江島 『対ありでした。』を考える中でプロットを何種類も描いてたんですけど、どれも微妙というか、うまくいかなかったんですよね。なんか「どれも真面目だな」っていう印象で、描いてるうちは気持ちいいんだけど読み返すとつまらない。
なんでこういうふうになっちゃうんだろうと思って見つめ直したときに思ったのが……その頃、格ゲーをやるのが辛かったんですよ。具体的に言うとランクマ(※)が辛かった。
※ランクマッチ:勝敗によってポイントが増減する対戦形式のこと。ポイントの多さがそのプレイヤーの強さを表すため、よりガチな対戦になることが多い。
大 ありますよね。そういうこと。
江島 『柚子森さん』が終わって「これで格ゲーできるじゃん!」と思ってたんですよ。でも、原稿の合間にやっていてすごく楽しかったのに、好きなだけできる環境になると、ランクが上がらなかったり、「こいつには負けないだろ」と思ってた相手に屈伸(※)されて負けたりして、それで落ち込んじゃって(笑)。
※屈伸:対戦中にしゃがみ入力を連打する行為のこと。格闘ゲームでは典型的な挑発行為とされる。
――(笑)
江島 もう「生きてて楽しくない」って(笑)。格ゲーとの向き合い方が分かってないから漫画もダメなのかなと思って、「格ゲー ストレス」とかで検索したんですよ。そしたら「ゲームでイライラしたときに心掛けたい3つのこと」とか「アンガーマネジメントとは」みたいなのばっか出てきたんです。でも「こっちはもっと低い次元で悩んでるのに……」って思って。
大 とても良くわかります……。
江島 で、ある日検索ワードを「格ゲー 殺したい」に変えたんですよ。
――(爆笑する)
江島 そしたら「格ゲーで人を殴れ」って記事が出てきて、そこで感銘を受けたのが“煽り”に関する一文だったんです。「煽りというのは、『お前を切れさせてやる』という所作だ」「キレれば問題ない。キレるのは気持ちが良い」「おまえはキレて闘う真の戦士か? それとも利口ぶって家に逃げ帰り、インターネッツで陰口を叩くことしかできない腰抜けか?」って書いてあったんですよ。熱帯(ネット対戦のこと)メインで相手の顔が見えないから忘れてたんですけど、思い起こせば昔はそういう楽しみ方ができていた気がしたんですよね。
――確かに、気心の知れた人と言い合いながらプレイするのは楽しいものですよね。
江島 で、美緒(『対ありでした。』の主人公の1人。通称「白百合さま」)の知能指数を劇的に下げたんです。それで『対ありでした。』の方向性が固まったというのはありますね。
大 (笑) 自分のアプローチもそんな感じですね。今の格闘ゲーム界ってキレイな世界にしようという空気をひしひしと感じるじゃないですか、そうするべきなのは分かってるんですけど、結局格闘ゲームをやる理由って「あいつに勝ちたい」「あいつを殺したい」という本能的な部分なんですよね。だから、きれいな面だけではなく、「スポーツマンシップ通りではないけど熱い部分」を押し出していくのも良いと思ってます。
分かりやすくなっただけでは面白くならない
――お二人とも格闘ゲームはかなりやってるんですか?
