連日SNSで「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」を絶賛する感想と、愛に溢れたファンアートが投稿されている。その口コミ効果は絶大で、週末の観客動員数は右肩上がりで数字を伸ばし、累計興行収入は11.5億円を突破した。
公開3週目には週末興行ランキングで先週の4位から3位に浮上し、さらに4週目でも3位をキープ。上映劇場も増え、リピーターも多く、さらなる大ヒットも期待できるだろう。原作者・水木しげるの長女である原口なおこも、口コミでの広がりに感謝の言葉をX(Twitter)上で投稿している。
口コミ効果で3週目で動員数がアップする映画は「羅小黒戦記 ぼくが選ぶ未来」「アイの歌声を聴かせて」「RRR」「BLUE GIANT」などごく限られており、「ここまでになった」映画はもう「間違いない」ので、見る機会を逃さないでほしい。
そんな「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」の魅力は、「殺人事件もの」や「怪奇もの」など複数の要素が見事に融合していることが大きく、特に主要キャラクターである「水木」「ゲゲ郎(鬼太郎の父)」というカッコいい男たちの「バディ感」にノックアウトされた方は多い。PG12指定ならではのおどろおどろしさや残酷描写を含む「大人向け」の作風も支持を得ている。
そして、昭和31年を舞台にした「戦後もの」として、現代でもひと事ではない重要なメッセージを備えていたことも重要だった。ここからは本編のネタバレありで、本作が何を「鎮魂」しようとしていたかをひもといていこう。
※以下、「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」のラストを含む本編のネタバレに触れています。
搾取されない側を目指し権力を求めた水木の矛盾
本作の主人公の1人・水木は戦後日本で「搾取されない側」を目指していた。母親は親戚にだまされて財産の全てを失い、戦争孤児や餓死者があふれる中でも富を得るものがぜいたく三昧をする世界を目の当たりにして、もう踏みにじられることがないよう、会社内での地位を高めようと画策していたのだ。
水木の反骨精神には、戦時中に「玉砕特攻」を命じられたことも理由にあり、そこには原作者・水木しげるの苛烈な戦争体験も反映されている。物語の90%は事実という漫画『総員玉砕せよ!』では仲間があっけなく死んでいく様が生々しく描かれており、「ゲゲゲの謎」の水木がほぼ同じ地獄を体験したことは、劇中の回想シーンから伺えるだろう。
そんなある日、水木の勤め先に、製薬会社「龍賀製薬」を経営する龍賀一族の頭首が亡くなったという知らせが入る。龍賀製薬を担当していた水木は、その社長である龍賀克典の頭首就任が濃厚だという情報をもとに、手柄をあげるため一族の住む閉鎖的な村「哭倉村」へと向かう。
水木は村に着くなり、龍賀一族の娘・沙代と出会い優しく接するが、それは龍賀一族に取り入るため(あるいは心からの親切心もあったのだろうが……)であり、妻を探していると語るゲゲ郎に対しても「こいつもただの負け犬だな」と冷たくあしらう一面を見せる。その一方で、水木は克典社長からもらった高級葉巻を投げ捨てようとするなど、権力者とそれに与する自分へ憎悪を募らせる矛盾を抱えていた。
そんな水木が、「幽霊族」であるゲゲ郎と次第に打ち解けていき、心からうまいと思える酒を酌み交わし、タバコも分け合う仲となっていく。そして、外道の限りを尽くす龍賀一族とは真逆の「人間」としての行動を起こすことになる。
「ここで逃げたら、あいつに笑われちまう」と自嘲気味に言いながらも、ゲゲ郎との約束を守り抜く決意をし、そしてゲゲ郎から「相棒」を超えて「友」と呼ばれる関係性の、なんと尊いことだろうか。
水木は、初めこそ「大げさだな」と笑いつつも、ゲゲ郎がどれほど妻を愛していたか知ることとなる。その無償の愛は、搾取構造がまかり通る戦後日本で、弱者を踏みつける権力者を憎みつつも権力を欲する矛盾の中にいた水木にとって、自らをも救うものだったに違いない。
そして、戦時中と変わらない帝国主義的な価値観を盾に、自己中心的に弱者を踏みにじってきた龍賀一族の当主・時貞に対し水木が告げたのは、「あんた、つまんねぇな!」という痛快な言葉であった。直後の「ツケは払わねぇとな!」は、そのつまらない権力を求めていた水木の、自己批判的なセリフでもあったのかもしれない。
