むと、僕が男性だから分かるって感じですけど、野々原さんは誰にどう感情を移入して読むのかなと。
野々原:本当に、映画を見ているような感覚もあったり、主人公にそういう風にしたいとは思わないけど、ただなんかそういう風になっていく描写というか、どんどん過激になっていったりとか。これが共感なのかな?
今回クジラックスさんとの対談を切望したのも、クジラックスさんの漫画が好きでファンだから、というだけではないんです。私も性的虐待を受けた経験があって、漫画に描かれるような内容を体験しているけど、物語に救われていた部分もあるんです。その体験自体はとてもつらいことで、自分が描いていてもつらいんですが、物語を読んでると「これは物語なんだな」ってちょっと安心するんです。
AVもそう。フィクションとして作られて、物語で、被害者はいるけど現実世界にはいない。漫画もそういうものとして読むじゃないですか、そういうところが個人的に救われたというか、うまく言葉にできないんですが……。
K澤:今の話を聞いてると、現実で自分があった体験を俯瞰して、それを物語として受け止めれば自分の中で消化できるという感覚があるのかなと。
稀見:漫画をフィクションとして俯瞰して読むと、自分の身代わりではないですが、ひどい目に遭っているキャラが漫画の中にいることで、自分が救われていると安心するようです。だから安心して楽しめる、そういう部分もあるのかなと。ロリエロ作品を描く女性作家さんも多いですよね。
クジラ:多いですね。描くとデトックスというか、がんを摘出するような感覚ですけどね。『ろりともだち』も内側のモヤモヤ、ドロドロしたものを描くことで昇華できたというか。
稀見:クジラックス先生は、体験ではないにせよ、社会問題を敏感に作品に生かすのがうまいですよね。
クジラ:好きですね。もちろん、実際には何もしていないですよ(汗)。ニコ動(ニコニコ動画)の歌い手の話(『歌い手のバラッド』。現在、茜新社『COMIC LO』で連載中)などは、読み切りの題材としては僕よりも前に描かれた方もいますが、連載にしたのは最初の方だとは思います。
僕は『闇金ウシジマくん』(真鍋昌平)の毎回一人にスポットを当ててその人の人生を描くのが好きで、『歌い手のバラッド』も言ってみれば「歌い手くん」みたいな感じ(笑)。一人の歌い手のアップダウンを描きたいなと。「歌い手」で事件を起こして逮捕された犯人のルックスが僕と似ていたので、ひとごととは思えなかったんですよ。
稀見:ここでも、漫画家クジラックスが注目したのは男性だったと。
クジラ:そうですね。それまでが『ろりともだち』のように非モテ側のロリコンを描いていたので、その逆のモテるロリコンを描きたいなと。そこで考えたのが、未成年のときにさえない青春を送って、大人になってから意外とモテることに気付いてしまった男の話。青春の元をとるというか、取り戻すみたいな。
ただ、僕は女の子側をただの被害者扱いするのは嫌です。中学生でも一人の人間なのに、ニュースになると、ただ悪い大人にだまされて喰われたみたいにくくられちゃうじゃないですか。一人一人は大人に対して恋愛をしていると思うんです。漫画にするときはそこを無視はしてはいけないと。
野々原:同感です。『男性恐怖症だった私がAV女優になるまでの話』第4話で描いているんですが、子どももいろいろ考えているんですよね。幼少期のことを今の私が描くので大人の視点も入っていますが、個人的には子どもを子ども扱いで描くのは好きじゃなくて、一人の人間として傷ついたり悲しむこともあれば喜ぶこともあるという、そういうのも描いていきたいです。
クジラ:ちなみに僕は、作品にもよりますけど、『歌い手のバラッド』以前は女の子の気持ちをあまり考えていませんでした。それこそ『ろりともだち』だと、女の子は男が感動するためのいけにえみたいな存在。『歌い手のバラッド』も最初はそこまで深く考えずに始めましたが、描くにつれ恋愛の場合は女の子に個体差が出る。レイプだと、ただただ泣いてやられるだけになっちゃうかもしれませんが、恋愛の場合、憧れの人とつながれて、はしゃぐ子もいれば、やれてラッキーみたいな子もいる。普段は真面目だけど実はすごくエロいとか、あるいはミーハーだとか、そうした個体差は描かなきゃいけないと思って、それを描くために連載にしました。読み切りだとどうしても、事件が発覚して炎上したときに、一気にたたかれて終わるみたいな感じになっちゃうので、ちょっと単純化しすぎかなって。
野々原:逆の視点で、自分の描いている漫画で自分は性的虐待の被害者ですけど、性的虐待をする側にもいろいろな事情があったと思うんです。私の場合はそれが身内だからこそよく分かっていて、昔はただただ苦しいし憎しみしかなかったですけど、今思うと、あの人はきっとこう考えていたのかもしれないなと……。
クジラ:理解したい部分もあると?
