センス・オブ・ワンダー? 知りたきゃこれを読め!

この本を読め。これを読んで感じた驚きがセンス・オブ・ワンダーだ!

» 2016年12月21日 13時10分 公開
[山本弘シミルボン]

 よくSFの魅力は「センス・オブ・ワンダー」だと言われています。

 ただこの言葉、具体的に説明するのが難しい。“もっぱらSF作品で味わえる驚き”とでも言えばいいんでしょうか。SFファン同士なら「あれはセンス・オブ・ワンダーを感じるよねー」とか「あの作品にはセンス・オブ・ワンダーが足りない」とか言えば話は通じるんですが、全然SFを知らない人にどう伝えればいいのか、いつも悩みます。生まれてから一度も赤いものを見たことがない人に、「赤」というのがどんな色なのか説明しろというようなものです。

 でも先日、とてもいい本が出たんです。SFを知らない人に説明するのに、「この本を読め。これを読んで感じた驚きがセンス・オブ・ワンダーだ!」と自信を持って言える一冊が。

 伊藤典夫翻訳SF傑作選「ボロゴーヴはミムジイ」(ハヤカワ文庫SF)――半世紀以上も海外SFの翻訳をやってこられた大ベテランの伊藤典夫氏がこれまでに訳された膨大な量の短編SFの中から、傑作を選りすぐったアンソロジーです。

ボロゴーヴはミムジイ

 クラークやハインラインやディックのような有名な作家の作品なら、後で短編集に収録されているので、今でも読むことができます。特にディックなんか、「バーナード嬢曰く。」の神林さんじゃないですが、「ディックが死んで30年だぞ! 今更初訳される話が面白いワケないだろ!」と言いたくなります(笑)。そんなの訳す暇があったら、もっとマイナーな作家にスポットを当ててよと。

 この「ボロゴーヴはミムジイ」に収録されているのは、ディックやクラークに比べてやや知名度で劣る、いわば二軍の作家の作品がほとんど。そのため、「SFマガジン」に訳されたきりで一度も単行本になっていないとか、アンソロジーに入ったことはあるけどそのアンソロジーもとっくに絶版だとか、現代の読者の目にふれにくいものが多いんです。

 でも、二軍だからってバカにしないでください! 面白さは保証します!

 特にSF初心者におすすめします。だって、どれも僕が若いころに読んで、「面白い!」と思ったものばかりなんですから。

 具体的にどういうものがセンス・オブ・ワンダーなのか? 分かりやすいのがフリッツ・ライバー「若くならない男」です。

 変なタイトルですよね、「若くならない男」。何かの比喩だろうと思う人が大半だろうと思います。

 ところが違うんです。これ、文字通り、若くならない男の話なんです。

 時間が逆行している世界。すべての人間が墓から生まれ、若返って母親の胎内に戻り、文明が20世紀から中世へ、さらに古代エジプト時代へと逆戻りしてゆく。そんな中で、主人公だけがなぜか若くならず、人類の数千年の歴史を見つめ続ける……。

 逆行時間の中の不死人! 初めて読んだのは1977年のSFマガジンですが、ものすごい発想にくらくらきました。しかも書かれたのが1947年と知って二度びっくり。「フリッツ・ライバーって、30年も前にこんなとてつもないものを書いてたのか!」と。今、再読しても、まったく古さを感じさせません。

 時間ものならデイヴィッド・I・マッスンの「旅人の憩い」もすごいです。こちらは南に向かうほど時間の流れが速くなる世界。北の果て、時間が停止する寸前の地域では、いつ果てるともない激しい戦争が続いています。兵士である主人公は解任され、南の平和な地域に向かいます。そこで結婚して家族を持ち、数十年を過ごすのですが、戦場ではまだ数十分しか経っていない……。

 これも思い出深い話ですね。僕の長編「時の果てのフェブラリー」はもろに影響受けてます。

 衝撃という点では、フレデリック・ポール「虚影の街」も強烈です。同じ6月15日が延々と繰り返されている街の話。真夜中になると住民の記憶もみんなリセットされるんですが、主人公はふとしたことから記憶が消えず、同じ日が続いていることに気づいてしまいます。

 今ではマンガやアニメなんかでもよく使われるようになった“タイムループもの”の一種なんですが、なぜこの街でそんなことが起きているのかという謎解きが、まさにあぜん呆然。この強烈なラストは一生、忘れられません。

 このアンソロジーの中で、僕の一番のお勧めは「思考の谺(こだま)」です。

 作者のジョン・ブラナーはイギリス人。どちらかと言えば社会派の印象がある作家なんですが、1959年、24歳のときに発表したこの作品は、モンスターも出てくるばりばりのB級SF。雰囲気もちょっと安っぽい。でも、謎とサスペンスに満ちていて、抜群に面白い!

