なぜdTVは一社単独出資で映画「パンク侍、斬られて候」を製作してしまったのか パンクな狙いを聞いてみた
dTVが一番パンク説あると思います。
作家・町田康さんの小説を綾野剛さん主演で実写映画化した「パンク侍、斬られて候」が6月30日から全国公開されます。
2004年に発表された原作は、町田さんの発想と表現の自由さが傑作の域に達した一作としてカルト的にファンも多い作品。映画でも、社会や人間に対する鋭い洞察を織り交ぜながら、奇想天外で破天荒に物語が狂走します。その展開に「オイオイオイオイ」と思いつつも、「パンクだな」と全て納得してしまえる不思議な魔力を帯びた作品に仕上がっています。
内容も、キャストも、スタッフも最高にぶっ飛んだパンクな作品で目を引くのは、映像配信事業者であるdTVが1社単独で映画を製作しているという点。各社正確な会員数は明らかにしていないものの、映像配信事業者として国内で頭一つ抜けているとみられるdTVは、なぜ配信ではなく映画を製作したのか、その背景にある“パンクな”狙いを、同作の企画プロデュースを務めたエイベックス通信放送の伊藤和宏シニアプロデューサーに聞いてみました。
dTVが映画製作、その理由
―― 今作は、dTVが一社単独出資で製作されましたよね。映像配信事業を手掛けるdTVがなぜ劇場作品を企画制作したのかがまず気になります。
伊藤:当初はdTVで配信するドラマコンテンツの企画でした。今作は制作に入ってから3年掛かったのですが、絵に描いた餅のような話が実際に食べられる餅になってきたときに、映画という選択肢があるなと思うようになりました。
―― それはなぜですか?
伊藤:たらればの話で当時もよく話していたのですが、例えばドラマ「半沢直樹」のように視聴率40%を越えるようなモンスタードラマを最初にdTVで配信していたとしたら、世の中のムーブメントになったのかどうかという思いがあったので。
今、話題にする、世の中に訴求するということはどこでやるのがベストかを考えたとき、2時間の長尺でいうと、配信ではなく、テレビの枠でもなく、映画ではないかと。エンターテインメント業界で映画はまだ確固たる地位がありますし、起爆剤というか世の中を動かすパワーがある。作品もそれに見合ったパワーを持っているという自負もあり、そこで勝負したいと思うようになったんです。
―― ちなみに、劇場作品にするメリットとデメリットはそれぞれどういったものでしたか?
伊藤:デメリットは、映像配信事業者であるdTVはあくまでも会員ビジネスを主にしているので、映画にすると新規会員の獲得に影響があるのではというものです。ただ、配信向けにオリジナルドラマだけを作っていても、サービスの外にはなかなかリーチできません。
一方で、映像配信の世界では、ヒットした作品を最速で独占配信するのが一番数字があがりますので、今作も劇場で客を呼べるなら、配信に持ってきたときも期待できる。オリジナル作品というIPがもたらすビジネスチャンスの広がりが明らかで、メリットの方が圧倒的に多かった。恵まれたことに、エイベックスはそうしたチャレンジができるカルチャーということもあって、じゃあ映画だと。
―― なるほど。1社単独製作作品では異例ともいえる全国325館での公開となっていますが、これは劇場公開に合わせてdTVで同時配信されるわけではないんですね。
伊藤:はい。エイベックス傘下にはエイベックス・ピクチャーズ(API)という配給部門があるので、例えば非映画コンテンツ(ODS)のような形態で少ない館数で上映するなら(dTVで)同時配信もできたでしょう。ただ、私はその規模で上映する意義は少ないと感じました。デカく勝負したかったところに、東映さんが一緒にやりましょうとおっしゃってくれて。作品のポテンシャルもあってあれよあれよという間に325館での公開となりました。
映像配信事業者の私たちが映画を製作することで何か問題提起をしようとか、映画業界に殴り込みをかけようと思ったわけではないです。映像配信事業者が映画を手掛けてこれだけ面白いものが作れる、それがヒットして財産になればその後の2次/3次利用もある、そんなイメージです。
製作委員会方式は意味がないと思っていた
―― 映画と配信のメディアとしての成熟度合いを冷静にとらえた上でのチャレンジなんですね。ところで、映像配信サービス事業者がオリジナル作品をアピールすることもよく見られるようになりました。dTVもさかのぼれば2009年のBeeTV開局当時からオリジナルドラマを製作していましたし、近年でも、実写「銀魂」のミツバ篇だったりと、大作に連動したオリジナルドラマも製作しています。
業界を見回しても、例えば、岩井俊二さんの「リップヴァンウィンクルの花嫁」は映画と並行して、キャストは同じだけどストーリーが異なるテレビドラマをやっていましたし、U-NEXTが映画「あゝ、荒野」に未公開シーンを追加したものを配信していたりもしましたね。ただ、いろいろな動きはあるのですが、その作品があるから有料会員になる、というパワーがあるコンテンツはまだほとんどない印象です。
伊藤:そうですね。映画との同時配信も既に目新しいものではなくなりつつありますね。パワーのあるコンテンツも作らなくちゃならないですが、一方で、確実に足場も固めていかなければならない。オリジナル作品についてもいろいろなアプローチがあります。今作のようなアプローチもあれば、1億円くらいの製作予算で映画祭を狙うようなものもあるでしょう。
今作は映画を作る部署ではないところが何もないところから始めた3年でしたから、当然模索した期間もあります。でも、これがヒットすれば、いろいろな見方も変わるでしょうし、ヒットするかどうかは脇に置くとしても、こんな作品作れるんだ、一緒にやれそうだという周りの評価が得られていくように思います。
―― いわゆる製作委員会方式を採らず、1社単独出資にしたのはなぜですか?
