ゲームブック版『ドルアーガの塔』はなぜ俺の中でドルアーガの正史なのか:今日書きたいことはこれくらい
そこには確かに、生き生きとした冒険の世界があった。
いきなりですいませんが、皆さん「ゲームブック」って知ってますか? 遊んだことあります?
最初ちょっと歴史の話になっちゃいますが、良ければお付き合いください。
ゲームブックというのは、要は「小説とゲームとテーブルトークRPGを邪教の館で悪魔合体させた様なモノ」でして。本の中で、「○○するなら →××ページへ、△△するなら→□□ページへ進む」みたいな指示に従って、自分の行動によって変わる展開を、あちこちページを飛びながら読み進めていく本なんです。敵と戦う時はサイコロ振って攻撃判定したりもします。
起源については諸説あるんですが、今、一般に「ゲームブック」と呼ばれる形式の本の系譜という話であれば、スティーブ・ジャクソンとイアン・リビングストンの手による『火吹き山の魔法使い』が直接の始祖であると言ってよいでしょう。
もともと「『D&D(ダンジョンズ&ドラゴンズ)』を本でプレイする」という着想から始まったこのゲームブックというジャンルは、さまざまな方向に盛り上がりを見せ、一時期日本でもかなり隆盛しました。一番流行ったのは、多分1980年代の後半から、1990年代初頭にかけてくらいでしょうか。
当時、例えば『ドラゴンランス』を要する富士見書房のドラゴンブックレーベルやら、ホビージャパンの『ローン・ウルフ』翻訳シリーズやら、完全児童向けのポプラ社『にゃんたんのゲームブック』やら、ハヤカワの魔法使いディノンシリーズやら、まあいろーーんな出版社のゲームブックシリーズがあったんですが、しんざきが特に偏愛していたのは下記の3社のレーベルでした。
まず、双葉社の「冒険ゲームブック」および「双葉文庫ゲームブック」シリーズ。ファミコンタイトルのゲームブック化を中心に、さまざまなキャラクターものタイトルを展開していたレーベルでした。ドラクエIIとかスーパーマリオブラザーズのゲームブックとか有名ですけど、ルパン三世のゲームブックなんてのもありまして、これがまた結構面白かったんですよ。『華麗なる挑戦』名作すぎた。
社会思想社の『ファイティング・ファンタジー』シリーズ。こちらは、先述の『火吹き山の魔法使い』を始めとする、ジャクソンやリビングストン達の数々の傑作を翻訳した作品が中心で、日本のゲームブックブームの火付け役になりました。ファンタジーものだけでなく、SFものゲームブックも結構あったんですよ。未知の宇宙にワープアウトしてしまい、元の宇宙への帰り道を探す『さまよえる宇宙船』なんて、立派にSF小説としても成立していたと思います。『ウォーロック』も社会思想社の雑誌ですよね。
そしてそして、東京創元社の「スーパー・アドベンチャー・ゲーム」シリーズ。
私、自分では創元っ子を自称しておりまして、多分創元ゲームブックは全作遊んでいるはずなんですが、もうこれがめっちゃ面白い作品ばっかりだったんですよ。
例えば、スティーブ・ジャクソン自らの著作である、ファンタジーゲームブック傑作中の傑作、『ソーサリー』4部作。カーレの北門で何度たたき返されたことか。
林友彦先生一流のケルト風世界観の、『ネバーランドのリンゴ』や『ウルフヘッドの誕生』シリーズ。『ネバーランドのカボチャ男』におけるエスメレーかわいすぎますよね?
