大学からゲームメーカーへ――AI研究で広がるステキなゲームの世界とは?(後編)ゲームとアカデミーの素敵なカンケイ(第2回)(1/3 ページ)

「ゲームと学術界の素敵なカンケイ」第2回は、学界からゲーム業界に飛びこみ「ゲームAIの研究と実用」を志すフロム・ソフトウェアの三宅陽一郎氏をフォーカス。後編をお届けします。

» 2009年01月09日 14時38分 公開
[松井悠,ITmedia]

 前編に引き続き、フロム・ソフトウェア技術部で、ゲーム用AIの開発を行う三宅陽一郎氏に、日本のゲーム業界ではまだ浸透していないデジタルゲームAI、さらなる進化が予見されるこの技術で、ゲームはどのように変わっていくのかを聞いてみた。そして、次世代のゲームクリエーターたちにはどんなスキルが必要なのか。文末には、三宅氏の講演資料のリンクもついています。後編です。

プロフィール

三宅陽一郎

株式会社フロム・ソフトウェア技術部研究課所属。1975年、兵庫県生まれ。京都大学で数学を専攻、大阪大学で物理学(物理学修士)、東京大学工学系研究科博士課程(単位取得満期退学)。2004年株式会社フロム・ソフトウェア入社。ゲームにおける本格的な人工知能技術の応用を目指す。2005年、クロムハウンズ(Xbox 360)の製作に、AIの設計として参加。CEDEC2006「クロムハウンズにおける人工知能開発から見るゲームAIの展望 」、CEDEC2007「エージェント・アーキテクチャから作るゲームAI」を、AOGC2007において「人工知能が拓くオンラインゲームの可能性」を講演。


日本とアメリカのレベルはどう違う?

―― 日本とアメリカのデジタルゲームAIは具体的にどういう風に違うのでしょうか?

三宅 日本のデジタルゲームAIは私は「お化け屋敷AI」と呼んでいるのですが「特定の場所にいったらワーっと出てくる」タイプのものが多いです。何かを思考するのではなく、どこかの場所にスイッチが埋め込まれているようなイメージです。このように、「○○をしたら××する」というAIの作り方を、反射型のAIと言います。格闘ゲームのAIのように、狭い条件の中で非常に機敏に動作するものも、その一つです。多くの場合、条件とそれに対する動作の対応文の集合にります。

 アメリカの場合、ゲーム全般の流れの中に「リアル志向」というものがあって、そのニーズに伴ってAIが発達してきたということがあります。CGにリアルを求めたように、AIにも、限りなく、人間のように動作するAIを求めるわけです。この指向は学術のAIと非常によくマッチしたおかげで、技術導入が比較的スムーズに行ったと言えるでしょう。これはCGの時と全く同じ現象です。ゲームジャンルとしては、FPSや戦略ゲームなどですね。

 ただ、実はデジタルゲームAIの優劣は、一概に論ずることは難しいです。ゲームAIの特徴がゲームデザイン全般に依存にするというところがとても大きいからです。例えばCGのように、誰が見ても優劣が判断できるような判断基準があるわけではない。直線レースではないのです。いろいろな方向の多様性があって、必ずしもアメリカの後を追う必要が無いのも事実です。例えば日本のお得意のRPGでしたら、それに適したゲームAIの発達のさせ方があります。ただ、そこに海外のFPSがゲームAI技術を応用させているように、RPGのAIを技術によって進化させることが出来ていないことが問題なのです。世界で最もデジタルゲームAI研究が進んでいるアメリカの技術を調査してキャッチアップするということも大切ですし、同時に、自分たちの作るゲームやゲームジャンルのためのAI技術を積み上げる土台を構築するということが必要です。

 デジタルゲームAI技術の足場は、ゲームデザインの広がりです。欧米のデジタルゲームAIは、FPS、戦略、スポーツゲームなど限られた小さな足場を最大限生かすことで進化を遂げて来ました。しかし、日本は世界でも類を見ないほど多様なゲームデザインの豊庫です。それは、すなわちゲームAIの多様な豊穣さの可能性を示すものでもあります。その点は全く有利な点であって、そういった豊かな土地を耕してゲームAIを育んで行けば欧米にはない独自で巨大なゲームAIの技術を育て上げることが可能です。

 その仕事は我々が欧米のデジタルゲームAIから多くを得るように、欧米の開発者にも強いインパクトを与えることになるでしょう。そのためには、国内の開発者がお互い協力し情報を交換しながら進んでいくことが大切です。デジタルゲームAI分野は半導体の設計図や化学組成みたいに公知されたからといって、すぐに真似されるというものではありません。むしろ、AI技術をゲームデザインにすり合わせて行くことの方がたいへんだからです。しかも、AIの導入のチャンスはゲームデザインによるので、得た貴重な機会の成果を分かち合う姿勢が長い目で見れば業界全体、引いては各企業の利益となります。

―― アメリカでは、実際にどういった形でAIがゲームに使われているのでしょうか?

