芸能人の逮捕・起訴相次ぐ〜違法薬物は「他者危害」
自己責任では終わらない。
ニッポン放送「ザ・フォーカス」(12月12日放送)に元外務省主任分析官・作家の佐藤優が出演。違法薬物の蔓延について解説した。
若者が簡単に違法薬物を入手できてしまう現状
2019年は違法薬物の所持、使用で多くの芸能人が逮捕・起訴され話題を呼んだ。近年ではSNSでの薬物取引も問題視されており、若者が簡単に違法薬物を入手できてしまう現状がある。そのことについて、佐藤優が規制という切り口から意見を述べた。
森田耕次解説委員)2019年は違法薬物で逮捕・起訴される芸能人が相次ぎました。3月にはミュージシャンで俳優のピエール瀧、5月に元KAT-TUNの田口淳之介と女優の小嶺麗奈、11月には女優の沢尻エリカ、元タレントの田代まさしといった各被告が違法薬物で逮捕・起訴されました。記憶に新しいのが沢尻エリカ被告です。合成麻薬MDMAを所持していたということで、麻薬取締法違反容疑で逮捕されました。沢尻被告は逮捕後、警視庁の調べに対し「10年以上前からMDMAやLSD、大麻、コカインを使用していた」という趣旨の供述をしています。違法薬物使用はもちろん、所持だけでも犯罪になるということですよね。
違法薬物は「他者危害」〜自己責任では終わらない
佐藤)これは最近大学生と話してみて、「率直な意見を言ってごらん。違法薬物ってどうしていけないのだと思う?」と聞いたら、「とりあえず法律で決まっているからだけれども、別に自分がひどい目に遭うわけだから、自己責任だからいいんじゃないか」という議論をする学生がときどきいます。それは違うのです。確かに近代における自由というのは何をやってもいい、人から見て愚かだと思うようなことでもやっても構わないのだというものです。例えば私は猫が好きなので野良猫を保護することがありますが、人によっては一生面倒を見るとなるとエネルギーもかかるし、お金だってかかります。それだったら寄付で慈善事業に使えばいいじゃないか、と言われても、それは愚かなことをする権利だと。憲法では、「愚行権」というと聞こえが悪いから「幸福追求権」つまり国家の幸福や社会の幸福ではなく各人の「幸福追求権」なのですよ。ただし、「愚行権」が認められない唯一の場合があって、それは他者危害なのです。ですから、自分は拳銃を撃つのが趣味だからといって、人を撃つのはだめでしょう。それは犯罪ですし、なぜそれが犯罪かというと危害を加えるからです。覚せい剤の場合は、そこのところから妄想が出てきて人を攻撃することが証明されています。それは他者危害なので、自分の身がボロボロになるだけでは済まない話ですよね。大麻やMDMAについてはいろいろな議論がありますが、いままでの研究の結果によってはより強い刺激を求めて覚せい剤に流れていくことが非常に多いわけです。そこの入り口で止めておくということには合理性があって、人に危害を加えないということだと思うのですよ。そして、売る方に対する取り締まりを本当に厳しくしないといけないのですよね。薬物で捕まっている人は、依存症になっているのですよ。本人の意思ではやめられなくて、ドーパミンが出て気持ちがよくなってしまっているから、どうしても手を出してしまう。依存対策のプログラムもきちんと組まなければいけません。
森田)学校などでの教育も重要になってきます。
「危害」に至らない「迷惑」への対応の議論が必要
佐藤)それから、他者に危害を加えるということはいけないのですが、迷惑についてはどうなのかということです。例えば、電車のなかで子どもが泣いていることに舌打ちをする人が増えていますよね。確かに子どもの泣き声は迷惑かもしれません。しかし、それを認めなければ社会が窮屈になってしまいます。例えば、お酒を飲んで人に吐きかけるのはだめです。
森田)それは危害を加えていますものね。
佐藤)しかし、酒臭い息の人が電車のなかにいた場合、これを電車からつまみ出してもいいのかということです。
森田)ちょっと嫌ですけれどね。
