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» 2019年12月24日 18時00分 公開

いまだ破られぬ詰将棋の手数最長記録(1525手詰) 作者に聞く「盤上の『ミクロコスモス』はいかにして生まれたか」 (1/5)

約30年前、22歳の若者が打ち立てた詰将棋界の金字塔。

[橋本長道,ねとらぼ]

 本記事は、文字数の都合で「人はなぜ“将棋”に人生を捧げるのか 最長手数の詰将棋『ミクロコスモス』(1525手詰)作者に聞く『詰将棋と向き合ってきた40年間』」では収録しきれなかった内容を収録。やや専門的な語も出てくる将棋ファン向けの記事となります。

 将棋界には偉大な記録が存在する。羽生善治九段のタイトル獲得99期、大山康晴十五世名人のタイトル戦連続登場50期、加藤一二三九段の最多対局数2505局、藤井聡太七段の29連勝――。これらは歴史に名を刻まれた天才たちの、色あせることのない記念碑だ。

 一方、将棋を使った頭脳パズル「詰将棋」においても、破られていない金字塔といえる記録が存在する。詰将棋作家・橋本孝治さんによる「ミクロコスモス」の“史上最長手数”、1525手詰だ。


ミクロコスモス(1525手詰)

 同作では、玉が“と金のベルトコンベヤー”に乗ったかのように、右へ左へと同じ場所を往復。約1500手にわたって逃げ続ける。しかし、その“ベルトコンベヤー”の裏側で少しずつ持駒や香、馬の位置がズレていき、あるとき、ピタリと詰み上がる。仕掛けを理解すると、アルゴリズム的な美しさが浮かび上がってくる作品だ。

 橋本さんは約30年前(1986年)、22歳でこの「ミクロコスモス」を発表。当初は1519手詰だったが、1995年に自らの手で記録を更新(1525手詰)している。プロの実戦で現れる詰みが長くて10数手程度ということを考えれば、この手数の途方もなさは一目瞭然だろう。

 作者が「私よりもこの作品の方が長生きするだろう」と語る「ミクロコスモス」はどのようにして誕生したのか。若くして金字塔を打ち立てたその先に見える景色とは、どのようなものなのか。話を伺った。

ライター:橋本長道

1984年生まれの小説家、元奨励会員、神戸大学経済学部卒。著書に『サラの柔らかな香車』『サラは銀の涙を探しに』(いずれも集英社刊)。現在、『yomyom』(新潮社)にて将棋小説『覇王の譜』連載中。

最長手数の詰将棋作品「ミクロコスモス」はいかにして生まれたか

―― まずは詰将棋との関わりについて教えていただけますか

 初めて詰将棋を知ったのは小学4年生のころ。本格的に創作を始めたのは確か中学生のときで、『詰むや詰まざるや 将棋無双・将棋図巧』(伊藤宗看・看寿、解説:門脇芳雄/平凡社)を読んだのが、詰将棋にのめり込む決定打になりました。その後、早稲田大学理工学部に進学し、将棋部に入りました。指し将棋の棋力はアマ三段。部ではレギュラーにはなれず、そのひとつ下のレベルでした。

 仮に詰将棋のことを1日1時間考えていたとしても、この40年間で約1万5000時間費やしてきたことになります。もっと多くの時間を注ぎ込んだような気もしますが、取りあえず数万時間としておきましょう。すでに完全に生活の一部になっていて、うっかりすると頭が働かなくなるまで詰将棋に時間を掛けてしまうので、やり過ぎないように気を付けねばなりません。

 2000年以降の発表作品が整理できていないので、正確な数字は分かりませんが、これまでに作ってきた普通詰将棋は約80局、変則詰将棋(通常とは異なるルールを持つ詰将棋の総称)は約400局くらいです。

 私は「極端な道に進むより、バランスや中庸が重要」と思っているのですが、頭で考えることと実際の選択はあまり一致していないかもしれません。将棋を知らない一般人から将棋を知り、詰将棋を知り、さらに変則詰将棋を知り……とどんどんマニアックな方面に進んでいきました。

 もう1つの趣味がクラシック音楽の鑑賞で、「ミクロコスモス」はバルトークの曲名からきています。小学生のころはテレビで流れる歌謡曲が音楽だと思っていた“普通の”子どもだったのですが、中学生になってクラシック音楽を知り、“普通の”クラシック音楽愛好家になり、高校に上がるころには、20世紀に生まれた現代音楽を知って、こちらも“普通”の道からも外れてしまいました。