血の因縁から解き放たれた救い
本作では「血」にまつわる因縁がいくつも描かれている。
まず、水木は戦後日本でとある「血液銀行」に勤めているという設定である。血液銀行とは当時実際に民間が運営していたもので、貧困にあえぐ者が金銭を得るため、健康を害してでも血液を繰り返し提供してしまうことが社会問題にもなった。感染症の危険や道徳的な問題もあり現在「売血」は禁止されているが、こうした出来事もまた戦後日本の搾取構造の象徴として登場する。
さらに、劇中の血液製剤「M」は、人間に迫害され続けた幽霊族を監禁した上での、文字通りの血液の搾取によって作られたものだった(おそらくMの名称の元ネタは「M資金」から。覚醒剤のヒロポンこと「メタンフェタミン」の頭文字でもある)。
時貞は実の孫である沙代を襲い近親相姦で子どもを産ませようとする、家父長制が最悪の最悪まで行き着いた、おぞましいという言葉でも足りない所業にも及んでいた。いとこ同士である沙代と時弥は仲が良かったが、その2人も龍賀一族の価値観ではいずれ子どもを成すための「駒」のような言われようだった。
その沙代は、水木に東京に連れ出してもらう約束を取り付けようとするが、彼女は東京でも村と同様の搾取構造があると分かっていた。絶望した沙代は龍賀一族を殺し続け、自身も血を流して絶命する。
さらに、ゲゲ郎の妻の血から作られた桜のような大きな木の花は、「散華」の暗喩でもあるだろう。散華は供養のためにまかれる華であると共に、戦死の隠喩または美化表現でもあったのだから。
本作はそんな「血」をめぐるさまざまな因縁、戦時中の玉砕特攻と大差ない自己犠牲をも美化する、最悪の搾取構造による悲劇を繰り返し描く。そしてその70年後、ゲゲ郎(鬼太郎の父)は時弥と再会し、鬼太郎と共に彼を成仏させる。その間際に見えたのは、時弥と沙代が再会し、抱き合う光景であった。
これから成仏をする時弥と沙代は、もう血の通った人間ではない、幽体となっている。しかしだからこそ、刹那的にも血の因縁から逃れ、そして心からの愛情のままに寄り添うことができたのだろう。これを持って、「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」は「戦後」と「血」に苦しめられた者たちへの鎮魂の物語になったのだ。
そして残念ながら、劇中で描かれた搾取構造は、現代にも残っている。戦争はいまだに世界で起こり続けている。鬼太郎の父が時弥に告げた「あのころに夢見ていた世界とはほど遠い」という言葉は、残酷だが、その通りだ。この世界は変わることができないのだろうか。いや、水木やゲゲ郎、鬼太郎のような者がいればあるいは……。本作は残酷でありながらも、そんな希望を抱かせてくれる物語だ。
「戦後」を描く注目作は他にも
くしくも、2023年は「君たちはどう生きるか」「ゴジラ-1.0」「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」「窓ぎわのトットちゃん」「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。」と、戦中・戦後が舞台の(しかも子どもが物語に関わる)映画が相次いで公開されている。漫画「ドリトライ」やドラマ「ブギウギ」もそうだろう。
さらに、その戦後ものの1つであり、ぜひ見ていただきたいのが、現在公開中の塚本晋也監督作「ほかげ」だ。こちらで描かれるのは、幼い子どもが、売春婦の女性と、謎の男性それぞれとバディになる物語。残酷で苦しい生活や出来事が描かれるからこそ、負の遺産を「子ども(次の世代)に背負わせてならない」との意思を強く感じさせる内容となっている。
「ほかげ」は小規模公開ではあるが、低予算でも可能な限り画のクオリティーを高める工夫が存分にあり、優れた音響演出も含めてスクリーンで堪能する価値がある。ぜひ、「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」と合わせてご覧になってほしい。
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