こんな野原ひろしは見たくなかった 「しん次元!クレヨンしんちゃんTHE MOVIE」のあまりに間違った社会的弱者への「がんばれ!」(1/2 ページ)
優れたポイントがたくさんあったのに、あまりにもったいない。
「しん次元!クレヨンしんちゃんTHE MOVIE 超能力大決戦 〜とべとべ手巻き寿司〜」が劇場公開中だ。
先に言っておくと、本作には優れたポイントがたくさんある。タイトル通り超能力のバトルのアイデアは面白いし、テンポ良くギャグが展開するので小さなお子さんでも飽きないだろうし、思わずウルっときた場面もある。松坂桃李および空気階段の鈴木もぐらと水川かたまりの声の演技も見事だ。
“しん次元”という触れ込み通りの3DCGのアプローチに賛否はあるが、個人的にはとても良かったと思う。しんのすけを筆頭に3次元化が難しく思える造形のキャラそれぞれに違和感はなく、表情も含めてとても愛らしいし、立体的なアクションにも迫力がある。
そして、映画「モテキ」や「バクマン。」などでみられた、大根仁監督作のトレードマークともいえる、凝りに凝ったエンドロール(ディレクションは上田大樹)は掛け値なし素晴らしい。
そんなふうに全体的にはエンターテインメントとして大いに楽しめたのだが、結末部分があまりにまずかった。メッセージが直接的で説教くさいだけでなく、本編の物語との明らかな齟齬がある。はっきり無責任かつ不誠実で、全てが台無しと思える領域まで到達していたのだ。結末を含むネタバレ全開となるが、その理由を記していこう。
※以下、「しん次元!クレヨンしんちゃんTHE MOVIE」の結末を含むネタバレに触れています。
“社会的弱者”に「がんばれ!」と言ってしまう
本作の敵役となる非理谷充(ひりやみつる)は、徹底的に“社会的弱者”として描かれる。ティッシュ配りのバイト中にサラリーマンたちにバカにされ、推しのアイドルは結婚して裏切られたと思い込み、さらには暴行犯に間違われて警察に追われる身となり、そして超能力を手にして悪の道へと走ってしまう。
問題となるのは、ひろしの最後の激励の言葉だ。
「誰かを幸せにすれば、自分も幸せになれるんだ。がんばれ!」
言葉そのものは真っ当かもしれないが、非理谷は幼少期にネグレクトにあい、両親は離婚して、学校ではいじめられ、今は30歳になり非正規のバイトで食いつないでいる。そんな彼には、「がんばれ!」という精神論的な励ましではなく、公的な支援が必要だろう。
劇中で非理谷はテレビで名前を全国で放送されて指名手配され、幼稚園の立てこもり事件を起こしてしまう。これから刑務所に入るというときに、今更「がんばれ!」という言葉をぶつけるのは違和感しかなかった(しかも、当の非理谷は記憶を無くしている)。
そもそも「クレヨンしんちゃん」という作品において、過剰に恐怖を覚える幼稚園の立てこもり事件を起こしたこと自体がやりすぎに思えた。劇中で非理谷にそれをさせることなく、最終的に就職先を紹介するなどして、真っとうな解決法を示すことだってできたはずだ。
さらには、その「がんばれ!」と言うのが、妻と子ども2人、庭付きの一戸建てを手にした、正社員で係長の野原ひろしなのだ。1990年代ではまだ平凡なサラリーマンとして見られたかもしれないひろしは、現代社会では理想的な家族を超えて、“勝ち組”そのものにも見えるため、さらに欺瞞めいたものを感じてしまう。
そもそも、非理谷は決してがんばっていなかったわけではない。少なくとも、推しのアイドルを応援するために日銭を稼ごうと努力をしていたのではないか。幼少期から不幸の連鎖が起きて、“社会的弱者”からいわゆる“無敵の人”になってしまった彼を生々しく(しかもアイドルオタクであることも含めややステレオタイプ的に)描き、「日本の未来は暗い」と社会全体の問題にも言及しておきながら、結局は「がんばれ!」という個人の努力に帰結させ、それをまるで“良きこと”のように描く構図は、はっきり間違っている。
なお、原作漫画の26巻に収録されている「しんのすけ・ひまわりのエスパー兄妹」が本作のストーリーの元となっているのだが、こちらは映画とは真逆の「彼には罪がない」ことを明言する終わり方になっていた。多少ご都合主義的ではあるものの、こちらの方がはるかに誠実だったと思う。
