禁忌のリンゴに触れた若き夫婦の運命は――マンガ「千年万年りんごの子」で俺氏、ガチ泣き:虚構新聞・社主UKのウソだと思って読んでみろ!第22回
舞台は昭和40年。若き夫婦に運命の日はゆっくり、確実に迫っていきます。あ、これ泣く。
ねとらぼ読者のみなさん、こんにちは。虚構新聞の社主UKです。
前回本連載でご紹介した小椋アカネ先生の「彼女になる日」「彼女になる日another」なのですが、掲載当日、ねとらぼ美人編集M女史から「RT多いですよ!」との知らせを受け、小汚い社主室で小躍りしておりました。しかも小椋先生ご自身にも記事を紹介していただいて、ありがたいことこの上ありません。
さて、ねとらぼ読者の方ならすでにお気づきのように、今月から「ITAN」×「ねとらぼ」コラボマンガということで、月曜日から金曜日までは土田えり先生の「地球のささくれ」が、日曜日にはツナミノユウ先生の「つまさきおとしと私」の連載が始まりました(PCでご覧のみなさま、行数が正しければ、たぶん記事の右横のこの辺→→→)。
社主も毎日楽しく読んでいる両先生のマンガですが、今回はねとらぼに押し寄せたこの「ITAN」のビッグウェーブに乗り遅れないよう、社主も同誌から1作品をご紹介。田中相先生の「千年万年りんごの子」(全3巻)です。
この作品との出会いは少し意外なところで、2012年、第16回文化庁メディア芸術祭の授賞式にさかのぼります。本紙「虚構新聞」は何の手違いか、この芸術祭のエンターテインメント部門審査委員会推薦作品なるものに選ばれてしまったのですが、同年マンガ部門で新人賞を受賞した作品がこの「千年万年りんごの子」でした。このとき作品を目にしてその魅力にハマり、以降社主は続刊を買い続けることを決めました。当時まだ第1巻しか出ていませんでしたが、その段階ですでにその才能に気づいておられたとは、メディア芸術祭の審査員のみなさまはさすがとしか言いようがありません。
と、まあ文化庁への媚(こ)びはさておき、先日完結巻となる第3巻が発売され、社主も買った後すぐに近くのサイゼリヤで読んだのですが、泣きました。これはうそではありません。ガチで泣きました。歳を取ったせいか、最近マンガを読んで涙することもないわけではないのですが、人前でこんなことになったのは、忘れもしない須藤真澄先生の「長い長いさんぽ」以来人生2度目のことです。
舞台は昭和40年代、りんご農家の後継ぎに
本作の舞台は昭和40年代。物語は大学出のインテリ青年・雪之丞と、青森から上京してきた娘・朝日の見合いから始まります。捨て子として育てられた生い立ちによるものか、人に迷惑をかけないことを何より大事にし、人生を乾いた偽りの笑顔でやり過ごしてきた雪之丞と、実家のりんご農家の後継ぎを求めてやってきた朝日。
入り婿さ来て下さい!
私でよろしければよろしくお願い致します。
特に一目ぼれと言うわけでもなく、双方の利害が一致した結果、2人の結婚はあっさりと決まってしまいます。
「育ての家族にこれ以上世話をかけたくない」という理由だけで結婚し、りんご農家の後継ぎとして青森の地にやってきた雪之丞ですが、純朴でやさしい朝日の家族と一緒にりんごの世話をしていくうちに、何事にも冷めていたこれまでの自分とは少し異なる気持ちが芽生えてきます。それはまず妻である朝日に対する想いでしょうし、ひいてはその家族、そしてこのりんごの村にまで広がっていくようでした。
りんごの世話にも慣れてきた翌年の冬。大雪のある日、雪之丞はりんごの出荷の帰り、巨大なりんごの木を見つけます。2月も半ばだというのにきれいな実をつけているりんごの木。雪之丞はその日風邪を引いて寝ていた朝日のために、このりんごを持ち帰り、おろして朝日に食べさせます。それはかつて育ての親が幼い自分にしてくれたように――。
ところがどっこい! 若き夫婦の身に何が!?
