インタビュー
» 2020年02月03日 20時00分 公開

「お〜いお茶」の俳句、実は200万句から選ばれているって知ってた? 伊藤園に聞く“日本最大の俳句コンテスト”の秘密 (1/3)

パッケージに掲載されるのは、およそ1000句に1句。

[辰井裕紀,ねとらぼ]

 1989年に発売された緑茶飲料のパイオニア「お〜いお茶(伊藤園)。同製品といえば、ペットボトルや缶に、俳句が掲載されていることでもおなじみです。


お〜いお茶新俳句大賞 第30回文部科学大臣賞の句。27歳が受賞

 意外と知られていないのが、これらの作品を公募する「伊藤園お〜いお茶新俳句大賞」が、実は“応募総数日本一”の俳句コンテストだということ。2019年の第30回の応募総数は約200万句にのぼり、われわれが一息つきながら読んでいた作品は、そこから幾度の審査を経て選ばれた入賞作品なのです。

 今回はあまり知られていないその俳句たちの秘密を伺いたいと、伊藤園本社(東京都渋谷区)へ。「伊藤園お〜いお茶新俳句大賞」を担当している横山佳史さんにお話を伺いました。


お〜いお茶新俳句大賞 伊藤園本社


お〜いお茶新俳句大賞 「お〜いお茶」の俳句を担当する横山さん

約200万句が集まる日本一の俳句コンテスト

── おーいお茶新俳句大賞は、いつ始まったんですか?

横山 新俳句大賞自体は平成元年のお〜いお茶の発売に合わせて始めたものです。

 時代背景を説明すると、まず1989年当時はそもそも「緑茶をお金を出して買う」という習慣がありませんでした。

── 当時は急須でお茶をいれてましたもんね。


お〜いお茶新俳句大賞 発売当時と現在のお〜いお茶

 また、そのころは俵万智さんの短歌集『サラダ記念日』が260万部ぐらいのベストセラーになって、短詩系文学がすごく人気を博していた時期で、短歌や俳句の講座も大人気でした。ただし当時はなかなか作品を発表する場がなかったんですね。そこでプロモーションの1つとして、俳句を発表する場を商品パッケージに設けて「日常的に缶の緑茶飲料を楽しんでもらおう」と。

 直近の第30回のコンテストでは、約52万人の方から約200万句の応募をいただきました。俳句の創作公募コンテストとしては日本一の規模ですね。

── 200万句……! どんな方が送っているのですか?


お〜いお茶新俳句大賞 2019年に結果発表された第30回では、応募数が199万5869句にのぼった

横山 93%は小中高生による句です。国語の授業の一環として、学年や学校全員で応募されることも多く、学校数でいうと毎年約3000校、5校に1校の割合で投稿していただいています。

 それから、日本だけでなく、海外からの投稿作品もあります。俳句は世界的にも世界一短い詩として浸透してきており、第30回は英語俳句の部を中心に56カ国から応募をいただきました。


お〜いお茶新俳句大賞 小中高の授業の一環になるから、こんな句も


お〜いお茶新俳句大賞 第28回英語俳句の部大賞作品

子どもも100歳も句を詠む

横山 第1回の大賞受賞作品に「13歳 パパを親父と 呼んで夏」という作品があります。ずっとパパと呼んでいたのを、おやじと言い出して。他にも、第6回の文部大臣賞「父の背を 越して十五の 春一番」とか、思春期の学生が自分の心の変化を句にしているのも多いかもしれないですね。

── 13歳、確かにそういう年頃ですね。


お〜いお茶新俳句大賞 第1回の大賞受賞作品「13歳 パパを親父と 呼んで夏」

横山 第21回の文部科学大臣賞も「風薫る この町出れば さぁ大人」。地元から都会に出るときに詠んだ句なのか、これから社会人になろうとしているイメージの句ですよね。

── 私(辰井)も個人的によく読んでいるのですが、人生のつらさが透けて見える句もありますよね。例えば、第30回の大賞「終電の 吊り革引けば 流れ星」。「終電のつり革引けば」ってもう……そこに「流れ星」って、つらいだけじゃなくて、つらいなかでキラキラ光るものが見えて。

横山 辰井さんはいつも読まれてるから感情移入しやすいのかもしれませんね(笑)。


お〜いお茶新俳句大賞 第30回の大賞「終電の 吊り革引けば 流れ星」

── 受賞者の年齢層がかなり幅広いですが、そういえば100歳の方も受賞されているんですね。

横山 ええ。大きな節目になる年齢だけあって、「100歳」という言葉を入れて応募される方もいらっしゃいますね。

 第29回の佳作作品だと「まっすぐに 生きて100歳や 山割らぬ」。

── 「山割らぬ」っていうのがすごいですね。

横山 第20回の一般の部B大賞「100年を 生きてひとりの 雑煮かな」っていうのも哀愁が出ていますね。生きてきたからこそ言える言葉。


お〜いお茶新俳句大賞 第19回文部科学大臣賞の句。作者は当時100歳だった

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