「目黒のさんままつり」の由来──落語「目黒のさんま」

» 2019年10月17日 07時00分 公開
[日本気象協会 tenki.jp(http://www.tenki.jp/)]
Tenki.jp


 店頭に柿や梨、さつま芋など「秋の味覚」が並ぶ季節になりました。

 いろいろある「秋の味覚」のなかでも、その代名詞ともいえるのが「さんま」でしょう。こんがりした焼き色にジュワッとにじみ出す脂(あぶら)、香ばしい匂い。そんな炭火焼きのさんまが無料でふるまわれる「目黒のさんままつり」は秋の風物詩ですが、これは古典落語「目黒のさんま」にちなんだ催し。今回は、この有名な古典落語「目黒のさんま」をご紹介しましょう。

目黒へ遠乗りに出かけた殿様御一行

 秋晴れの日に、目黒方面へ遠乗りに出かけたある大名の殿様。気まぐれに出かけたはいいものの、ふだん馬に乗りつけていないため、目黒に着いた頃にはだらしなく馬から下りることになってしまいます。さらに、家来の前では見栄を張らなければならず、到着した段階ですでにくたくた状態……。

 そうして昼時、弁当を求める殿に家来はこう言います。「遠乗りが火急だったため、弁当の用意をしておりませぬ」。ここで殿がひと言「どうして弁当をもってこないのだ」と文句を言えば、家来の誰かが責めを負うことになります。幼い頃から「理にかなわぬことは申してはあいならん」と教育されてきた殿は、「おう、さようか」と言ったものの、空腹はどうにもごまかしようもなく、それは家来も同じこと。澄みきった秋の空を鳶(とび)がピーッと鳴きながら飛んでいます。

 「あの鳶は弁当を食したであろうか」と殿。その姿を「おいたわしい」見つめる家来たち。

 そこへ……。

さんまは「下司魚」で「下民」の食べるもの

 近くの農家が旬のさんまを焼く匂いが、殿様の鼻先へとただよってきます。空腹のところへ、腸(はらわた)にしみるこの匂い。殿も黙っていられません。「……この異(い)なる匂いはなんだ?」「……恐れながら、百姓家にて焼きおりますさんまにございます」

 家来は、さんまが「下司魚(げすうお)」であり、「下民(げみん)」の食べるもの、殿の口に合うようなものではないと説明するものの、殿様は聞き入れません。

 「苦しゅうない、さんまをこれへ持参いたせ、目通り許す……」

 家来もいたし方なく匂いを頼りにさんまを焼く農家をさがし当て、農家の主と交渉。縁(ふち)の欠けた皿に焼きたての五、六本のさんまに大根おろしを添え、醤油をちょっとかけて殿様に差し出します。

 それを見た殿様は驚きます。魚というものは、すべからく平べったくて真っ赤なもの(=鯛)だと思っていたからです。しかし、そこで見たものは真っ黒で細長く、チュプチュプと脂肪がたぎっています。

 「これは奇(き)な形をしておる。食して大事ないか?」いざとなると殿も不安になります。「はぁ、殿……天下の美味でございます」「これは天下の美味?……さようか……」

 こわごわ、ひと口食べてみたところ「これは美味なものである。代わりを持て、代わりを持て……」

 殿様は五、六本をまたたく間に平らげてしまいました。「あぁ、美味であった。……そのほうどもには骨をつかわす」「……ありがたき仕合わせにござります」

 ご満悦の殿でした。

有名なオチ ──「さんまは目黒にかぎる」

 さんまに大満足した殿ですが、家来はそれで安堵したわけではありません。「お屋敷へお立ち帰りののち、ここでさんまを食したということは、ご内聞に願います」

 「下民」の食べる「下司魚」であるさんまを殿が食したとなれば、それは家来の落ち度となり、大事にもなりかねません。「……そのほうどもに迷惑になること、余は口外いたさん」「ありがたき仕合わせ……」

 殿はわがままでも素直。子どものような憎めないキャラクターですね。

 さて、殿が帰ってくると、食膳に出てくるのは相も変わらず平べったくて赤い鯛。それを見るたび、殿はさんまを思い出してしまいます。秋晴れの空の下、空腹極まったところへ焼きたてのさんまをむさぼるように食べたのですから、その味の格別だったことはいうまでもありません。

 しかし、目黒でさんまを食べたことは、決して口外してはいけないという取り決めなので、そこはぐっとこらえます。ところがこらえればこらえるほど、想いはつのるもの。食べたいのに食べられない! そのつらさといったら……!

