いまだ破られぬ詰将棋の手数最長記録(1525手詰) 作者に聞く「盤上の『ミクロコスモス』はいかにして生まれたか」(3/5 ページ)

» 2019年12月24日 18時00分 公開
[橋本長道ねとらぼ]

「ミクロコスモス」のヒントとなった変則詰将棋

―― 橋本さんは「変則詰将棋」の作家としても活動されています。その経験が「ミクロコスモス」に及ぼした影響はありましたか

 変則詰将棋は通常の詰将棋とは異なるルールの詰将棋の総称です。普通の詰将棋では双方が最善を尽くすことが前提ですが、変則詰将棋では反対に、双方が最悪を尽くすものも考えられます。変則ルールは無数に考案されており、普通の詰将棋と同等の情熱を注ぎ込む価値があるものも少なくありません。

 詰将棋はただ1つの世界ではなく、たくさんの世界の中の1つなのです。そうすると、各「世界」同士の関係に着目するのも、自然な発想でしょう。ある世界で実現可能なことが、別の世界でも可能なのかどうか、などの問いが浮かんできます。

 「ミクロコスモス」が大きな影響を受けたのは「自殺詰」「自玉詰」と呼ばれるルールでした。これは「攻方が相手に王手を掛けつつ、自玉を詰めさせる。しかも相手はそれに協力しない」というものです。

 このルールで、花沢正純氏が発表した作品の1つに(惜しくもこの作品は不完全作でしたが)、「攻方が将来持駒として使いたい駒を盤上に置駒として蓄え、必要時に取り出して使う。役割を終えたらまた盤上に戻る」という非常に高度な機構を持った作品がありました。自分の駒を直接自分の駒台に置くことはできませんから、これを実現するには「自分の駒を相手に渡して、それを合駒させて取り返す」というプロセスが必要です。

 ルールが違うので、この作品で使われた機構をそのまま普通の詰将棋に流用することはできませんが、そこから抽象的な特徴を取り出し、別の方法で実現することは可能に思えました。それが具体的な形になったのが「イオニゼーション」です。この作品では、受方の盤上の香が攻方の桂と交換で取られ、何回かの交換作業の後、合駒として再度盤上に現れます。

 あるルール内で有効な機構をそのまま普通の詰将棋に“翻訳”することは無理でも、何とか“意訳”できないかと頑張った結果、面白い作品ができたと思います。「ミクロコスモス」はその「イオニゼーション」の発展形であり、変則詰将棋を自分が愛好していたからこそ生まれた作品だったのです。

―― 小説においても異なるジャンルの技法や、外の世界での経験をうまく落とし込むことで劇的な効果が生まれることがあります。対象物を外側から見る視点が変革をもたらすのですね

もしもコンピュータが“世界最高の詰将棋作家”になったら

―― 詰将棋の神様がいるとして神様が最長の詰将棋を作った場合、その手数はどれぐらいになると思われますか

 ルール上の制約から有限手数であることは確かですが、具体的な上限については考えたことはありません。興味の中心は手数そのものではなく、それを生み出す仕組みにあります。

 特に変則詰将棋の愛好家にとっては超長手数作品は珍しいものではありません。変則詰将棋の1つである「協力詰(通称:ばか詰)」には数万手の作品が存在しますし、文字通り桁違いの手数を持つ作品も発表されています。普通の詰将棋の最長手数が判明したとしても、それはそのルールでの上限が判明したというだけで、それだけではあまり意味がないのです。

―― 単に長いかどうかではなく、オリジナリティーが大切なのですね

 逆に盤の大きさや駒の枚数が無制限の詰将棋を考えたとき、何が実現できるかは大いに興味があります。

 数学用語を使って恐縮ですが、ある種の変則詰将棋は「チューリング完全」であることが分かっています。つまり、駒盤が無制限であれば、無限の記憶領域を備えたコンピュータと同等の機能を持たせることができて、理論上は「詰将棋を解く詰将棋」も作れるわけですね。

