カルチャーギャップSF・コメディ「アイの歌声を聴かせて」レビュー 野心的、だけど物足りない(1/2 ページ)

吉浦康裕監督待望の長編新作アニメ。

» 2021年11月07日 12時30分 公開
[将来の終わりねとらぼ]
※本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

 「イヴの時間」「サカサマのパテマ」の吉浦康裕監督による10年ぶりに近い新作アニメーション映画「アイの歌声を聴かせて」が公開された。

 舞台はAI実証実験地区。アンドロイド研究者の母と2人で暮らすサトミのクラスにある日、芦森詩音が「転校」してくる。「サトミ、今、しあわせ?」と繰り返し、突然歌い踊り出すなど破天荒な詩音の正体――母の関わる試験機――を周囲から隠すべく奮闘するサトミの日常は、幼馴染のトウマらとの交流から徐々に変わっていく。しかしある日の出来事をきっかけに、彼らに危機が訪れる……という、SF要素を含んだ青春群像劇である。

 監督を語る上で欠かせないのが「イヴの時間」の存在だ。

 Yahoo動画(現在のGYAO!)でWeb配信オリジナルアニメーションとして2008年から順次公開され、2010年には長編劇場版として再構成された同作は、家庭用アンドロイドと人間が共生する喫茶店を舞台とした会話中心のシチュエーション・コントに近い作品。ロボット三原則を提示する古典SFとCGアニメーションを組み合わせ、高校生の視点からすこし不思議な日常を描いた座組みの斬新さ、演出クオリティの高さで非常に高い評価を得た。

 続いて2013年の「サカサマのパテマ」では大きく別ジャンルに舵を切る。地下世界に住む少女と地上のディストピアに住む少年の出会い、”働く重力の方向が異なる”というファンタジックな発想を用いた、直球のアドベンチャーとなった。設定のインパクトがほぼ同系統である「アップサイドダウン 重力の恋人」と配給時期が重なったのは不運というほかないが、アニメーションでこそ実現できる奇想天外なビジュアルと表現で新境地を見せてくれた。

 本作「アイの歌声を聴かせて」では再びアンドロイドもの、かつ人間社会への投入過渡期という「イヴの時間」に近いジャンルに回帰。各話を組み立てやすい連作短編から一本の長編ものとなった。

 アニメーションとしての質は総じて高い。オープニング、現代の日常の延長線にあるガジェットの使用から、徐々に至近未来的な舞台へスライドしていく……という流れは「イヴの時間」でも見られたが、現実でのスマートスピーカー・めざましカーテンなどの普及に伴いより説得力を増している。

 詩音がミュージカルよろしく歌い踊るシーンは魅力的に映るし、特に劇中屈指のアップテンポ楽曲“Lead Your Partner”は土屋太鳳の歌唱力も伴って非常に印象的な絵を見せてくる。「機械らしくない」笑顔を浮かべる詩音が中盤、アンドロイドと人間の絶対的な差をのぞかせるカットはインパクトが強く、それこそ「イヴの時間」act.1にも似た驚きを感じた。作品の空気を一挙に変える大人役陣(大原さやか・津田健次郎)は相変わらず見事、主人公周りのキャラクターもおのおの印象的で良い芝居をしている。

 「パテマ」では終盤にかけて展開が駆け足になり、「結局何が起こっていて、ここはどこなんだ」と考えてしまったが、本作の脚本は程よく整理されている。これまでの作品に見られた異なるものを見る二者の立ち位置の逆転についても、最もベストなかたちで描かれている。敵役の造形がシンプルすぎるのは気になるが、あくまでも主軸は詩音とサトミたちの関係性の物語にあり、スピード感を出す上では致し方ない。

 「一般社会へのロボットの浸透」「AIによるシンギュラリティの始まり」というそもそもの物語に目新しさがないというのは欠点といえるかもしれない。ただ制作側もそれに自覚的であり、例えば詩音の苗字「芦森」はおそらくその代表作『われはロボット』著者アイザック・アシモフからのもじり。後半に明かされる彼らの"繋がり"や一部のストーリー進行は、サトミ(悟美)・トウマ(十真)の名前ネタの通り、楳図かずお『わたしは真悟』からの引用である。ロボット技術の革新をテーマにしつつ、自立思考AIというモチーフを使えば、結果として出来上がるものが似通うことはあるだろう。