野々原:自分が女性だからそう思うのかもしれませんが、自分が男だったらそっち側の人間だったかもしれないという思いもあります。もちろん、嫌いだし憎いんですけど、完全に否定もできなくて……。通り魔みたいな人だったらそんなこと考える必要もないのでしょうけど、私の場合は加害者が家族。だから自分でもいろいろ言うことができたらというのが今の作品を描く理由の1つですね。ただ、同情する部分はあるけれど「絶対許さない!」というのは主張しておきたいですけど。
稀見:今度はクジラックス先生に伺います。フィクションですが、クライム系ロリ漫画を描く先生から見た、セクシー女優としても活躍されている野々原先生の今回の作品の感想などがあれば。
クジラ:4話まで拝読しましたが、重い過去を背負っているなと。僕も親がうるさいとかはありましたが家庭崩壊というほどでもなくて、こんなに大変じゃなかったです。僕が体験したことがないハードな人生なので、どう声をかけたらよいのかと……。「大変でしたね」が一番の感想ですかね。
とりわけ、作中の“パパ”が怖いなって。怖いし、子どもだった自分視点で具体的に何が起こっているか分からなさというんですかね。自分にされたことも、夫婦関係が具体的にどうなってるのかも、喧嘩しているのは分かってもどう離婚したのかとか、なぜ引き離されたのかとか、ふわっとしか分からなかったわけですよね?
野々原:ぶっちゃけ、いまだに分からないです。今でも全然家族と話さなくて、実家に帰ったら普通の世間話はしますけど、過去の話は一切しないので。
クジラ:えっ!? それは聞けない感じ? 第3話で妹さんがいなくなったみたいな話が出てきましたけど、あれはあそこで終わりですか?
野々原:聞けない感じです。あれはあそこで終わりです。
クジラ:モヤモヤする……。描いていてつらくならないですか?
野々原:なります。プロットを考えている段階が一番きて、ネームもしんどくなって。
クジラ:過去の自分と向きあうというか大変な作業ですね。
K澤:描くこと自体がセルフカウンセリングの役割を果たしていると思います。
クジラ:確かにネームなどは“出力”する作業だから自分と向きあう、自分をカウンセリングしているみたいな感じですよね。
野々原:連載が続くとさまざまな反応が寄せられるでしょうから、中には批判もきっとあるでしょう。でも、たくさんの人の意見を聞くことでさらに客観的になれて、自分の過去のつらかったことにも向き合えるというか整理できるんじゃないかなって。だから反応が楽しみです。反応が怖いとかは全くなくて、ノンフィクションだから何を言われても、もう終わったことだしって。
稀見:同じような境遇にある人の助けになれば、という思いはありますか?
野々原:そうですね。やっぱり似たような境遇、例えば性的虐待でなくてもレイプの被害者などは、もっとエグられているかもしれませんけど、私は虐待から立ち直って、一回引きこもりましたが、今は社会生活をして、ちゃんと男性と話せたりAV女優という男性と密接にかかわる仕事をしているところを知ってほしい、というのはあります。
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