部活動に打ち込むということ、何かに一生懸命になるということ――「その娘、武蔵」田中相先生インタビュー:虚構新聞・社主UKのウソだと思って読んでみろ!第51回
前回に続いて、今回もインタビュー企画です。「千年万年りんごの子」でも紹介した、田中相先生にお会いしてきました!
ねとらぼ読者のみなさん、こんにちは。虚構新聞の社主UKです。
連載2周年を記念した先週の岩岡ヒサエ先生のインタビューに続き、実は今週も社主の大好きな漫画家さんへのインタビューなのです! ありがとうございます!
今回お話を聞かせていただいたのは、初連載「千年万年りんごの子」(以下、りんごの子/全3巻/講談社)で第16回文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞を受賞、現在「ITAN」にて高校女子バレーボール部を描いた新作「その娘、武蔵」(〜2巻、以下続刊/講談社)を連載されている田中相(たなか・あい)先生。
岩岡ヒサエ先生の「星が原あおまんじゅうの森」(〜5巻/朝日新聞出版)を読んで涙したのと同じサイゼリヤで田中先生の「りんごの子」を読み、やっぱり同じく涙した社主にとって、このお二方から続けてお話を聞けるなんてこんなにうれしいことはありません! イエア!
「りんごの子」については、過去の連載でがっつり語ったのでそちらを読んでもらいつつ、今回は特に「その娘、武蔵」について、「そもそも何でバレーなの?」という質問から、作品に込められた先生の熱い、本当に熱いメッセージまでたくさんお話を聞いてきました。
まずは「その娘、武蔵」について、簡単なあらすじをご紹介。
<あらすじ>
184センチの体格と才能に恵まれ、中学女子バレーボール界ではトップに立った主人公・兼子武蔵。しかしその後は「部活なんて意味ないから」とバレーを引退、かつて体罰事件によってバレー部自体がなくなったと思われていた大仙高校へと進学します。しかし入学してみるとバレー部は部員わずか4人という状態でギリギリ存続しており、キャプテンの古賀律はなんとか武蔵を勧誘しようと試みます。入部を拒む武蔵に対し、古賀はある条件を提示して……。
さて、ここで少し古い記憶をたどってみてほしいのですが、みなさんは学生時代、本気で部活に取り組んできましたか?
勝って喜び負けて泣き……、きっと懐かしい思い出があることでしょう。今回取り上げる「その娘、武蔵」はそんな誰しもが経験したその部活が大きなテーマです。そもそも帰宅部だった社主にとって、部活動と言えば通学バスに揺られたくらいしかありませんが、部活経験がない人でも、否、だからこそ「その娘、武蔵」の世界から感じられるところも多いはず。登場人物を介して「そうでなかった自分」を振り返って昇華させ、その気持ちを今の自分につなげられるのは、マンガを含め創作が持つすばらしさでもあります。
そして8月7日に発売された第2巻では、それまでのスポーツを中心とした直球のストーリー展開から少し角度を変え、より田中先生らしい物語へと流れを変えつつあります。作品に込められた思いや考えを知るうえで、このインタビューが読者のいろいろな「?」に対する答えやヒントになるんじゃないかと社主は確信しています。そしてまた未読の人にとっても、バレーの経験あるなしにかかわらず、本作の魅力が伝わる内容になったと思います。
それでは前置きはこのくらいにして、インタビューをどうぞ!
コートが分かれて、人が交わらないスポーツ
UK 今日はどうぞよろしくお願いします!
田中 よろしくお願いします。
UK 社主がサイゼリヤで涙をぬぐった「りんごの子」が終わって「次はどんな作品になるんだろう」と楽しみにしていたんですが、「その娘、武蔵」が始まったときは「えっ、スポーツもの!?」って、たぶん社主だけじゃなく、先生の読者の多くが感じたことだと思うんですよ。なぜ今回スポーツ、それもバレーボールを題材に選ばれたんですか?
田中 新連載の時ってたくさん担当さんに企画を出すんですけど、その中でも今まで書いたことがない意外性のあるものにしようということになったんですね。教師もの、魔法ものとかカテゴライズできるもので描こうかというなかで、スポーツを題材に、という話になりました。
UK ふむふむ。
田中 それで、私自身は全然スポーツをしないんですけど、バレーだけは唯一自分から録画して観戦するスポーツで、いつか描いてみたいと思っていた題材だったんです。
UK ほほう。バレーのどういったところに惹かれたんでしょう?
田中 それはまだ私の中でもちゃんとした答えは出てないんですけど、コートが分かれて、人が交わらない団体スポーツってバレーが代表的ですよね。ドッジボールもそうですが、オリンピックで見ることのできるような球技としてはバレーしか思いつかない。
UK 「コートが分かれて、人が交わらない」、というのは?