三宅 一番デジタルゲームAIで成功しているのは「Halo 3」(Bungie Studios)ですね。Haloシリーズはオリジナルから人工知能のことを良く分かった人が作ったAIでした。さらにその上にMITから来たDamian Isla氏が加わって、さらに発展させていきました。そういった情報はすべて一年に一度、北米サンフランシスコで行われる「GDC」(ゲームデベロッパーズカンファレンス)で公開されています。

 最初のHaloのAIでは、まず「エージェント・アーキテクチャ」「パス検索」「知識表現」という技術が導入されました。これによって、NPCはプレイヤーのアクションに応じていろいろな戦略を使いわける、そして、巧妙に道具を使った行動ができるようになりました。攻撃する、クルマを運転する、それを遮蔽物を使って隠れる、そういった「AIが判断して行動させる」ことができるようになったのです。「Halo 2」では、キャラクタの行動を状況によって精緻化する「階層型有限状態マシン」が導入されました。

 特にパス検索というのは、マップ上の移動可能な任意の2点間のルートを計算によって求めて移動する手法です。これはいわばキャラクターAIの足腰であり基本です。この上に判断を行う知性を積み上げることで、状況に応じた行動・移動が出来るようになるのです。

―― つまり、プレイヤーは意識はしていないのですが、毎回毎回プレイするたびに進行ルートなどが変われば、それに応じて敵や味方のキャラクターの位置も変化していく。コンピューターとはいえ、しっかりと考えて……といっていいのか分かりませんが、プレイヤーの操作に応じた状況が生み出されているわけですね。

三宅氏の「Halo 3」AI講座資料より抜粋。Haloのゲームキャラクターがどのようなプログラムで動いているかが図示されている。実際にゲームを持っている人は、これをイメージしながらプレイしてみるとその出来の良さに驚かされるだろう

三宅 その通りです。あらかじめ規定された行動を選ぶのではなくて、状況に応じて行動を作り上げて行くこと、これはプロシージャルに対応するAIと言います。おっしゃる通り、AIが周囲の状況を認識し行動を創造して実行に移すので、プレイヤーから見ると「判断している」「思考している」ように見えるわけです。最新作の「Halo 3」では、さらにそれを進化させて「チーム間における連携」を実現しました。これは、まず全体を統御するAIが戦場の状況に応じて、必要なタスクをリストアップします。例えば、「正面から攻撃」「背後へ回れ」「右翼から急襲」とします。そして、数名からなるキャラクターのチームをチームの戦力と特徴に応じて、そのリストのいずれかのタスクに「割り当て」ていきます。こうやって、戦場が要求するタスクをAIが分担してこなして行くことで、プレイヤーから見て「リアルな戦場を演出」して行くわけです。これはその場にいる最適なAIを振り分けるので「タスク割り当てシステム」といわれています。

 もう1つは同じくFPSですが「F.E.A.R.」(Monolith Productions)というタイトルがあります。このゲームの何がすばらしいかといいますと「リアルタイムゴール指向アクションプランニング」という技術を導入したことにあります。もともと、プランニングは戦略ゲームではよく使われている技術です。反射型が「現状から行動を選択する」のに対し、ゴール指向型プランニングは、未来の目標(ゴール)を決め、その目標を実現するため一連の行動の計画を作るアルゴリズムです。「F.E.A.R.」のNPCはまずゴールを選択し、そのゴールを実現するために必要な一連の行動を自分で作成することができます。リアルタイムで自分が選択したゴールに対し、どう行動をするかを考える能力を実現しました。例えば、敵を撃ってから遮蔽物に隠れてまたプレイヤーを撃って、逃げる、……といった一連の行動シークエンスを生成することが可能になります。これは、今までのゲームにはない、エポックメイキングな仕事だといえるでしょう。

「F.E.A.R.」のデジタルゲームAI設計図。敵キャラクターの思考がどのようにくみ上げられているかが分かる
プログラムされた演出としてではなく、プレイヤーの動作への対応を自動的に取れることが革命的だった

