もし“壁ドン”恋愛映画の撮影現場で脚本に悪霊が宿ったら―― 映画「ゴーストマスター」が良い意味で悪趣味な大怪作だった(1/2 ページ)
公開中の「ゴーストマスター」が「全ての映画ファン必見じゃないか!?」と思うほどの映画愛に溢れ、かつ“良い意味で悪趣味かつ誠実”な、年末にふさわしい(?)大怪作だった。その魅力をネタバレのない範囲で解説する。
映画「ゴーストマスター」が12月6日より公開中だ。上映規模はごく小さく、初めてそのタイトルを聞いたという人もいるかもしれないが、コレがまた「全ての映画ファン必見」と思うほど映画愛に溢れ、かつ“良い意味で悪趣味かつ誠実”な、年末にふさわしい(?)大怪作であったのだ。その魅力をネタバレのない範囲で解説する。
壁ドン映画の扱いが悪意全開でひどかった
まずは、あらすじを簡単に紹介しよう。主人公の黒沢明は“名前だけは巨匠”の冴えない助監督で、映画オタク。“壁ドン”な青春恋愛映画の撮影現場では監督やスタッフからこき使われ、労働環境はブラックそのもの。そんな中、彼の不満と怨念のような映画愛が、ずっと書きあたためていたホラー映画の脚本「ゴーストマスター」に悪霊を宿してしまう……。
これだけ聞いてもすっとんきょうに思われるかもしれないが、まず劇中映画である「ボクキョー」の“あざとく狙いすぎてる壁ドン映画っぷり”がすさまじい。具体的なことはネタバレになるので書かないが、そのひどさ(褒めてる)は劇中でも提示される「ボクキョー」の予告編からもよく分かる。壁ドン撮影のたびに俳優がゴネる理由もひどい(褒めてる)が、きわめつけは、誰もが脳裏に焼き付けられてしまうであろう、キング・オブ・悪意がフルスロットルになった本当にひどい(褒めてる)シーンが待ち受けていることだ。
そう、本作において“壁ドン(映画)”はイジり倒される、悪意に満ち満ちたギャグとして扱われる。しかも、その後は壁ドン映画とは完全に正反対の、血が飛び散り首がもげたりする愉快なスプラッターホラーに転換する。そのグロい死に様はもはやバカバカしく、完全に笑ってしまうホラーコメディーの域だ。青少年の健全育成上もとても悪い。R15+指定も大納得だ。
あらゆる映画や「スペースバンパイア」への愛を叫ぶ!
壁ドン映画がイジり倒されると前述したが、壁ドン映画をただバカにしたまま終わるわけではない。何しろ、本作はありとあらゆる映画にリスペクトをささげており、その中にはしっかり壁ドン映画も含まれているのだから。映画を見終われば、ただ露悪的なだけではない、純然たる“映画愛”に基づく、実は誠実な作品ということも伝わるのではないだろうか。
そのリスペクトと愛をささげた映画の1つに、劇中でもタイトルが出てくる「スペースバンパイア」がある。
「スペースバンパイア」は知る人ぞ知るB級SFホラー映画の怪作だ。「ゴーストマスター」では主人公・黒沢が「スペースバンパイア」および監督のトビー・フーパーへの思いを熱く語る。彼が書いた脚本でのヒロインの役名が“メイ”であることは、「スペースバンパイア」でヒロインを演じたマチルダ・メイにちなんでいたりもする。
さらに、悪霊と化す脚本の造形やスプラッター描写は「死霊のはらわた」、“妖刀村正”は「魔界転生」(深作欣二監督版)、格闘技は「イップ・マン」シリーズの“詠春拳”をもとにしている。また、断末魔の悲鳴だけが聞こえて死ぬ瞬間が描かれていない人物がいるのは「プレデター」のオマージュなのだそうだ(それ誰に伝わるんだよ)。
そんなわけで、映画に詳しければ詳しいほどニヤニヤできるシーンが満載なのだが、基本は登場人物が次々に殺されていく中でなんとか生存の道を探していくという、“ホラー作品の典型”に良い意味で乗っかったエンターテインメントだ。そのため、マニアックな映画ネタが分からなくても存分に楽しめるだろう。
何より、映画を見れば「グロ描写が前面に出ていたり、CG全盛期でなくアナログで作り上げたような、昔懐かしの(B級寄りの)映画の魅力も知ってほしい……!」という作り手の暑苦しいまでのパッションを受け取れるはずだ。
キャスティングもすごい! 板垣瑞生の役者魂を見よ!
そんなわけで同作は「ふつう? 万人向け? なにそれおいしいの?」という気概が感じられる潔い作品だ。こんなにもひどい内容(しつこいようだが褒めてる)にもかかわらず、主演の三浦貴大と成海璃子をはじめ、豪華な俳優が勢ぞろいしている。中でも、“壁ドン映画に引っ張りだこのイケメン俳優”を演じた板垣瑞生を抜きにしてこの映画は語れない。
板垣はボーカルダンスユニットの“M!LK”のメンバーであり、「ホットギミック ガールミーツボーイ」や「放課後ロスタイム」など、実際に中高生がメインターゲットの青春恋愛映画にも出演している。そのため、「こんなひどい役を引き受けていいの?」「事務所やファンから怒られないの?」と勝手に心配してしまうほどであった。
そんな心配をよそに、当の本人は「この脚本はヤバいです!」とノリノリで撮影に臨んでいたそうだ。積極的にアイデアも出しており、実際に“動きを止めてカメラについていく”シーンは彼の発案により取り入れられたのだとか。劇中での彼は熱演を通り越してマジで怖くなる怪演を見せているのだが、それもまた“本気”の表れだろう。演じているのは壁ドンについてゴネるわがままな俳優だが、実際の板垣瑞生がそれとは正反対の「なんでも全力やってやります!」な真摯な俳優であることがひしひし伝わってきた。
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