「互いに性的独占をしない」「1年ごとに更新」―― とある夫婦が選んだ「契約結婚」という選択肢:恋愛・結婚のかたち
新しい形の恋愛・結婚について考えていく連載「恋愛・結婚のかたち」(全5回予定)。第1回はいわゆる“法律婚”ではなく、互いに個人的な「結婚契約」を結ぶという形を選んだ、長谷川さん・江添さん夫妻に取材しました。
日本で現在「結婚」と言った場合、多くの人は「恋愛もしくはそれに近しいプロセスを前提とした、男女2人の法律婚」を想像するのではないでしょうか。しかし現実には、そうした形に縛られず、独自の形で結婚をしたという人も増えています。
「契約結婚」という形を選んだ長谷川さんと江添さん夫妻もその一例です。2人は同居はしているものの法的な婚姻関係にはなく(一般的な言葉で言えば「事実婚」)、「1年更新制」「互いに性的な独占をしない」「経済的にはそれぞれ独立し、財布は別」といった、2人の間で決めた“契約”に沿った結婚生活を送っています。既に同居は6年目。2019年には行政書士に依頼し、契約内容を正式にまとめた公正証書も作成しました。
果たして2人はどのようにしてこの形に行き着き、どのように生活しているのでしょうか。直接お話をうかがう中で見えてきたのは、恋愛関係から結婚したカップルにとってもメリットのありそうな、ルールがあるからこその自由さと、同居する2人が腹を割って話すことの重要さでした。
連載「恋愛・結婚のかたち」
この記事は、ねとらぼとYahoo!ニュースの共同企画による連載記事です。国勢調査によると、2015年時点で男性の生涯未婚率(50歳時点で一度も結婚をしたことがない人)は23.37%、女性で14.06%と、1990年の男性5.57%、女性4.33%から大幅に上昇(国立社会保障・人口問題研究所の調査より)。近い将来、男性の3人に1人が“生涯未婚”の時代がやってくるとも予想されています。一方で、そうした社会背景と呼応するように、これまでの一般的な形にとらわれない、新しい恋愛・結婚のスタイルを選ぶ人たちも増えてきました。ここではそんな「新しい恋愛・結婚の形」を選んだ人、選ぼうとしている人たちを取材し、これからの恋愛・結婚について考えていきます。
契約結婚の始まりは、シェアハウスでの“スカウト”から
この結婚の始まりは、妻である長谷川さんが夫の江添さんをスカウトしたことでした。長谷川さんは当時、恋愛というものに対して「圧倒的に向いていない」という気持ちを抱いていたといいます。結婚願望自体はありましたが、その前段階である恋愛関係がなかなか健やかなものにならず、精神的にも肉体的にも「この先をずっとこれを繰り返すことになるのか……」と疲労していました。
「そもそも“付き合う”ということが謎だったんです。それまでは相手から提案されたらそれに乗るという、受け身の形で恋愛をしていたんですが、どれも長続きしなくて……世間一般の規範が自分にとって不向きなら、自分に向いている形を探そうと思ったんです」(長谷川さん)
そこで長谷川さんは、自分が本当に望む条件を洗い出し、それを受け入れてくれる相手を探すことになります。譲れない条件は互いに性的独占をしない(パートナー以外とセックスしても干渉しない)こと、1年更新制であること、そして「添い寝」をしてくれること。「添い寝」については、「基本的には1人で生きていきたいと思っていたんですけど、自分としては添い寝すると眠れないときも安心して眠ることができた。そこは誰かしら必要だったし、譲れないポイントだったんです」と長谷川さん。こうして最終的にたどり着いたのが、そりが合わなくなったらいつでも別れられる“更新制”というシステムでした。
しかし、いざ条件に合う相手を探しはじめると、意図がうまく伝わらずドン引きされたり、「更新制で離婚前提みたいな感じなのに、なんで結婚する必要があるの?」といった反応が連続。そこに偶然ヒットしたのが江添さんでした。
当時江添さんが住んでいたのはシェアハウス。それも5LDKの家に常時十数人がゴロゴロしているような大規模なものでした。そこによく出入りしていた長谷川さんは、江添さんに契約結婚の話を持ちかけます。
「最初は変なことを言うなと思って適当に聞いていました。でもあるとき仲人役になってくれる知り合いが、条件をまとめて『こうしたらいいんじゃない』と間を取り持ってくれたんです」(江添さん)
「江添さんと私の条件をホワイトボードに書き出して、条件がぶつからないかをチェックしました。当時のホワイトボードはまだ消さずにとっておいてあります。あとで江添さんになぜ結婚しようと思ったのか聞いたら、『条件が合っていたし、あと暇だったから(笑)』と笑っていました」(長谷川さん)
同居から5年、ついに公正証書作成へ!
