災害が日常の一部と化した「今」を描いた怪獣漫画 松本直也『怪獣8号』はなぜここまで注目を集めるのか:水平思考(ねとらぼ出張版)
第1話公開以降、最新話が更新されるたびに注目を集め続ける『怪獣8号』の魅力とは。ゲーム開発者でブロガーのhamatuさんによる分析。
2020年12月4日、ついに『怪獣8号』の単行本が発売された。
2020年7月3日に第1話が少年ジャンプ+上に公開され、連載が始まるや否やネット上を中心に話題が沸騰し、それ以来、最新回が更新される度に大きな反響を呼び続けている漫画、それが『怪獣8号』である。
単行本累計売上が600万部を突破し、『週刊少年ジャンプ』のヒット作と比べても遜色がないほどの大ヒット作となっている『SPY×FAMILY』を筆頭に、今や強豪ひしめく「ジャンプ+」においても確固たる地位を獲得している本作だが、なぜ半年たらずという短い期間にここまでの注目を集める存在になったのか?
単行本が発売され、新しく読む人、再度読み直す人も多く出るであろうこのタイミングだからこそ、あらためて考えてみよう。
ライター:hamatsu
某ゲーム会社勤務のゲーム開発者。ブログ「枯れた知識の水平思考」「色々水平思考」の執筆者。 ゲームというメディアにしかなしえない「面白さ」について日々考えてます。
Twitter:@hamatsu
躍動する「見開き」の力
この漫画は、怪獣が日常的に発生し、人間に害をなす架空の日本を舞台としている。そして主人公である日比野カフカは、かつては怪獣に立ち向かう「防衛隊」に入隊することを志しながらも、叶わず、怪獣の清掃業者として日々働く、もう少年とは到底呼べない立派な社会人である。
そんな鬱屈を抱えた主人公の職場にアルバイトとして加わりつつ、「防衛隊」への入隊を目指す若者、市川レノと出会うことから物語は動き出す。
連載第1話では、市川レノとのやりとりを通して一度は諦めていた防衛隊入隊にもう一度チャレンジしようと決意する主人公の姿が描かれるのだが、この漫画が1話目の時点で圧倒的な話題を呼ぶことになったのは、かつての目標を見失いかけていた主人公が再起を決意するという、連載の1話目としては十分なエピソードそれだけでは終わらなかったからだ。
そこから物語は急転直下の展開を迎えることになるのだが、それについては実際に単行本を読んでもらうとして、第1話をあらためて読むと、最初は感じの悪い無愛想な若者として登場する市川レノが主人公と出会い、次第に互いを理解し認め合い、同じものを目指すバディになっていく過程を少ないページ数で的確に描くという、漫画としての構成の巧みさ、手綱さばきの見事さに気付かされる。
特に登場した時点ではツンツンしたトガったキャラかと思えば、主人公に再起のきっかけとなる優しい気遣いをし、最終的には自身の命を顧みない献身的な姿まで見せるという、たった1話でキャラクターとしての奥行きが深まりまくる市川レノ、恐ろしい子……。
終盤の急展開に気を取られてしまい、衝撃的な展開の連続で畳み掛け、興味を引いていくタイプの漫画なのかと思ってしまいそうになるし、事実そのようなどこに進んでいくのかが分からない魅力も大いにあることは間違いないのだが、少年漫画のもっとも根源的でベーシックな面白さを味わわせてくれる漫画、それが『怪獣8号』なのではないかと思う。
特に、ここぞの場面で披露される大ゴマを駆使した「見開き」の見事さ、躍動感は素晴らしい。どれだけ漫画がWebやアプリで読まれる時代になったとしても変わらない魅力を持ち続けるということをあらためて実感させられる。
「災害」のメタファーとしての「怪獣」
そして、非常に重要なポイントとして、この『怪獣8号』という漫画は明確に3.11以降の漫画であるということが挙げられる。
想像を絶する激しい災害が日常をいとも簡単に破壊していくことが、決して珍しいことではなくなり、100年に1度、1000年に1度クラスの非常事態が毎年のように起こり続ける「今」を描いている漫画なのである。
