コンテンツは質より量? 24時間テレビは「感動わんこそば」だ
地球を救う「愛」もだいぶおやすくなりました。連載「ネットは1日25時間」。
先日、今年の24時間テレビのメインパーソナリティーにアイドルグループの「NEWS」が選ばれました。日本中に多くの感動といくらかの呆観(ぼうかん)を与え続けてきた、この日本一有名なチャリティ番組も今年で39回目。その要の番組を通じて行われる募金活動と数々のチャレンジ企画やドキュメントといった視聴者の胸を打つ企画は病人や障害者、被災者を安易な感動に利用しているのではないかとの意見や、チャリティなのに出演者にギャラが出る不自然さ、内容のマンネリズム、黄色いシャツのセンスの無さなど、ネガティブな意見を多くもらうことがあっても、これまでに数百億の募金を福祉や世界の貧困解決に役立てており、2014年には平均視聴率で歴代最高をマークする30%超えを達成しています。
特にハンディキャップを抱える障害者によるチャレンジ企画や感動的なドキュメントなどは大きな目玉企画となっており、芸能人のマラソンや「負けないで」の合唱などよりははるかに見応えがあるであろうコンテンツなのですが、私的にはその作り方に疑問を抱く部分もあります。
味わう余地のない感動の連続
以前、とあるラーメン屋のテレビでたまたま流れていた24時間テレビを観ていると、障害者によるチャレンジ企画が行われており、私がラーメンをすすりながら応援していると、そのチャレンジはどうやら失敗してしまったようで、スタジオ中から落胆の声が漏れました。「ああ、残念だな」と思っていたら画面がスタジオに切り替わり、スタジオの出演者たちが「頑張った!」「よくやった!」といったコメントを残すと、「さて次はこちらのVTRを――」の言葉とともに、また別の素材を扱った“感動的な”ドキュメントを流し出したのです。私は「えっ、それで終わり?」と思わずのけぞり、それから家に帰って24時間テレビを追い続けたのですが、いくつかの「感動系」ドキュメントが一本十数分単位でささやかに放送された後は、先のチャレンジ企画はついに一度も触れられることもなく、気が付けばテレビからは「サライ」が流れ、私は落ち着かないふわふわとした気持ちのままテレビの電源を切りました。
この落ち着かなさはどこに由来するのだろうというと、やはり一つ一つのコンテンツに対する、24時間テレビの掘り下げの薄さと、次のコンテンツに移るときのドライさにあります。一つの「感動」がサクッと終わると、次の「感動」へまたバトンタッチ。合間に芸能人たちによるコメントが入り、失敗に終わったチャレンジ企画も、出演者一同「頑張った!」「よくやった!」と、手放しで褒めちぎります。
チャレンジを成功できなかった障害者はきっと悔しい思いもあるだろうに、スタジオにいる芸能人たちの喜びなのか悲しみなのか賞賛なのか同情なのかよく分からない表情と言葉で煙に巻かれ、チャレンジャーである障害者の心情、言葉、今後の展望は掘り下げられないまま、そして視聴者が十分な感情移入や企画への批評・総括が行われる前に、番組は次の「感動」へと、まるでベルトコンベヤーから運ばれてくるかのごとく、出演者たちの神妙な表情にかかわらず淡白に移行するのです。私はこれを観ながら、「まるで感動のわんこそばだな」と思いました。
テレビ番組で「わんこそば」を紹介するとき、大抵はタレントが己の食したそのスピードと量、食べている瞬間のアタフタ感をテレビの前へ伝えるだけで、わざわざそのわんこそば自体の「味」や「食感」などをアピールすることはそれほどありませんし、わんこそばの店自体もそこにスポットを当てることはめったにありません。わんこそばをカメラに向けて一口すすっては「麺がシコシコ!」「おダシが効いてますね」とはわざわざ言わないわけです。
そりゃもう極端にまずければ食べること自体が不可能なので、わんこそばはその趣旨に最低限沿いながらかつ最適化され、食べやすく、飲みやすく、消化しやすくした形で提供される「質より量」コンテンツの典型例となり、それがわんこそばの持つ一番の魅力であることは間違いないのですが、果たして「感動わんこそば」とも言える24時間テレビの「質より量」的構造は、十分な理解と感情移入を訴えるべきチャリティの理念と照らし合わせて正しい形だと言えるのでしょうか。そうなると、24時間放送という構造そのものに踏み込むことになります。
そもそも扱うコンテンツの量を多くしないと24時間という放送時間を一つのテーマに沿って構築することはとても難しいものです。では24時間である必要性とは何かと問われれば、長ければそのぶん多くの募金が集まりますし、生放送の挑戦企画にもじっくり時間を与えられるうえ、時間をかければそれだけ「頑張っている」という印象を与えることが出来ます。ですがフタを開けてみれば先述のように、それぞれの企画に十分な掘り下げがあるのかと言われればちょっと難しいところです。24時間あってもそれまでしかできないのか、というほどに。
輪郭をぼんやりさせる「質より量」
