佐藤優が明かす ロシアスパイの教育とプロの掟
機密情報を入試していたのは、旧KGBの流れをくむロシア対外情報庁(SVR)の一員とみられる。
ニッポン放送「ザ・フォーカス」(2月6日放送)に元外務省主任分析官・作家の佐藤優が出演。ソフトバンクの元社員が会社の機密情報を渡したとされるロシア通商代表部の外交官が、ロシア・対外情報庁(SVR)に所属する男であるというニュースについて解説した。
ロシアの対外情報庁(SVR)とはどのような組織なのか
在日ロシア通商代表部の幹部職員の求めに応じ、ソフトバンクの元社員・荒木豊容疑者が自社の機密情報を持ち出した事件。問題の職員は在日ロシア通商代表部の代表に次ぐナンバー2の幹部だったことが、関係者への取材で明らかになった。
森田耕次解説委員)関係者によりますと、荒木容疑者に接触していたのは在日ロシア通商代表部のアントン・カリニン幹部52歳。旧KGBの流れをくむロシア対外情報庁(SVR)の一員と見られています。ヨーロッパやアメリカにもその名を知られる大物だということなのですが、そもそもどのような組織でしょうか。
佐藤)ロシアのSVRというのは旧ソ連国家保安委員会(KGB)の第一総局の流れをひいています。第一総局は海外担当、第二総局が国内担当です。ソ連崩壊後、第一総局がSVR。それに対して国内をやっていたのは、最初は連邦防諜庁。要するに、スパイ対策庁と言っていたのですが、そのうち名前を変えて連邦保安庁(FSB)と言うようになりました。SVRはアメリカのCIA、イスラエルのモサド、イギリスのSIS、要するにMI6に相当する組織です。
森田)本当に諜報機関なのですね。
長い時間をかけてスパイのための技術を身につける
佐藤)非常にレベルの高い機関で、このカリニンさんという人を私は知りませんが、SVRは教育に時間をかけるのです。だいたいSVRの出身者は、日本で言うと東京大学に相当するような国際関係大学というところに17歳から入ります。それは普通の大学で、5年間が終わって22歳になると、国内のFSBになるための学校が2年間なのです。そこで教育を受け、その後対外諜報の専門家になる訓練を3年間受けます。これは変装術、経歴を全部変えてしまう技術、素手で人を殺す技術のようなことを全部やります。暗号、秘密インクの使い方。これは、切手の裏などに貼って通信をするインクです。それとか、コンピュータのなかで普通の写真を送っているようにして、そのなかに暗号情報を隠す技術などを覚えます。そして、それだけで終わりではないのです。あの人たちは、それ以外に必ずもう1つ完璧にできる職業を身につけるのです。通商代表部は商社ですよね。ソ連時代は商社で、戦後は日本でジェトロのような貿易振興のところをやっているのですが、商社員としてのプロの訓練も受けているはずです。例えば、ジャーナリストの訓練を受ける人はタス通信社やノーボスチ通信社という会社があるのですが、そこで何年くらい訓練を受けると思いますか?
森田)3年くらい?
佐藤)5年です。それで、記事を書けるようにするのです。記事を書けるようにするから、本物の記者でもあるのです。なぜ記者に偽装するかというと、記者だったら総理大臣でも官房長官でも学者でも街の普通の人でも、誰と会ってもおかしくないですよね。ただし、記者だと不利なこともあります。取材しているのに、全然記事を書かない記者だったらどう思いますか? だから、ときどき記事を書くのです。
森田)怪しまれないために記事を書かなくてはいけない。
佐藤)では、取材をしていても、記事を書かなくても怪しまれない職業は何だと思いますか? 学者です。
森田)いまは研究中です、みたいなことを言えるのですね。
佐藤)そういう人たちはだいたい博士号まで取っているから、研究機関に5年くらいいて、学者としても独り立ちできるようになっているのです。あるいは、画家なんてものもいます。なぜだと思いますか?
