『このマンガがすごい!』にランクインしなかったけどすごい!2020:虚構新聞・社主UKのウソだと思って読んでみろ!第100回(2/3 ページ)
第2位『別式』(TAGRO)
第2位はTAGRO先生の『別式』(全5巻/講談社)。江戸時代初期、「別式」と呼ばれた女武芸者たちの交錯する運命を描いた時代劇です。
主人公・佐々木類は江戸に道場を構える別式。生前、古河藩武芸指南役として尽くした亡き父の跡継ぎとして、その技を受け継いだ彼女は、現在佐々木家の家督を継ぐにふさわしい男を見つけるべく婚活中。しかし、「自分より弱い男とは一緒になれない」と自ら課したルールと、元来のイケメン好きのために、既に13人が脱落。その噂が広まって彼女に挑む男たちが現れるも、文字通り斬り捨てられるばかり。
心から男を愛した経験のない類にとって、目下のところ大事なものは婿よりも女の友情。同じく別式として大名屋敷で警護役を務める幼馴染の魁(かい)、島原藩出身の早和(さな)、飲み友達の切鵺(りや)たちと合コンや同人春画即売会など、充実した江戸ライフ(?)を過ごす毎日。
しかし、長崎で勃発した島原の乱による早和の帰郷をきっかけに、運命の歯車が狂い始め、彼女たちの友情に少しずつ、しかし確実に暗い影が差し掛かります。愛憎、仇討ち、過去の因縁――、これまで別式たちがそれぞれ心に秘めていた思いが複雑に交錯した結果、固い友情の誓いを立てたはずの彼女たちがお互いに斬り合わねばならない悲劇へと変貌していきます。
純真無垢であるがゆえに人を傷つけてしまう無自覚の罪、偶然のめぐり合わせや不意の出来事による人生のボタンの掛け違えなど、舞台こそ江戸ながら、本作が描くのはいつの時代にも通じる普遍的な人生の不条理。終幕を迎えて本を閉じ、「もっと救いのあるハッピーエンドな結末はなかったのだろうか……」と思いを馳せた後、「いや、こうならざるを得なかったのだな」と納得させられるのは、本作に隙がないことの裏返しでもありましょう。きっと何度同じ時間をループしてもこの結末を覆すことはできません。
物語中盤から終盤まで、こちらの思考が追いつかなくなるほどのスピードで怒涛のごとく展開していくストーリーは圧巻。加えて、ある人物の死を知った類の独白「今なんでよろけた わたし ショックを受けたフリか? 別によろけなくても平気だったろ? 今さあ…」のような、常套表現から一歩リアルへと踏み込んだ感情表現もさすがの一言。
登場人物の思惑や行動が入り乱れて物語全体の密度が高まったがゆえ、物語後半やや性急になってしまったきらいはありますが、ゆっくり咀嚼しながら読み解くようにして作品世界を味わってほしいです。
第3位『LIMBO THE KING』(田中相)
第3位は田中相先生の『LIMBO THE KING』(全6巻/講談社)です。
舞台は2086年のアメリカ。人の記憶に感染し、3カ月以内に感染者を死に至らしめるウイルス性の奇病「眠り病」が世界中に拡大してから8年。治療法の発見によって根絶したと世界が安堵する間もなく、新型眠り病の発生が確認されたところから物語は始まります。
「記憶のガン」とも呼ばれるこの病気から生還する方法は、感染者の記憶に潜り込んで治療を施す「ダイバー」と、潜り込んだダイバーと行動をともにし、記憶の世界から現実に連れ戻す役割を果たす「コンパニオン」が2人1組になり、患者をトラウマ記憶から救い出すこと。しかし新たに発生した眠り病は、過去のものとは異なり、記憶の中に潜り込んだダイバーとコンパニオンに逆転移して2人を死に追いやる、攻撃性の高いウイルスへと進化していました。
感染源も感染経路も不明。そのうえ前回の眠り病とは異なり、一度回復しても再感染することまで発覚。もはや人類に為す術はないかと思われますが、たった1つだけ希望が残されていました。
それが記憶の世界=LIMBOでキングと呼ばれ、かつて眠り病を根絶させた伝説のダイバー・ルネ。そのルネのコンパニオンとして新たに選ばれた海軍所属の2等兵曹アダムは、ダイバーから引退したルネを再び現役復帰させようと試みます。他人を寄せ付けない寡黙なルネと、誰とでも打ち解ける社交的なアダム。正反対の性格の2人は時に衝突しながら、悪夢の世界に潜り込んで治療に取り掛かります。
当初は何もかもが不明だった新型眠り病ウイルスですが、その後それが人為的に作り出されたものであることが明らかになると、物語はSFからミステリーの色彩に。一体誰が、何のために眠り病ウイルスを作り出したのか。人はどこから眠り病に感染するのか。謎を追う一方で、着々と世界に蔓延していく眠り病。記憶の世界と現実世界を行き来しながら、事件解明へと歩みを進める2人が最後にたどり着いた犯人、そしてその理由とは――。
作者の田中相先生は、高校バレー女子を描いた前作『その娘、武蔵』(全3巻)、雪国を舞台にした恋愛作品『千年万年りんごの子』(全3巻)など、舞台設定もジャンルも全く違う作品を、毎回しっかりと描き切る実力派の作家さん。バラエティに富んだ人物、舞台、時代を描きつつ、しかしどの作品にも「田中節」とも言える視点や表現といった個性が共通して感じられるのも面白いところ。アメリカを舞台としながら、セリフ回しに反語や婉曲を多用するような「洋物臭さ」がないところも、読みやすさにつながっているように感じます。次回はどのような作品を発表されるのか、楽しみにしています。
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