 そんなある日、殿は親戚へ客として呼ばれ、好みの料理を聞かれます。迷わずさんまを所望した殿、驚いた台所方は早馬で日本橋の魚河岸へ仕入れに向かいます。

 魚河岸に並んでいたのは、極上のさんま。しかし、このような脂の乗った魚をお出しして何かあったら一大事と思い、蒸して脂を落とし、小骨も一本一本あますことなく毛抜きで抜いて、形がくずれたものをつみれのようにして吸い物にし、御前に出したところ、「……これは、さんまか?」目黒で食したさんまとは似ても似つかない姿に、殿は当惑します。「御意……さんまでございます」「さようか、どれどれ……」

 吸い物として碗に浮かんださんまは、かすかにさんまの匂いはするものの、脂肪が抜けてぱさぱさで、おいしいはずがありません。期待が大きかっただけに、殿の失望も大きかったことでしょう。

 「……これこれ、このさんま、いずかたより取り寄せたのじゃ?」「日本橋の魚河岸でございます」「あぁ、それはいかん。さんまは目黒にかぎる」

さんまは「秋のごちそう」

この熱気……たまりません

 海とは無縁の目黒なのに、どうして「目黒のさんま」なのか、その理由がおわかりいただけたことでしょう。これは、世俗にうとい殿様を風刺する噺(はなし)でもありますね。

 さて、この落語にちなんだ催し、「目黒のさんままつり」はJR目黒駅がある目黒区と品川区で毎年、それぞれ開かれています。目黒区(目黒駅前商店街、JR目黒駅東口)は今年9月8日に43回目、品川区(目黒駅より徒歩約10分、田道広場公園 )は9月15日に24回目を迎えました。

 ご存じのように、今年のさんまは不漁の傾向にあるため、開催に難しい問題はあったものの、どちらも大盛況のなか無事に終了しました。「さんまがなくなり次第終了……」ということもあって、数時間待ちの長蛇の列は必至の秋の人気イベントですが、参加者の多くが、並んででも食べたい理由はどこにあるのでしょうか。

 それはきっと行列に並んだ末に、焼き台にのったさんまを手渡しでようやく受け取り、大勢でともに味わう雰囲気にあるといえます。焼き立てアツアツのさんまをふうふう言いながら、その美味しさを多くの人と共有することこそ、「目黒のさんま」のだいご味ではないでしょうか?