「吟遊詩人になって絵の中の世界を旅する」というストーリーだけで既に勝利が確定している、森山安雄先生の『展覧会の絵』。
かのデュマレスト・サーガをゲームブック化した、安田均先生の『巨大コンピューターの謎』や『惑星不時着』。3巻マジ出てほしい。
その他もろもろ、ファンタジーからSF、オリジナルからキャラクターものまで、本当にさまざまなゲームブックがそろっていたんですが、その中に「ナムコのゲームのゲームブック化」シリーズがあったんですよ。当時、ファミコンタイトルのゲームブック化といえば双葉社が主戦場だったんですが、創元ゲームブックにも何冊かあったんです。カピをマシンガンで撃ち落とす『ゼビウス』とか、ワルキューレがなんとパーティキャラの一人になる『ワルキューレの冒険』とか、妙に描写がエロい『カイの冒険』とかですね。
その中で3冊、とあるゲームのゲームブック化シリーズが、異様な輝きを放っていました。
そのタイトルは、『悪魔に魅せられし者』『魔宮の勇者たち』『魔界の滅亡』の3作。これが、この3冊こそが、鬼才・鈴木直人先生の手による、『ドルアーガの塔』ゲームブック三部作だったのです。
そこには「冒険」があった
私、ゲームブックって何だったかというと、「ビデオゲームと物語のニッチを埋めるもの」だったんじゃないかなあ、と思っているんですよ。
1980年代ってまだまだゲームのリソースが少なくて、ゲーム内で質量そろった「物語」や「世界観」を語るのは難しい時代でした。画面はシンプル、キャラクターも簡素、メッセージは最低限で、ストーリーは取扱説明書で最低限語られるだけ、なんてゲームがたくさんあったんです。
逆説的に、そこには無限の想像の余地があった。ゲーム内のキャラクターがどんな会話をしているのか? どんな性格なのか? 場合によってはどんな容姿なのか、どんな生活をしているのかまで、それぞれの「物語」を想像・ないし妄想しながらゲームを遊んでいた人が、当時はたくさんいたはずなんです。そして、自分で想像するのと同じように、他の誰かが創造したものを味わうことが途方もなく楽しかった。「ゲームと物語を同時に味わう」という、今では当たり前の遊びを、一足先に体験することができたのが「ゲームブック」というジャンルだったと思うんです。
そして、その意味で『ドルアーガ三部作』の出来は完璧でした。本当に、完璧でした。
皆さんよくご存じの通り、「ドルアーガの塔」はナムコの伝説的なアクションゲームです。60階建ての「ドルアーガの塔」に挑んだバビリム王国の騎士、ギルガメスこと「ギル」が、さまざまなアイテムを集めつつ、悪魔ドルアーガを倒し、「ブルークリスタルロッド」と恋人である「カイ」を救い出すことを目指します。ちなみに、「ギル」はメソポタミアのギルガメッシュ叙事詩から取られており、最近多方面で大人気のメソポタミアの王様がモデルになっています。
ゲームブック『ドルアーガの塔』においても、もちろん主人公のギルは、モンスターと戦いつつ塔を登って、宝物を探しつつドルアーガを倒そうとすることを目指します。ところがそこには、ゲームの目的以上のものがありました。そこには、「塔の中でのサバイバル」が、「一緒に戦う仲間」が、「塔の中でのモンスターたちの生活」が、「考えに考え抜かれたパズル要素」がありました。
一言で言ってしまうと、そこには「冒険」があったのです。
文章とイラストで描かれた「塔の中の冒険」
例えばの話、当然のことながら塔の中にはモンスターがいて、彼らには彼らなりの生活があります。モンスターだってただ戦う訳ではなく、時にはだらけたり、酒を飲んで酔っぱらったり、仲間同士ケンカをしたりします。
捕虜を捕らえたはいいが、金貨の配分でもめて、仲間割れをしているコボルトたちがいます。ギルの対応によっては、彼らは仲間同士殺し合いを始めて、勝手に死んでしまったりします。
例えば21階には商店街があって、ギルはヨロイを着たモンスターと勘違いされて普通に買い物ができたりします。世間話をしているモンスターもいれば、踊り子を見物しているモンスターもいます。食料品店「自由な野良犬の店」の描写がめっちゃ食欲をそそります。
さっきまで戦っていたのに、上司からの預かり物を落としてしまって、急に落ち込みまくって去っていってしまう敵がいたり、飛行船を待って宿屋でぐーたらしているモンスターがいたり。とにかく塔の中はモンスターの生活感であふれていて、「ああ、モンスターは普段こんなことをしているのかもな」というイマジネーションを刺激してくれること大でした。今でこそ異世界ラノベやら何やらでモンスターと親交を結ぶ話は珍しくないかも知れませんが、少なくとも当時は、なかなか「敵にも生活が」なんてことを思い起こさせてくれる創作物は希少だったのです。
