ニュース
» 2018年09月08日 12時00分 公開

『自分の腕を切り落とし、目を抉り出し、頭を叩き潰し……』 人生から将棋を消し去ろうとした瀬川晶司は、なぜ再びプロ棋士を目指したのか?(1/2 ページ)

遠回りをしたから気付けたこと。

[山田こまこ,ねとらぼ]

 一度、夢が終わったことがある将棋棋士がいる。瀬川晶司五段。プロ棋士の養成機関である奨励会に中学生で入会するも、「26歳の誕生日を迎えるまでに四段昇段できない者は退会」という年齢制限の壁に阻まれ、プロへの道を閉ざされた人物だ。

 それまでの人生すべてを懸けて目指してきた夢を終わらせた瀬川さんは、しかし今、プロ棋士として盤上での戦いの日々を送っている。史上初、サラリーマンからプロ入りした異色の棋士に「好きなことを仕事にする人生」について聞いた。


瀬川晶司五段

自分はプロになれるという「根拠のない自信」

 瀬川さんが奨励会に入会したのは1984年、14歳のときだった。8年後、22歳でプロへの最終関門である三段リーグに入り、26歳の誕生日を迎えるまで、半年のリーグ戦を8回戦えるチャンスを得る。

 「三段リーグに初めて参加するときは、みんなワクワクしていると思います。自分は、自分だけはプロになれると思っている。一期で抜けてやる、と初めはすごく楽しみにしているんですよ」

 瀬川さんは、三段時代の生活をこう振り返る。

 「でも、やっていくにしたがって、気持ちが重くなってくる。自分の場合、不安が出てきたのは、年齢制限が見えてきた24歳を越えた頃からでした。ただ、まあ大丈夫だろう、自分はプロになれるだろう、という根拠のない自信はあったんです」


東京将棋会館近く、鳩森八幡神社にて

 「プロ棋士や奨励会員と練習将棋を指す研究会は週に2、3回やっていましたけど、思い返せば後半は結構遊んでいたな、全然だめだったなと思います。自分では勉強しているつもりでいましたけど、将棋を指すだけなら勉強していなくても指せるんです。

 研究会に行く前に『今日はこの作戦でやってみよう』と準備したり、終わった後に指した将棋を反省したりして、次に生かすかどうかで全然違う。僕の場合は週に2、3回と言っても、ちゃんと真面目にやっている研究会とそうじゃない研究会があった。ストイックさに欠けていたと今では思います」

 中野に借りていた瀬川さんの下宿先のアパートは、同じ奨励会員や仲の良いプロ棋士たちのたまり場となっていった。

 「寂しがりやだったんですよね。部屋がたまり場になっていたのを嫌だと思わない自分がどうだったのかなと思います。一人暮らしで時間も自由なので、遊びに誘われるとすぐに行ってしまっていた。年齢制限から逃げるというか、人と遊んで気分を紛らわせていたのかもしれません」


対局前にはよく立ち寄るという、千駄ヶ谷の「モンマスティー」にて

「すべて無くなってしまった、消えてしまった」

 1996年、年齢制限となる26歳を迎えた瀬川さんは、最後の三段リーグでも結果を残せず、奨励会を去ることになってしまう。

 「退会が決まったときの気持ちは言葉では伝えづらいけど……絶望、ですよね。すべて無くなってしまった、すべて消えてしまったような。なんだかんだ言いながら、自分もプロにはなれるんだろうなと思っていたから、『こんなことがあるんだ』と。自分の人生にそんなひどいことが起こるとは思わなかった。こんなことになるならどうしてもっと頑張れなかったのかな、という後悔がありました」

 僕はゼロになった。小学五年生からこの歳になるまで将棋しかやってこなくて、将棋がなくなったんだから、ゼロだ。残りは一ミリもない。ゼロだ、ゼロ。

 そこまで理解した僕は自分の腕を切り落とし、目を抉り出し、頭を叩き潰したくなる衝動に駆られた。こんなもの、もうあってもしょうがない。ないほうがいい。無意味で無能で、かっこだけ人間みたいなのがよけい腹立たしい、僕の体、僕の全部。

