性別ひとつで未熟な心は揺らげども……マンガ「彼女になる日 another」の“性転換”で始まる三角関係が複雑:虚構新聞・社主UKのウソだと思って読んでみろ!第21回
いわゆる性転換ものですが、「俺、女になっちゃった! どうしよう! でもムフフ……」というようなコメディテイストではありません。
ねとらぼ読者のみなさん、こんにちは。虚構新聞の社主UKです。
前回お話ししたように、この連休、同人誌即売会「コミティア108」に行っておりました。以前本連載でもご紹介した「出落ちガール」の鈴木小波先生や「事件記者トトコ!」の丸山薫先生、そのほかに以前から社主が気になっていた方々にもお会いでき、本当に楽しかったです。今回初めてのコミティア参加で、会場に着くまでは緊張しきりでしたが、みなさんとても気さくにお話に応じてくださいました。5000を超える参加サークルのレベルの高さや各誌出張編集部の様子など、マンガの世界の表と裏がどちらも見られる貴重な場なので、マンガ好きならぜひ一度行ってみることをおすすめします。
さて、今回は久しぶりに少女マンガから作品をご紹介。小椋アカネ先生の「彼女になる日」(全1巻/白泉社)と、今月発売されたばかりの続編「彼女になる日 another」(〜1巻、以下続刊)です。
「彼女になる日」は、少女マンガの王道を行く「花とゆめコミックス」らしからぬ妙な色気を放つ表紙に惹かれて買ったのですが、これがまた表紙と違わぬ異色作でした。単行本のストーリー紹介にはこうあります。
【ストーリー】
幼なじみの奴が、女になった!! 三芳と間宮はあらゆる事で競い合うライバルだったが、ある日突然、間宮は女の身体に。伸びた髪、曲線的な体を目の当たりにし、戸惑う三芳。女嫌いの三芳と、女になった間宮の関係は……!?
いわゆる「性転換もの」として、ジャンルはある程度認知されてはいるのですが、性転換はどちらかと言うと男性向け、しかも「俺、女になっちゃった! どうしよう! でもムフフ……」というようなコメディテイストで語られることが多く、少女マンガから、しかもあの「花ゆめ」から発表されたことは社主にとってもショッキングな出来事でありました。雑誌連載でなく単行本描き下ろしとして発売されたのも、ひょっとするとそういう事情があったのかもしれません。
物語のカギ:人口の男女比を調整する「羽化」
さきほどのストーリー概要をもう少し詳しく紹介すると、本作の世界では人口の男女比を調整する「羽化」と呼ばれる性転換現象があり、その影響で間宮は女に変化します。それまで男同士のライバル、と言うより常に間宮が上手だった2人。しかし、間宮が女に羽化したことで、女嫌いの三芳は動揺します。
外見は女だけど、性格は今までと同じ間宮のまま。しかも自分は間宮に今までと異なる感情を抱き始めている。間宮は女であることをすっかり受け入れて余裕すら見せているのに――。けれどそうではなかったのです。間宮が時折見せる微妙な変化に三芳は気づいたのです。か細くなった腕をつかまれ、ついに涙を見せてしまった間宮は三芳に抱きしめられ少しずつ話します。
俺だって女なんかになりたくなかったよ/力は弱いしすぐ疲れるし/今迄できたことができなくて/それまでの人生失くした気がしてつらかったんだよ
第1話のクライマックス。普段人に対して弱みを決して見せない間宮が本音を打ち明けたのは、長年の友人だったからこそでしょう。
さて、このまま2人がめでたく付き合っちゃうのかと言うと、そうではありません。今抱いている「好き」という気持ちは友情なのか、それとも恋愛感情なのか。そこからお互いの気持ちを丁寧に紡いでいくのは少女マンガならでは。「肉体的には男と女なんだから問題ないだろ」で片付ける男性諸君はぜひ本作で乙女マインドを身に着けていただきたい。
だって考えてみてくださいよ。少し前まで親友だった男友達が正真正銘の美女になって戻ってきて、その彼女(彼)に好意を抱いたとして、それは相手をすでに女性として見てしまっているのか、それとも長年の友情の延長線上にあるのか区別がつきますか?
それは逆の場合もしかりで、ある日自分が女になってしまったとして、親友から寄せられている好意がそれまで通りの友情なのか、あるいはもう異性として見られているのか。いずれの立場にせよ、「肉体的に男と女だからいいだろ」と、そんな簡単に済んでしまうものとは到底思えません。
本作ではそんな複雑な感情の機微を、間宮と三芳それぞれの立場から描いていきます。ある時は接近し、ある時は突き放し――精神的、肉体的に離接繰り返す中で、2人は揺らぐ心の中にも決して変わらない感情があることに気づいていくのです。読み終えたとき、「彼女になる日」というタイトルに込められた2つの意味がより明らかになることでしょう。
三角関係がややこしいです!
……という、基本問題を踏まえ、今月発売された続編「彼女になる日 another」は、その応用問題とも言える作品として登場しました。ちなみに本作は「LaLa DX」で連載中。「前作が予想以上に御好評を頂いた」と小椋先生も書いておられます。こちらもまずは単行本のストーリー紹介から抜粋。
【ストーリー】
「女になんか絶対にならない」。男子中学生の相楽はある日突然、女の身体になってしまう! それを受け入れられず、男として過ごそうとするが、クラスメイトの成海にバレてしまう。さらに、好意を寄せていた黒川からも告白されるが、黒川にも秘密があって…!?
羽化を受け入れた前作の間宮に対し、本作で羽化した相楽はまだ体が未熟な中学生ということもあり、学校では学生服を着て男のまま通そうとします。ストーリーにもあるように、相楽が女であることはまもなく成海にバレてしまうわけですが、その成海は以前からクラスメイトの女子・黒川のことが好き。けれどその黒川は相楽に告白して、しかも相楽が羽化して女になったことを打ち明けたにもかかわらず2人は友だちとして付き合うことに……というややこしい三角関係ができています。前作が間宮と三芳という1対1の関係だったので、本作はその発展形、まさに応用問題と言えるでしょう。
そして極め付き。相楽に告白した黒川さんは羽化経験者、つまり元「男」です。
どうですか。この頭の中がこんがらがらがるがれがるな気持ち(*)をぜひとも味わっていただきたいので、あえてこれ以上は書きませんが、まるでオセロの裏と表がくるくると目まぐるしく入れ替わるような、頭がくらくらするめまいにも似た経験ができる、前作以上に先の読めない展開が進行中です。ちなみに、この第1巻には前作の後日譚(たん)「彼女になる日 extra」も収録されているので、間宮と三芳のその後も読めます。
性別ひとつで未熟な心は揺らげども
今回紹介した2作はどちらも少女マンガですが、女子受けしやすいBLでもなく、かと言って百合でもない、その2つのジャンルの狭間と言うか、行ったり来たりしていると言うか……とにかく「性転換」というワードだけでまとめてしまいたくない、またまとめきれない作品なので、ぜひ一度手に取っていただきたいです。
男とか女とか/性別一つで未熟な心は揺らげども/変わらないものも屹度(きっと)ある
今回何かとややこしい話であることを繰り返してきましたが、やはり「彼女になる日」第1話のこの語りこそが本シリーズの原点でしょう。それは本当にシンプルで、それゆえに複雑なストーリーの中でもしっかり貫かれた力強さを放っているように思うのです。
今回も最後までお読みくださりありがとうございました。
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