 それがその特殊な変則詰将棋だけのことなのか、普通の詰将棋から駒数と盤の大きさの制限を取り払ったものでも同じことができるのか、遠からず明らかになるでしょう。

―― まだ拙いですがコンピュータが詰将棋を自動生成するようになってきています。指し将棋の世界でコンピュータが人間を越したように、詰将棋の世界でもコンピュータが最高の詰将棋作家になる未来図はありえるのでしょうか

 その可能性はあると思います。それが現実になっていないのは、創作という行為が機械には代替不可能だからではなく、人間の技術力が未熟なせいだというのが私の見解です。

 例えば、将棋を指す人はたくさんいますが、そのほとんどが名人に勝てません。それでも、指し将棋を楽しむ人々はいなくなりませんでした。もし最強の存在が名人からコンピュータに代わっても「自分より将棋が上手な存在がいる」という状況は変わりません。

 同様に、コンピュータが最高の詰将棋作家になったとしても、自分で自分の好きな詰将棋を作って楽しむ行為はなくならないと思います。

―― 近年、詰将棋は解答競技としても取り組まれています。難しい詰将棋を早く解くコツがありましたら教えていただけないでしょうか

 詰将棋を解く行為は、数学的に捉えると2つの側面があります。

  • 探索問題としての側面:「この局面は詰む」という命題に対し証明または反証を行う(要するに、詰むかどうかを調べる)
  • 最適化問題としての側面:詰む場合に、受方最長則などのルールに従って手順を選ぶ

 特に前者は他の“難問”と通じる性質を持っています。「解くのはとても難しい。だが、正解が与えられれば、それが正解であることを確かめるのは比較的容易」というタイプの難問と共通の性質があるのです。

 「正解が分かれば苦労しないじゃないか」と思うかもしれませんが、詰将棋を解くときは、この性質を独特の方法で利用することができます。

 「正解が分かれば簡単」ということは、逆に考えれば「難しいのは、正解を読んでいないからだ」ということになります。自分の読みを客観的に観察したとき、読む量が増加傾向にあると、正解から離れていると推測できるのです。1990年代にコンピュータが長手数の詰将棋を解けるようになったのは、探索手法にこの考え方が取り入られたからでした。コンピュータの性能が上がったからではありません。

 このような考え方は、人間にとっても有効です。

 「たくさん詰将棋を解いて手筋を覚える」というやり方では、未知の手筋を含む詰将棋に対応できませんし、応用できる局面も限られます。対して、この「自分の読みを観察する」という方法は、独特のコツをつかむ必要がありますが、これを身につければ未知の局面にも対応しやすいですし、詰将棋っぽいきれいな手筋を必要としない実戦の詰みを読む時にも役立ちます。

