古き良き時代の客船を伝える「にっぽん丸」

 客船「にっぽん丸」は2026年5月10日、横浜港への帰港をもって運航を終えた。1990年に就航した同船は、約35年にわたって日本発着の外航クルーズに用いられ、この帰港と式典を経て営業運航を終了した。

 本記事では、横浜港への最終入港、最終船内公開、横浜港最終出港の写真に加え、2020年大改装後に撮影された船内写真を用いて、「にっぽん丸」の船体、船内設備、食堂、展示、客船文化を振り返る。

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ライター:長浜和也

フリーランスライター。雑誌『世界の艦船』やボードウォーゲーム専門誌『BANZAIマガジン』、MONOist、ねとらぼなどで船舶関係の記事を執筆する傍ら、図上演習(ボードウォーゲーム)のデザインに携わる。


営業航海を終えて横浜港に入港する「にっぽん丸」。1990年に就航した同船は、2026年5月の横浜帰港後、引退関連の式典を迎えた。写真は、横浜港最後の入港時の姿。

 にっぽん丸を運航した商船三井クルーズ(そして、その前身にあたる商船三井客船)は、1989年に外航クルーズ客船「ふじ丸」を就航させ、翌1990年、にっぽん丸を加えた。定期航路客船の時代が縮小した後、日本の船会社がクルーズ専用船を新たに整備していく時期に建造された船だった。以後、にっぽん丸は日本発着クルーズを中心に運航された。

 にっぽん丸の主要要目は、総トン数2万2472トン、全長166.65メートル、全幅24メートル。近年、日本に寄港する外国船社の大型客船には10万総トンを超える船も多く、船体規模だけで比較すれば、にっぽん丸は現在の客船としては中小型の部類に入る。

 この船体規模は、船内での使い勝手にも関係していた。にっぽん丸では、ホライズンラウンジ、食堂、プロムナードデッキ、客室エリアなどの位置関係を把握しやすく、船内を移動する距離も比較的短い。大型客船のように多数の飲食施設や娯楽区画を巡る構成ではなく、船内の主要施設を把握したうえで、航海中の時間を組み立てやすい配置だった。

横浜港内を進む「にっぽん丸」。2020年大改装後の船体は濃紺、上部構造は白、ファンネルはオレンジ色となった。外観上は、商船三井系客船の伝統を示すオレンジファンネルと濃紺の船体色が、晩年の識別点となっていた。

 入出港時には、船の運用に関わる動きも視界に入りやすい。接岸・離岸時には、操舵室両舷に張り出したウイングで船長が操船し、前甲板や後部甲板では舫い作業(もやい作業。船をロープで岸壁につなぎとめる作業)が行われる。岸壁側ではタグボートの配置、フェンダーとの位置関係、舷門の準備なども確認できる。こうした作業は大型客船でも行われるが、にっぽん丸では船体規模と甲板配置の関係から、船客や岸壁側の見学者が比較的近い距離で確認できる場面が多かった。

 接岸操船では、船体を岸壁に近づけるだけでなく、船体の向きや速力、岸壁との距離を継続して調整する。にっぽん丸では、船長がウイングに立ち、スラスター、主機、舵を使いながら船体位置を調整する。船としての動きが見えることは、同船を船内設備だけでなく、「もし自分がにっぽん丸を操船しているとしたら」という、船好きにはたまらない想像をかき立てることもできる重要な要素といえた。

船尾に記された船名「にっぽん丸」と船籍港。背後には横浜港のシンボルといえる氷川丸とマリンタワーが見える。
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35年の航海で醸成した客船としての気風

 2026年5月10日の横浜帰港では、横浜港大さん橋国際客船ターミナルに、にっぽん丸の「最後の接岸」を待つ人々が集まった。商船三井クルーズの公式発表では、同日の引退セレモニーを7327人が見守ったとされている。ターミナルの屋上デッキからは、入港するにっぽん丸の船体、接岸操船、舫い取り(もやいとり:船から投げられたロープを受け取り、岸壁側につなぎとめる作業)、乗組員の配置など、客船が岸壁に着くまでの一連の作業を堪能できた。

横浜港大さん橋で、接岸するにっぽん丸を迎える人々。35年に及ぶ航海と高いホスピタリティのおかげで、熱烈なにっぽん丸ファンコミュニティが育ったという。

 接岸時、にっぽん丸は右舷側を岸壁側に向けて大さん橋へ寄せた。ウイングでは船長が船体側方を確認し、岸壁との距離や船体の向きを見ながら操船を行った。客船の接岸では、船体を岸壁へ近づけるだけでなく、船体の向きや速力、舷門の位置、岸壁作業員の動きなども確認する必要がある。当日の接岸でも、船長は右舷ウイングから岸壁側を確認し、船体側面と岸壁との位置関係を見ながら操船する姿をみることができた。

