人工子宮に入った兵士たち――機械仕掛けの女性が語る“すこしふしぎ”な未来の物語(2/2 ページ)

» 2018年03月15日 21時30分 公開
[宮原れいねとらぼ]
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 百万光年のちょっと先、今よりほんの三秒むかし。ある惑星では大きないくつかの国が、 大きな長い戦争をしておりました。

 あんまり大きな戦争で、どこの国も最初の十年で兵隊にとる国民が空っけつになってし まったものですから、各国のお偉がたは兵隊の補充に頭を悩ませました。

 ある国では徴兵の年齢を上げて、お年寄りを戦場に駆り出しましたが、これは一時しのぎにしかなりませんでした。なぜって、次の年に新たにお年寄りになる人々は、もうすで に兵隊に取られているわけですからね。

 またある国では逆に、徴兵年齢の引き下げが行なわれました。最初十八歳だったのを、 十五歳とか、十二歳に。これはしばらくの間上手く行きましたが、戦争が長引き、大きく なるにつれて、足りなくなった人数を補充するために、さらにさらに引き下げが行なわれ

――十歳、五歳、三歳、はては生まれたばかりの赤ん坊を自律制御された戦車に詰め込ん で戦場に送り出すに至って、このやりかたも行き詰まってしまいました。

 最後に、また別のある国が考案したのが、「誕生前徴兵という制度。培養された受精卵を、人工子宮を兼ねた装甲服に入れて、そのまま兵士として育てるのです。

 この方法はたいへん具合がよかったので、他の国々も次々とこれにならいました。おのおのの兵士は、十八年にもわたる兵役が終わるまで、一瞬たりとも装甲服から出ることは ありません。そして、人工子宮に入りっぱなしの兵士たちは、法律上「まだ生まれていな い」ということになるため、戦場では日々何千何万という兵士が流産されるものの、生ま れた人間はひとりも死なない、という、まことに人道的なありさまとなったのでした。

 さて、そんな戦場の、それも最前線の塹壕の中に、ふたりの装甲兵がおりました。

 ひとりは“装甲兵一四 - 三五二六〇四八 - 三〇八”、もうひとりは、“装甲兵一四 - 五 二六〇四八 - 三〇九”といって、同じ小隊に属する僚友で、卵のようにずんぐりした、爪ふたつの姿をしていました。

 十八年前にそろって戦場に送り出されたふたりは、今日の作戦を最後に満期除隊になることが決まっていました。明日が○歳の誕生日というわけです。

「なあ相棒」

 さも待ちかねている様子で、三〇九が言いました。

「おまえ、生まれたらなんになる?」

「さて......俺は、なにか堅実な仕事につきたいね」

 と、三〇八は答えました。

「鍛治屋か仕立屋か、それとも......うん、パン屋なんかがいいかな。毎日必要になるものだから、パンを焼く腕があれば、喰いはぐれることはないだろう」

 すると、三〇九は大声で笑い始めました

「なんとまあ、これから人生が始まろうっていうのに、そりゃまた、なんとも地味な望みだな!」

 そこで、今度は三〇八が聞き返しました。

「じゃあ、そういうおまえはどうなんだ、相棒?」

「よく聞いてくれた」

 三〇九は身を乗り出しました。

「あのな、俺はなにかでかいことをやる。それで、ひと山あてて大物になって、べっぴんの嫁さんをもらうのさ」

「おやおや、そいつはつまり、まだなにも考えてないってことだな」

 あきれたように言う三〇八に、三〇九はしれっと答えました。

「考えがどうのより、まずはやってみろ、さ。『卵を割らなきゃオムレツは作れない』っ て言うだろ?」

「オムレツが喰いたきゃ、べっぴんの嫁さんに作ってもらったらどうだ」

「もちろんそのつもりさ」

 そんな軽口を叩いていたふたりでしたが.........実際には、ふたりの願いがそのままかなうことはありませんでした。皮肉なことに、三〇九にとっては、結果はまったく反対になってしまったのです。

――やがて、進軍のラッパが高らかに鳴り響き、卵の兵隊たちはいっせいに塹壕を這い出て、小銃をかまえながら敵陣へと走りだしました。

 その中には三〇八と三〇九の姿もありましたが、

「......おい、この作戦は少し変だぞ」

 と、三〇八が言いました。

「え、なんだって?」

「進軍のタイミングが早すぎるし、長い平地を突っ切らなきゃならん。これじゃあ、まるで的にしてくださいと言ってるような――」

  三〇八が言い終わらないうちに、

 ドドドドドォーン!!

