意味がわかると怖い話:「犬の埋葬」(1/2 ページ)

夜にかかってきた1本の電話。

» 2020年10月18日 21時15分 公開
[白樺香澄ねとらぼ]

 ひとたび気づくと、なにやら違う光景が見えてくる……「意味がわかると怖い話」を紹介する連載です。

犬の埋葬

「犬の埋葬」

『車出してくれない? レオを埋めたいんだ』

 その夜、中1になる従弟(いとこ)の悠斗から電話があった。最近はあまり顔を出してなかったが、僕は一時期、父親に請われてこの6つ年下の従弟の家庭教師のようなことをやっていた。レオは悠斗の家で飼っているゴールデンレトリバーだ。

「死んじゃったの?」

 驚いて尋ねると、悠斗はつっかえつっかえ、話し始めた。原因は分からないが朝、みんなが起きてきたらレオが冷たくなっていたこと。借家なので庭に埋める訳にはいかず火葬業者を頼もうとしたが、弟の春斗が泣いて嫌がったこと。春斗は「よく散歩に行って一緒に遊んだ裏山に埋めてあげたい」と言っていること……僕は2年前、祖母の葬儀の時に、灰になった亡骸を見て小1だった春斗が大泣きしていたことを思い出した。

『うちは車ないし、抱えていくには重いし。……たぶん、動物の死骸を勝手に山に埋めるのは良くないことだろうから、人に見られたくないしさ』

 悠斗は言いよどんだ。近くに住んでいて、春に免許を取って中古車を買ったばかりだった僕に相談してみろと、母親に言われたのだという。

 僕は快諾して、すぐに車を飛ばして悠斗の家に急いだ。

 悠斗の父はまだ帰宅しておらず、家にいたのは悠斗と春斗、母親だけだった。レオの死骸は段ボール箱に詰められ、封をして玄関の三和土(たたき)に出されていた。傍らには大きなシャベルが2本、用意されていた。

 来てくれてありがとう、と悠斗のお母さんが力なく笑って頭を下げる。

 母親の傍らで涙を浮かべて立っている春斗を見るのが忍びなくて、僕は挨拶もそこそこにシャベルと段ボールを車の後部座席に運んだ。レトリバーの成犬の体重は30キロほどにもなる。ずっしりと重い。

 遠くで防災無線の音が、途切れ途切れに聞こえた。誰かが行方不明になったという内容の放送らしいが、音質が悪いのとあちこちで反響しているのとで、殆ど聞き取れない。姿が見えなくなった徘徊老人を探す類のこの手の放送は、僕の住んでいるあたりでも時々、流れてくるが、役に立っているのか怪しく思う。

「俺が案内するから」と、助手席に悠斗が乗り込む。

 悠斗に言われるまま、隣町との境にまたがる小高い山まで車を走らせた。数年前に開通した、鬱蒼とした広葉樹林を突っ切るバイパスを行く。街灯はまばらで、道はひどく暗い。

「レオ君、9歳だったっけ。うちで飼ってた柴犬も病気で早くに死んじゃってね。……優菜ちゃんも悲しむだろうな」

 よく遊びに来ていた、春斗の同級生の女の子の名前を挙げる。レオも彼女によく懐いていた。悠斗は顔を曇らせて頷く。

「春斗とも、一番仲良しだったから。――優菜ちゃんの名前、春斗の前では出さないで」

 レオとよく一緒に遊んだ友達、その死にショックを受けるだろう友達のことまで考えるのは、今の春斗には荷が重い。悠斗の言うとおりだ。

 峠(とうげ)を越えたあたりで悠斗に声をかけられ、車を停めた。僕は段ボールを、悠斗はシャベルを抱えて林を進む。通りから見えないところまで五分ばかり歩き、僕たちはそこに1メートルほどの穴を掘った。

 段ボールのままレオの死骸を埋め、ふたりで手を合わせる。墓石代わりに何か置こうかと提案したが、変に目立って誰かに掘り返されたら嫌だと、悠斗は冷静に言う。半年前まで小学生だった従弟の落ち着いた様子に、すっかりお兄さんだなと僕は感心した。

 帰りの車の中で、悠斗はぽつりと「ごめんね」と言った。ありがとうで良いのに、と歯がゆく思ったのを覚えている。

 

 思えば悠斗たちに会ったのは、その晩が最後だった。

 翌年の正月、実家に帰った折に母から、悠斗の一家が父親の仕事の都合で北海道に引っ越したことを聞いた。それも転居の案内を受けたきり、電話もつながらず手紙を送っても宛先不明で返ってきて、すっかり音信不通になってしまっているという。