 とはいえ、引っ掛かる点がないわけではない。

 AIをテーマとした国産SF小説の名作のひとつに、山本弘『アイの物語』(2006年発刊)がある。これはAIが人類に叛逆した世界において、アンドロイド・アイビスが人間の男に様々な物語を“AIと人類が共生する世界を描いたフィクション”として聞かせていく形式の連作短編集だ。

 その物語群の中に、「詩音が来た日」という中編がある。業務用介護アンドロイドである詩音が介護老人保健施設に試験勤務し、そこに住まう要介護老人や上司である「私」との触れ合いの中、人間とはどういうものか? を学んでいく、カルチャーギャップとAIの死生観をテーマにした思弁的小説だ。同作にはキャラクター名と物語の舞台設定、詩音の変化を示すファクターとしての歌、ならびに詩音と「私」が作中繰り返す「がんばるぞお、おう」の掛け声など、ネタ元と思われる描写が多く含まれる。

 また同じく同作品所収の「ミラーガール」は、小学3年生の「私」と、児童用おしゃべりAI――プリンセス・シャリスを搭載したおもちゃに会話モデルを蓄積し続けた結果、AIがシンギュラリティを迎える未来を予感させる掌編。こちらもあるキャラクターの過去とシチュエーションが共通している。

 吉浦監督の別作品「ヒストリー機関」と、アーサー・C・クラーク「歴史のひとこま」のような短編での相似であれば、よくあるアイデア・一発ネタとして見過ごせる。だが『アイの物語』はシンギュラリティとAIの自意識を主題にした傑作、かつさまざまな賞候補になるなど小説界での知名度も決して低くない。中盤からメインとなるプロット自体はせいぜいが「これらの影響を感じさせる」程度のエンターテイメント作品にシフトするものの、オマージュだとしても少々持ち込み過ぎでは、と感じる。

 また人間関係をとっても、例えばゴッちゃんとトウマの境を表す「何をやっても80点」に関する会話も、「桐島、部活やめるってよ。」の菊池と前田のそれを想起させどうも乗り切れない。スクールカーストに関する描写も「アルモニ」での歪んだそれから悪い意味で脱色され、いってしまえば作品全体を既視感が支配してしまっている。せっかくAIが身近になったこの時代にオリジナル作品を作るのであれば、それに伴う新たな価値観の提示や独創的な決着にまで至ってほしかったと思う。

 本作がカルチャーギャップSF・コメディでありながら、群像劇、ミュージカル要素、子どもが社会と対峙するジュヴナイル……など、監督にとって新しいことに一挙に挑戦した意欲的な作品であることは確かだ。基本的なポイントを抑えつつきっちり仕上げており、脚本技術においてもスキのない優等生的なものを感じさせる。ただしその分、尖ったものがないように見えるのは、氏の新作を待ち続けた人間としては少々残念だった。

