「映画 すみっコぐらし」をただただ見てほしい その気持ちをここにしたためよう
「映画すみっコぐらし」がなぜここまで話題になっているのか、そしていかに素晴らしいのか、ここに解説しよう。
現在公開中の「映画 すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ」がものすごいことになっている。
SNSでは「大傑作」「令和一の名作」「大人が号泣した」など絶賛の声が相次ぎ、一時期はFilmarksで4.3点、Yahoo!映画では驚異の4.8点以上、ぴあ映画初日満足度ランキング1位など、各映画評価サービスで軒並み超高評価を記録。意外な有名作品に例える意見も続出し、“逆詐欺映画”というパワーワードはTwitterのトレンドに上がることにもなった。
さらに、全国114館とやや小規模での公開ながら、「ターミネーター:ニュー・フェイト」と「IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。」に次ぐ3位の週末興行成績を記録しており、新宿ピカデリーなど一部の劇場では満席の回も相次ぎ、パンフレットの売り切れも続出した(11月16日より再入荷予定とのアナウンスあり)。
もちろん、もともとのすみっコぐらしというコンテンツが持つ知名度と人気があってのことでもあるのだが、この盛り上がりは同様にSNSを中心とした口コミで話題となったアニメ映画「この世界の片隅に」や「若おかみは小学生!」をほうふつとさせる。
ここで宣言しておきたいのは、「すみっコぐらしのことを何も知らなくてもいいから! とにかく見に行ってくれ!」ということだ。子ども向けと思って甘く見ていると大人が嗚咽するほど泣いてしまうかもしれない、多幸感でいっぱいになれる至高のアニメ映画なのである。
確かに、見た目がかわいらしく子ども向けに思えるため、「大人が1人で見に行くのはちょっと……」と二の足を踏んでしまう方もいるかもしれない。しかし、本作でナレーションを務めたV6の井ノ原快彦は完成披露上映会にて「40代の男でも普通に号泣できる映画です。ふにゃふにゃになって、次の日からまたがんばってほしい」とコメントしている。
この言葉通り、大の大人が1人で「映画すみっコぐらし」見に行くことはなんら恥ずかしいことでも、場違いでもない。むしろ(詳しくは後述するが)すみっコぐらしそのもののコンセプト、そして映画本編にあるメッセージを踏まえれば、大人こそが見るべき作品であると、心から思える内容なのだ。だから安心して劇場へ足を運んでほしい。
以下では、ネタバレに触れないように、その素晴らしさを解説していこう。
すみっコぐらしとは何か? 日本人の国民性に合わせたコンセプト
「映画 すみっコぐらし」は予備知識を全く必要としない作品だ。
その理由は、キャラクターそれぞれの特徴が物語の冒頭で分かりやすく紹介されるという一見さんにも優しい親切設計であり、映像を一目見れば脳に到達する前の脊髄反射レベルで「かわえええ〜!」「全てが癒し……!」となるうえ、物語もとても分かりやすく、アニメーションとしてのクオリティーも高く、子どもから大人まですぐに夢中になれるからだ。
つまり、ああだこうだと語らずとも映画を見れば良いわけだが、今回はより正確に作品の魅力をお伝えしたいため、ここではあえて予備知識としてすみっコぐらしというコンテンツについても簡単に紹介しておこう。
すみっコぐらしは、“リラックマ”や“たれぱんだ”などでも知られるサンエックスのキャラクターだ(デザイナーはよこみぞゆり)。絵本とゲームの他、文房具やぬいぐるみなどを展開しており、商品全体の売り上げ累計は200億円を突破している大人気コンテンツとなっている。
言うまでもなく“すみっコ”たちは魅力的なのだが、“かわいいだけじゃない”設定に驚く人も多いだろう。実は、これらのキャラクターは「カフェに行ってもできるだけ隅っこの席を確保したい」という、“謙虚”や“控えめ”や“主張しない”といった日本人の国民性に合わせたのコンセプトになっている。そのためか、すみっコたちそれぞれの特徴も後ろ向きというか、ネガティブと言ってもいいものになっているのだ。
