【1億部突破を勝手に記念】『鬼滅の刃』はなぜここまで人々を引き付けたのか――ねとらぼ編集部&ライター座談会(2/2 ページ)

» 2020年09月26日 12時15分 公開
[ねとらぼ]
前のページへ 1|2       
※本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

「ジャンプ漫画」としての鬼滅

イッコウ (通りすがり): 『鬼滅』のヒットはアニメがあってからこそなんだろうというイメージだったんですけど、皆さん漫画単体を評価している感じなんですね。

戸部: 僕も『鬼滅』を単体で評価できているかというとそうでもなくて、どうしても「ジャンプの中の『鬼滅』」として評価している節はありますね。

イッコウ(通りすがり): 『鬼滅』はジャンプの中で異質に見えたということですか?

戸部: 僕は『ジョジョ』『ハンター×ハンター』みたいな頭脳戦の方が好きなので、正直なところバトル漫画としての『鬼滅』にはあまり惹かれていないんです。「能力の駆け引き」「手の内を探り合う心理戦」とか何もないので。むしろ「ジャンプのバトル漫画」というスタイルで自分の哲学を描こうとする作者の姿勢そのものが好きでした。また、そんなバトルを作画と演出の力技で解決してしまったアニメはすごい。

高橋(通りすがり): アニメ作ったufotable、同社を育てたFateは偉大。2016年の初連載(当時26歳)から4年、ここまでの記録を叩き出したのは本当にすごい。漫画家ドリームを体現している。

 アニメ開始前の累計350万部(2019年3月頃)には「もうちょっと売れていいのでは」と思っていたけど……今の累計1億部というのは驚異的。鳥嶋さんがヒットの半分は偶然、残り半分が作者と編集の成果(比率は8:2)と言っているけど、これが「時代に愛される」ということなのかもしれないですね。

青柳: 「ジャンプ漫画の中の『鬼滅』」ということで、他の作品との関連や影響も聞きたいです。吾峠先生は好きなジャンプ作品として、『ジョジョの奇妙な冒険』『NARUTO』『BLEACH』を挙げています。

高島: 「人の想いこそが永遠であり不滅なんだよ」というポリシーは『ジョジョ』の「黄金の精神」的ですよね。鬼殺隊の頭領である産屋敷の「永遠というのは人の想いだ 人の想いこそが永遠であり不滅なんだよ」という言葉が本作のメインメッセージで、それを全否定して立っているのが無惨という構図。

戸部: 「無惨=DIO」という声をネットで見たことがありますが、むしろディアボロや吉良吉影だと思う。殺しを楽しんでいる描写は一切なくて、マジでアイツはただ自分が長生きすることしか考えてないんですよね。ムカついたら殺すけど。

高橋(通りすがり): カーズ様が一番近いんでは。

高島: 求めているのは「永遠の絶頂」であって、上りつめ続けようとする向上心みたいなものはない……。無惨様見てからDIO見るとめっちゃ向上心を感じますね。

戸部: だから鬼殺隊が被害を拡大させてるともいえる。コミックス21巻に収録されている炭治郎と無惨のやりとり――「異常者の相手は疲れた いい加減終わりにしたいのは私のほうだ」「無惨 お前は 存在してはいけない生き物だ」――からも伝わる通り、鬼殺隊がいなければ無惨は兵隊を増やしたりしないわけで、それこそ青い彼岸花が手に入ったら隠居暮らしですよ。

青柳: 『ジョジョ』を精神的に継承した作品である……ということを考えると、『鬼滅』も「人間賛歌」のようなメッセージがあるとしてよいんでしょうか?

高島: 「人間賛歌(鬼賛歌ではない)」という感じだと思います。やはり人間/鬼の線引きが相当シビアかつ本質的なのは見逃せないかなと。『ジョジョ』で意識されていた善/悪の両義性、反転可能性みたいなものは、鬼滅にはないと思う。同情はするけど殺すのは既定路線だし、那田蜘蛛山のお母さん鬼は炭治郎の追悼で気持ち的には話がまとまりますけど普通にうかばれない。