田中 バスケットボールや野球って敵味方が1つのコートで交わるじゃないですか。バレーはネットでコートが分かれていて、技術的なものが見えやすいからかなあって思います。選手が交わるのはスポーツの大きな面白さの1つだとも思うのですが、目がついていかず。
UK ああ、ラフプレーなんかもありますね。
田中 はい。あとコートが小さいので、テレビで見てても人が大きく映るじゃないですか。サッカーは人が小さく映ってしまうので、私どう見ていいか全然分からなくてですね。全体的にスポーツを見慣れていない人の意見でごめんなさい!(笑)
UK 1巻のあとがきマンガにもありましたが、取材にもたくさん出向かれているようですね。
田中 はい。観戦取材では話しかけられる雰囲気ではないんですが、最近はよく行くので監督の先生から「がんばってね」と逆に声をかけていただくこともあります。実は私最近までバレーの見方が分からなくて。
UK バレーの見方……?
田中 「試合ってちゃんと応援して見ないと面白くないんだ」ってやっと分かってきたんですよ。何のスポーツでもそうかもしれませんね。1人の選手だけを見るとか、どちらかのチームをすごく応援しないと面白くないんだって。そこで一方を応援するから負けたときに悔しいし、勝ったときにうれしいんだというのがやっと分かってきて。それが分かったら取材で試合を見るのが楽しくなりました。少しずつ関東で強いと言われるチームのプレーの違いなども分かるようになってきて。本当に最近やっとで、これから作品に生かしていければいいなと思ってます。
武蔵の目線を通じて見えてくるもの
UK 武蔵は身長184センチの見かけも含めて、文字通り頭一つ抜けた圧倒的な存在感がありますよね。「地上はポケットの中の庭」や「誰がそれを誰がそれを −田中相短篇集」といった短篇集含め、これまでの作品には出てこなかったタイプの女の子で。
田中 武蔵はパワーが有り余っている感じの女の子ですね。周りをかき回す引力が強い人なんだと思います。
UK そういうエネルギー有り余っているイメージと、あと性格もかなり変わった子ですよね。こう言っていいか分からないですが……、空気読めてないところがあって。思ったことをすぐ行動に移すし、そもそも中学時代、全国的に注目された選手なのに、「部活なんて必死に続けても意味ない」ってあっさり辞めちゃったのもある意味すごいです。
田中 しがらみのない子なんです。るなが武蔵に「いきなり見ず知らずの人の家に行ったらダメ」って話すじゃないですか。
UK えーっと、はい、まあ普通はダメなんですけどね(笑)。
田中 でもどうして行ったらダメなんだろうとは思いませんか?
UK 確かに武蔵は「おもっきし押す」ですね(笑)。
田中 そうそう、「おもっきし押す」(笑)。今の常識とされている事柄を武蔵は問うてくれているし、問うてほしいなって思うんです。日本は今もまだ儒教的なものが根付いていて、それに反発するのって結構大変だったりめんどくさかったりするんですけど。
UK 部員の邑久(おく)さんが顧問の山田先生にコーヒーを持って行ったら「そんなことしなくていい」って逆に驚くところとか、そういう長幼の序が描かれているシーンがありますよね。
田中 武蔵だったら「飲みたいなら自分で入れればいいのでは?」と言うでしょうね。単純に不思議に思う。
UK 確かに武蔵って行動が真正直すぎて空気が読めない子と見られてしまうことも多いと思うんですよ。ただ、間違ったことはしていない気がします。
田中 儒教的なものからは離れたキャラだけど間違ってはいなくて、「それはそれであるよね」って。その中で武蔵は「しがらみや決まり事、嗜み、そういう考え方がある」と、逆に周りの人は「それを疑うこともできる」と知っていけたらいいなと。
部活をやる意味って??
UK 1巻の帯にもある、この「部活をやる意味って??」というのが、やっぱり作品の大きなテーマなんじゃないかなと思うんですが。社主は帰宅部で、部活をしないほうがむしろ当たり前だったので、すごく興味深いテーマです。
田中 私の親戚がずっと高校まで真剣にテニスに取り組んできた子たちで、その子たちと話すと考え方がすごくしっかりしてるんですよ。結局プロになれるわけじゃなかったんですけど、本気で取り組んでダメだったという経験がこの子たちを変えたんだなあ、と思ったんです。「その先に何かがあるわけではないけれど頑張る」っていうのは難しいんだけど、「勝つ」と決めたからにはめちゃくちゃ頑張る。その過程で失敗や負けを体験すると大人になってから生きやすそうだなって。
UK 帰宅部的には、何かいろいろグサッと来るものがあります……(笑)。
田中 (笑)。私も学生時代は美術部で、みんなで何かを頑張るということがなかったんです。
UK 何かそういう話を聞くと「部活やっておいてもよかったなあ」と今さらながらちょっと後悔しそうです。
田中 でもそれって学生に限らず大人にだって適用できると思うんですよ。部活だけじゃなくて、会社の後に何かをする。「仕事の糧になる/ならない」じゃなく、いくつになってもスポーツや仕事外活動に取り組んだら楽しいかもしれない!
UK じゃあ社主のような「あのとき真面目に部活に取り組んでおけばよかった(血涙)」と読者に後悔させるような作品じゃなくて……
田中 はい、大人の方にも読んでほしいです(笑)。
UK ちなみに、体育系の部活でも「別に勝ち負けにこだわらないで、仲良く楽しくやれればいいじゃん」っていう方針のところもあると思うのですが、そういう部についてはどう思われますか?
