意味がわかると怖い話:「ツイートトラップ」(1/2 ページ)
玄関先に置いてあった変なモノ。
ひとたび気づくと、なにやら違う光景が見えてくる……「意味がわかると怖い」ショートストーリーを紹介する連載です。
「ツイートトラップ」
『そうだ、今朝変なことがあってさ』
オンラインでの打ち合わせが一段落したところで、平田がそう切り出した。
『家を出るときに、玄関先に狸の置物が置いてあったんだよ』
「狸の置物?」
『ほら、信楽焼のさ。蕎麦屋の前とかにあるイメージなんだけど……それの、10センチくらいの小さい奴がぽつん、と置いてあるんだよ』
「写真はないの?」
『あー、そうだ。話のタネになるかと思って撮ったんだった』
チャットを通じて画像が送られてくる。玄関ポーチの敷石の上にちょこんと置いてあるのは、なるほど笠をかぶって徳利(とっくり)を下げた、よく見る信楽の狸だった。
『夜、帰ってきたらなくなっててさ。誰かの忘れ物だったのかな』
「うーん。イタズラだったら、なんかちょっと気味悪いよな」
『悪意はないと思うけどな。狸って縁起物だろ?』
そういう問題ではないだろうが、平田は無頓着だ。
私と平田は、大学からの15年にもなる付き合いで、ともにさる巨匠の映画シリーズの熱心なファンだったことから仲良くなった。平田は筋金入りのコレクターで、撮影台本や小道具といった、膨大なグッズを自宅に所蔵していた。私も、知識やコレクションには自負があったが、彼にはとてもかなわなかった。
父親の会社を形ばかり継いだ平田は、しがない地方銀行員の私の数倍は収入があるはずなのに、未だに学生時代と同じ安普請のマンションに暮らしている。彼が映画コレクション以外に金を使っているのを見たことがなかった。
ふたりで何冊か映画ムックの類も出してきた。今日の打ち合わせも、新しい書籍のためのものだった。互いに独り身で結婚に興味がないので、「自分の身に何かあった時は相手にコレクションを寄贈する」という遺言を取り交わしているほどだ。まあ、無二の親友というやつだ。
くわがた @movie-daisuki0808
昨日の朝、俺んちの前にタヌキ置いてったの誰?w
(画像)
午前11:15 2020年10月24日 Twitter for iPhone
その2週間後、仕事で平田の家のそばまで来たので、久しぶりに会って飲んだ。
「そうそう、前にお前が言ってた狸の置物のことだけどさ」
私が言うと、平田は身を乗り出してきた。「なんだよ深山。正体がわかったのか?」
「ニュースでやってたんだよ。空き巣狙いが、ターゲットの家の玄関先に何か変わったものを置いておくんだってさ。SNS時代だろ? その家の住人が、『こんなのあった』って発信するのを待って、それを探してアカウントを特定するんだよ。それを見張ってれば、ターゲットの生活リズムとかがわかるだろ」
「なるほどな。そのアカウントが『今日から家族旅行』ってツイートしてるのを見つけたら、その日に泥棒に入れば確実に家は留守だってわけだ。へええ、いろいろ考えるやつがいるんだな」
「お前も気をつけろよ。……つっても、お前はSNSもやってないし、ほとんど家にいるから泥棒の被害にゃ縁はなさそうだけど」
私が言うと、まあな、と言って平田は手酌した熱燗を口に運ぶ。私は尋ねた。
「旅行といえば、今月の連休はどこか行ったりしないのか?」
平田は眉をひそめてみせる。「お前に頼まれた追加の原稿を書かなきゃならないからな。片づけなきゃいけない本業の方の書類もたまってるし、3連休は家にこもりきりだろうな」
「肩書きだけでも社長さんとなったら大変なんだな」
「お前は?」と聞かれたので、久しぶりに一人旅でもしようと思っていると伝えた。
『深山、ニュース見たか!? 昨日の晩、平田が殺されたらしい』
昼近くまで旅先のホテルでゆっくりまどろんでいた私は、共通の友人からの電話で起こされた。
「殺された?」
『ああ、名前も年も一緒だったし、現場だって言って映ったのは間違いなくあいつのマンションだった。部屋にいて、忍び込んだ泥棒と鉢合わせしたらしい。テレビでは、取り押さえようとして刺されたって言ってる』
平田は虚弱な文科系のくせに向こう見ずなところがあって、学生時代にも駅で痴漢を捕まえようとして揉み合いになり、大怪我したことがあった。
私は部屋のテレビを点ける。
「こっちじゃやってないみたいだな……悪い、俺今、金沢にいるんだ」
帰ったら会おう、とだけ言って電話を切った。
手の中のスマートフォンに視線を落とし、ツイッターのアプリを開く。2日前に私がつぶやいた、最後のツイートが表示される。
くわがた @movie-daisuki0808
明日から2泊3日で金沢へ!北陸グルメ楽しみ(^^♪
午後13:04 2020年11月20日 Twitter for iPhone
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