 連載中のジャンプ漫画だと『僕のヒーローアカデミア』は「善悪が社会のありようで決定されてしまうのって恣意的じゃない?」という姿勢が顕著ですが、『鬼滅』は「人を殺している鬼は殺す」が絶対既定路線というか、そこの差が本質的になっているように見えます。『ヒロアカ』の場合は関係のない第三者(=公共を担うものとしてのヒーロー)が主役なので「善悪とは何か」という話になるんですけど、鬼殺隊ってなんだかんだ公共ではなくて遺族集団なので、善悪問題にならない。

高橋(通りすがり): 『鬼滅』のプロットは、ほぼ『ジョジョ』1&2部だと思う。呼吸法で吸血鬼に対抗する、吸血鬼の元凶(柱の男)は究極生命体を目指していて、太陽光が弱点――。大正という時代設定も1部と2部の中間。ただ『ジョジョ』が4〜6部で哲学っぽくなったのに対し、『鬼滅』は1〜3部の勧善懲悪にとどまっている。そのわかりやすさがヒットに繋がったのかも。

 あとラストダンジョンの無限城(16巻〜)を読むと、『NARUTO』の影響を感じますね。同作では終盤に禁術・穢土転生で、歴代の猛者ほとんどが“敵キャラとして復活”した。漫画的にも禁術なんではとびっくりしたけど、対処法に「封印する」だけでなく「成仏させる」を追加して、因縁のあるキャラ同士を戦わせる→過去エピソードを挿入→未練を解消→封印or成仏。キャラが深まる&漫画の幅が広がるの一石二鳥を実現した。我愛羅と父親(58巻収録 )のエピソードとか最高。

 ジャンプの長寿漫画(60巻以上)で終盤をきれいに描いたのは『NARUTO』が初めてだと思っているけど、その終盤を編み上げた技を『鬼滅』は使っているので、密度が濃くなったんだと思う。

戸部: ちょっと話はズレますが、今の「ジャンプ」は「ジャンプの当たり前」とされていた慣習に疑問を持ちながら育った世代が支えていると思っていて。例えば「怒りの力で覚醒する」「戦闘中に能力をべらべら喋る」「強さの秘密は遺伝だった(実は親父も強かった)」とか、こういうテンプレ的な面白さに対して、一歩引いた視点から独自の解釈を加えている作者が多い。

 鬼滅が感情に極振りしているのは、「怒りの力で強くなるのはなぜ?→ただの人間が強くなるには感情を原動力にするしかないから」とジャンプ(バトル)漫画のお約束に一つの理由づけをする意味もあったんじゃないかなと思います。だから「少年漫画のセオリーから外れている」ように見えるのは、ある意味「1つのセオリーを突き詰めた結果」なんじゃないかと。結果としてバトル漫画として王道の面白さにはなっていないんですけど。

高島: おっしゃってることは超わかります。『呪術廻戦』のセオリーの裏切り方が私は非常に好きで、まさに血の問題を極めて後ろ向きにとらえたこと、能力の説明に合理的な理由を付与したこと、トロッコ問題的な状況に対して「全員救う」とたたきつけるのではなく、目の前の事例に責任をとれるか否かを厳密に問う姿勢など、とてもユニークかつ批評的な作品だと思っています。

 一方で、じゃあなんでセオリーを批判的に継承している作品がほかにも出ているのに『鬼滅』だけがここまで爆売れしているのか? と考えると、やはり『鬼滅』の感情への全振り、つまりわかりやすさと共感への全振りが現在の社会に歓迎されるものだったからなんだろうと思うんですよね……。

戸部: 『呪術廻戦』は『BLEACH』好きを公言しながら設定の多くが『BLEACH』のアンチテーゼになっていて、漫画そのものが“ジャンプ愛が転じた呪い”って感じで最高ですよね。

高島: 『呪術廻戦』は単行本でキャラクターのイメージソングが公表されてますしね。『BLEACH』を通ってきた世代からすると、『鬼滅』はまず「刀ひとふりひとふりに名前がないのにウケてる!」というところがひとつの大きな衝撃でした。『BLEACH』のすごみって持ち物などの設定ひとつひとつの意味を死ぬほど凝った結果として見えてくるパーソナリティのリアルネスだったように思うのですが、今の時代は凝ったディテールよりもわかりやすさの方が重視されているのかもしれません。