横浜港接岸時、右舷ウイングでトーキーを手に操船を行う内田幸一船長。ウイングは操舵室の左右に張り出した区画で、岸壁との距離や船体側面の位置を確認しながら操船するために使われる。

 にっぽん丸は「美食の船」として紹介されることが多かった。客船における食事は、単に移動中の食事提供ではなく、船旅のエンターテインメントを構成する重要な要素でもある。にっぽん丸では、メインダイニング「瑞穂」、上級船室向けのオーシャンダイニング「春日」、ラウンジ、カフェ、バーなどが用意され、朝食、昼食、夕食、軽食、喫茶、バー利用を組み合わせて船内滞在を彩っていた。

 メインダイニングの「瑞穂」は、初代「ぶらじる丸」の一等食堂をモチーフにした内装を施し、一方、「春日」は上級船室向けのオーシャンダイニングで、「あるぜんちな丸」の一等食堂をモチーフにした内装を施されていた。どちらも食堂としての機能だけでなく、商船三井クルーズの前身である大阪商船以来の客船内装のテイストを現代に伝えていたといえる。

メインダイニング「瑞穂」。内装は初代「ぶらじる丸」の一等食堂をモチーフにしたという(2020年筆者撮影)。
上級船室向けのオーシャンダイニング「春日」。大阪商船時代の客船「あるぜんちな丸」の一等食堂をモチーフにした内装と伝わる(2020年筆者撮影)。

 食器やメニューにも、運航会社の系譜を示す要素があった。食器には大阪商船の社旗が入り、メニュー表紙にも戦前の定期航路客船を想起させる意匠が用いられていた。船内で提供される料理そのものに加え、器やメニュー、食堂内装まで含めて、にっぽん丸の食事空間は大阪商船から受け継いできた客船文化を現代に伝える役割も果たしていた。

サラダを盛り付けた皿の縁に入る大阪商船の社旗。にっぽん丸の食器には、現在の商船三井クルーズにつながる大阪商船時代の意匠が用いられていた。“船”だけでなく、器の細部にも、定期航路客船の時代から続く客船文化を受け継ぐ姿勢が示されていた(2020年筆者撮影)。

 バーにも同様の継承が見られた。にっぽん丸では、「マリンディライト」「オレンジファンネル」「フジマルナイト」というオリジナルカクテルが提供されていた。これらは日本初の外航クルーズ客船「ふじ丸」の時代から受け継がれてきたレシピだ。食堂だけでなくバーのメニューにも、商船三井系客船としての系譜を示す名称とサービスが残されていた。

第7甲板最前部にあるホライズンラウンジ。船橋の上に位置するため、前方視界を確保したラウンジとして使われた。朝の時間帯にはモーニングコーヒーや軽食を提供していた(2020年筆者撮影)。
にっぽん丸のオリジナルカクテル。左から「マリンディライト」「オレンジファンネル」「フジマルナイト」。これらは日本初の外航クルーズ客船「ふじ丸」の時代から受け継がれてきたカクテルだ(2020年筆者撮影)。

 にっぽん丸の船内には、大阪商船時代の客船に関する資料も展示されていた。商船三井クルーズの前身につながる大阪商船は1884年に設立された海運会社で、戦前には「あるぜんちな丸」「ぶらじる丸」などの客船を運航していた。にっぽん丸の船内展示では、こうした過去の客船の姿や船内装飾に関する資料を確認できた。

船内の上級船室通路に掲げられていた大阪商船時代の客船「あるぜんちな丸」。大阪商船工務部長だった和辻春樹氏が基本設計を手がけた客船で、のちに航空母艦「海鷹」へ改装された(2020年筆者撮影)。

 展示の中には、大阪商船時代の客船「あるぜんちな丸」に関する資料があった。「あるぜんちな丸」は、のちに航空母艦「海鷹」へ改装されたことでも後世に知られている。船内には、同船の外観だけでなく、貴賓室「富士」の写真や色彩設計を示すカラースキームも掲示されていた。船名や船影だけでなく、客室内装、配色、装飾計画を示す資料が含まれていた点が特徴といえる。