―― なるほど。これは指し将棋の棋力アップにもつながりそうな考え方ですね

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2411/19/news028.jpg 中央道から「宇宙戦艦ヤマト」が見える! 驚きの写真がSNSで注目集める 「結構でかい」「どう見てもヤマト」 撮影者の心境を聞いた
  2. /nl/articles/2411/19/news126.jpg 元「おニャン子」内海和子、娘・ゆりあんぬの“胃の粘膜ぶっ壊す”食事に激怒! 有名飲食店に謝罪し「出禁にして」「違う星の人そんな気がしてなりません」
  3. /nl/articles/2411/19/news150.jpg 「情報を漏らされ振り回され……」とモデラー“限界声明” Vtuberのモデル使用権を剥奪 「もう支えられない」「全サポート終了」
  4. /nl/articles/2411/19/news083.jpg 「恐ろしい」 北海道の道路標識 → “見落としたら絶望”のとんでもない表示に衝撃走る 「普通にホラーでは?」
  5. /nl/articles/2411/18/news019.jpg 優しそうな“おかっぱ頭”の男性→プロがカットしたら…… “別人級の仕上がり”が470万再生「えっ!? って声出た」「EXILEみたい」
  6. /nl/articles/2411/19/news114.jpg 平愛梨、“夫・長友佑都選手”に眠れなくてLINE送信→“まさかの返信”に「なんやねん」「もう寝るしかない」
  7. /nl/articles/2411/18/news025.jpg “無給餌”で育てたメダカが2年後、驚きの姿に→さらに半年後…… 放置しておいたビオトープで起きた“奇跡”に「ロマンを感じる」
  8. /nl/articles/2411/18/news120.jpg 「天才が現れた!」 森永が教える“秋らしい”お菓子の作り方→たこ焼き器を使ったアイデアに「すごいすごい可愛い」
  9. /nl/articles/2411/19/news009.jpg 固い着物をリメイクしてみたら…… 生まれ変わった“まさかのアイテム”に「しゅげー!」「凄い素敵です」
  10. /nl/articles/2411/19/news062.jpg 「上げ底の先」 その名に偽りなし、高専の文化祭に出現した「限界節約ホットドッグ」が本当に限界だった
先週の総合アクセスTOP10
  1. 「飼いきれなくなったからタダで持ってきなよ」と言われ飼育放棄された超大型犬を保護→ 1年後の今は…… 飼い主に聞いた
  2. ドクダミを手で抜かず、ハサミで切ると…… 目からウロコの検証結果が435万再生「凄い事が起こった」「逆効果だったとは」
  3. 「明らかに……」 大谷翔平の妻・真美子さんの“手腕”を米メディアが称賛 「大谷は野球に専念すべき」
  4. まるで星空……!! ダイソーの糸を組み合わせ、ひたすら編む→完成したウットリするほど美しい模様に「キュンキュンきます」「夜雪にも見える」
  5. 妻が“13歳下&身長137センチ”で「警察から職質」 年齢差&身長差がすごい夫婦、苦悩を明かす
  6. 人生初の彼女は58歳で「両親より年上」 “33歳差カップル”が強烈なインパクトで話題 “古風を極めた”新居も公開
  7. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  8. 互いの「素顔を知ったのは交際1ケ月後」 “聖飢魔IIの熱狂的ファン夫婦”の妻の悩み→「総額396万円分の……」
  9. ユニクロが教える“これからの季節に持っておきたい”1枚に「これ、3枚色違いで買いました!」「今年も色違い買い足します!」と反響
  10. 中央道から「宇宙戦艦ヤマト」が見える! 驚きの写真がSNSで注目集める 「結構でかい」「どう見てもヤマト」 撮影者の心境を聞いた
先月の総合アクセスTOP10
  1. 50年前に撮った祖母の写真を、孫の写真と並べてみたら…… 面影が重なる美ぼうが「やばい」と640万再生 大バズリした投稿者に話を聞いた
  2. 「食中毒出すつもりか」 人気ラーメン店の代表が“スシローコラボ”に激怒 “チャーシュー生焼け疑惑”で苦言 運営元に話を聞いた
  3. フォロワー20万人超の32歳インフルエンサー、逝去数日前に配信番組“急きょ終了” 共演者は「今何も話せないという状態」「苦しい」
  4. 「顔が違う??」 伊藤英明、見た目が激変した近影に「どうした眉毛」「誰かとおもた…眉毛って大事」とネット仰天
  5. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  6. 星型に切った冷えピタを水に漬けたら…… 思ったのと違う“なにこれな物体”に「最初っから最後まで思い通りにならない満足感」「全部グダグダ」
  7. 「泣いても泣いても涙が」 北斗晶、“家族の死”を報告 「別れの日がこんなに急に来るなんて」
  8. ジャングルと化した廃墟を、14日間ひたすら草刈りした結果…… 現した“本当の姿”に「すごすぎてビックリ」「素晴らしい」
  9. 母親は俳優で「朝ドラのヒロイン」 “24歳の息子”がアイドルとして活躍中 「強い遺伝子を受け継いだ……」と注目集める
  10. 「幻の個体」と言われ、1匹1万円で購入した観賞魚が半年後…… 笑っちゃうほどの変化に反響→現在どうなったか飼い主に聞いた