『鬼滅の刃』と、描かれる「死」

高島: バトルの話の繰り返しになるのですが、『鬼滅』は極めて精神的な漫画、感情漫画なんですよね。修行パートでも「何がどうつらいのか」を説明することに終始しているあたり、とても精神的な漫画だと思います。気持ちで説明されているがゆえに、絵をちゃんと読み取れなくても、状況説明を理解できなくてもわかるようになっている。これはキャラクターの死も同様で、全てが感情で進んでいくので感情的な整理がつけばあとはスッと飲み込めるようになっています。

 そして死の間際に流れるさまざまなキャラクターの走馬灯と、炭治郎の自己犠牲・追悼。気持ちは揺さぶるが、鬼になって人を殺してしまったものはどうしようもない、死ぬ・傷つく覚悟をしてきた人だから仕方がない……という形で説明し、そこに徹底的な感情的いたわりを追加することで、悲しみに対する読者の「痛み」を軽減しています。全然大往生じゃないけど、演出上は大往生に見えるというか。こういう作品が支持されていることを考えると、みんなフィクションに痛みを感じたくないのではないかという気さえします。

戸部: アアアアアア確かに、「死んじゃったけどよかったね」で終わらせようとする感じはありますね。鬼滅で喪の作業したことない。

高島: なおTikTokでは死者が出るたびに勝手にファンが作った「墓」画像(名場面キャプチャを組み合わせて作った立方体に十字架が刺さっている)に無関係な泣ける音楽を合成した動画などが流れてきます。

青柳: すごい世界だ……。強くて魅力的なキャラクターが、死ぬところまで含めてキャラの人気が作り上げられているような印象もあります。そしてその「どんどん柱が死ぬ」ということ自体が、「今読まなきゃ」という感じが生まれていたのではないかと。Google検索でも「○○(キャラ名) 死」というワードがサジェストされるし、TwitterやTikTokを見ていてもバンバン“追悼”とついたキャラクターのコンテンツが流れてきて死んだことがわかる。「この人がいつ死ぬかネタバレされたくないから原作読まなきゃ、本誌も読まなきゃ」というのが、部数の爆発的増加の一因になっているところがありそうです。

戸部: 僕はどんどん柱が散っていく『鬼滅』のラストバトルを読みながら「花京院とイギーが死んだとき当時のオタクもこんな気持ちだったのかな?」と思ってたんですけど、高島さんの話を踏まえて考えると大分性質が違いますね。

高島: ラストバトルは、みんな必要なわだかまりを回収していってますもんね。“来世での約束”をして命を落とすキャラクターもいて、読者はもちろん悲しいけれど、その約束があれば納得できてしまうところがある。これで何も言えず、共闘もせずに死んでいたら痛みが残ったかもしれないですけど、そういうことにはならない。

 フィクションに対して痛みと責任の放棄を積極的に「させる」形式だと思うので、違和感を持っています。感情というもの自体は最大限に擁護したいのですが、「画面の向こうの死が自分にとって気持ちいい」状態ってやはりよくない。それ死を消費してない?っていうのは超考えたいです、自分の人生の課題として……。

戸部: 鬼滅が「感情漫画」であることは完全に同意のうえで、テーマ自体は結構好きです。『鬼滅』は「人間が強くなる方法は感情しかない」ってテーマに終始していて、主人公の復讐を最後まで肯定しきったんですよね。「復讐は何も生まない!」みたいなこと言い出す奴が誰もいなくて、最後まで「よっしゃ無惨を殺せ〜〜〜〜〜〜〜〜」を原動力に進むのが良かった。確かに泣かせようとする漫画ではあるんですけど、そこに嫌らしさは感じない。だからこそ、いろいろな読者を引き付けたのではないでしょうか。