 ロンドンの下町の安アパートで、一文なしでみじめな暮らしをしているヒロインのサリイ。彼女はなぜここにいるのか、自分の名前以外、何も思い出せない。時おり襲ってくる記憶のフラッシュバック。しかし、その記憶は地球のものではありえないものだった……。

 雰囲気はのちのテレビシリーズ「ドクター・フー」をほうふつとさせます。まさに「イギリスSF」って感じなんです。僕がSFマガジンのバックナンバーで読んだのは17歳のころですが、終始、ロンドンの一画を舞台にしていながら、背景には広大な宇宙の広がりと何十万年にも及ぶ歴史があるという構成にはしびれました。でたらめに見えたサリイの奇怪な記憶の数々が、次第につじつまが合ってきて、ついには銀河の命運を左右する壮大なスケールのドラマが浮かび上がってくるんですよ!

 こういうのがセンス・オブ・ワンダーなんです。

 17歳でこんなの読んだら、絶対ハマりますって。これもSFマガジンに載ったきり、一度も再録されたことのない作品で、この再録は涙が出るほどありがたいです。

 もっと軽いユーモラスな作品がお望みなら、ヘンリー・カットナー「ハッピー・エンド」はいかがでしょうか? 主人公は未来から逃亡してきたロボットに出会い、小さな装置をもらいます。そのボタンを押すと、はるかな未来世界にいる科学者と一時的に精神がつながり、未来の科学知識の断片を知ることができるのです。でも、そのせいで、サーンという不気味なアンドロイドに追い回されるはめになり……という話。

 この小説、「この物語は、こうして終わった」という一文ではじまり、まずラストのハッピーエンドを描いてから、次に物語の中間部分を描き、最後にファーストシーンを描くという変わった構成になっています。結末が分かっているにもかかわらず、話がどこに転がってゆくのか予想がつかないのが面白い。ラスト(つまりファーストシーン)のどんでん返しを予想できる人は、まずいないでしょう。“トリッキー”という言葉はこの作品のためにあるようなもの。

 このヘンリー・カットナー、1936年にデビューした当時は、ラブクラフトの亜流のホラーや、R・E・ハワードの亜流のヒロイックファンタジー、いかがわしいスペースオペラ(笑)などを書きまくっていたのですが、1940年、「シャンブロウ」で有名な年上の女流作家C・L・ムーアと結婚してからは、夫婦合作で、あるいはカットナー単独で、ルイス・パジェット、ローレンス・オドネル、キース・ハモンドなど、20近いペンネームを使い分け、多数の短編SFを発表しています。

 本書の表題作「ボロゴーヴはミムジイ」も、ルイス・パジェット名義で発表された作品。未来から飛ばされてきた教育用玩具を拾った子どもたちが、それで遊ぶうちに、しだいにその精神が変容しはじめ……という話。タイトルから分かるように、「鏡の国のアリス」とからんでいて、ルイス・キャロル本人もちらっと登場します。

 カットナー(パジェット)には、他にも「トォンキイ」「今、見ちゃいけない」「黒い天使」「プライベート・アイ」「ショウガパンしかない」などなど、今では忘れられた佳作・傑作が多いんです。決して“大作家”ではないけれど“名人”だなと、しみじみ思います。前に短編集が出てからもう30年以上になりますから、できればまた短編集を出していただきたいんですが。

 レイモンド・F・ジョーンズ「子どもの部屋」も「ボロゴーヴはミムジイ」と似たような発想。大学の図書館にある、普通の人間には見えない“子どもの部屋”。主人公の息子がそこで借りてきた本は、特殊な能力を持つミュータントにしか読めないものだった……という話。

 決して悪くはない話なんですが、ジョーンズの作品では、僕は「子どもの部屋」より「騒音レベル」や「よろず修理します」の方が好きなんですよね。だからこのセレクトにはちょっと疑問だったんですが、編者の高橋良平氏のあとがきを読んで納得。

 これは「伊藤典夫翻訳SF傑作選」の一巻、それも時間・次元テーマの作品を中心に選んだアンソロジーで、好評ならば続刊も出るとのこと。

 おおっ、ということは「騒音レベル」は二巻目以降に収録される可能性があるということ? じゃあ、やはり一度も再録されたことのないポール・アンダースンの「救いの手」とかジェイムズ・ブリッシュの「コモン・タイム」とかブライアン・オールディスの「リトル・ボーイ再び」とかも? あるいは収録された短編集やアンソロジーがすでに絶版になっているアルフレッド・ベスターの「マホメットを殺した男たち」やゴードン・R・ディクスンの「コンピューターは語らない」やラリイ・ニーヴンの「終末は遠くない」とかも?

 そりゃあ応援しないわけにいかないでしょ!