(『泣き虫しょったんの奇跡』 瀬川晶司 pp.213-214より)


 驚きを含んだ絶望を経て、奨励会を去った瀬川さんは、一度は自分の人生から将棋を消し去ろうとする。将棋駒を捨て、本や棋譜を捨て……何もする気の起きない無気力な日々を過ごしていた。

       1|2 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10

  1. /nl/articles/2110/20/news075.jpg 「シーンとなった球場に俺の歌声がして……」 上地雄輔、後輩・松坂大輔の引退試合で“まさかのサプライズ”に感激
  2. /nl/articles/2110/19/news191.jpg 【その視点はなかった】古参オタクがネタバレしないのは、優しさではなく単に「初見にしか出せない悲鳴」を聞くために生かしているだけなのでは説
  3. /nl/articles/2110/19/news190.jpg 亀田家の末っ子が「ずっとしたかった鼻整形」公表 「パパは了承すみ?」と父・史郎を気にかける声殺到
  4. /nl/articles/2110/20/news101.jpg 中尾明慶、“新しい家族”の誕生にもう「超カワイイ」 6万円超の赤ちゃんグッズ代にも満面の笑顔 「喜んでくれたらいい」
  5. /nl/articles/2110/20/news089.jpg 保田圭、転倒事故で“目元に大きな傷”を負う 「転んだ時に手をつけなかった」痛々しい姿に心配の声
  6. /nl/articles/2110/19/news043.jpg 「学校であったつらいこと」を市役所に相談したら対応してくれた――寝屋川市のいじめ対策が話題、監察課に話を聞いた
  7. /nl/articles/2110/20/news081.jpg 篠田麻里子、前田敦子とともに板野友美の出産祝い 赤ちゃん抱っこし「こんな小さかったっけ〜ってもう懐かしい」
  8. /nl/articles/2110/19/news188.jpg ポンと押すだけで転売対策できる“転売防止はんこ”登場 「転売防止に役立つハンコは作れませんか?」の声から商品化
  9. /nl/articles/2110/18/news113.jpg 「ちびちゃん自分で書いたの?」 賀来賢人、“HAPPY”全開なイラストへ反響「愛情かけて育てているのが伝わります」
  10. /nl/articles/2110/19/news139.jpg 梅宮アンナ、父・辰夫さんの“黒塗り看板”が1日で白塗りに 今後の対応は「弁護士を入れて双方話し合い」

先週の総合アクセスTOP10

  1. 葉月里緒奈、美人な元マネジャーと“再会2ショット” 「共演した俳優さん達は私ではなく彼女を口説いてました」
  2. docomo×進撃の巨人キャンペーンの商品「リヴァイ兵長フィギュア」が悲惨な出来だと話題に → 公式が謝罪「対応方法を検討しております」
  3. 有吉弘行、妻・夏目三久との“イラストショット”を公開 蛭子能収からのプレゼントに「下書きも消さずにうれしい!!」
  4. 「印象が全然違う!」「ほんとに同じ人なの!?」 会社の女性に勧められてヘアカットした男性のビフォーアフター動画に反響
  5. 梅宮アンナ、父・辰夫さんの看板が黒塗りされ悲しみ 敬意感じられない対応に「残酷で、余りにも酷い行為」
  6. 子猫が、生まれたての“人間の妹”と初対面して…… 見守るように寄り添う姿がキュン死するほどかわいい
  7. 工藤静香、バブルの香り漂う33年前の“イケイケショット” ファンからは「娘さんそっくり」「ココちゃん似てる」
  8. 板野友美、エコー写真とそっくりな娘の顔出しショットを公開 ぱっちり目の美形な姿に「こんな美人な赤ちゃん初めて見た」
  9. 後藤晴菜アナ、三竿健斗との2ショット写真で結婚を報告 フジ木村拓也アナ、鷲見玲奈アナからも祝福のコメント
  10. 「とりあえず1000個買います」 水嶋ヒロ、妻・絢香仕様の“白い恋人”に財布の紐が緩みまくる