映画「ルックバック」を読み解く3つのポイント 「ひとつまみのファンタジー」がピリリと効いた傑作青春アニメ
ジブリ作品並みに心が洗われる背景美術も見逃せない。
「少年ジャンプ+」(集英社)での衝撃の配信から約3年。2024年6月28日に藤本タツキの読切マンガ『ルックバック』(監督:押山清高)が劇場版アニメとなり、公開がはじまった。
原作は、2021年7月の配信当時、一般読者に加えて人気マンガ家やクリエイターからも絶賛される。その理由はさまざま。まず、マンガ家マンガの金字塔『バクマン。』(原作:大場つぐみ、作画:小畑健)の再来を思わせるような、モノづくりにかける熱いストーリー。そして、グロくてイカれた藤本タツキ代表作『チェンソーマン』とは真逆を行くリアル路線……と思わせてからの、終盤での超展開。多くの感想や考察がWeb上で飛び交い、配信がはじまってからわずか2日で閲覧数は400万回を超えた。
それから約3年の間に、『ルックバック』を読み解くカギとなる作品――長編読切第2弾『さよなら絵梨』や『チェンソーマン』第2部が発表された。これらを比較すると、藤本タツキが実践し続ける創作の方法論や、ジャンルを越えて描く共通のテーマが見えてくる。本稿では以上のマンガをヒントにして映画「ルックバック」を考察し、見どころを紹介する。
1:描かれるのは「他人事」ではない「自分事」
「ルックバック」の物語は、小学4年生の藤野(CV:河合優実)と不登校の同級生・京本(CV:吉田美月喜)がマンガ制作をきっかけに出会うところからはじまる。どちらのマンガが優れているのか? 2人は学年新聞に載せる4コママンガで熾烈(しれつ)な人気争いを繰り広げる。
転機となったのは卒業式の日。初めて彼女たちは顔を合わせる。そして、互いの実力を認め合っていた2人はコンビを組み、商業誌の新人賞への投稿作品を一緒に描くことになる。
この作品では、何かに没頭する時間というものが究極的に美しく描かれる。藤野の自室から望む季節の移ろいを見せることで、飛ぶように時間が過ぎてゆくのが表現される。そして映画版では、作者の故郷・東北の穏やかな田園風景も交えて描写される。だからより一層、藤野たちが創作に費やした時間がかけがえのないものだと伝わってくる。
本作の藤野や京本の半生は、おそらく作者の自己投影だ。そう解釈する理由は、『ルックバック』配信の約1年後に刊行された長編読切『さよなら絵梨』にある。自主制作映画の撮影に打ち込む少年・優太の物語で、作中、藤本タツキの創作論と思われるせりふがちりばめられている。例えば、ヒロインの絵里が、優太の制作した半自伝的作品を絶賛するシーンでこう言う。
「貴方のキャラクターが好き 良い 映画のタイトルは母親なのに 一番魅力的だったのは優太だった だから今度の映画も他人事じゃなくて 優太の話を見たい」
つまり、『ルックバック』は作者にとっての「自分事」なのだ。自身がマンガ家であるからこそ、創作活動という営みを大いに賛美する。
一方、創作活動につきまとう犠牲も観客へ突きつけてくる。
映画の中盤、プロ作家となった藤野は、知らず知らずのうちに人付き合いや、時間、心の余裕を失っていく。特に象徴的だったのが、原作にはなかった「読者アンケート」の結果のグラフが出てくるシーンだ。商業誌で描くからには数字が全て。精神的に追い詰められた彼女の髪の毛はボサボサだし、ため息と貧乏ゆすりが止まらない。
描かれるものが他人事ではなく、徹底してリアルな自分事。それ故、映画「ルックバック」は見る者を圧倒する迫力があるのだ。
2:「何にでもファンタジーをひとつまみ入れちゃうんだよね」
先述の『さよなら絵梨』には、藤本作品を読み解くヒントがもうひとつ隠されている。作中、あるキャラはこう言う――「優太はちっちゃい頃から 何にでもファンタジーをひとつまみ入れちゃうんだよね」。
『さよなら絵梨』と『ルックバック』はどちらもリアル路線の作品だ。少なくとも中盤までは。ところが終盤で起きる悲劇的な事件をきっかけにして、リアルにファンタジーが混ざり込んできて、両者の区別が曖昧になる。藤本タツキは、そうやって意図的に読者を混乱させる構成を作品に取り入れているようだ。
『ルックバック』では、藤野と京本の間で時空を超えたメッセージがやりとりされる。キーアイテムになるのは、4コママンガを描くための白い短冊。ネタバレを避けたいので例え話とするが、その4コママンガは、海に流す「ボトルメール」のようなはたらきをする。普通に考えれば絶対届くはずのない2通のメッセージによって、物語は大きく動く。
常識では説明のつかない「ひとつまみのファンタジー」が添えられたからこそ、『ルックバック』は過去のマンガ家マンガの焼き直しにはならなかった。クライマックスで起きた奇跡の謎は謎のまま。それ故、見る者の想像力を最大限にかきたて、ずっと記憶に残り続ける作品となったのだ。
3:藤野がなりたかったのは、背中で語れる「ヒーロー」なんだ
今回の映画を見ていて、『チェンソーマン』を手掛けた藤本タツキが『ルックバック』を生み出した必然性を感じた。
『ルックバック』の藤野は、劇中作『シャークキック』の作者である。このマンガが『チェンソーマン』のパロディーであることが映画のなかで明確に描かれている。
『チェンソーマン』を振り返ると、第1部ラスト〜第2部にかけては、単なるバトルマンガというよりも「変身ヒーローマンガ」としての性格が強い。この変化は、『ルックバック』原作の発表時期と重なる。
ヒーローというのは、ただ強いだけではダメである。皆にとっての憧れの的でなければならない。決して人前では弱音を吐かず、少し貫禄があるくらいがちょうどいい。また、日頃から努力を怠らず、自分たちが進むべき道を言葉ではなく行動で示す。そして、もし誰かが困っていたら必ず助けに行き、必殺技をキメる……。
これは、藤野のふるまい方とピタリと一致する。かつて即席の4コママンガを描き、引きこもりだった京本を部屋から引きずり出し、世界の広さを教えた小学校時代の藤野。そして物語の終盤、究極の不条理に勇敢に立ち向かった大人の藤野。つまり、彼女は京本にとってのヒーローになるべく行動していたのではないだろうか。
クライマックスで、藤野は自身のヒーローマンガを読んで涙する。それは、京本からのメッセージのおかげで、「ヒーローになりたい」という思いが自分の行動原理の根っこにあると気付いたから。そして、京本が自分のことをヒーローとして認め、ヒーローを描き続けてきた人生は決して間違っていなかったと、全肯定してくれたからだと思われる。
以上のことは、京本が問いかけた「じゃあ 藤野ちゃんはなんで描いてるの?」というせりふへの答えにもなりうるだろう。
今後の藤本作品の映像化も楽しみだ
映画「ルックバック」は、背景美術の美しさも印象に残った。京本が背景美術の天才であるからには、劇場アニメ版「ルックバック」はこうでなくちゃという期待に応える映像だった。心が洗われるような景色はジブリ作品を思わせるし、映画パンフレットによると、数々のジブリ作品に参加した巨匠・男鹿和雄が一部協力したとのことだ。
あと、『チェンソーマン』読者が思わずニヤリとするような描写が作中にちりばめられている。現在制作中と公表されている映画「チェンソーマン レゼ篇」が俄然(がぜん)楽しみになった。首を長くして公開を待とう。
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