当然冗談も懐柔も通じない強敵もいれば、恐るべき仇敵もいます。ブルーナイトやホワイトナイト、ハイパーナイト。原作通りの4人そろった攻撃を見せてくるウィザードもいますし、当然クオックスやローパーもいます。
特に、ドルアーガの右腕である双頭のリザードマン「ゴルルグ」は、何度もギルの前に立ちふさがり、最終的には40階でギルとの死闘を演じることになります。正直この作品、カイよりもゴルルグの方が存在感あります。
一方、ギルは人間であって、空腹にもなるし睡眠も必要とします。ケガの治療だってしなくてはいけません。
だからギルは、塔の中で食糧を探しますし、休息できる場所を求めます。塔の中には食料品店があったりしますし、モンスターが食事をするレストランだってあります。レストランではギルはミラーナイトと勘違いされて食事ができたりするんですが、これまた描写が巧みで、料理によってはすごーく美味そうなんですよ。テローダスムニエル普通に食べてみたい。
数々の探索や謎解き要素も忘れる訳にはいきません。『ドルアーガ三部作』は、ただ「迷宮の中を探索する」だけではなく、本当にバラエティー豊かなマップを用意してくれていて、中にはマップ自体が巨大なパズル要素、みたいな階もあります。
例えば、熱湯のプールにある足場を、浮石と柱で区別しながら進む階とか。
セガの「ペンゴ」のように、迷路の中に巨大な氷のブロックがあって、それを動かしながら探索していく階とか。
普通なら東西南北の四方向でマップを作るところ、なんと「斜め」に橋が張り巡らされていて、自分が今どちらに進んでいるのか、角度で把握しなくてはいけない階とか。
一階丸ごとぶち抜きで巨大な広間になっていて、その中で謎解きをする階とか。イラストを良く見てパズルを解く謎もあれば、思考力と計算力が問われる謎もあります。
バラエティーという話で言えば、前述の飛行船に乗ってモンスターの遠征に同行し、塔の外で冒険をする展開まであります。ゲーム内の展開が再現されている階もあって、時間経過とともにウィルオーウィスプが徘徊し出す階もありまして、当然リングがなければウィスプに触った時点で即死です。
こういうさまざまなパズル要素、あるいは多彩極まる冒険要素を、ビデオゲームでなく「本」の中でやってしまって、しかもそこに破綻がないというのは、本当に鈴木直人先生の筆力構成力がものすごいとしかいいようがありません。イラストレーターの虎井安夫氏の画力も相まって、読者は本当に「塔」の中での冒険を体験している気分になれます。三部作の奥深さのゆえんです。
そしてもう一つ、「仲間」の話があります。
スピンオフも登場した「仲間」の魅力
原作「ドルアーガの塔」では、ギルはもちろん最初から最後まで一人で戦い抜くわけですが、ゲームブック版『ドルアーガの塔』では、ギルは時折協力者に出会うことが出来ますし、中には心強い味方になってくれる者もいます。
例えば東方の剣士「クルス」。彼とは当初5階の牢獄で出会うんですが、その後も階層を上へ上へと進む内に何度か共闘することになり、「自分以外にも、自分と同時並行で塔を攻略している同志がいる」感がすごいんですよ。20階のクルスめちゃ頼もしい。
ギルをケガ人ならぬ“ケガモンスター”と勘違いして治療してくれる妖精もいれば、ギルに助言してくれる占い師も、お守りを渡してくれるジプシーの少女もいます。
そして、ギルの最大の味方である、ドワーフの盗賊「タウルス」と天才魔術師「メスロン」。彼らは二巻の途中で出会って、40階辺りまでは一緒に塔の中を冒険することになるのですが、それまでの孤独な冒険の反動もあり、また彼らが頼もしいこと頼もしいこと。
特に「エルフ風の外見に、ヘビメタ戦化粧をした青年」という非常にエキセントリックな格好をしたメスロンは、当時爆発的な人気が出たらしく、後々『パンタクル』などのスピンアウトシリーズで主人公を張ったりしています。こちらの『パンタクル』がまた想像を絶する名作ゲームブックなんですが、その話はいったん置いておきます。彼ら2人とは、途中別れたりまた出会ったりしながら、最後の最後まで付き合っていくことになります。
無論、ギルを助けてくれる仲間だけではなく、時にはドルアーガにくみする人間が友好を装って近づいてきたり、甘言で誘ってくるワナなんかもあります。取りあえず、「ドルアーガ化け過ぎ」とだけは申し上げておきたいと思います。なんでそんなにアグレッシブなんだお前。女装とかどうみても楽しんでやってるだろお前。
