いまだ破られぬ詰将棋の手数最長記録(1525手詰) 作者に聞く「盤上の『ミクロコスモス』はいかにして生まれたか」(4/5 ページ)

» 2019年12月24日 18時00分 公開
[橋本長道ねとらぼ]

詰将棋作家としての藤井聡太七段

―― 若くして「ミクロコスモス」をものにされましたが、詰将棋創作のピーク年齢などは存在するのでしょうか

 単純に頭の回転だけを考えると、私の場合、ピークは22歳ごろだったと思います。ただ、そのころは頭は働いても技量が不足していました。本来であれば、技量の向上により20代後半ごろに総合力のピークを迎えるのが自然に思えますが、社会人になると、今度は創作の時間が取れなくなります。従って詰将棋作家のピークは、おおむね学生生活の最終盤に来るのでは。

 ただ、作家としてのピークと生み出される作品のピークは必ずしも一致しません。優秀な作家は高い品質を持った作品を作ることができますが、高い独創性を持つ作品は、優秀な作家といえども、そう多く作れるわけではありません。記念碑的な作品の登場には予測不可能な要素が働きます。

―― よい詰将棋作家になるための資質は何でしょうか

 とにかく詰将棋が好きであることが一番だと思います。創作初期には作品を完全作として仕上げるだけでも大変ですし、先例との衝突、自己評価と他者評価との乖離にも悩まされるでしょう。好きでなくては、こうしたいくつもの困難を乗り越えることはできません。

―― 詰将棋を趣味にするメリットを教えてください。指し将棋では「頭が良くなる」などとアピールされることがあります

 私としては詰将棋を楽しむために詰将棋をしてほしいと思います。例えば音楽に関しても、無理やり実用的なメリットを挙げようとすれば、「リラックスできますよ」「情操教育に良いですよ」ともっともらしい言葉を並べることはできますが、実益のために聴きたくない音楽を聴くのはその人にとって苦行でしかありません。

 詰将棋の魅力に気付くには、一定の壁を乗り越える必要があるので、なかなか難しい面もありますが、一度楽しみ方を知ってしまえば、そこから先は無限に楽しめる世界が広がっています。

―― プロ棋士では藤井聡太七段も詰将棋作家として有名です。彼をどのように評価されていますか

 藤井聡太氏は優秀な中編作家だと思います。実際、2018年刊行された「現代詰将棋 中編名作選」にも3作収録されています。手数分類では短編(17手以下)の作品もありますが、それらの作品でも中編的な濃密な攻防を味わえるものが多いですね。

 藤井氏は非常に高い棋力を持っていますが、作品をむやみに難解にすることはありません。仮に難解な変化・紛れがあったとしても、それは作品の主題を明確にしたり、構図を洗練するために必要なものであり、煩雑な印象はありません。若い作家は短期間で作風が変わることがあるので、「中編作家」というのは、あくまで現時点での暫定的なイメージに過ぎないことを強調しておきます。

 『詰将棋パラダイス2017年5月号』に載った藤井氏の作品(15手詰)を見たときには、「プロになったので、詰将棋創作が解禁されたのか」と期待したのですが、その後の作品発表のペースを見ると、本格的な解禁はまだ先みたいですね。詰将棋愛好家としては「指し将棋は多少手を抜いてよいから、もっと作品を見せてほしい」と思ってしまうところもありますが、それは当面叶いそうにないので、心置きなく詰将棋創作に時間を掛けられる日が来るのを気長に待ちたいと思います。

―― 人間史、文化史、芸術史における長編詰将棋の価値について教えてください。それと、詰将棋はパズルなのでしょうか、それとも芸術なのでしょうか

 詰将棋は、国際的な交流が比較的少なかった江戸時代に花開いた、日本独自の文化です。その点では和算などと似ているかもしれません。

 パズルか芸術かという点についてですが、詰将棋はパズルと芸術の両面を備えています。論理だけでは味気ないですが、論理を無視して好き勝手な手順を作意にすることはできません。「知」と「情」のバランスの上に成り立つ文化。それが詰将棋だと思います。

 「知」と「情」のどちらに重心を置くかは、作品の狙いや作者の作風によって異なります。手順の流れや、手触りといった言語化しにくい感覚を重視する人もいれば、論理的な構造に重きを置く人、解答者へ挑む難解作を追求する人もいます。作者の個性が作品に反映されるという点では、詰将棋は芸術に分類されるでしょう。