互いの条件をすり合わせることでスタートした結婚生活。もともとシェアハウスでの生活経験があり、近くに他人がいることに慣れていたのも功を奏し、気付けば同居は今年(2020年)で6年目を迎えました。
同居生活のメリットとしては、やはり家に帰ったときに誰かがいるというのが大きいといいます。また、家事の分担ができることや、2人分の収入を使えば1人では住めないような家を借りられるといった実利的な面も見逃せません。
同居生活5年目の2019年9月には、長谷川さんは行政書士に依頼し、「準婚姻契約公正証書」という書類を作成します。いわゆる法律婚での婚姻届とは異なりますが、資格のある公証人によって認められた書類で、高い信ぴょう性や執行力を備えています。作成にあたってはまず長谷川さんから行政書士へ希望する契約条件を伝え、行政書士が文章の内容を作成、さらにそれを添削して完成へと持っていきました。もちろん内容については江添さんにも確認、承諾しています。
なぜ公正証書を作成したかについては「思ったより長続きしたし、このあたりで契約を明文化しておけばもっと長続きするかな……とも思ったんですよね。とはいえ、内容的には同居当初からの不文律を文面化した感じで、同居を始めてからのフィードバックなどは特に盛り込まれていません」と長谷川さん。
ただ、公正証書については江添さんはあってもなくてもどちらでもいいという考えでした。仮に公正証書があっても、実際に裁判沙汰になるほどのトラブルが発生したら、結局この公正証書が有効かというところから裁判せねばならず、それなら「それならあってもなくても同じ」と江添さん。しかし長谷川さんにとっては、公正証書を作ったことで日常生活でのメリットはありました。
「私にとっては、これがあることで自分をコントロールできるようになり、ストレスなく生活できるようにもなったと思っています。強烈な実行力はないけれど、共同生活する上でのガイドラインにはなります。そもそもなぜ公正証書を作りたかったかというと、裁判を起こしたくなかったからなんですよ(笑)」と長谷川さん。契約内容を明文化したことは、日常生活やちょっとしたトラブルの際の指針となる、同居生活の骨組みとして機能しているようです。
腹を割って話し、ルールを明文化することの普遍的なメリット
最後に、「どんな人が契約結婚に向いていると思いますか?」と尋ねると、長谷川さんは次のように答えました。
「法律婚に違和感をおぼえる人や、自分でカスタマイズすることが好きな人、何かを生み出すのが好きな人は向いているんじゃないかなと思いますね」(長谷川さん)
また、契約のためのルール作りにあたって不可欠なのは、何よりも同居する相手との腹を割ったコミュニケーション。互いの「ここは譲れない」というポイントを、事前にしっかりと話し合えるかどうかも重要なポイントです。
「腹を割って話さないとルールは作れないし、契約結婚に限らず、そのプロセスは大事だと思います。最近では、婚前に作る公正証書にもニーズがあるそうですし。互いに譲れないポイントを明文化し、それをルール化しておけば、法律婚だろうと契約結婚だろうと、それはその人たちのオリジナルな結婚になっていくんじゃないでしょうか」(長谷川さん)
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