SFマガジン2017年2月号

山本弘


シミルボン

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2411/13/news176.jpg 「明らかに……」 大谷翔平の妻・真美子さんの“手腕”を米メディアが称賛 「大谷は野球に専念すべき」
  2. /nl/articles/2411/14/news014.jpg ドクダミを手で抜かず、ハサミで切ると…… 目からウロコの検証結果が435万再生「凄い事が起こった」「逆効果だったとは」
  3. /nl/articles/2411/14/news042.jpg 夫「250円のシャインマスカット買った!」 → 妻が気づいた“まさかの真実”に顔面蒼白 「あるあるすぎる」「マジ分かる」
  4. /nl/articles/2411/14/news090.jpg ユニクロが教える“これからの季節に持っておきたい”1枚に「これ、3枚色違いで買いました!」「今年も色違い買い足します!」と反響
  5. /nl/articles/2411/14/news167.jpg 妻が“13歳下&身長137センチ”で「警察から職質」 年齢差&身長差がすごい夫婦、苦悩を明かす
  6. /nl/articles/2411/14/news187.jpg 人生初の彼女は58歳で「両親より年上」 “33歳差カップル”が強烈なインパクトで話題 “古風を極めた”新居も公開
  7. /nl/articles/2208/06/news075.jpg 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  8. /nl/articles/2411/13/news162.jpg 「情報操作されてる」「ぜーんぶ嘘!!」 175R・SHOGO、元妻・今井絵理子ら巡る週刊誌報道を一蹴 “子ども捨てた”の指摘に「皆さん騙されてます」
  9. /nl/articles/2411/14/news035.jpg 160万円のレンズ購入→一瞬で元取れた! グラビアアイドル兼カメラマンの芸術的な写真に反響「高いレンズってすごいんだな……」「いい買い物」
  10. /nl/articles/2411/12/news194.jpg 「予約しました」 サッポロ一番の袋に見せかけた“笑っちゃいそうなグッズ”が話題 「サッポロ一番味噌ラーメン好きがバレちゃう」
先週の総合アクセスTOP10
  1. アレン様、バラエティー番組「相席食堂」制作サイドからのメールに苦言 「偉そうな口調で外して等と連絡してきて、」「二度とオファーしてこないで下さぃませ」
  2. 「母はパリコレモデルで妹は……」 “日本一のイケメン高校生”グランプリ獲得者の「家族がすごすぎる」と驚がくの声
  3. 「何言ったんだ」 大谷翔平が妻から受けた“まさかの仕打ち”に「世界中で真美子さんだけ」「可愛すぎて草」
  4. 「真美子さんさすが」 大谷翔平夫妻がバスケ挑戦→元選手妻の“華麗な腕前”が話題 「尊すぎて鼻血」
  5. イモト、突然「今日まさかの納車です」と“圧倒的人気車”を購入 こだわりのオプションも披露し光岡自動車からの乗り換えを明かす
  6. 「この動画お蔵かも」 親子デートの辻希美、“食事中のマナー”に集中砲火で猛省……16歳長女が説教「自分がやられたらどう思うか」
  7. 老けて見える25歳男性を評判の理容師がカットしたら…… 別人級の変身と若返りが3700万再生「ベストオブベストの変貌」「めちゃハンサム」【米】
  8. 「ガチでレア品」 祖父が所持するSuica、ペンギンの向きをよく見ると……? 懐かしくて貴重な1枚に「すげえええ」「鉄道好きなら超欲しい」と興奮の声
  9. 「デコピンの写真ください」→ドジャースが無言の“神対応” 「真美子さんに抱っこされてる」「かわいすぎ」
  10. 「天才」 グレーとホワイトの毛糸をひたすら編んでいくと…… でっかいあのキャラクター完成に「すごい」「編み図をシェアして」【海外】
先月の総合アクセスTOP10
  1. 50年前に撮った祖母の写真を、孫の写真と並べてみたら…… 面影が重なる美ぼうが「やばい」と640万再生 大バズリした投稿者に話を聞いた
  2. 「食中毒出すつもりか」 人気ラーメン店の代表が“スシローコラボ”に激怒 “チャーシュー生焼け疑惑”で苦言 運営元に話を聞いた
  3. フォロワー20万人超の32歳インフルエンサー、逝去数日前に配信番組“急きょ終了” 共演者は「今何も話せないという状態」「苦しい」
  4. 「顔が違う??」 伊藤英明、見た目が激変した近影に「どうした眉毛」「誰かとおもた…眉毛って大事」とネット仰天
  5. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  6. 星型に切った冷えピタを水に漬けたら…… 思ったのと違う“なにこれな物体”に「最初っから最後まで思い通りにならない満足感」「全部グダグダ」
  7. 「泣いても泣いても涙が」 北斗晶、“家族の死”を報告 「別れの日がこんなに急に来るなんて」
  8. ジャングルと化した廃墟を、14日間ひたすら草刈りした結果…… 現した“本当の姿”に「すごすぎてビックリ」「素晴らしい」
  9. 母親は俳優で「朝ドラのヒロイン」 “24歳の息子”がアイドルとして活躍中 「強い遺伝子を受け継いだ……」と注目集める
  10. 「幻の個体」と言われ、1匹1万円で購入した観賞魚が半年後…… 笑っちゃうほどの変化に反響→現在どうなったか飼い主に聞いた