iPhoneとゲームボーイの共通点――横井軍平、そしてオモチャの時代:遠藤諭の「コンテンツ消費とデジタル」論(2/2 ページ)
しかし私は、自分の編集部で作り、編集人として名前を連ねた『横井軍平ゲーム館』に、いまさらケチをつけるつもりはもちろんない。なぜ、人々は横井軍平の仕事にひきつけられ、この本が“幻の本”となっているかということを考えてみて、少し分かったことがあったのだ。
オモチャでは、子供でもすぐに遊べるくらいのシンプルさが、デザイン上の必須条件となる。それに加えて、触ったとたんにパッと動くポジティブかつスムーズな、生き物のようなレスポンスが大切だ。
横井軍平の作品は、もちろん、いずれもその条件を満たしている。実は、任天堂の製品がそれを満たすべく作られてきたことは、ファミコンが8ビットの時代にすでにスプライト機能(小さな画像を画面上で高速で動かせる仕組み)を備えてアーケードなみの反応速度を備えていたことや、スーパーファミコンで読み込みに時間のかかるCD-ROMの採用を見送ったことでもよく知られている。
ところで、いまiPhoneとゲームボーイを比べてみると、この2つにいくつもの共通点があることに気づく。動作したときの俊敏なレスポンスを優先して設計されていることや、手の中におさまるように設計されていること、アプリケーションプレーヤーであること、そしてどこまでもシンプルで誰でも使えるように作られていることなどだ。
コンピュータはいま、ようやくオモチャの領域、つまり横井軍平の世界に追いついたのかもしれない。
横井軍平のヒミツは、オモチャの中心原理ともいうべきものだろう。そんな中でも、その仕事を際だたせている作品は、やはり「ラブテスター」である。あっけらかんと冗談のように、子供や大人の心をつかんではなさない、そのしかけが楽しい。まるで、わずかな遺伝子情報がその人の豊かな人間性を生み出すように、オモチャレベルの仕掛けが、時代を超えて人々の心に残る。
ということで、iPhoneで作るべきアプリは「ラブテスター」だと思った。ところが、App Storeで「love tester」を検索してみたら、ザッと20本ほどの恋愛度測定アプリがずらりと出てきたのだ。いまさらググって分かるのは、1960年代にラブテスターは米国でも売られていたということ。そうなのだ。1960年代、日本はオモチャが主要な輸出品の1つで、任天堂もそれに関連したメーカーだったのだろう。
iPhoneの世界といえど、まだまだ、横井軍平ワールドの足元を追いかけているだけなのではないかと思う私だった。まあ、つまり、日本にもまだチャンスがあるということだ。大切なのは、iPhoneやiPadの画面の中であるかどうかにかかわらず、自由に発想を飛び出させることなのである。
最近、商品開発の元になるネットやコンテンツの分析や、具体的な商品やサービス作りにかかわる仕事をいただけるようになってきた。1960年代までのオモチャの思想が、1980年代以降のモノ作り……カラオケやプリクラやファミコンなどに受け継がれ、さらにはリモコンやマイコン制御で世界を席巻した日本の家電や産業機器のベースラインにあるとつくづく思っている。
なお、現在入手困難な『横井軍平ゲーム館』だが、2010年に『横井軍平ゲーム館 RETURNS ─ゲームボーイを生んだ発想力』として13年ぶりに復刻している(参照記事)。同書の著者らは『 ゲームの父・横井軍平伝 任天堂のDNAを創造した男』(牧野武文著、角川書店刊)という本も出版した。こちらも注目である。【遠藤諭、アスキー総合研究所】
遠藤 諭(えんどう さとし)
1956年、新潟県長岡市生まれ。株式会社アスキー・メディアワークス アスキー総合研究所 所長。1985年アスキー入社、1990年『月刊アスキー』編集長、同誌編集人などを経て、2008年より現職。著書に、『ソーシャルネイティブの時代』(アスキー新書および電子書籍版)、『日本人がコンピュータを作った! 』、ITが経済に与える影響について述べた『ジェネラルパーパス・テクノロジー』(野口悠紀雄氏との共著)など。各種の委員、審査員も務めるほか、2008年4月より東京MXテレビ「東京ITニュース」にコメンテーターとして出演中。
コンピュータ業界で長く仕事をしているが、ミリオンセラーとなった『マーフィーの法則』の編集を手がけるなど、カルチャー全般に向けた視野を持つ。アスキー入社前の1982年には、『東京おとなクラブ』を創刊。岡崎京子、吾妻ひでお、中森明夫、石丸元章、米澤嘉博の各氏が参加、執筆している。「おたく」という言葉は、1983年頃に、東京おとなクラブの内部で使われ始めたものである。
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