       1|2|3 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2501/15/news078.jpg 「配慮が足りない」 映画の入場特典で「おみくじ」配布→“大凶”も…… 指摘受け配給元謝罪「深くお詫び」
  2. /nl/articles/2501/14/news049.jpg ドブで捕獲したザリガニを“清らかな天然水”で2週間育てたら…… 「こりゃすごい」興味深い結末が195万再生「初めて見た」
  3. /nl/articles/2501/11/news076.jpg 真田広之の俳優息子、母・手塚理美と“超大物司会者”に対面 豪華ショットに「ご立派な息子さん」「似てる雰囲気」【注目の“二世タレント”】
  4. /nl/articles/2501/15/news074.jpg 賞味期限「2年前」のゼリーを販売か…… 人気スーパーが謝罪「深くお詫び」 回収に協力呼びかけ
  5. /nl/articles/2501/14/news135.jpg ディズニーランド、新イベント前に「強制退園」対応が話題 「これくらい厳しい方がいい」などさまざまな意見
  6. /nl/articles/2501/13/news021.jpg 母「昔は何十人もの男性の誘いを断った」→娘は疑っていたが…… 当時の“モテ必至の姿”が1170万再生「なんてこった!」【海外】
  7. /nl/articles/2501/15/news113.jpg 「幸子のコートばかり着ています」 音無美紀子、“大好きな妹”の一周忌に故人の孫と参列 受験前の成長した姿に「賢い子ばかり」「何より嬉しいでしょう」
  8. /nl/articles/2501/13/news025.jpg 道に落ちていそうな黒い石ころ→磨いたら…… まさかの“正体”が158万再生「超すごい」「砂利に似ているのに」【海外】
  9. /nl/articles/2501/14/news141.jpg 浜崎あゆみ、子ども引き連れた韓国旅行が“最っ幸”でしかない 豪華ホテルの“すごい広い”テラスでママの顔「鬼ごっこ出来て良かった」
  10. /nl/articles/1705/03/news025.jpg 「酷すぎる」「不快」 SMAPを連想させるジャンバリ.TVのCMに賛否両論
先週の総合アクセスTOP10
  1. 母「昔は何十人もの男性の誘いを断った」→娘は疑っていたが…… 当時の“モテ必至の姿”が1170万再生「なんてこった!」【海外】
  2. 「大根は全部冷凍してください」 “多くの人が知らない”画期的な保存方法に「これから躊躇なく買えます」「これで腐らせずに済む」
  3. 浜崎あゆみ、息子2人チラリの朝食風景を公開 食卓に並ぶ“国民的キャラクター”のメニューが意外
  4. 「こんなおばあちゃん憧れ」 80代女性が1週間分の晩ご飯を作り置き “まねしたくなるレシピ”に感嘆「同じものを繰り返していたので助かる」
  5. 中2長女“書店で好きなだけ本を買う権”を行使した結果…… “驚愕のレシート”が1300万表示「大物になるぞ!!」「これやってみよう」
  6. 「母はパリコレモデルで妹は……」 “日本一のイケメン高校生”の家族に反響 ジュノンボーイの幼少期が香取慎吾似?【コンテスト特集2024】
  7. 大好きなお母さんが他界し、実家でひとり暮らしする猫 その日常に「涙が溢れてくる……」「温かい気持ちになりました」
  8. 「やばすぎ」 ブックオフに10万円で売られていた“衝撃の商品”に仰天 「これもう文化財」「お宝すぎる」 投稿者に発見時の気持ちを聞いた
  9. 「こんなおばあちゃんになりたい」 1人暮らしの93歳が作る“かんたん夕食”がすごい! 「憧れます」「見習わないといけませんね」
  10. 【今日の難読漢字】「碑」←何と読む?
先月の総合アクセスTOP10
  1. ザリガニが約3000匹いた池の水を、全部抜いてみたら…… 思わず腰が抜ける興味深い結果に「本当にすごい」「見ていて爽快」
  2. パパに抱っこされている娘→11年後…… 同じ場所&ポーズで撮影した“現在の姿”が「泣ける」「すてき」と反響
  3. 東京美容外科、“不適切投稿”した院長の「解任」を発表 「組織体制の強化に努めてまいる所存」
  4. ズカズカ家に入ってきたぼっちの子猫→妙になれなれしいので、風呂に入れてみると…… 思わず腰を抜かす事態に「たまらんw」「この子は賢い」
  5. 母親から届いた「もち」の仕送り方法が秀逸 まさかの梱包アイデアに「この発想は無かった」と称賛 投稿者にその後を聞いた
  6. イモトアヤコ、購入した“圧倒的人気車”が思わぬ勘違いを招く スーパーで「後ろから警備員さんが」
  7. 「何があった」 絵師が“大学4年間の成長過程”公開→たどり着いた“まさかの境地”に「ぶっ飛ばしてて草」
  8. フォークに“毛糸”を巻き付けていくと…… 冬にピッタリなアイテムが完成 「とってもかわいい!」と200万再生【海外】
  9. 「何言ったんだ」 大谷翔平が妻から受けた“まさかの仕打ち”に「世界中で真美子さんだけ」「可愛すぎて草」
  10. 鮮魚スーパーで特価品になっていたイセエビを連れ帰り、水槽に入れたら…… 想定外の結果と2日後の光景に「泣けます」「おもしろすぎ」