そもそもの基本となる「ゲームの作り」という点でもドルアーガはめちゃよくできています。その中核はやっぱり「装備をそろえて敵を倒していくごとに強くなっていく成長要素」と「質量とも充実しまくったアイテムや魔法」にあるでしょう。宝や魔術の情報をそろえて使いこなすごとに戦いが楽になっていくバランスは、「塔の中をもっと探索してみたい」という強烈な需要になり、より一層の強烈さでプレイヤーを『ドルアーガ三部作』の世界に引きずり込むことになります。
長々書いてまいりましたが、一言でいうと、「塔の中が超リアル&展開のバラエティー豊か過ぎてめちゃ面白い」という話です。これを破綻なくゲームブックとしてまとめ上げる鈴木直人先生、本当に鬼才としか言いようがない。恐らく編集さんも大変だったんだろうなあと想像します。
自分にとってはこれがもう一つの「ドルアーガ」だった
しんざきは、年代的に「ドルアーガの塔」をゲームセンターでリアルタイムでは攻略出来なかった世代です。しんざきがドルアーガの塔に初めて触れた時は既にファミコン版の時代でしたし、そのころしんざき家には既に宝箱の出し方を細かく解説した攻略本がありました。
だから私は、当時さまざまなゲームセンターで発生していた、「ドルアーガの塔」のまるでお祭りのような攻略合戦には参加できなかったのです。さまざまな怪情報が飛び交い、ゲーセンに攻略ノートを持ち込み、少しずつ少しずつ、60階を目指して進んでいく(そしてイシターをサッカバスと勘違いして剣ブッ刺しZAP)。それを味わえなかったのは、仕方ないことだけれど、ほんの少し、ほんの少しだけ残念なことでした。
ただ、その代わりに鈴木直人先生が構築した、この『ドルアーガの塔』のもう一つの世界に出会うことができた。そこで、原作のゲームとは全く違った、また別の広大な遊びに触れることができ、チャーム・パーソンを受けたがごとくそこにはまり込むことができた。
これは間違いなく私にとって「もう一つのドルアーガ体験」であって、その点については東京創元社さん、そして鈴木直人先生に感謝しかない、という話なのです。だから、私の中では、この『悪魔に魅せられし者』『魔宮の勇者たち』『魔界の滅亡』の3作は、完全にゲーム原作と同等の、もう一つの「ドルアーガ」なのです。
私の情熱というか執念は、多分当時のアドベンチャーシート(ゲームブック内の記録用紙)を見ても感じていただけるのではないかと思います。
当時はまだ「アドベンチャーシートはコピーして使うもの」という認識がなく、これ、直接本に書き込まれています…。字が汚いといわばいえ。
現在、『ドルアーガ三部作』は、幸いなことに創土社から復刊されており、Kindleで遊ぶこともできます。ちょっとでも興味を持たれた方は、ぜひ『悪魔に魅せられし者』をポチっていただいて、ゲームブックの世界に触れてみていただきたい。ついでにあわよくばパンタクルやスーパー・ブラックオニキス、チョコレートナイトなどにも突っ込んでみていただきたい、と強く思う次第なのです。
残念ながら、その後、日本における「ゲームブック」の文化はだんだんと下火になってしまいました。さまざまな理由が挙げられますが、「コンピューターゲームのスペックが充実して、ゲーム内で十分にストーリーが語られるようになった」ということも、恐らく一つの理由ではあったんじゃないかなー、と私は思っているのです。ゲームブックというジャンルは、コンピューターゲームのスペックが十分に上がった時点で、一つの役割を終えたのかも知れません。
それでも、電子書籍というプラットフォームを利用して、面白いゲームブックって出続けているんですけどね。そちらについてはまた機会をあらためて。
最後に、一文だけ、ほんの一文だけ本文から引用させてください。私が、『ドルアーガ三部作』の三冊で、迷いなくもっとも美しい一節として挙げる文章です。
もういい。お前の役目は終わった。
『魔界の滅亡』を読んだことがある方で、上のセンテンスに覚えがない方は、ぜひドルアーガを倒してから階段を上る前に東に走ってみてください。60階分の冒険の果て、最後のちょっとした隠しギミックに出会うことができます。ついでにしばらく道に迷うとみられる「もう一つのエンディング」も、本当に鈴木直人先生の余りある筆力を端的に表出している一項目です。気が向かれたら、ぜひもう一度、「塔」の中の世界へ。
今日書きたいことはこれくらいです。
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