例えば、“しろくま”は北から逃げてきたという寒がりのうえに人見知り、“ねこ”は気が弱くて恥ずかしがり屋、“ぺんぎん?”(名前に疑問符がついている)に至っては体が黄緑色で自身が本当のペンギンなのか自信がない。もはや生物ですらない“とんかつ”と“えびふらいのしっぽ”は、食べられずに残されてしまったという切ない存在だ。
小学生を中心に人気を博しているすみっコぐらしだが、こうした“ネガティブな気持ちに寄り添う”キャラクター性もあいまって、大人のファンも増やしているのだ(“ざっそう”は反対にポジティブな夢を持っていて、それがまたむしろ切なかったりするのだが……)。
現代の大人の悩みやコンプレックスをデフォルメして、すみっコたちそれぞれに反映しているともいえるので、「こいつ俺じゃん……」「この子は私じゃん……」と自己投影をしてしまう人も少なくはないだろう。
そして、今回の「映画すみっコぐらし」で素晴らしいのは、このすみっコぐらしの特徴を最大限に生かしている、もっと言えばすみっコぐらしでしかできない映画になっていることだ。「映画 スター☆トゥインクルプリキュア 星のうたに想いをこめて」がプリキュアでしか、「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」がクレヨンしんちゃんでしかできない内容だったように。
絵本での冒険と“読み聞かせ”の構造
「映画すみっコぐらし」の物語は、「桃太郎」「マッチ売りの少女」「アラビアンナイト」など、誰もが知る絵本(おとぎ話)の中を冒険するというものだ。
『ドラえもん』に「しあわせな人魚姫」(単行本19巻収録)という“絵本入り込みぐつ”を使い絵本の世界に入って悲しい物語を変えてしまう……という人気エピソードがあるのだが、それをすみっコぐらしでやってみた、と言えば分かりやすいだろうか。
そして、劇中ではナレーションが多用されており、それが“絵本の読み聞かせ”そのものになっていることも特筆に値する。ナレーションではすみっコたちを応援していたり、その気持ちを代弁してくれたり、状況の説明をしてくれる。一方で当のすみっコたちはひらがなの“文字”でのみ会話をしており、声を発することはない(つまりすみっコたちに声優は設定されていない)。
絵本の中での冒険は、ナレーションの“絵本の読み聞かせ”という印象を強固にしている。また、「すみっコぐらし」はもともと絵本としても展開しており、映画版の設定がこれ以上なくマッチするのも、同作ならではの構造といえる。
このナレーション=読み聞かせという構造と、すみっコたちに声が設定されていないことが、絵本が持つ本来の魅力と面白さに立ち返ったような感動にもつながっている。その目の付け所と、それをアニメーションで実現したことにも、本作の大きな意義がある。
そして、ナレーションを務めるのがV6の井ノ原快彦であり、聞けば脊髄どころか細胞が活性化するレベルで「結婚してください」とお願いしたくなる優しいボイスが全編に響き渡っているということも、強く、強く訴えなければならない(なんで既婚者なんだ)。また、もう1人のナレーターである本上まなみも「お母さんと呼ばせてください」と懇願するレベルのすてきな声なので、ファンは是が非でも劇場で聞いて脳をとろけさせてほしい。
隅っコに試練を与える物語! 驚愕と感動のラストに震えろ
前述の通り、すみっコたちには日本人らしい“隅っこが好き”という特徴が反映されており、後ろ向きかネガティブ、またはコンプレックスを抱えているようなキャラになっている。
そんな彼らが絵本の中でボケボケな行動を繰り返しつつ冒険していく姿は、もちろんコメディーとして子どもから大人までクスクスと笑えるのだが……同時にちょっと切ないというか、複雑な気持ちにもなってくるかもしれない。
その理由は、絵本の中ではすみっコたちそれぞれの(ネガティブな)特徴をどうしても浮き上がらせてしまう、ある意味では残酷な内容にもなっているからだ。
