カルチャーギャップSF・コメディ「アイの歌声を聴かせて」レビュー 野心的、だけど物足りない(1/2 ページ)
吉浦康裕監督待望の長編新作アニメ。
「イヴの時間」「サカサマのパテマ」の吉浦康裕監督による10年ぶりに近い新作アニメーション映画「アイの歌声を聴かせて」が公開された。
舞台はAI実証実験地区。アンドロイド研究者の母と2人で暮らすサトミのクラスにある日、芦森詩音が「転校」してくる。「サトミ、今、しあわせ?」と繰り返し、突然歌い踊り出すなど破天荒な詩音の正体――母の関わる試験機――を周囲から隠すべく奮闘するサトミの日常は、幼馴染のトウマらとの交流から徐々に変わっていく。しかしある日の出来事をきっかけに、彼らに危機が訪れる……という、SF要素を含んだ青春群像劇である。
監督を語る上で欠かせないのが「イヴの時間」の存在だ。
Yahoo動画(現在のGYAO!)でWeb配信オリジナルアニメーションとして2008年から順次公開され、2010年には長編劇場版として再構成された同作は、家庭用アンドロイドと人間が共生する喫茶店を舞台とした会話中心のシチュエーション・コントに近い作品。ロボット三原則を提示する古典SFとCGアニメーションを組み合わせ、高校生の視点からすこし不思議な日常を描いた座組みの斬新さ、演出クオリティの高さで非常に高い評価を得た。
続いて2013年の「サカサマのパテマ」では大きく別ジャンルに舵を切る。地下世界に住む少女と地上のディストピアに住む少年の出会い、”働く重力の方向が異なる”というファンタジックな発想を用いた、直球のアドベンチャーとなった。設定のインパクトがほぼ同系統である「アップサイドダウン 重力の恋人」と配給時期が重なったのは不運というほかないが、アニメーションでこそ実現できる奇想天外なビジュアルと表現で新境地を見せてくれた。
本作「アイの歌声を聴かせて」では再びアンドロイドもの、かつ人間社会への投入過渡期という「イヴの時間」に近いジャンルに回帰。各話を組み立てやすい連作短編から一本の長編ものとなった。
アニメーションとしての質は総じて高い。オープニング、現代の日常の延長線にあるガジェットの使用から、徐々に至近未来的な舞台へスライドしていく……という流れは「イヴの時間」でも見られたが、現実でのスマートスピーカー・めざましカーテンなどの普及に伴いより説得力を増している。
詩音がミュージカルよろしく歌い踊るシーンは魅力的に映るし、特に劇中屈指のアップテンポ楽曲“Lead Your Partner”は土屋太鳳の歌唱力も伴って非常に印象的な絵を見せてくる。「機械らしくない」笑顔を浮かべる詩音が中盤、アンドロイドと人間の絶対的な差をのぞかせるカットはインパクトが強く、それこそ「イヴの時間」act.1にも似た驚きを感じた。作品の空気を一挙に変える大人役陣(大原さやか・津田健次郎)は相変わらず見事、主人公周りのキャラクターもおのおの印象的で良い芝居をしている。
「パテマ」では終盤にかけて展開が駆け足になり、「結局何が起こっていて、ここはどこなんだ」と考えてしまったが、本作の脚本は程よく整理されている。これまでの作品に見られた異なるものを見る二者の立ち位置の逆転についても、最もベストなかたちで描かれている。敵役の造形がシンプルすぎるのは気になるが、あくまでも主軸は詩音とサトミたちの関係性の物語にあり、スピード感を出す上では致し方ない。
「一般社会へのロボットの浸透」「AIによるシンギュラリティの始まり」というそもそもの物語に目新しさがないというのは欠点といえるかもしれない。ただ制作側もそれに自覚的であり、例えば詩音の苗字「芦森」はおそらくその代表作『われはロボット』著者アイザック・アシモフからのもじり。後半に明かされる彼らの"繋がり"や一部のストーリー進行は、サトミ(悟美)・トウマ(十真)の名前ネタの通り、楳図かずお『わたしは真悟』からの引用である。ロボット技術の革新をテーマにしつつ、自立思考AIというモチーフを使えば、結果として出来上がるものが似通うことはあるだろう。
とはいえ、引っ掛かる点がないわけではない。
AIをテーマとした国産SF小説の名作のひとつに、山本弘『アイの物語』(2006年発刊)がある。これはAIが人類に叛逆した世界において、アンドロイド・アイビスが人間の男に様々な物語を“AIと人類が共生する世界を描いたフィクション”として聞かせていく形式の連作短編集だ。
その物語群の中に、「詩音が来た日」という中編がある。業務用介護アンドロイドである詩音が介護老人保健施設に試験勤務し、そこに住まう要介護老人や上司である「私」との触れ合いの中、人間とはどういうものか? を学んでいく、カルチャーギャップとAIの死生観をテーマにした思弁的小説だ。同作にはキャラクター名と物語の舞台設定、詩音の変化を示すファクターとしての歌、ならびに詩音と「私」が作中繰り返す「がんばるぞお、おう」の掛け声など、ネタ元と思われる描写が多く含まれる。
また同じく同作品所収の「ミラーガール」は、小学3年生の「私」と、児童用おしゃべりAI――プリンセス・シャリスを搭載したおもちゃに会話モデルを蓄積し続けた結果、AIがシンギュラリティを迎える未来を予感させる掌編。こちらもあるキャラクターの過去とシチュエーションが共通している。
吉浦監督の別作品「ヒストリー機関」と、アーサー・C・クラーク「歴史のひとこま」のような短編での相似であれば、よくあるアイデア・一発ネタとして見過ごせる。だが『アイの物語』はシンギュラリティとAIの自意識を主題にした傑作、かつさまざまな賞候補になるなど小説界での知名度も決して低くない。中盤からメインとなるプロット自体はせいぜいが「これらの影響を感じさせる」程度のエンターテイメント作品にシフトするものの、オマージュだとしても少々持ち込み過ぎでは、と感じる。
また人間関係をとっても、例えばゴッちゃんとトウマの境を表す「何をやっても80点」に関する会話も、「桐島、部活やめるってよ。」の菊池と前田のそれを想起させどうも乗り切れない。スクールカーストに関する描写も「アルモニ」での歪んだそれから悪い意味で脱色され、いってしまえば作品全体を既視感が支配してしまっている。せっかくAIが身近になったこの時代にオリジナル作品を作るのであれば、それに伴う新たな価値観の提示や独創的な決着にまで至ってほしかったと思う。
本作がカルチャーギャップSF・コメディでありながら、群像劇、ミュージカル要素、子どもが社会と対峙するジュヴナイル……など、監督にとって新しいことに一挙に挑戦した意欲的な作品であることは確かだ。基本的なポイントを抑えつつきっちり仕上げており、脚本技術においてもスキのない優等生的なものを感じさせる。ただしその分、尖ったものがないように見えるのは、氏の新作を待ち続けた人間としては少々残念だった。
(将来の終わり)
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