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初代ローマ皇帝・アウグストゥス終焉の地にまつわる東京大学の研究が、存続の危機を迎えています。異例の緊急支援を呼びかけるのには訳があり、実は“2000年解けなかった謎“の解明にあと一歩のところまで迫っているのだとか。
研究の意義や発掘時に感動した出土品など、現プロジェクトリーダーである東京大学大学院教授・村松真理子さんと、対象の遺跡を24年間掘り続ける特任研究員・松山聡さん/岩城克洋さんに話を聞きました。

なぜ「初代ローマ皇帝終焉の地」を掘る?
――プロジェクトの概要を教えてください。
東京大学大学院教授/村松真理子さん(以下、村松教授):イタリアのポンペイをご存じでしょうか。ヴェスヴィオ山という火山の南東にあり、噴火で埋もれてしまった場所です。私たちが調査しているのは、同じ山の北側にある「ソンマ・ヴェスヴィアーナ(以下、ソンマ)」とよばれる町にある遺跡です。
ヴェスヴィオ山の北側は、従来あまり注目されてきませんでした。しかし、この遺跡を発掘すると、ポンペイと同じ西暦79年の噴火だけでなく、そこから復興した後、さらに噴火で埋もれ、また復興し……という、罹災と復興のサイクルがみられるんです。自然と人類がどう付き合ってきたのか、罹災した人々がどのように立ち上がり続けたのか、これらの過程が追える素晴らしいフィールドです。
松山聡特任研究員(以下、松山さん):また、歴史書によると、ソンマにはかつてアウグストゥスの別荘があり、彼はそこで亡くなったとされています。
――アウグストゥス! 世界史の重要人物ですね。学生時代、古代ローマの黄金時代「パクス・ロマーナ」の基礎を築いたことや、英語で8月を意味するAugust(オーガスト)の語源となった人物と習いました。
松山さん:だから、彼の後継者であるティベリウス(第2代皇帝)は、アウグストゥスが西暦14年に亡くなった後、神殿を建てるんですよ。神殿を造ってアウグストゥスを顕彰することにより、自分が正当な後継者であることを示したんです。同じ目的で、後の皇帝たちも、アウグストゥスが遺した建物などの修復を積極的に行いました。
ソンマの場合、ポンペイと同じ79年の噴火で被害を受けた後、2世紀半ば以降に新しい建物ができるんですが、それ自体も普通の住居の形態じゃないんですよね。山に向かって広がる大きな玄関みたいな造りで、どこかシンボリックなんです。この遺跡は、ある種、ローマ帝政の正統性を示す場所として機能していたと思われます。
ところが、3世紀になると様子が変わってきます。建物の使われ方が、「公」から「私」に変わっていくんです。五賢帝の時代が終わり、軍人皇帝の時代に入ると、正統性より実力がものをいうので、わざわざシンボルを維持しなくてもいい。皇帝も少しずつ小粒になっていきますから、維持する余裕もない。
――五賢帝というと、先ほどのパクス・ロマーナを牽引した皇帝たちですよね。こうした変遷を知ると、教科書では文字の羅列でしかなかった人たちが、本当に時代をつくっていたんだなと感じます。その後はどうなりましたか?
松山さん:5世紀になると、異民族の侵入でローマ社会がだんだん荒れていきます。それに呼応するかのように、遺跡の建物も荒れちゃうんですよ。それで、472年の噴火でまた埋まって、すぐ後に国自体も滅び、その後は復興しませんでした。
だからあの遺跡には、ある意味、古代ローマの繁栄と衰退が全部反映されているんですね。それらを解き明かす取っかかりとしては、やはりあそこがアウグストゥスの別荘であることが実証される必要がある。個人的な意見ですが、私はそう思います。
研究者の“推し出土品”
――興味深いですね。ちなみに、これまでの発掘でみつかった“推し出土品”といいますか、好きな出土品はありますか?
村松教授:非常に美しいのはディオニュソスの像。また、人によってはイヌの骨に共感するかもしれません。

村松教授:この骨を見ると、ポンペイのワンちゃんのモザイクなんかを思い浮かべて、「このコもあんな顔してたのかしら」なんて思います。
岩城克洋特任研究員(以下、岩城さん):骨の周りを見ると、きちんと掘られた穴であることがわかります。ということは、イヌがただそこで死んだのではなく、埋葬されたんじゃないかと。
――大事にされていたワンちゃんなんですね。他にはどんな出土品がありますか?