田中 もちろん楽しい部活があってもいいですよね。ただ、個人的には部活をするなら勝ちに向かうべきだと思っています。高校ならその3年間、何十時間、何百時間も部活動に割いているのだから、楽しいだけでは足りない。泣くほど悔しい、泣くほどうれしい――、そういうのって本気で勝とうとしないと得られないんじゃないかなあって。
UK 熱いですね……! いや実はさっきからお話を聞いていて、「田中先生、すごく熱いな」って少しびっくりしてます。「りんごの子」のイメージ、と言うか、あとがきマンガから想像していたイメージと全然違って……! 毎回あとがきも楽しみなんですけど、今日お会いするまで先生はいつもプルプル震えてそうな方かと。
田中 プルプル(笑)。震えてなくてすみません(笑)。
UK いえいえ(笑)。でも今お話を聞いていて「田中先生、武蔵みたいに熱いな」って。作品に打ち込む、その世界に入り込むってこういうことなのかなと、今あらたに「ふおお……」ってなってます。
誰かを恐れる気持ちが原動力になってはいけない
UK 「その娘、武蔵」は1巻までだと「青春スポーツもの」っていう割と王道的なストーリーだと思ったのですが、今度発売の2巻ではその印象が変わってきましたね。ただのスポーツマンガにしないところがさすがだなって思いました。それで特にお聞きしたいのは、大仙バレー部の暗い過去、「体罰」についてなのですが……。
田中 これは「なぜ部活をするのか」というテーマとも関わっていて……。勝ち負けに関係なく、自分の限界を超える時は、誰かを恐れる気持ちによってではないといいなと思っています。頑張るのか、それとも頑張らせられるのか。先生が怖いから部活をするのではない――それはすごく大事なことなんです。ただ私はこれまで体罰という方法が採用され、それが続いてきた歴史と成果があって、そこにもいろいろな側面がきっとあります。単に「体罰禁止!」なのではなく、なぜそれが行われるのかということも考えてみたい。体罰をした先生には先生の考えもあるはずなので。
UK なるほど……。さっきのコーヒーの話も少し当てはまるかもですけど、直接殴るわけではないにしろ、教師が持つ目に見えない暗黙の力で生徒をコントロールするシーンなんかは、バレーの枠を超えた部活のあり方、学校のあり方に関わってくるものでもありますよね。体罰の経験者はさすがにそんなにないでしょうけど、そういう主従関係みたいななかで部活してきた大人は割と多いかも……。うん、そういうことが思い当たる人には特に読んでほしいなあ。
「かたちは宮史郎さんです(笑)」
UK 何かどんどんシリアスな話になってしまったのですが、最後に、たぶんこれも社主はじめ読者の多くが気にしてると思うので聞いてもいいですか?
田中 ?
UK あのー……、顧問の山田先生いますよね。あの人って……、やっぱり(ぴんから兄弟の)宮史郎……さん?
田中 かたちは宮史郎さんです(笑)。
UK やっぱりそうなんだ!(笑)
田中 最初は他の方を混ぜようと思ったんですけど、何しろ宮史郎さんが強すぎて……(笑)。でもサスペンダーやサファリジャケットなどの服装はその時混ぜるつもりだったもう1人の名残りなんですよ。
UK へええ。それにしてもなぜまた宮史郎さんを?
田中 宮史郎さん、かわいくて(笑)。すごく好きなお顔立ちなんです。私おじさんが好きで、おじさん描くのも楽しいんです。
UK 山田先生、コミカルな動きも含めてすごくいいキャラですよね。何よりバレーの指導だってすばらしいですし!
田中 山田先生は好きって言ってくれる読者さんも多くて良かったです。
UK 社主も好きな人物なので、これからも山田先生を見ていきたいです。今日は本当にありがとうございました!
田中 ありがとうございました!
「りんごの子」よりは長いストーリーに
と、いうことで今回も90分近く作品や先生ご自身についてなど個人的な興味をどんどんぶつけたのですが、時にはサクサクと、そしてまた時にはゆっくり言葉を丁寧に選びながら、社主のしょうもない質問にさえ真摯(しんし)に話してくださったのが印象的でした。
「その娘、武蔵」は「りんごの子」より長いストーリーを考えているそうで、大仙高校バレー部の戦いだけでなく、その背景にある「部活をする意味」など、まだまだ見どころはたくさん。何よりインタビュー中も先生自身「まだ明確な答えを見いだせていない」と模索しておられるところも多かったので、作品を通してどういう答えにたどり着くのかこれからも楽しみです。
運動部も文化部も帰宅部も、インタビューを読んで、あの頃の自分と重ね合わせて引っかかる部分が少しでもあれば、ぜひ作品に触れてみてください。今回は電子版でも同時発売ということだそうなのでPC含め対応端末からの試し読みもすごく簡単です(便利な時代になったものだ……)。
今回も最後までお読みくださりありがとうございました。
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