例えば、寒がりの“しろくま”は「マッチ売りの少女」となり雪が降りしきるなか寒さで震え、恥ずかしがり屋で気の弱い“ねこ”は「桃太郎」としてお供を従えて主体的に戦わなければならなくなる。さらに“とんかつ”と“えびふらいのしっぽ”は「赤ずきん」の物語の中で……(ネタバレになるので自粛)。
これら絵本の中での冒険は、すみっコたちにとっては“試練”ともいえるかもしれない。すみっコたちは隅っこが好きだったのに、それとは正反対に物語の“主役”にならざるを得ないのだから(それでいて、その隅っこを好むこと=日本人的な価値見は決して否定しない、むしろ積極的に肯定してくれる内容にもなっているのもすてきだ)。
ただかわいくて癒されるだけの内容で終わっていない、時には容赦なく“絶望”をも与えているとさえいえる、“甘やかせすぎない”作劇にもなっているのだ。
そして、すみっコたちは絵本の中で、どこから来たのか、自分が誰なのかも分からない、ひとりぼっちの“ひよこ”と出会うことになる。そのひよこの“秘密”が明かされる終盤から、畳み掛けるようなクライマックス、全ての物語はこのためにあったと気付けるラストは……ここまで油断していた大人も「そうだったのか……!」と驚きと感動のつるべ打ちに圧倒されることだろう。
同時に、絵本が舞台であった理由、そしてすみっコぐらしというコンテンツがそもそも持っている素晴らしさも、心から理解できるはずだ。そして、この「映画すみっコぐらし」を見れば、近くの大切な人に、きっと優しくなれるだろう。
「誰かのために一生懸命になる」ということ、それは子どもの教育上も素晴らしいメッセージだ。そして“救い”や“願い”を寓話的に描いているともいえる物語からは、大人がオトナになって忘れがちになっていた“本当に大切なこと”を思い出すきっかけになるかもしれない……もう、最高としか言いようがない!
スタッフたちに最高の賛辞を! ありがとう……この映画を作ってくれて……!
ここまで素晴らしいアニメ映画を作ってくれたのは、「カッコカワイイ宣言!」や「北斗の拳 イチゴ味」などギャグ漫画のアニメ化作品などを手掛けた“まんきゅう”監督。あのかわいいすみっコたちが違和感なく動き回る滑らかなアニメーション、クライマックスの感動を倍増させる音楽、劇場のスクリーンで映えるスペクタクルシーンなど、本当にアニメ作品としてのクオリティーが高い。それは、言うまでもなく優秀なスタッフたちが総力を結集させたおかげだ。
そして、すみっコぐらしの特徴を生かしきり、全ての要素をロジカルにまとめあげ、かつ優しく尊いメッセージを投げかけたのは、京都を拠点に活動する劇団・ヨーロッパ企画のメンバーである角田貴志。ヨーロッパ企画脚本のアニメ映画では、主宰の上田誠が手掛けた「ペンギン・ハイウェイ」も高く評価されていた。これからもヨーロッパ企画の脚本作品はチェックしなければならないだろう。
さらに、原田知世が歌う主題歌の「冬のこもりうた」の催涙効果がまたすごいことになっている。あのラストからこの主題歌が流れてくるのだから、もうエンドロールは視認できないかもしれない(涙のせいで)。しかしエンドロールには、これまた素晴らしい描写があるので、なんとか見届けてほしい。劇場を出るころには泣き死に防止のため水分補給も必要となるだろう。
最後に残るのは、もうただただスタッフへの感謝ばかりだ。ありがとう……この映画を作ってくれて……そしてすみっコぐらしそのものの素晴らしさを教えてくれて。筆者はすみっこぐらしのことをまったく知らずにこの映画を見たのだが、ラストではオイオイと泣き、心の底からすみっコたちが大好きになってしまった。
評判となっている絵本『すみっコぐらし そらいろのまいにち』も注文した。これから“沼”にズブズブとハマろうと思う。とても大切なことなのでもう一度言おう、「映画 すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ」を作ってくれて、本当にありがとう!
(ヒナタカ)
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