村松教授:ワイン醸造用の大きな甕(かめ)が、そこで生産していたとしか思えないほどたくさん出てきます。どんな大邸宅でも、そんなに溜めないでしょうっていうくらい。
松山さん:ひとつあたりの容積は、実測で1000リットルから1500リットルくらいです。数は、いま見えているものだけで16基。そのほか、アンフォラ(ワイン壺)もたくさん。
村松教授:さらに、まだ掘れない部分に続いている気配があって。
松山さん:実際にはこの数倍の量にはなるでしょうね。
村松教授:あと、愛着があるのはモザイクの床です。私がけっこう上手にできるお仕事として、“お掃除”がありまして。きちんと保存していてもホコリなどで汚れるので、1年に1回、行ったらきれいにするんです。そうすると、白と黒の大理石の非常に美しい床が出てくるので、私としては一番愛着があります。
かつて1億ほどだった予算が半減を重ね、今は…… 危機に瀕する大学の研究
――現在、研究の継続が危機的な状況にあるとのこと。もし理由があれば教えてください。
村松教授:日本の大学の研究は、一般的に危機的です。また、東京大学はある程度、恵まれていると思い込んでいたのですが、私たちのプロジェクトも大学全般の研究活動も、人員が減っています。ぎりぎり基本の人件費が出せる場合でも、人文学の学部によっては、期間が限られている研究費の切れ目にでもなれば、1人年間数万円の予算もつくかどうか。非常に追い詰められています。理系では事情が異なる場合もありますが、日本の大学の研究は昨今、非常に危機的な状況に突入しています。
従来もっていた基本的な研究費が大きく削られた結果として、このプロジェクトでは、そもそも遺跡の発掘費用自体が捻出できなくなりつつあります。
――大学の研究費が減ってしまった理由としては、どのようなものが考えられるでしょうか。
村松教授:文教予算が減っていることが大きいです。その背景には、日本自体が貧乏になっていることもあるでしょう。福祉・医療・安全保障など、社会でお金を分配するにあたって、文化教育への予算と社会としての投資自体が縮小しています。
そこで、東京大学では、20年くらい前から“東京大学基金”を始めました。海外の大学でよくなされているように、寄付の受け皿を作ったんです。それでも、研究室によっては、コンピュータを買うことはもちろん、リースの維持さえ難しいという状況があります。
ソンマのプロジェクトの場合、現在の予算では、新たな発掘はおろか、既存の発掘の続きや資料の保存・研究・修復すらできないということになりかねません。このような危機的な状況は極力避けたい!
「寄付」でできること
――現在、東京大学基金で「緊急支援キャンペーン」を行っていると聞きました。達成したい目標を、短期のものと長期のもの、両方教えてください。
松山さん:6月末まで緊急支援のお願いを行っています。目標額は1500万円です。6月7日時点の達成率は25%ほどで、徐々に増えてはいますが、まだ道のりは遠いです。
――この金額があれば、何ができますか?
松山さん:1500万円というとすごい額と思われるかもしれませんが……実はこの額で実施できるのは、最低限の規模の発掘調査だけなんです。プロジェクトを続けるにあたっての最低限ではありますが、調査員の派遣と遺跡の維持・管理が可能になります。
また、遺跡を縦に深く掘ることはできないのですが、横に掘ることはある程度できます。1メートルでも1.5メートルでも横に掘り広げて、昨年の調査で見つかった壁の向こう、ひょっとすると、アーチ構造の出入り口が設けられているかもしれない場所を、ほんの少しでもいいから、ぜひ見てみたいです。
松山さん:いま見えているところは、7つのかまどがあるなど、基本的に作業ヤードなんですよ。ハレとケでいえば、ケの部分ですね。でも、ポンペイなどでもそうですが、台所から壁をひとつ隔てた反対側がきれいに装飾された回廊、なんてこともあるんです。だから、この建物のハレの部分が少しでも見られたらありがたい、トンネル掘りしたい、というのがあります。
ただ、この辺まで実現するとなると、資金的には3000万円ほど必要となります……。ですので、今年はここが出入り口なのかをハッキリさせて、向こう側の空間が部屋か廊下かあるいは何かの施設か、ちょっとでも確認したい! という状況です。
遺跡を掘った、その先は?
――今回の緊急支援にかかわらず、長期的には何を実現したいですか?
松山さん:遺跡の建物のうち、古い時期のものを掘り広げたいです。まだほんの一部しか見えておらず、北にも南にも西にも、まだまだ広がっていることは間違いありませんから。そして、最終的には遺跡の公開に向けて屋根をかけたり、遺跡公園のように整備できたりしないかと考えています。
――遺跡の公開によって、見る人に伝えたいことはありますか?