―― ミクロコスモスはどのように作られたのでしょうか

 1985年、「縦方向にしか動けない香車を、いったん持ち駒にすることで横に動かす」という一見簡単そうだが、それまで誰も思いつかなかった趣向を取り入れた作品「イオニゼーション」(789手詰)を発表しました。


「ミクロコスモス」の名前がバルトークに由来するのと同様、この「イオニゼーション」もエドガー・ヴァレーズの曲名からとったものだという

 この時代、詰将棋にはちょっとした革命が起こっていました。それまで超長手数の作品といえば「龍追い(龍で玉を追い回す)」という機構を使うのが定番だったのですが、「持駒変換」×「と金はがし」という新機軸が発見され、大きなブームを巻き起こしました。短期間に研究が進み、最長手数記録を更新する作品が登場しました。山本昭一氏作「メタ新世界」(941手詰/詰将棋パラダイス1982年7月号)です。

 ただ、ブームには弊害もつきまといます。多くの長編作家がこの新興分野に惹きつけられてしまったため、今度は「龍追い」に代わって「持駒変換」×「と金はがし」が新たな定番になってしまったのです。イオニゼーションの発表は、特定分野に作家が集中し過ぎることを防ぎ、独自研究を促す良いきっかけになったと思います。

―― イオニゼーションは当時の詰将棋界において、エポックメイキングな作品だったというわけですね

 「イオニゼーション」の創作中、「さらに馬鋸(※)という別の技法も絡めたら、超長手数作品ができそうだ」という漠然としたイメージを実現させたのが、翌1986年に発表した「ミクロコスモス」です。

※馬鋸:うまのこ。馬を縦横にジグザクに動かす手順で、特に「手数が長い詰将棋特有の技法」として知られる。馬は強力な駒で、斜め方向には自由に動けるが、縦横方向には1マスずつしか動けないため、1歩1歩進んでいく。そのうえ「ミクロコスモス」では他の技法との組み合わせもあり、その1歩が百〜数百手に一度のペースとなる。

 「こんなアイデアは到底実現できないだろう」と半分諦めていた時期を含めると構想期間は8カ月。本格的な着手から約2週間で完成(1986年/1519手詰)しましたが、余詰(よづめ/意図していなかった詰手順)などがないか検証する作業には約3カ月を費やしました。今であれば詰将棋専用ソフトで検証できるのですが、当時は実際に駒を並べ手間を掛けなければ、作品を完全なものにすることができなかったのです。

 1995年に1525手に延ばしたのはほんのささいな改良ですが、今の形になるには9年も掛かったことになります。

―― 「ミクロコスモス」の創作時はやはり盤上に駒を並べていたのですか。それとも、頭の中で作られていたのでしょうか

 大掛かりな作品の場合、構想段階から盤駒を使うことはありません。頭の中で駒を並べることもありません。

 「ミクロコスモス」では、まず全体の構造を「(と金送り+持駒変換)×香の位置変換×馬鋸」という式で捉え、「と金送り」「持駒変換」……といった各モジュールの役割、要件の明確化をしていきました。「持駒変換」モジュールの場合であれば、役割が「歩や香を桂に変えること」であり、満たすべき要件は「馬鋸の軌道と干渉しないようコンパクトであること」です。

 各モジュールの役割と要件が明確になれば、頭の中でそれを具体的な配置に置き換えます。その場合も全図面を想定するのではなく、骨格となるであろう駒だけを思い浮かべ、他の部分は保留して設計を進めます。

 実際に盤駒を使うのは、ここから先の工程。モジュールごとに考えていったものが連携したとき、ちゃんと動いてくれるか確かめたり、先述のように検証作業を行ったりするのに用いました。


「ミクロコスモス」の各モジュール。この仕掛けを抽象化的に捉えたのが「(と金送り+持駒変換)×香の位置変換×馬鋸」


「ミクロコスモス」詰手順。なお、解析には「脊尾詰」(SeoTsume1.2)を利用。ちなみに、この同ソフトは1997年に初めて「ミクロコスモス」を解くのに成功したことで知られる。逆に言うと、「『ミクロコスモス』は登場から約10年間、コンピュータで解くことができなかった」ということになる


ぼんやり眺めるだけでは気付きにくいが、手数を重ねると駒の配置に微妙な変化が。1500手を超えたあたりで盤面は突如として動き出す

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