「あるぜんちな丸」の貴賓室「富士」の写真。船影や船名だけでなく、客室内装を示す資料も船内に掲示されていた。写真は、戦前客船の室内装飾を確認できる展示の一例だ(2020年筆者撮影)。
「あるぜんちな丸」貴賓室「富士」のカラースキーム。客室の色彩設計を示す資料で、戦前客船の彩りを確認できる(2020年筆者撮影)。

 これらの展示は、にっぽん丸が1990年就航の現役クルーズ船として運航されながら、大阪商船以来の客船事業の記録を船内に組み込んでいたことを示している。食堂「瑞穂」「春日」の内装、社旗入りの器、オリジナルカクテルと合わせて見ると、にっぽん丸の船内には、運航会社の客船史を参照する要素が随所に配置されていたことが分かる。

 にっぽん丸の船内には、寄港地から贈られた盾も並んでいた。客船では、初寄港や記念寄港の際に、港湾関係者や自治体から記念品が贈られることがある。盾はその都度の寄港を示す記録であり、並んだ数は、同船が国内外の多くの港を訪れてきたことを示している。にっぽん丸は日本発着クルーズを中心に用いられた船であり、寄港地との関係を船内に残していた点も確認できる。

船内に並ぶ、寄港地から贈られた盾。各地の港への寄港時に贈られた記念品で、寄港実績を示すログといえる。多数の盾は、にっぽん丸が長い航海を重ねてきた証だ。
にっぽん丸の船体に並ぶ丸窓。船で丸窓が多く使われる理由の1つは、開口部の角に応力が集中しにくいことにある。丸い開口部は船体構造に穴を設けるうえで合理的で、客船の外観を構成する意匠にもなっている。

 2020年大改装後の船内設備としては、eカフェ&ライブラリーもあった。この区画は、読書やコーヒー、軽作業に使える船内スペースで、テーブルには電源も用意されていた。従来のパソコン設置型のインターネット利用区画から、乗客が持ち込むノートPCやスマートフォンを使う形へ更新された区画でもある。大規模な娯楽施設とは異なり、船内で静かに過ごすための場所として整備されていた。

2020年の大改装後にレイアウトを一新したeカフェ&ライブラリー。読書やコーヒー、軽作業に使える区画で、テーブルには電源も用意されていた。比較的静かに過ごすための船内スペースとして整備された(2020年筆者撮影)。
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「にっぽん丸」なき後の客船伝統継承は

 2026年5月14日夕刻、にっぽん丸は横浜港大さん橋を出港した。この航海が、にっぽん丸としての最後の航海だった。この日の横浜港周辺は厚い雲に覆われ、出港前には雷鳴も聞こえていた。さらに、出港のタイミングに合わせるように雨足が強まるなか、にっぽん丸は岸壁を離れ、横浜港を出ていった。出港後、雨雲は次第に抜け、横浜港には青空が広がり、夕日が差し込んだ。

2026年5月14日17時、雷雨の横浜港大さん橋を離れる「にっぽん丸」。氷川丸と横浜マリンタワーを背景に横浜港を離れる光景もこれが最後となった。

 にっぽん丸の引退により、商船三井クルーズから、オレンジファンネルを掲げる“客船”は一時的に姿を消す。オレンジ色のファンネルは、商船三井系客船の“看板”ともいえるが、商船三井クルーズが当面運航する客船「MITSUI OCEAN FUJI」と、その姉妹船として2026年9月19日にデビューを予定している「MITSUI OCEAN SAKURA」はオレンジファンネルを掲げない。両船は、にっぽん丸より大きい総トン数3万2477トン級の客船で、外観デザインもにっぽん丸とは異なる。商船三井クルーズは、MITSUI OCEAN SAKURAについて、にっぽん丸で築いてきた食のサービスを継承すると説明している。

 一方、往年の客船ファン、特ににっぽん丸に親しんできた乗客にとっては、大阪商船時代から醸成してきた客船の気風を、MITSUI OCEAN FUJIやMITSUI OCEAN SAKURAがどれだけ伝えていけるのかも大きな関心事となっている。

 商船三井クルーズでは今後、2隻の新造船投入を予定している。ただし、記事執筆時点で船名、要目、建造時期、船内構成などの詳細を明らかにしていない。

横浜港大さん橋を離岸した直後のにっぽん丸。オレンジファンネルを掲げる「にっぽん丸」として横浜港を離れる最後の姿となった。マストに「U」「W」「1」(Thank you very much for your cooperation. I wish you a pleasant voyage.)を掲げて横浜港への感謝を述べている。
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