       1|2 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2412/15/news031.jpg ザリガニが約3000匹いた池の水を、全部抜いてみたら…… 思わず腰が抜ける興味深い結果に「本当にすごい」「見ていて爽快」
  2. /nl/articles/2412/18/news145.jpg “月収4桁万円の社長夫人”ママモデル、月々の住宅ローン支払額が「収入えぐ」と驚異的! “2億円豪邸”のルームツアーに驚きの声も「凄いしか言えない」
  3. /nl/articles/2412/16/news079.jpg “プラスチックのスプーン”を切ってどんどんつなげていくと…… 完成した“まさかのもの”が「傑作」と200万再生【海外】
  4. /nl/articles/2412/17/news060.jpg 100均のファスナーに直接毛糸を編み入れたら…… 完成した“かわいすぎる便利アイテム”に「初心者でもできました!」「娘のために作ってみます」
  5. /nl/articles/2412/17/news197.jpg 「巨大なマジンガーZがお出迎え」 “5階建て15億円”のニコラスケイジの新居 “31歳年下の日本人妻”が世界初公開
  6. /nl/articles/2412/17/news078.jpg 鮮魚コーナーで半額だった「ウチワエビ」を水槽に入れてみた結果 → 想像を超える光景に反響「見たことない!」「すげえ」
  7. /nl/articles/2412/18/news059.jpg 「奥さん目をしっかり見て挨拶してる」「品を感じる」 大谷翔平&真美子さんのオフ写真集、球団関係者が公開【大谷翔平激動の2024年 「妻の登場」話題呼ぶ】
  8. /nl/articles/2412/18/news015.jpg 家の壁に“ポケモン”を描きはじめて、半年後…… ついに完成した“愛あふれる作品”に「最高」と反響
  9. /nl/articles/2411/25/news189.jpg 「理解できない」 大谷翔平と真美子さんの“スキンシップ”に海外驚き 「文化は100%違う」「伝説だわ」
  10. /nl/articles/2412/18/news056.jpg 日本人ならなぜか読めちゃう“四角形”に脳がバグりそう…… 「なんで読めるん?」と1000万表示
先週の総合アクセスTOP10
  1. ザリガニが約3000匹いた池の水を、全部抜いてみたら…… 思わず腰が抜ける興味深い結果に「本当にすごい」「見ていて爽快」
  2. ズカズカ家に入ってきたぼっちの子猫→妙になれなれしいので、風呂に入れてみると…… 思わず腰を抜かす事態に「たまらんw」「この子は賢い」
  3. フォークに“毛糸”を巻き付けていくと…… 冬にピッタリなアイテムが完成 「とってもかわいい!」と200万再生【海外】
  4. 鮮魚スーパーで特価品になっていたイセエビを連れ帰り、水槽に入れたら…… 想定外の結果と2日後の光景に「泣けます」「おもしろすぎ」
  5. 「申し訳なく思っております」 ミスド「個体差ディグダ」が空前の大ヒットも…… 運営が“謝罪”した理由
  6. 「タダでもいいレベル」 ハードオフで1100円で売られていた“まさかのジャンク品”→修理すると…… 執念の復活劇に「すごすぎる」
  7. 母親から届いた「もち」の仕送り方法が秀逸 まさかの梱包アイデアに「この発想は無かった」と称賛 投稿者にその後を聞いた
  8. ある日、猫一家が「あの〜」とわが家にやって来て…… 人生が大きく変わる衝撃の出会い→心あたたまる急展開に「声出た笑」「こりゃたまんない」
  9. 友人のため、職人が本気を出すと…… 廃材で作ったとは思えない“見事な完成品”に「本当に美しい」「言葉が出ません」【英】
  10. セレーナ・ゴメス、婚約発表 左手薬指に大きなダイヤの指輪 恋人との2ショットで「2人ともおめでとう!」「泣いている」
先月の総合アクセスTOP10
  1. 「何言ったんだ」 大谷翔平が妻から受けた“まさかの仕打ち”に「世界中で真美子さんだけ」「可愛すぎて草」
  2. 「絶句」 ユニクロ新作バッグに“色移り”の報告続出…… 運営が謝罪、即販売停止に 「とてもショック」
  3. 「飼いきれなくなったからタダで持ってきなよ」と言われ飼育放棄された超大型犬を保護→ 1年後の今は…… 飼い主に聞いた
  4. アレン様、バラエティー番組「相席食堂」制作サイドからのメールに苦言 「偉そうな口調で外して等と連絡してきて、」「二度とオファーしてこないで下さぃませ」
  5. 「明らかに……」 大谷翔平の妻・真美子さんの“手腕”を米メディアが称賛 「大谷は野球に専念すべき」
  6. 「やはり……」 MVP受賞の大谷翔平、会見中の“仕草”に心配の声も 「真美子さんの視線」「動かしてない」
  7. ドクダミを手で抜かず、ハサミで切ると…… 目からウロコの検証結果が435万再生「凄い事が起こった」「逆効果だったとは」
  8. 「母はパリコレモデルで妹は……」 “日本一のイケメン高校生”グランプリ獲得者の「家族がすごすぎる」と驚がくの声
  9. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  10. 「真美子さんさすが」 大谷翔平夫妻がバスケ挑戦→元選手妻の“華麗な腕前”が話題 「尊すぎて鼻血」