大 連載してるとなかなか時間を割けないんですけど、まぁやってます。自分でうまいとはいえないですけども。
江島 私は最近あんまりやれてないですね。実は2D格ゲーをプレイした時間自体が多くないんですよ。始めたのが前の連載中だったんですが、原稿の合間にこつこつコンボ練習をして、1カ月後に初ランクマ……くらいのペースでやっていたので。やりこんだと言えるのは連載が終わってからの半年間くらいでしょうか。
――そうなんですね。格闘ゲームをやっていないと描けないんじゃないかと感じる部分がかなりありますが、格闘ゲームの情報はどこから集めているんでしょうか。
大 まずはプロゲーマーの方々の配信ですね。あとは「ガチで格ゲーをやってる人なら絶対にこう思うはず」というのを前提に描いてます。周りの格ゲーマーが面白い人ばかりだったので「こいつらをそのまま描いてやろう」っていう。
江島 「対戦中にこういう気持ちになる」みたいな感覚的な部分では自分の経験を描くこともできるんですが、もっと具体的な攻略だったり、玄人が語るような深い部分に関しては配信で有名プレイヤーが言ってたことをかなり参考にしていますね。
――なるほど。格闘ゲーマーにとって、猛者の意見は絶対ですからね(笑)。
大 自分は感覚的な部分を描くことが多いんですが、ゲームの深いところも本当は描きたいんですよ。でも、分かりやすいのはプレイヤーの熱い心理面だったりする。
そこが難しいんですよね。格ゲーが好きだから格ゲーの深いところを描きたいのに、格ゲーを知らない人にも受ける漫画のほうが当然良いじゃないですか。だからどのぐらいまで格ゲーの細かい話を描くべきなのかはいまだに迷います。
――両作とも格闘ゲームの専門用語が頻繁に出てきますよね。確かに格闘ゲーマー以外の人に楽しんでもらうためには、そういった単語は少ないほうが良いのではないかとも思いますね。
大 『ゲーミングお嬢様』の場合は、そもそも最初から「お嬢様力」とかいうわけのわからない言葉が出ている時点で「あ、これは流れで押しつぶしたほうが早いな」って感じでしたね。もちろん、「理解できないとストーリーも理解できない」というような言葉は説明しますけど。
江島 私の場合、漫画を描く時に「分かりやすくしよう」と思ってないかもしれないですね。分かりやすさに注力すると分かりやすくはなるけど、それって面白くなってるわけではないんですよ。特に『対ありでした。』に関して言うと、「専門用語を省けば省くほど薄味になる」という感覚があるような気がします。
――確かに。ネット上の反応を見ていても「専門用語は分からないけど、面白い」と感じている層はかなり多いように感じますね。
大 そうですね。ぶっちゃけ「読まなくて良いんだよ」って思っちゃったりもします。
江島 分かります。読まなくていい。
『対ありでした。』を描いていくなかで気づいたことなんですが、キャラクターの顔があって、横に吹き出しがあって、その中によく分からないセリフがある……くらいの方が、読む側としても”自然にスルーできる”んじゃないかなって。
変に図解を入れたりすると、読者に「理解しないといけない」と思わせちゃう気がするんです。『ヒカルの碁』を読むと、囲碁のルールが分からなくても面白いじゃないですか。
大 分かりやすくする工夫より勢いですよね。そのぶっぱが通れば、仮に雑でも味になると思ってます。
「架空のゲーム」と「実在のゲーム」の違い
江島 『ゲーミングお嬢様』の場合、「ストV」を題材にしてるじゃないですか。ゲーム中の具体的な例を出せば出すほど、「アプデで出来なくなった」みたいなこともありそうですね。
大 ほんと、いろいろあるんですよ……。だからこそ、あんまり深くは立ち入ってないのかも知れませんね。
――『ゲーミングお嬢様』は実在のゲームを題材にしていますが、『対ありでした。』は架空のゲームですよね。両作の対照的な部分だと思いますが、それぞれどういうメリットがあるんでしょう。
大 『ゲーミングお嬢様』の場合は、CAPCOMをバックに付けることができたっていう。
――(笑)
大 あと、実在のゲームならリアリティーもあるし共感してもらいやすいじゃないですか。届く層は狭まりますが、ゲームのあるあるネタなどで深い面白さが作れると思って。
――江島先生は架空のゲームを扱っているわけですが、どういった点にメリットがあると感じますか?
江島 そうですね…。設定があって、それに基づいて各話のネームを切っていくわけですが、筆が乗ってくると、話の展開が設定をぶっちぎっていくことがよくあるんですよ。
そういう時、私は今描いているネームに合わせて大元の設定のほうを変えてしまうことが多いんですね。漫画の初心者あるあるとして、設定をはじめとした「自分の中にあるもの」を忠実に出力することが目的になりがちというのがあるんですけど、結果的に面白ければなんでもいいと思うんですよ。架空のゲームにしておけば、たとえば「こういう試合展開にするために技の性能を変えちゃう」とかが可能になる。
大 そうなんですよね。『ゲーミングお嬢様』は「ストV」を題材にしている以上、「ストV」でできないことはできないし、やっちゃだめなんですよ。これが架空のゲームならどんな動きでもいい。豪鬼っぽいキャラクターが百貫落としっぽい技を出しても良いんです。……まぁその代わりCAPCOMの後ろ盾はもらえないっていう(笑)。
江島 やっぱ安心感ありますか?(笑)
大 公式の媒体で宣伝してもらえますし、CAPCOMから仕事が来たりしましたからね。やっぱCAPCOMがケツモチに着いてると安心感が……。
ゲーミングお嬢様の担当編集 一応言っときますが、CAPCOMはケツモチについてるわけじゃないですからね……。
一同 (笑)
格ゲーマーの魅力は「熱さ」
――漫画の内容について格ゲーマーからのツッコミが来たりしますか?
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