 これは長編詰将棋もほぼ同じです。現在の定義では50手を越える作品が「長編」と呼ばれることが多いですが、50手から200手の間は非常に表現の自由度が高く、作者の意思を作品に反映させやすいと思います。200手を超えると、手数が長くなるに従って、事情が異なってきます。

 極めて長い手数の作品を作るには、特別な仕組みが必要になります。オリジナリティーを求めず、既存の手法を組み合わせるなら別ですが、新しい仕組みで超長手数作品の実現を目指すと、その仕組を実現するだけで手いっぱいになり、作者の好みを反映させる余裕がなくなります。仮に余裕があったとしたら、その余裕を作品の高度化のために使うことになるでしょう。

 ある詰将棋が、どの配置を変更しても必ず作品価値が下がる状態になると、それは「完成品」となり、作者の個性を反映させる余地はありません。そのような詰将棋は、パズルでも芸術でもなく、人の意思を離れた「自然」と呼ぶべき存在になります。自然の造形に人が手を加えて台無しにしてしまうことは避けねばなりません。

 これは人によって価値観が異なると思いますが、長編に限らず、究極の詰将棋は「創る」ものではなく「発見する」ものになると私は思います。

将棋とは400年かけても解けない“王手義務のない詰将棋”

―― 現在、詰将棋で取り組まれていることを教えてください

 私は今、主に変則詰将棋の世界で「解説者」として活動しています。

 最も力を割いているのが、WFP(Web Fairy Paradise)というネット上で閲覧できる変則詰将棋専門誌における常設作品展の担当業務です。もちろん詰将棋作家としての活動は続けていますが、詰将棋の世界では優秀な若い作家が途切れることなく登場しています。従って、自分自身が創作する時間を多少削ってでも、裏方的な役割を果たすことが重要だと考えています。

 解説者の仕事は、あるルールで作られた優れた作品を、できるだけ丁寧に分かりやすく説明し、そのルールをあまり知らない人にも理解できるようにすることです。とはいえ、その解説者自身が多様化するルール群についていけない面があるので、年々状況は厳しくなっています。ただ、新しい作家や解答者が登場したり、面白い作品が投稿されて来たりすると、喜びが苦労を忘れさせてくれます。

―― 橋本さんにとって詰将棋とはどんな存在ですか

 詰将棋解説者としての仕事もいつかは他の人に任せなくてはならないでしょう。それでも確実に言えるのは「詰将棋との接し方が変わっても、何らかの形で自分は詰将棋と関わり続けるだろう」ということです。先人の多くが、世を去る間際まで詰将棋を作ったり解いたりしていました。私がそれを語るのは少し気が早いかもしれませんが、最後の最後まで関わっていたい、それが詰将棋という存在です。

 橋本孝治さんは長年、詰将棋に取り組んできたが、金銭的な報酬はない。詰将棋作家は一体何のために作品を作るのか? 同氏の話を聞き、ミクロコスモスを並べることで1つの答えが得られたような気がする。1つのことをとことん考える楽しさが、人を何かに没頭させるのだ。

 筆者は小説を生業としているが一流ではない。どこの世界でも一流と呼ばれる人間は本当に細かなところまで考え抜く。そして、誰よりも楽しんでやりとげる。


 インタビュー中、最も心に残った橋本さんの言葉でしめたい。

 「変則詰将棋の観点で『将棋』を見ると、『将棋』は『攻方王手義務のない詰将棋』に見えます。人類はこの『攻方王手義務のない詰将棋』のたった1問を解こうと400年も奮闘してきましたが、最高級の頭脳を持つ人間を送り込んでも、最新の人工知能を投入しても、今のところ、このたった1問が解ける気配はありません。まったく、とんでもない難問を見つけてしまったものです。将来その『解答』を人類が手にする日は、来るのでしょうか?」

