ハイテンションかと思いきや“めちゃくちゃ理性的”な復讐映画 「プロミシング・ヤング・ウーマン」を漫画でレビュー(2/2 ページ)
「ヒステリックでミステリー」な女たち
物語の終盤、行方不明になったキャシーが、父親や男性警察官、男性医師によって「ここだけの話、彼女は不安定な様子で」という調子で、事件ではなく家出だとされるシーンがあります。
現実でも、医療現場では女性たちが痛みを訴えても、心因性のものだと片付けられ、なかなか治療にたどりつけないことがあります。アメリカのある都市部の救急外来を受診した成人に関する研究では、男性と女性で同程度の痛みの症状があった場合、女性は鎮痛剤がもらえないことが多く、もらえた場合でも男性より多くの時間がかかったというデータがあります。女性たちが自分の体に関する情報を提供しても、信じてもらいにくいのです。
また、自分ではうつ病ではないと思って病院を受診した人で、抗うつ剤を処方される割合は、女性の方が男性の方よりも2倍高いと研究で明らかになっています。女性の身体的な痛みは「精神的なもの」「心因性」だと誤って判断されてしまうことが多いのです。
この映画からは、医療現場と同様に、犯罪が起こっても女性の意見は信じてもらえず、何かが起こっても自分自身が悪いことにされてしまうという危機感を感じました。行方不明になったキャシーが、事件の証拠は男性弁護士に託し、宝物は女友達に託したというのは、「女性に証拠を渡しても、社会に事実を信じてもらえないかもしれないから」だと思うのは、うがった見方をしすぎでしょうか。
男性は何を感じる?
「男性にこそ観て欲しい」という映画お馴染みのフレーズ。本作にも寄せられているのですが、男性がこの映画を観て感じることは何なのでしょうか。
作中において、キャシーからの復讐を受け、自らを省みた人間は、女性だけです。男性は、すでに反省していた人はいたものの、キャシーからの真っ当な説明に対し、何も反省はしません。
本作では、傍観者として性犯罪を助長させている存在として女性を描いている部分が話題になりましたが、筆者は、女性の説得で男性を変えることの難しさを突きつけられた気がしました。
暴力シーンがほぼない復讐映画
本作は男性から女性へのレイプシーン=暴力描写が一切ないのと同様に、女性から男性への復讐時の暴力描写もありませんでした。暴力的な映画を観に行ったつもりが、とても折り目正しい気持ちにさせられました。この映画は、予告編の印象とは異なり、女性がやられっぱなしで痛快な復讐劇はありません。それが、本作の物足りないところではありますが、現実的でもあると思うのです。
キャシーは確かに復讐を成し遂げました。しかし、女性が命をかけてはじめて性犯罪を立証できるというのは、あまりにも徒労感があります。作中では、キャシーが誰よりも賢いということが繰り返し強調されていましたが、劇中で描かれる復讐は、聡明な彼女だからこそなし得た現実的なものだったとも考えられるでしょう。聡明だからこそ、暴力に頼らない復讐劇を繰り広げられたのだと思う反面、頭のいいキャシーですらこんな身を挺した方法でしか復讐しかできないのか、とも感じます。
映画「82年生まれ、キム・ジヨン」を見た際には、実現不可能な解決策をだされると虚しさが募るだけだからやめてほしい、と感じましたが、いざ現実的な解決策を提示されると、やるせない気持ちになることがわかりました。
あれこれ書きましたが、完成度はとても高く、脚本賞受賞も納得の今作。特に、主人公の過去や現状をナレーションやモノローグなどを一切使用せずに観客に理解させる手腕には脱帽です。衝撃の結末を含め、ぜひ劇場で見ていただきたい作品です。
※参考文献・熊谷 晋一郎『当事者研究――等身大の〈わたし〉の発見と回復』、キャロライン・クリアド=ペレス 『存在しない女たち: 男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く』
前回までの「おこのみ若者映画いろいろ」
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