怪獣の登場に付随する形で発生が懸念される津波、怪獣の強さを計測するフォルティチュードという単位、そして怪獣8号という台風をほうふつとさせるネーミングからもそれは明らかだろう。
「怪獣大国 日本」というどこかで聞いたことのあるようなフレーズのもじりから始まる『怪獣8号』は、気が付けば恐ろしいほどの「災害」が身近になってしまった我々の日常を「怪獣」というフィクショナルな存在を通して描く漫画なのである。
3.11というまだ生々しい記憶として残る出来事を、怪獣という荒唐無稽な存在を通してエンターテイメントに昇華した作品の嚆矢と言えば2016年に公開された「シン・ゴジラ」が挙げられるだろう。そして『怪獣8号』もまた、その系譜上の最新作として位置付けられる作品だ。作中で描写される、スマホに鳴るアラーム音、迫る怪獣に逃げ惑うのではなくあくまで自宅に待機するなど、避難の描写が確実に現代的なものにチューニングされている点も興味深い。
そして、『怪獣8号』がそのような「災害」としての「怪獣」を描く作品としても優れているのは、その作中における「景観描写」にある。
キャラクターの感情の揺れやアクションを描く以上に、怪獣という非日常が日常を侵食するその「景観描写」こそ「怪獣」を扱う作品でもっとも重要なポイントなのではないかと私は考えているのだが、『怪獣8号』で描かれる怪獣のいる景観は実に見事だ。
「ジャンプ+」にて見ることができる、怪獣の存在する日常風景イラスト集「怪獣百景」がまたいい。イラスト集は基本無料なのでぜひ見てほしい。
このような現実に起きた悲惨な出来事を、フィクションというフィルターを通すことでエンターテインメントとして消費することは、私は個人的に非常に重要なことだと考えている。悲惨な出来事をさまざまな視点で捉え直すこと、それこそがフィクションのもつ大きな効果であり、可能性だと思うからだ。
特撮怪獣映画の始祖である「ゴジラ」第1作の根底には戦争での空襲体験が間違いなく存在する。当時まだ生々しく残っていたはずの記憶とともに、「ゴジラ」というエンターテインメント作品が圧倒的に大衆に支持され、楽しまれたことには大きな意義があったのではと、私は考える。
その意味において『怪獣8号』という「怪獣」漫画は「怪獣」を扱ったエンターテイメントとして極めて真っ当な王道を歩む作品だといえるのではないかと思う。
年齢、性別の壁を超えはじめた「少年漫画」
『怪獣8号』の主人公、日比野カフカの年齢は32歳だ。少年漫画の主人公としてはかなりの高齢だろう。
そのような年齢設定が許されたのは本誌の『週刊少年ジャンプ』ではなく「ジャンプ+」という新しい媒体だからだろうか?
いい年こいた大人や女性が『少年ジャンプ』を読むことは全く珍しいことではない。思えば私が子供の頃からジャンプを読んでる大人はいたし、同級生の女の子だって普通に読んでいた。
もはや少年漫画の主人公は「少年」である必要はないのかもしれない。
まだまだ連載は始まったばかりだし、これからどう物語が展開していくのか分からない部分も多いが、今のところ、『怪獣8号』という漫画は極めて「王道」の展開を見せてくれている。
絶体絶命のピンチに間一髪で助けに入る、正体不明の敵が現れる、渾身の1発で敵を吹っ飛ばす、言葉にしてしまえばこれまで何度となく見たことがあるような展開だが、それが結果として陳腐になっていないのは、既に述べた漫画としての見せ方の上手さもさることながら、実は中年に差し掛かりつつある年齢の主人公など、構成する要素が巧妙に少年漫画の常道からは若干外れていることで、一見同じようでも別のものになっているからだ。
少年漫画における「王道」の最新型へのアップデート、それが『怪獣8号』なのではないだろうか。
恐らく今後、アニメ化をはじめ大規模なマルチメディア展開も予想される本作だが、ぜひともこのタイミングで読むことをおススメしたい。
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