伊藤:僕のいる制作チームは、基本的に、年間予算の中から自分たちで作るというスタンスでやってきたので、委員会方式にしようという概念がすっぽり抜けていましたね(笑)。もちろん、リスクヘッジすべきという声は社内にもありましたけど。
ただ、そもそもの趣旨が自分たちでIPを持ってやっていこうというものなので、製作委員会方式は意味がないと思っていましたし、自分たちの制作力でチャレンジしているという意思表示も含めて1社単独はこだわるべきものだったと思います。
―― 登場人物全員主演級の豪華なキャストだったり、スタッフにも特撮監督に「シン・ゴジラ」で知られる尾上克郎さん、美術に「十三人の刺客」などを手掛けた林田裕至さん、衣装デザインに「るろうに剣心」の澤田石和寛さんなどそうそうたる面々がいたり、主題歌にセックス・ピストルズの「アナーキー・イン・ザ・U.K.」を起用したり、下世話な話ですがものすごくコストが掛かっている気がしました。
伊藤:今、大体300館規模のもので普通に映画を作ると製作費は2億5000万円は掛かりますね。例えばそれを学園ものにすると、学校で撮影するなどして安く済んで手軽でかつリターンも一時期はありました。それと比べるともう少し上といったところですね。
―― 本筋ではないですが、一般に製作される作品の傾向として興味ある話ですね。
伊藤:あくまで肌感覚ですが、みんなスマートになっているのか、単純にリスクをとらないのか分かりませんが、企画として突き抜けているものが少ないように思います。データを分析することも盛んですが、そうしたものは基本的に過去にヒットしたものからパターンを抽出するので、結果的に同じものようなものが生まれてしまうことが往々にしてありますし、そもそも原作の発行部数が判断材料の1つになりやすい。
それにはみんなお金を出しやすいですし、企画も通しやすいですけど、いいものが作れるかどうかとは別の問題だと思うんです。今作はいわゆるヒットの法則にはまるでハマってないですけど(笑)、単純に面白いものを作れるであろう人たちが本当に面白いと思ってとにかく面白いものを突き詰めていってできたものが、結果的に面白く見えてきて、商品になってきているという奇跡的なバランスで成り立っています。
―― 奇跡的なバランス(笑)。
伊藤:本当に撮影中はキャストさんも「どんなものになるか分からないけどとにかくすごいものができそうだ」って言いながらクランクアップしていきましたね。僕も途中までは腕のいい職人たちが悪い意味でトンデモないものを生み出してしまったと思っていましたし(笑)。
丁寧に緻密に一級のエンタメ作品に仕上げたつもりですが、見て「よく分からなかった」という人も僕はいると思うし、それも正しいと思います。そもそも僕は「100人見て100人分かる作品なんてあるの?」と思いますし、「すごく想定通りのことが起こりました、面白かった!」みたいなのって作る意味あるのかなと思わなくもない。それはそれでいいんですけど、僕はそうじゃないものが作りたかった、分からないけど面白い、ってのが大事だなと。
―― そのパンクさ嫌いじゃないです(笑)。データドリブンで作られたお決まりの作品ではないと。
伊藤:例えばライブでいう「何か楽しかったね」「ノレたよね」みたいなものってマーケティングからは導かれないものじゃないかと作っていて思うようになりました。だから、今世の中にあるものではないけど、求められているであろうものを作った結果が「パンク侍、斬られて候」だと言えるかもしれません。勘だけで作っているわけでもないですけど(笑)。
キャストもスタッフも、素材は間違いないものを選んできて、その人たちがデータドリブンじゃなく、多少映画の映画の文法と言われるようなものから逸脱していても、一番面白くするにはどうすべきかを突き詰めました。
―― dTVはいわゆるドメスティックな事業者といえます。一方で映像配信サービスにはNetflixをはじめ多くのプレーヤーがいます。会員数は非公表ながら恐らく国内ではトッププレイヤーとして、どんな思いがありますか?
伊藤:まず、dTVは映画の事業者でもなければテレビ局でもなくて、いわば常にチャレンジャーとしてやっていけるので、だからこそできるアプローチがあるように思います。
コンテンツの製作という意味では、海外で起こっている波が日本にも同じように来ているかといえば、必ずしもそうではないと感じるところもあります。おっしゃるようにdTVの主戦場は日本ですが、世界の人が見て面白くないものを作るつもりは全くなくて、日本向けにカスタムしたものに負けたくないとも思いますよ。とはいえ全体的なことでいうと、市場、あるいは有料サービスにお金を払い続ける行為が根付いていくことが重要ではないかと。
僕はコンテンツの作り手なので、突き詰めるとコンテンツに戻るんですが、誰しもつまらないものは見たくないと思うんです。面白いもの、娯楽を求めている人にdTVはきっちり面白いものを届けたいし、その姿勢を示したいです。
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