佐藤)ちょっと嫌だけれど、自分が飲むときのことを考えるのか。たばこに関しても、受動喫煙の問題が深刻になっていますが、完全に分煙されている場所も含めて一切認めないことにした方がいいのか、その辺のところはいろいろな議論をしていかなければいけないと思います。
森田)危害ではなく、迷惑という部分をどうしたらいいのかということですね。
自粛や規制を広げ過ぎて、社会が窮屈になる恐れも
佐藤)逆に、行き過ぎてしまうと、例えばナチスはものすごく厳しく禁煙を行いました。ナチスは健康の管理も国がやらなければいけないということでやったわけですよね。あるいは、無着色バターや胚芽パンを食べることを奨励したのはナチスなのですよ。どうしてかというと、身体はヒトラー総統のものなのだから、いつでも戦えるようにしておけと。それだから健康に留意しろと。がん検診もそうです。国民全体を健康で完全に管理するということになると、今度はユダヤ人ががん細胞と同じだということにしてしまいます。それから、喫煙者をわけるような線と、ゲットーという形でユダヤ人の居住区をわけるようなことが似てくると危ないです。これは『健康帝国ナチス』(ロバート・N. プロクター/草思社)という本のなかに書いてあります。よかれと思って他者危害のところを広く取り過ぎてしまうと大変です。健康管理のために甘い物を制限することや、飛行機に乗るときに体重計に乗って、標準体重をオーバーした人に関しては追加金を取るということになりかねません。どこのところでバランスを取るのかを、よく議論しなければいけません。沢尻さんやピエールさんはいままでいろいろな映画に出てDVDにもなっているし、動画配信もしています。これをストップするのかしないのか。
森田)作品の扱いですよね。
佐藤)やった犯罪によると思うのです。作品はつくった人の手を離れてしまうわけです。こういった事件を起こしたときに、その作品を完全に封印してしまうのも違うと思うのです。ただ、どんな犯罪にも関わらずOKというわけにはいきません。あるいは、すべて撮り終えて公開されていない作品についてはどうするのか。この辺は私自身もよくわかりません。むしろ、皆さんの意見を率直に聞かせて欲しい。でもどちらかというと、既に撮り終えているものに関しては、キャプションをつければその作品は独立していますから、それはそれで放映してもいい気がします。
森田)そこも犯罪の種類によってくるのでしょうね。
佐藤)残虐な犯罪だと、その人とその犯罪は結びついているわけですからね。ただ、薬物だってそうなるわけなので、社会でどこに線を引くのかも議論しながらで、一般論では決められないと思います。一方で、薬物が怖いというのは重要なのですが、逆にすべてのことに対して自粛や規制を広げ過ぎて、社会が窮屈になり過ぎるのも怖いです。
芸能人は氷山の一角 社会全体で危機意識を
森田)沢尻被告のMDMAなんていうのは、若者がかなり蝕まれているということですから、教育もより重要になりますよね。
佐藤)いまの教育は「やってはいけません」だけでしょう。やったらどうなるのか、もしやってしまった場合にはどういう対応をすれば社会でやり直せるのかという回路も含めて教えないと、やったら隠しますよ。それでのっぴきならないところまでいって、初めて発覚するのです。
森田)スノーボードの元日本代表の国母被告は大麻を販売目的で密輸した罪にも問われていまして、海外から持って来たというようなことも起きています。その辺は食い止めなければいけませんね。
佐藤)グローバル化のなかですから、入ってきますからね。食い止める方策も考えていかなければいけないと思います。本当に薬物は怖いです。
森田)大麻はSNSでも蔓延していて、未成年の摘発が5年で7倍以上になっているということです。図書館で検索して、2時間半後には入手できてしまう現状になっているそうです。
佐藤)社会全体で危機意識を持たなければいけないと思います。
森田)芸能人ばかりが今年はクローズアップされましたが、未成年にも広がっているのですね。
佐藤)芸能人は氷山の上の方ですから、その下には氷の塊があるわけですからね。薬物の広がりは本当に危険だと思います。
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