1978年の放送開始当時、24時間テレビのメインテーマには「具体性」が伴っていました。第1回のテーマは「寝たきり老人にお風呂を!身障者にリフト付きバスと車椅子を!」という、現在と比べるとだいぶミニマムであっても、着地点がしっかり見据えられており、テレビの力を使えば十分に実現可能な目標でした。第3回では「カンボジア・ベトナム・ラオスの難民のために!」と世界へ視野を広げ、第5回では「ストップ!ニッポン姥捨て時代」と逆に何をやっていたのかちょっと気になるようなテーマを掲げていました。
雲行きが怪しくなってきたのは第15回の「愛の歌声は地球を救う」からで、ここから24時間テレビのテーマは具体性や実現可能性を損ない、最大公約数に耳当たりのいい輪郭のぼやけた言葉を掲げるようになっていきます。これ以降、「絆 〜今、私たちにできること」「START! 〜一歩を踏み出そう〜」「小さなキセキ、大きなキセキ」と専門学校のポスター的な表現が続き、具体的に何をどうしたいのか分からないまま、今年のテーマは「愛 〜これが私の生きる道〜」と、一体誰の人生を語っているのか分からない場所へと着地しています。
とはいっても「質より量」を実行するうえでこういった「輪郭をぼんやりとさせる」とい路線は実に合理的な舵とりであるといえるでしょう。「完成度を上げる=内容を掘り下げる」というのは解像度を上げるという行動であり、趣旨がよりはっきりしているものはときとして作り手にコストや制約を設け、受け手にも理解のハードルを要求することにもつながります。
24時間テレビのように「感動できる要素を、掘り下げるより上澄みをすくっていくつもちりばめて、それらを編集で糊塗(こと)し、矢継ぎ早に提供する」といったような、より多くに訴えるための作りを要求される番組において、大きなテーマは具体性を欠いたものにするということは重要なことだと言えます。もっとも、チャリティ番組としてはいささか真摯(しんし)さに欠けるのですが……。J-POPの「自分を信じて〜」や「心の扉を開いて〜」などの安上がりな歌詞が大抵、「いいことを言っているのだろうがこれはどういった対象に向けて何を歌っているのかふわっとしすぎている」のと一緒で、コンテンツの解像度を下げることにより手っ取り早く最大公約数に訴える仕様を設けることができます。
「線」より「点」のコンテンツがもてはやされる
このように、重要なテーマや人、素材を扱っているにもかかわらず、一つ一つのコンテンツに「深さ」や「強度」がなく、体裁を保ち受け手の関心を引き続けるために、筋の通った「線」ではなく、細切れで中身の薄い「点」の情報を与え続けるものは24時間テレビなどにかかわらずさまざまな場所に溢れています。その方が受け手を呼び込みやすい、コンテンツを作る手間がかからない、大きな責任を要する部分まで踏み込まずに済むなど、発信者によってその思惑はさまざまなのですが、当然ながらあまり良いことだとはいえません。
まとめブログなどやSNSの隆盛以降、洗練された数千文字よりも、掘り下げがなく所々をかいつまんで編集された数百文字の方を読み手が重要視する向きも散見されます。「点」の情報は受け取る方も生みす方もコストを払わずに済みますが、文脈から切り離された断片的な情報を与えて誤解や虚偽の流布を誘い、より深い批評や多面的な理解を著しく遠ざけて、浅薄なコンテンツと浅薄な受け手を跋扈(ばっこ)させる要因になります。
これは誰かの物語やどこかで起きた事件などといった情報や素材などの小さなコンテンツを、輪郭がぼやけた大きなコンテンツを作るため、補強するために用いているから起きることです。伝えなければならないメッセージがあるのなら因果関係を逆にして、作り手は「大きなコンテンツを構築するために羅列された小さなコンテンツ」ではなく「小さなコンテンツをより詳細に伝えるための場としての大きなコンテンツ」を提供し、受け手は大きなコンテンツを監視し、小さなコンテンツを読み流しではなく批評的観点を持って受け止めて、作り手と受け手が互いに刺激を与えることが重要です。そこでようやく断片的で他の情報や背景との結びつきが薄い「点」は文脈や具体性を備えた「線」になり、コンテンツにより良い質を担保することになります。
自戒を込めて言いたいことですが、エンターテインメントでも報道でも、情報をわんこそばのようにただ量を重視して噛んで飲み干すのだけではなく、その味わい、歯ざわり、香りを吟味して本質を探り、おいしいものと不味いものも判断がつかなくならぬように、特に真摯な姿勢を要求される素材を扱ったものに関しては、作り手も受け手も意識したいものです。
プロフィール
85年生まれのブロガー。2012年にブログ「ナナオクプリーズ」を開設。おとぎ話などをパロディー化した芸能系のネタや風刺色の強いネタがさまざまなメディアで紹介されて話題となる。
2015年に初の著書「もしも矢沢永吉が『桃太郎』を朗読したら」を刊行。ライターとしても活動中。
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