森田)観察する?
表に出るための連絡係が存在する
佐藤)そうです。同じ場所にいて観察していても、そこで絵を描いているということだったら怪しまれないじゃないですか。これは、人を監視する、特に誰か殺す人間がいて、殺す人間を狙うときには画家を装って動静をチェックするというのはSVRの人たちがよくやるやり方です。同時に、「私はSVRの職員です」ということを日本政府とアメリカ政府にちゃんと伝えるのです。そういう人が必ず1人います。これを業界用語ではリエゾンと言うのです。この人たちは連絡係で、絶対嘘をつきません。本当はどうなっているか聞いたときに、言えないときは言えないのですが、裏の話をして、トラブルが起きたときには後ろで全部処理をするトラブル処理係なのです。
森田)そういう係がいるわけなのですね。
佐藤)実は、東京にもいます。今回のカリニンさんはリエゾンではなく、裏仕事をしている人ですね。日本政府はいま表仕事の人と連絡を取って、どうやって処理しようかと話し合っているでしょう。
森田)「どうしてくれるのだ」みたいなことを言いつつ。
カリニン氏は退去せざるを得ない〜スパイとしては落第
佐藤)出て行ってくれなければ困るのですよ。通常、こういったことが摘発されれば出て行くのですけれどね。
森田)カリニンさんはまだいますね。
佐藤)まだいるというのは、この世界の常識からするとおかしいのです。これは、スパイ事件としてはあまり程度が高くないのですよ。だんだん物を渡してお金を受け取ることに慣れさせて、秘密接触をしている訓練だから、もし泥棒をしようとしているならコンビニでチョコレートを万引きしたか、どこかの下着泥棒のようなレベルです。これはすごく恥ずかしいことだから、この世界にはいられないのです。日本の警察は優秀だから、カリニンさんの周りで“おしくらまんじゅう”状態ですよ。いまの報道では「関係者によると」ということですが、関係者が外事警察であることは間違いありません。「出て行ってくれ」というメッセージを出しているのです。もう数日以内には出て行くと思います。ただ、ここで面倒なのは、出て行かせ方を間違えてはいけないんです。ソフトバンクの社外秘のものを取っていたということなので国の秘密ではないことですが、例えばモスクワの日本大使館員でロシア人の記者と接触して、記者のメモを貰っている人がいるわけです。これは社外秘ですよね。社外秘の秘密を取っていることくらい、やっている大使館員はたくさんいます。出て行かせ方を間違えると、これを「出て行って」と相互主義でやられる可能性があるのですよ。ですから、できるだけ穏便に済ませたいわけです。国際法上はペルソナ・ノン・グラータというものがあります。
森田)好ましくない人物というのがウィーン条約で定められているようですね。
佐藤)外交官でいるときはペルソナ・ノン・グラータでないこと。それから、ペルソナ・ノン・グラータに指定されたら、指定された時間内に国外に出ないと外交特権を失って逮捕されるのです。私も1回かかりそうになって、「もしかかるようなことになれば、ただちにモスクワから出ろ」と言われたことがありました。こういうようなやり取りがあるのです。
森田)日本としては、好ましくない人物だから出て行って欲しいと。
佐藤)それを言ってしまうと、外交官が1人モスクワから好ましくない人物だと指定されてしまうのですよ。そういうことにならないようにして、うまく帰ってもらうと。それから、ロシアに言わせれば「国の秘密を取ったわけじゃない」ということですが、名前を明かさずに3年間も人に会ってお金を渡して、変な訓練をしているのはよくないでしょう。出て行くのがプロの掟なのですけれどね。
森田)教育課程がすごいですね。プロのスパイとしてなりすますという世界なのですね。
佐藤)そこに失敗したので、この人にこの世界での道はないのです。そのときは、訓練を受けた別の職業に就くのです。ですから、商社員になるでしょう。
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