 百万の雷鳴を束ねたような音が轟くや、頭上に敵軍の砲撃が雨のように降り注ぎ、あた りはたちまち、爆発と轟音でいっぱいの、地獄のようなありさまとなりました。

 あちらこちらで、友軍の兵士たちが木っ端のように舞い上がっています。

 今しがた三〇八の言っていたことは、実に的を射ていました。というのも――

 それぞれの国にとって誕生前徴兵制度には、充分な数の兵士を確保するというほかにも、ある利点がありました。

 すなわち“人口の調整”です。

 元来、生き死にの問題は神さまの領分であって、人の手によって操ることはできないの ですが......こと戦争の場においては、その時々の作戦の如何によって、兵士の損耗率は操作することができます。

 そこで各国は、自国の人口が少なすぎる時にはあまり兵隊の死なない作戦を取り、多すぎる時には多少強行的な方針で戦略を立てるなどして、出生率を加減していたのです。

 そして、その年はたまたま、三〇八と三〇九の祖国では死亡率が低く、そのため、出生 率をなるべく抑える意味で、今日の作戦は参加した兵士をほぼ全滅させることが決まって いたのでした。

 そして――

「気をつけろ、相棒!」

 爆風に煽られながら三〇八が言うと、三〇九は答えました。

「やあ、なんのこれしき」

 しかし、三〇九がそう言いかけた時、すぐそばに大きな砲弾が落ち、ふたりはめくれ上 がった地面と共に空中に放り出されました。

 そして、地上に落ちてさんざんに転がったのち、三〇八はどうにか起き上がって、傍らの塹壕に飛び込みました。

「大丈夫か――!?」

 地面に顔をのぞかせ、あたりを見回しながら言った瞬間、三〇八の前方の地面に、三○ 九の装甲服がグシャリと叩きつけられました。

 十八年の兵役満了――あと十数時間ののちまでは決して開かないはずのボディの接合部が、割れた卵のように大きくひびわれ、人工羊水が勢いよく噴き出しました。

「三〇九......!」

 三〇八は思わず塹壕を飛び出し、三〇九に駆け寄りました。装甲服のひびの隙間から、 白い肌が見え、わずかに震えています。

 未だ続く砲撃の中、三〇八は勢いよく立ち上がり、

「――やめろ、やめろ!」

 と、前後左右、あらゆる方角に向け、声を限りに叫びました。 「戦闘は中止、戦闘は中止だ!! 生きた人間がいるぞ! 生きて生まれた人間がここにいるぞ!!」

 すると――味方の進軍が、そして敵の砲撃も、その瞬間にぴたりとやみました。

 長いこと、装甲した胎児同士によって戦われ、人死にのなかったこの戦争において、生きて生まれた人間を死なせることは絶対的な禁忌となっていたのです。

 そしてまた、子宮の機能を兼ねた装甲服の、完全であるべき気密性が失われたため、三○九は早産の形で今、誕生したという扱いになるのでした。

 その後、戦闘を一時休止した敵味方両陣営が円を作って見守る中、三〇八は三〇九の壊 れた装甲服を慎重に分解し始めました。ゆがんだ装甲板をひとつひとつ取りのけ、人工子宮を開き――

「お.........?」

 三○八は、思わず声を上げました。

 意外なことに、装甲服の中から現れたのは、白い白い、透き通るような肌をした、美しい少女でした。

 作業の間、あどけない顔でぼうっとしていた少女は、やがて羊水にまみれた顔を拭い、 のびをしたのち、自分の細い両手と、しなやかな体をふと見下ろし、そして、

「こりゃあ.........なんてこった!?」

 と叫びました。なぜって、彼女――装甲兵三〇九もまた、自分の中身がこんな繊細な少女だとは、今の今、自分の殻が割れて落ちるまで、思ってもみなかったんですから。

 さて――その日の戦闘はそれっきり中止になり、両軍は大した損害もなく、それぞれの陣地へと帰っていきました。

 滞りなく除隊した三〇八もまた、生まれて初めて装甲服を脱ぎ捨て、自分の足で地面に 降り立ちました。こちらは自分や周りの思っていた通りの、なかなかの男ぶりの青年でした。

 さてさてそれから、生きて生まれた人間としての、彼らの生活が始まりました。 「大物になってべっぴんの嫁さんをもらう」つもりでいた三〇九にとって、「自分がべっぴんの嫁さんになってしまう」というのは、まったく予想外のことだったわけですが――

 堅実なパン屋の旦那さんのためにオムレツを作る毎日は、それはそれで幸せと言えるのか、どうなのか。

 はてさて、そればっかりは、割ってみなけりゃ分からないってものですね。



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