さらに、非理谷は30歳、ひろしは35歳で年齢的にそれほど差がないにもかかわらず、ひろしが「君はまだ若い!」と年齢を理由に「がんばれる理由」までを口にするのも大いに違和感があった。キャラクターの設定や“らしさ”も考えず、ただ作り手が自分の考えをキャラクターに代弁させてしまっているからこそ、こんなことになっているのだろう。
子どものケンカまでも「がんばれ!」と応援される
しんのすけが幼少期の非理谷と出会い、“仲間”と呼び奮闘する流れは、「クレヨンしんちゃん」という作品に親しんできたファンへの、メタフィクション的な応援ともいえるだろう。この構図は、近年の児童向け作品でいえば「映画 HUGっと!プリキュア・ふたりはプリキュア オールスターズメモリーズ」にも似ているし、うまくやれば本当に感動的なものに仕上がったと思う。
ただ、しんのすけが非理谷を仲間と呼ぶことが唐突に感じられ、もう少しだけそう思える過程を入れて欲しかった……というのも不満点なのだが、それよりも問題なのは、いじめられた非理谷としんのすけが反撃する様を、過去のイメージ的な映像ではあるとはいえ、ひろしなど大人たちが「がんばれ!」と応援することだ。
それでは、まるで子どものケンカにおける暴力を、大人が肯定しているようにさえ見えてしまうのではないか。前述した通りラストのひろしの「がんばれ!」が大問題なのだが、その過程でも、やってはいけないことをしていたので、本気で失望した。
他の場面でも、大人の言動に違和感を持った。例えば、幼稚園の立てこもり事件が起きたとき、よしなが先生は風間くんたちに、非理谷を攻撃させることに同意している。そこは、そんな危険なことを子どもにさせられないと、拒絶をするところだろう。ここも、よしなが先生にズボンを履いた状態での“ケツだけ星人歩き”の(しかも過去の大根監督作品でも散見できる女性へのセクハラめいた)ギャグをさせることしか考えておらず、シーンごとの整合性を突き詰めていない雑さが目立った。
あまりにもったいない、許しがたい作品
総じて、筆者は本作に「あまりにもったいない」印象を持った。国民的なアニメ映画で、現実にある社会問題を扱うこと自体は肯定したいし、最初に掲げた通り優れたポイントもたくさんあるので、うまくやれば誰もが認める傑作になっていたのかもしれないのだ。
だが、やはり提示した問題に対しての最後のひろしの言葉がすべてを台無しにしているし、それ以外でもあまりに配慮に欠けた場面が見受けられた。せめて、ひろしの一方的な言葉ではなく、非理谷自身の行動で「誰かを幸せにすれば、自分も幸せになれる」ことを証明するシーンがあれば、まだ良かったはずなのだ。
本作同様に、現実にある社会問題の扱いに居心地の悪さを覚えた作品に、2023年に公開された「映画ドラえもん のび太と空の理想郷」がある。それでも、こちらはまだメッセージが直接的すぎて説教くさいという印象ですんでいたのだが、この「しん次元」は非理谷のように社会でふさぎ込んでいる境遇の人にとって、絶望的なメッセージを発信しているともいえる。
また、子どもが超能力を持ち、悲劇的な出来事に対抗する戦いが描かれる様は、くしくも現在公開中の北欧スリラー映画「イノセンツ」と一致している。「しん次元」と合わせて見れば、現実にある社会問題に対して、対照的なアプローチをしていることがわかるだろう。
「クレヨンしんちゃん」史上、もっとも許しがたい作品が生まれてしまったことが、あらためて悲しい。もちろん、本作に勇気づけられた、楽しく見られたという人の気持ちは否定しない。だが、大根仁監督を筆頭とする作り手には、しっかりと、現実にいる子どもだけでなく、大人の気持ちを汲んだ上で、誠実な映画を作ってほしいと願うばかりだ。
最後にこれだけは言っておこう。キャッチコピーには「こんなしんちゃん、見たことない。」とあるが、筆者個人ははっきりこう思った。「こんなしんちゃん、見たくなかった。」と。いまはただ、「君はいたほうがいいよ」と、映画本編よりもはるかに正しく優しいメッセージを掲げた、サンボマスターの主題歌「Future is Yours」を聴こう。
(ヒナタカ)
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