奇妙なお見合いから始まった2人ではあったものの、妻のためにりんごをすってあげるようになるなんて、微笑ましい新婚さんではないですか、ねえ――と言いたいところですが、それを聞いた朝日の家族はみな息をのんで固まります。
吹雪の日、雪之丞が見た巨大なりんごの木は「おぼすな様の木」として奉られる、この地域の人たちにとっては触れてはならない禁忌の木だったのです。
「しょせん土着信仰」とは思うものの、生まれてこの方誰にも嫌われないようやってきた雪之丞は翌日家族に謝ろうと決意します。しかし彼の目の前に現れたのは、風邪は治ったけれど、なぜか髪と爪が異常に伸びた朝日の姿。「まさか……!」と驚き尋ねる雪之丞に、当の朝日はいつもの明るい調子で「わがんね!」と、あっけらかんと一言。
朝日の伸びきった髪と爪を切りながら、「りんごの中に何か新陳代謝を高める物質でも……?」と、あくまでも科学的に考えようとする雪之丞。しかし、彼はその想像をあらためざるを得なくなります。りんごとともに移ろう季節。翌夏、雪之丞は朝日の「ある変化」に気づいてしまったのです。そして、このりんごの村において、おぼすな様は迷信ではなく現に存在するということもまた――。
あっ、これは泣く……
文学でも映画でもそうですが、社主が思うに「深い作品」と呼ばれるのは、作中さまざまな読み方を許す懐の広さのことを指すのではないでしょうか。そういう意味で本作「千年万年りんごの子」は間違いなく深い作品です。それは難解な用語を散りばめているとか、物語の結末を投げっぱなしジャーマンにするとか、そういう技巧に頼る必要はありません。
ここまで読んでくださった方なら、まず「おぼすな様って何だ」という疑問が湧いてくることでしょう。もちろんそういうミステリーチックな主題もあります。けれど、まず何より感じてほしいのは雪之丞と朝日の絆です。
子どものころから、心のこもらぬ微笑で人と世の中から距離を置いてきた雪之丞にとって、いつも笑顔で大らかに接してくれる朝日は次第にかけがえのない存在になっていきます。また、それまで運命に逆らわないことを当たり前としてきた朝日にとっても、雪之丞は自分を変えてくれる大きな存在だったということは間違いありません。
それにしても朝日を助けるためなら、神を殺すとまで言い切った雪之丞は同じ男として見ても本当にカッコいい。そしてまた朝日の純朴なところもかわいらしいのですよ。田中先生の生き生きとした絵と、あとは東北なまり! それにしても方言女子はなぜにあれほどかわいいのか……。
今うっかり遠い目をしそうになったので話を戻すと、そんな2人が「おぼすな様」という超自然的、運命的な存在にあらがう姿には本当に胸がつまります。「ある変化」から何とか逃げようとしても、運命の日はゆっくり、確実に迫って来るばかり。
「こんなに良い2人なのに、何とかならないのか……」と、巻を追ってずっと読み進めてきたわけですが、かくして最終巻、その結末に社主はサイゼリヤで涙してしまったわけです。真ん中まで読んだあたりで「あっ、これは泣く……」って分かったんですけどね……。
そういう2人の絆という部分に限って言えば、宮崎駿監督の映画「風立ちぬ」にどこか似たところを感じました。そう言えば、あの作品のヒロイン・菜穂子も死の病「結核」という悲しい運命を背負った作品でした。
雪之丞と朝日はただ悲しい運命を受け入れるしかないのか。その結末はぜひ手に取って読んでほしいところですが、運命に逆らうことの難しさ・厳しさを示す一方で、それもまた必ず赦(ゆる)されるのだというやさしさを示してくれるところに田中先生の人となりが表れているように思います。楽しく、そして悲しい物語でありながら、誰も傷つかず、読者まで救われた気持ちになれる素晴らしい読後感です。
さて、その田中先生ですが「ITAN」21号から新連載が始まるとのこと。「千年万年」以外に今2冊出ている短編集「地上はポケットの中の庭」「誰がそれを」では、アジアも南仏も将棋も青春もJKも縦横無尽に描いておられるので、一体どんなジャンルのマンガが飛び出てくるのか全く想像がつきませんが、社主も今から楽しみで仕方ないです。
それにしてもメディア芸術祭での出会いと、ねとらぼでマンガ紹介を書くことになったきっかけは全く別の出来事で、しかもそのねとらぼが今回「ITAN」とコラボだなんて、運命っていうのもあなどれないものです。2年前メディア芸術祭で推薦作品に選ばれたのは、今回「千年万年りんごの子」の紹介文を書かせるための仕組まれたレールの上だったのかも……、と思うと、何だか不気味になってきたので、社主も雪之丞みたく運命と戦っていきたいと思います。武器はやっぱり定番のチェーンソーでしょうか。
今回も最後までお読みくださりありがとうございました。
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