前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2404/17/news023.jpg 2カ月赤ちゃん、おばあちゃんに少々強引な寝かしつけをされると…… コントのようなオチに「爆笑!」「可愛すぎて無事昇天」
  2. /nl/articles/2404/16/news192.jpg 「ゆるキャン△」のイメージビジュアルそのまま? 工事の看板イラストが登場キャラにしか見えない 工事担当者「狙いました」
  3. /nl/articles/2404/17/news136.jpg もう別人じゃん! miwa、大胆イメチェンで面影ゼロに「まさかのこんな色になってるとは」「だれー!?」
  4. /nl/articles/2404/17/news111.jpg 「ぶち抜きたいです」 辻希美、懇願拒否された13歳長男が“荒くれ反抗”……息子の室内破壊に嫌悪あらわ「言葉が出ない」
  5. /nl/articles/2404/16/news185.jpg 異世界転生したローソン出現 ラスボスに挑む前のショップみたいで「合成かと思った」「日本にあるんだ」
  6. /nl/articles/2404/17/news029.jpg 「キュウリが冷凍できるとは76年も生きて来て知らんかったなあ」 野菜ソムリエプロが教える冷凍&活用アイデアが328万再生
  7. /nl/articles/2404/17/news117.jpg 「虎に翼」、壮絶過去演じた16歳俳優に注目の声「違国日記の子か!」 「ブラッシュアップライフ」にも出演
  8. /nl/articles/2404/17/news025.jpg 築36年物件の暗くてボロいトイレをリメイク→ぐーんと垢抜け! 驚きのビフォアフに「すごいですね!」「天才」の声
  9. /nl/articles/2404/15/news081.jpg 【今日の計算】「13+8×2−11」を計算せよ
  10. /nl/articles/2211/26/news054.jpg 辻希美&杉浦太陽、15歳迎えた長女のレアな“顔出しショット”でお祝い 最近は「恋バナ」で盛り上がることも
先週の総合アクセスTOP10
  1. 生後2カ月の赤ちゃんにママが話しかけると、次の瞬間かわいすぎる反応が! 「天使」「なんか泣けてきた」と癒やされた人続出
  2. 車検に出した軽トラの荷台に乗っていた生後3日の子猫、保護して育てた3年後…… 驚きの現在に大反響「天使が女神に」「目眩が」
  3. 安達祐実、成人した娘とのレアな2ショット披露 「ママには見えない!」「とても似ててびっくり」と驚きの声
  4. 兄が10歳下の妹に無償の愛を注ぎ続けて2年後…… ママも驚きの光景に「尊すぎてコメントが浮かばねぇ」「最高のにいに」
  5. “これが普通だと思っていた柴犬のお風呂の入れ方が特殊すぎた” 予想外の体勢に「今まで観てきた入浴法で1番かわいい」
  6. 「虎に翼」、新キャラの俳優に注目が集まる 「綺麗な人だね」「まさか日本のドラマでお目にかかれるとは!」
  7. 「葬送のフリーレン」ユーベルのコスプレがまるで実写版 「ジト目が完璧」と27万いいねの好評
  8. お花見でも大活躍する「2杯のドリンクを片手で持つ方法」 目からウロコの裏技に「えぇーーすごーーい」「やってみます!」
  9. 弟から出産祝いをもらったら…… 爆笑の悲劇に「めっちゃおもろ可愛いんだけどw」「笑いこらえるの無理でした」
  10. 3カ月の赤ちゃん、パパに“しーっ”とされた反応が「可愛いぁぁぁぁ」と200万再生 無邪気なお返事としぐさから幸せがあふれ出す
先月の総合アクセスTOP10
  1. フワちゃん、弟の結婚式で卑劣な行為に「席次見て名前覚えたからな」 めでたい場でのひんしゅく行為に「プライベート守ろうよ!」の声
  2. 親が「絶対たぬき」「賭けてもいい」と言い張る動物を、保護して育ててみた結果…… 驚愕の正体が230万表示「こんなん噴くわ!」
  3. 水道検針員から直筆の手紙、驚き確認すると…… メーターボックスで起きた珍事が300万再生「これはびっくり」「生命の逞しさ」
  4. フワちゃん、収録中に見えてはいけない“部位”が映る まさかの露出に「拡大しちゃったじゃん」「またか」の声
  5. スーパーで売れ残っていた半額のカニを水槽に入れてみたら…… 220万再生された涙の結末に「切なくなった」「凄く感動」
  6. 桐朋高等学校、78期卒業生の答辞に賛辞やまず 「只者ではない」「感動のあまり泣いて10回読み直した」
  7. 「これは悲劇」 ヤマザキ“春のパンまつり”シールを集めていたはずなのに…… 途中で気づいたまさかの現実
  8. 「ふざけんな」 宿泊施設に「キャンセル料金を払わなくする方法」が物議 宿泊施設「大目に見てきたが厳格化する」
  9. がん闘病中の見栄晴、20回以上の放射線治療を受け変化が…… 「痛がゆくなって来ました」
  10. 食べ終わったパイナップルの葉を土に植えたら…… 3年半後、目を疑う結果に「もう、ただただ感動です」「ちょっと泣きそう」