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2412/18/news202.jpg 「何言ったんだ」 大谷翔平が妻から受けた“まさかの行動”に「世界中で真美子さんだけ」「可愛すぎて草」【大谷翔平激動の2024年 「家族愛」にも集まった注目】
  2. /nl/articles/2412/20/news023.jpg 60代女性「15年通った美容師に文句を言われ……」 悩める依頼者をプロが大変身させた結末に驚きと称賛「めっちゃ若返って見える!」
  3. /nl/articles/2403/21/news088.jpg 「庶民的すぎる」「明日買おう」 大谷翔平の妻・真美子さんが客席で食べていた? 「のど飴」が話題に
  4. /nl/articles/2412/21/news038.jpg 皇后さま、「菊のティアラ」に注目集まる 天皇陛下のネクタイと合わせたコーデも……【宮内庁インスタ振り返り】
  5. /nl/articles/2412/21/news056.jpg 真っ黒な“極太毛糸”をダイナミックに編み続けたら…… 予想外の完成品に驚きの声【スコットランド】
  6. /nl/articles/2412/21/news088.jpg 71歳母「若いころは沢山の男性の誘いを断った」 信じられない娘だったけど…… 当時の姿に仰天「マジで美しい」【フィリピン】
  7. /nl/articles/2412/20/news096.jpg 新1000円札を300枚両替→よく見たら…… 激レアな“不良品”に驚がく 「初めて見た」「こんなのあるんだ」
  8. /nl/articles/2412/18/news015.jpg 家の壁に“ポケモン”を描きはじめて、半年後…… ついに完成した“愛あふれる作品”に「最高」と反響
  9. /nl/articles/2412/15/news031.jpg ザリガニが約3000匹いた池の水を、全部抜いてみたら…… 思わず腰が抜ける興味深い結果に「本当にすごい」「見ていて爽快」
  10. /nl/articles/2412/17/news195.jpg 「ほぼ全員、父親が大物芸能人」 奇跡的な“若手俳優の集合写真”が「すごいメンツ」と再び話題 「今や全員主役級」
先週の総合アクセスTOP10
  1. ザリガニが約3000匹いた池の水を、全部抜いてみたら…… 思わず腰が抜ける興味深い結果に「本当にすごい」「見ていて爽快」
  2. ズカズカ家に入ってきたぼっちの子猫→妙になれなれしいので、風呂に入れてみると…… 思わず腰を抜かす事態に「たまらんw」「この子は賢い」
  3. フォークに“毛糸”を巻き付けていくと…… 冬にピッタリなアイテムが完成 「とってもかわいい!」と200万再生【海外】
  4. 鮮魚スーパーで特価品になっていたイセエビを連れ帰り、水槽に入れたら…… 想定外の結果と2日後の光景に「泣けます」「おもしろすぎ」
  5. 「申し訳なく思っております」 ミスド「個体差ディグダ」が空前の大ヒットも…… 運営が“謝罪”した理由
  6. 「タダでもいいレベル」 ハードオフで1100円で売られていた“まさかのジャンク品”→修理すると…… 執念の復活劇に「すごすぎる」
  7. 母親から届いた「もち」の仕送り方法が秀逸 まさかの梱包アイデアに「この発想は無かった」と称賛 投稿者にその後を聞いた
  8. ある日、猫一家が「あの〜」とわが家にやって来て…… 人生が大きく変わる衝撃の出会い→心あたたまる急展開に「声出た笑」「こりゃたまんない」
  9. 友人のため、職人が本気を出すと…… 廃材で作ったとは思えない“見事な完成品”に「本当に美しい」「言葉が出ません」【英】
  10. セレーナ・ゴメス、婚約発表 左手薬指に大きなダイヤの指輪 恋人との2ショットで「2人ともおめでとう!」「泣いている」
先月の総合アクセスTOP10
  1. 「何言ったんだ」 大谷翔平が妻から受けた“まさかの仕打ち”に「世界中で真美子さんだけ」「可愛すぎて草」
  2. 「絶句」 ユニクロ新作バッグに“色移り”の報告続出…… 運営が謝罪、即販売停止に 「とてもショック」
  3. 「飼いきれなくなったからタダで持ってきなよ」と言われ飼育放棄された超大型犬を保護→ 1年後の今は…… 飼い主に聞いた
  4. アレン様、バラエティー番組「相席食堂」制作サイドからのメールに苦言 「偉そうな口調で外して等と連絡してきて、」「二度とオファーしてこないで下さぃませ」
  5. 「明らかに……」 大谷翔平の妻・真美子さんの“手腕”を米メディアが称賛 「大谷は野球に専念すべき」
  6. 「やはり……」 MVP受賞の大谷翔平、会見中の“仕草”に心配の声も 「真美子さんの視線」「動かしてない」
  7. ドクダミを手で抜かず、ハサミで切ると…… 目からウロコの検証結果が435万再生「凄い事が起こった」「逆効果だったとは」
  8. 「母はパリコレモデルで妹は……」 “日本一のイケメン高校生”グランプリ獲得者の「家族がすごすぎる」と驚がくの声
  9. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  10. 「真美子さんさすが」 大谷翔平夫妻がバスケ挑戦→元選手妻の“華麗な腕前”が話題 「尊すぎて鼻血」