松山さん:受け取り方は人それぞれですが、みなさん現物を見るとそのリアリティや迫力に感動されます。実物を見ると見ないとでは大違いです。
それぞれの人がそれぞれの感じ方で見て、たとえば地元・イタリアの人が「これは自分たちの宝としてしっかり守っていくべきだ」と思ったり、訪れた旅行者が火山の噴火やローマの考古学、あるいは観光資源としての活用に興味をもったり。現物を見ていただければ色々刺激になると思うので、ちゃんと見られる状態にしたいです。
――かつてローマ帝国の盛衰を見守ってきた場所が、もう一度、文化の発信地になれるかもしれませんね。
松山さん:絶対なれると思いますよ。場所としてもそうですし、シンボリックな意味でも。この遺跡を起点に、色々できる場になると思います。いずれ「ここまでできたらもうええ」っていうところまで掘り切れたら、やっぱり一般の方に還元したい。
宝探しではない「考古学」
――発掘調査で皆さん自身が驚いたことや、感動したことがあれば教えてください。
村松教授:すごく重要な女性像があって。壁のくぼみのところに置かれていた彫像が、くぼみに守られて当時の場所にそのまま埋まっていたんです。そのくぼみは埋没直前まで彼女のための場所で、地震や土石流に見舞われても、うまい具合に壁に埋め込まれて、ずっとそこに居ることができた。そのため、発掘したとき、像がどのように使われて、当時の人々にどう見られていたかがわかったんです。
だから、考古学って、いわゆる宝探しではなくて。細かく掘って出土品の位置や状況なども見て、それによって当時の社会のありようなどの一部が、物を通して伝わってくる。
岩城さん:あと、現場ですごく感慨深かったことが。2002年に東大が発掘を開始して、最初にアウグストゥスの別荘と思われたものは早々に違うとわかり、がっかりしました。でも、別荘でない遺跡自体もすごかったので、そのまま20年近く調査を続けたら、最近になって下からさらに古い遺跡が出てきた。いよいよ最初の仮説、アウグストゥスの別荘か! という夢に立ち戻ってきた経緯があります。
別荘らしき建物が出てきたところは、いまの地表面から12~13メートル下のかなり深いところなんですよ。土は火山性の泥流なので、ガチガチのセメントみたいです。そんなところ、たとえ「遺跡があるかもしれない」と思っても、仮に別荘でないほうの新しい建物が見つかっていなかったら、何も出ない状態で12~13メートルも掘り下げるのは多分無理でした。そう考えると、いまの段階に到達するには、その上の建物を調査した20年も必要な過程だったんだなと感じます。
AI時代に「人の手」で掘る意味
村松教授:掘る以外にも、これまでに色々な方法を使いました。地中探索(地上から電磁波や音波を流して地中の構造などを探知する手法)や、ピラミッドの透視に使われるミューオン(宇宙線の一種)など。でも、火山性の土壌は均質じゃないので、ソンマではなかなかきれいなデータが出ないんです。
松山さん:地中探査で見えるものは、埋まりかたの条件によりますよね。
――だからこそ人の手で掘るんですね。
村松教授:大まかに掘るときは、大型機材とかロボット・AIとかでもできるかもしれないですけどね。その後の繊細な部分は、人間の感覚に頼りながら行います。

――皆さんのご活動を、現地の人はどのように受け止めているでしょうか。
村松教授:最初は「何やるんだろう?」ってかんじだったんですよね。
松山さん:拒否はされませんでしたが、うさんくさげには見られました(笑)。やはり今のような関係性を育むには長い時間がかかりました。ちなみに、毎年発掘調査が終わるときには、現地説明会をします。イタリアはそういう習慣がないので、非常に珍しがられますが。また、ここ数年は、古い時代の建物がみつかったことが現地でも報道されるようになり、訪問者が増えました。昨年の一般公開日の入場者数は、近郊から約1000人でした。
――20年以上かけて地元との関係をつくってきたからこそできる研究なのですね。アウグストゥスの別荘からみた古代ローマの繁栄と衰退、この“2000年解けぬ謎”が解明されるのを楽しみにしています。
ソンマ・ヴェスヴィアーナ発掘調査プロジェクトの「緊急支援キャンペーン」は、2026年6月末まで。気になった人は、公式サイトを覗いてみてはいかがでしょうか。「遺跡の内部に銘板を設置できる」という稀少な特典もあるそうです。

取材協力:東京大学「ソンマ・ヴェスヴィアーナ発掘調査プロジェクト」
文:近藤仁美(こんどう・ひとみ)
クイズ作家。国際クイズ連盟日本支部長。株式会社凰プランニング代表取締役。これまでに、『高校生クイズ』『せっかち勉強』『マジカル頭脳パワー!!2025』等のテレビ番組の他、各種メディア・イベントなどにクイズ・雑学を提供してきた。国際賞「Trivia Hall of Fame(トリビアの殿堂)」殿堂入り。著書に、『クイズ作家のすごい思考法』『世界を変えた「凡ミス」図鑑』などがある。

