将来の終わり

       1|2 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2412/18/news202.jpg 「何言ったんだ」 大谷翔平が妻から受けた“まさかの行動”に「世界中で真美子さんだけ」「可愛すぎて草」【大谷翔平激動の2024年 「家族愛」にも集まった注目】
  2. /nl/articles/2412/20/news023.jpg 60代女性「15年通った美容師に文句を言われ……」 悩める依頼者をプロが大変身させた結末に驚きと称賛「めっちゃ若返って見える!」
  3. /nl/articles/2403/21/news088.jpg 「庶民的すぎる」「明日買おう」 大谷翔平の妻・真美子さんが客席で食べていた? 「のど飴」が話題に
  4. /nl/articles/2412/21/news038.jpg 皇后さま、「菊のティアラ」に注目集まる 天皇陛下のネクタイと合わせたコーデも……【宮内庁インスタ振り返り】
  5. /nl/articles/2412/21/news056.jpg 真っ黒な“極太毛糸”をダイナミックに編み続けたら…… 予想外の完成品に驚きの声【スコットランド】
  6. /nl/articles/2412/21/news088.jpg 71歳母「若いころは沢山の男性の誘いを断った」 信じられない娘だったけど…… 当時の姿に仰天「マジで美しい」【フィリピン】
  7. /nl/articles/2412/20/news096.jpg 新1000円札を300枚両替→よく見たら…… 激レアな“不良品”に驚がく 「初めて見た」「こんなのあるんだ」
  8. /nl/articles/2412/18/news015.jpg 家の壁に“ポケモン”を描きはじめて、半年後…… ついに完成した“愛あふれる作品”に「最高」と反響
  9. /nl/articles/2412/15/news031.jpg ザリガニが約3000匹いた池の水を、全部抜いてみたら…… 思わず腰が抜ける興味深い結果に「本当にすごい」「見ていて爽快」
  10. /nl/articles/2412/17/news195.jpg 「ほぼ全員、父親が大物芸能人」 奇跡的な“若手俳優の集合写真”が「すごいメンツ」と再び話題 「今や全員主役級」
先週の総合アクセスTOP10
  1. ザリガニが約3000匹いた池の水を、全部抜いてみたら…… 思わず腰が抜ける興味深い結果に「本当にすごい」「見ていて爽快」
  2. ズカズカ家に入ってきたぼっちの子猫→妙になれなれしいので、風呂に入れてみると…… 思わず腰を抜かす事態に「たまらんw」「この子は賢い」
  3. フォークに“毛糸”を巻き付けていくと…… 冬にピッタリなアイテムが完成 「とってもかわいい!」と200万再生【海外】
  4. 鮮魚スーパーで特価品になっていたイセエビを連れ帰り、水槽に入れたら…… 想定外の結果と2日後の光景に「泣けます」「おもしろすぎ」
  5. 「申し訳なく思っております」 ミスド「個体差ディグダ」が空前の大ヒットも…… 運営が“謝罪”した理由
  6. 「タダでもいいレベル」 ハードオフで1100円で売られていた“まさかのジャンク品”→修理すると…… 執念の復活劇に「すごすぎる」
  7. 母親から届いた「もち」の仕送り方法が秀逸 まさかの梱包アイデアに「この発想は無かった」と称賛 投稿者にその後を聞いた
  8. ある日、猫一家が「あの〜」とわが家にやって来て…… 人生が大きく変わる衝撃の出会い→心あたたまる急展開に「声出た笑」「こりゃたまんない」
  9. 友人のため、職人が本気を出すと…… 廃材で作ったとは思えない“見事な完成品”に「本当に美しい」「言葉が出ません」【英】
  10. セレーナ・ゴメス、婚約発表 左手薬指に大きなダイヤの指輪 恋人との2ショットで「2人ともおめでとう!」「泣いている」
先月の総合アクセスTOP10
  1. 「何言ったんだ」 大谷翔平が妻から受けた“まさかの仕打ち”に「世界中で真美子さんだけ」「可愛すぎて草」
  2. 「絶句」 ユニクロ新作バッグに“色移り”の報告続出…… 運営が謝罪、即販売停止に 「とてもショック」
  3. 「飼いきれなくなったからタダで持ってきなよ」と言われ飼育放棄された超大型犬を保護→ 1年後の今は…… 飼い主に聞いた
  4. アレン様、バラエティー番組「相席食堂」制作サイドからのメールに苦言 「偉そうな口調で外して等と連絡してきて、」「二度とオファーしてこないで下さぃませ」
  5. 「明らかに……」 大谷翔平の妻・真美子さんの“手腕”を米メディアが称賛 「大谷は野球に専念すべき」
  6. 「やはり……」 MVP受賞の大谷翔平、会見中の“仕草”に心配の声も 「真美子さんの視線」「動かしてない」
  7. ドクダミを手で抜かず、ハサミで切ると…… 目からウロコの検証結果が435万再生「凄い事が起こった」「逆効果だったとは」
  8. 「母はパリコレモデルで妹は……」 “日本一のイケメン高校生”グランプリ獲得者の「家族がすごすぎる」と驚がくの声
  9. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  10. 「真美子さんさすが」 大谷翔平夫妻がバスケ挑戦→元選手妻の“華麗な腕前”が話題 「尊すぎて鼻血」