 秋の定番の代表選手のさんま。大根おろしにかぼすやすだちを添え、「秋のごちそう」としていただきたいものですね。

参照資料/「落語百選(秋)」ちくま文庫

関連リンク

Copyright (C) 日本気象協会 All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2412/01/news003.jpg パパに抱っこされている娘→11年後…… 同じ場所&ポーズで撮影した“現在の姿”が「泣ける」「すてき」と反響
  2. /nl/articles/2412/01/news031.jpg 「何があった」 絵師が“大学4年間の成長過程”公開→たどり着いた“まさかの境地”に「ぶっ飛ばしてて草」
  3. /nl/articles/2412/03/news082.jpg 「ほ、本人……?」 日本に“寒い国”から飛行機到着→降りてきた“超人気者”に「そんなことあるw?」「衝撃の移動手段」の声
  4. /nl/articles/2412/03/news111.jpg 才賀紀左衛門、娘とのディズニーシー訪問に“見知らぬ女性の影” 同伴シーンに「家族を大切にしてくれない人とは仲良くできない」
  5. /nl/articles/2412/02/news009.jpg 【今日の難読漢字】「誰何」←何と読む?
  6. /nl/articles/2412/05/news006.jpg 「今やらないと春に大後悔します」 凶悪な雑草“チガヤ”の大繁殖を阻止する、知らないと困る対策法に注目が集まる
  7. /nl/articles/2412/03/news148.jpg 武豊騎手が2024年に「武豊駅に来た」→実は35年前「歴史に残る」“意外な繋がり”が…… 街を訪問し懐古
  8. /nl/articles/2412/03/news092.jpg 大谷翔平、“有名日本人シェフ”とのショット 上目遣いの愛犬デコピンも…… 「びっくりした!!」「嬉しすぎる」
  9. /nl/articles/2412/03/news055.jpg ハローマックのガチャに挑戦! →“とんでもない偏り”に同情の声 「かわいそう」「人の心とかないんか」
  10. /nl/articles/2412/03/news034.jpg 古着屋で“インパクト大”なブランケットをリメイクすると…… 劇的な仕上がりに386万再生「これはいいね、欲しい!」【海外】
先週の総合アクセスTOP10
  1. パパに抱っこされている娘→11年後…… 同じ場所&ポーズで撮影した“現在の姿”が「泣ける」「すてき」と反響
  2. 「何があった」 絵師が“大学4年間の成長過程”公開→たどり着いた“まさかの境地”に「ぶっ飛ばしてて草」
  3. 「中学生で妊娠」した“14歳の母”、「相手は逃げ腰」妊娠発覚からの経緯を赤裸々告白 母親の“意外な反応”も明かす
  4. 勇者一行が壊滅、1人残った僧侶の選択は……? 「ドラクエでのピンチ」描くイラストに共感「生還できると脳汁」
  5. 「笑い止まらん」 海外産アプリで表示された“まさかの日本語”に不意打ち受ける人続出 「何があったんだw」
  6. パパが好きすぎる元保護子猫、畑仕事中もくっついて離れない姿が「可愛すぎる」と反響 2年以上がたった現在は……飼い主に話を聞いた
  7. アグネス・チャン、米国の自宅が“度を超えた面積”すぎた……ゴルフ場内に立地&門から徒歩5分の豪邸にスタッフ困惑「入っていいのかな」
  8. 「理解できない」 大谷翔平と真美子さんの“スキンシップ”に海外驚き 「文化は100%違う」「伝説だわ」
  9. 「車が憎い」 “科捜研”出演俳優、交通事故で死去 兄が悲痛のコメント「忘れないでください」
  10. PCで「Windowsキー+左右矢印キー」を押すと? アッと驚く隠れた便利機能に「スゲー便利」「知らなかった」
先月の総合アクセスTOP10
  1. 「何言ったんだ」 大谷翔平が妻から受けた“まさかの仕打ち”に「世界中で真美子さんだけ」「可愛すぎて草」
  2. 「絶句」 ユニクロ新作バッグに“色移り”の報告続出…… 運営が謝罪、即販売停止に 「とてもショック」
  3. 「飼いきれなくなったからタダで持ってきなよ」と言われ飼育放棄された超大型犬を保護→ 1年後の今は…… 飼い主に聞いた
  4. アレン様、バラエティー番組「相席食堂」制作サイドからのメールに苦言 「偉そうな口調で外して等と連絡してきて、」「二度とオファーしてこないで下さぃませ」
  5. 「明らかに……」 大谷翔平の妻・真美子さんの“手腕”を米メディアが称賛 「大谷は野球に専念すべき」
  6. 「やはり……」 MVP受賞の大谷翔平、会見中の“仕草”に心配の声も 「真美子さんの視線」「動かしてない」
  7. ドクダミを手で抜かず、ハサミで切ると…… 目からウロコの検証結果が435万再生「凄い事が起こった」「逆効果だったとは」
  8. 「母はパリコレモデルで妹は……」 “日本一のイケメン高校生”グランプリ獲得者の「家族がすごすぎる」と驚がくの声
  9. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  10. 「真美子さんさすが」 大谷翔平夫妻がバスケ挑戦→元選手妻の“華麗な腕前”が話題 「尊すぎて鼻血」