インタビュー
» 2019年11月19日 20時00分 公開

便利だがリスクもある“ググれば辞書が無料で引ける時代” 『大辞林』編集長インタビュー (1/3)

辞書作りの難しさ。

[ねとらぼ]

 制作期間10余年、数十人規模の制作チーム、かつて膨大な手作業により指紋が消失する者もいた。――― これは巨大な建造物ではなく、“辞書”という1冊の本の話です。2019年9月、大型国語辞書『大辞林』(三省堂)から、13年ぶりの全面改訂となる第4版が刊行。本記事は、映画「舟を編む」の制作にも関わった編集長・山本康一さんへのインタビュー企画・第2回となります。

 今回は、一冊の本に製本できない可能性もあったという「国語辞書の“物理的限界”」「“ネットで辞書が無料で引ける時代”の問題点」などについて伺いました。



取材参加者

  • 山本康一さん:『大辞林』第4版編集長
  • ながさわさん:数百冊の辞書を保有する辞書コレクター。暇さえあれば辞書を引いている
  • ねとらぼ編集部

国語辞書の“物理的限界”

――― 大辞林第4版は3200ページ。本として考えるとかなりの大きさですが、刊行するうえでの苦労は?

編集長:実は製本機には限界があって、本の厚さが上限を越えると製本できなくなってしまいます。実は第3版の時点でその限界に近い状態だったんですが、今回の第4版は収録項目が1万3000追加され、ページ数を増やすことになって……。

――― 1冊の本としてまとめられないかもしれない、と

編集長:当初は分冊案もありましたね。『広辞苑』のように辞書部分と付録部分を分ける方法も考えられるのですが、「1冊のまとまりを大事にしたい」「そういうところも紙の良さだろう」という意見が強くて。

 となると、解決策は「紙を薄くする」ことだけ。日本製紙パピリアの原田工場(静岡県富士市)まで行って実際に3種類くらい紙を漉(す)いてもらい、どの紙を使うか決めました。

――― 紙の薄さだけなら工場に行かなくても分かるのでは?

編集長:大きい辞書は紙にそれなりの厚さがないとペラペラになり過ぎて、これはこれで良くないんです。実際、もっと薄い紙を使っている辞書も存在しますが、『大辞林』の規模で“使いやすくて、かさばらないギリギリの厚さ”に調整する必要がありました。

ながさわ:難しいところですね

編集長:そして、新しい紙で作ってみたら、なんと第3版よりも1センチ薄くなった。

――― 真逆の展開じゃないですか!

編集長:さすがに私もビックリしました(笑)。もちろん大きい辞書ではあるんですが、重さもステーキ1枚分、160グラムくらい軽くなっていて、第3版より持ちやすくなっているという。

 とまあ、こういう経緯があって、そもそも「どこまでページ数が増やせるのか」を把握するのに時間がかかりました。編集作業が遅れに遅れ、校正の際「1カ月間で、3校回すことになった」という前回の話につながります。

省力化について/電子化について

――― 製本の限界と闘う規模の本ともなると、制作には何人くらい関わっているのですか?


インタビュー前に、ねとらぼのTwitterアカウントで一般募集した質問

編集長:編集部自体は4〜5人ですが、制作作業が本格化すると校正者などが入り、ピーク時は30〜40人くらい。この規模の辞書としてはかなり少人数ですね。

ながさわ:省力化しているんですか?

編集長:そういうことです。インターネットで情報収集できるようになり、出版業界全体で売上が落ちていくなかで、特に学習用ではない一般向けの辞書は厳しい状況があって部数も減っていますから。「いかに低コストで辞書を作るか」「いかに多面的に展開するか」が課題になっています。

 『大辞林』では第3版(2006年刊行)のころから自動組版(紙面などのレイアウトの自動化)に取り組んでいて、今回の第4版はそれをさらに推し進めました。書籍版の購入特典としてアプリ版(増補にも対応)を付属して、発売と同時に1つの辞書を紙・スマホの両方で使えるようにできたのもこういった取り組みの成果ですね。制作工程がバラバラだったら、不可能だったと思います。

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