「禍の先に禍が待ち構えている」 コミケ中止を経ての「同人業界のいま」を同人誌印刷会社に聞いた
新型コロナウイルス感染症による影響と、今後の展望について取材しました。
COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の感染拡大を受け、コミックマーケット準備会は、5月に開催を予定していた「コミックマーケット98(C98)」の中止を3月下旬に発表しました(参考記事)。史上初のコミケ中止に驚きと落胆の声が広がった一方で、オンライン上で作品を公開してファンが交流する「エアコミケ」の動きが生まれたり、同人誌印刷会社が独自のキャンペーンを発表したりしたことも注目を集めました。
このような動きがあった中、同人業界は実際にどのような影響を受けていたのでしょうか。同人誌印刷を手掛ける栄光、しまや出版、ねこのしっぽの3社にお話を伺うことができました。
売上は大幅減少 営業時間の短縮や店頭対応の自粛も
――新型コロナウイルス感染症の拡大を受け、3月以降は同人誌即売会の延期・中止が相次ぎました。このような状況は、業務や売上にどれほど大きな影響を与えていますか。
栄光 「2月23日開催のHARU COMIC CITYから注文量に影響が出てきました。3月は前年対比65%、4月は50%、5月は60%の見込です。当社の場合、一般商業印刷も受注しているので半減以下に落ち込まずに踏みとどまってはいる状況です」
しまや出版 「正直なところ売上は激減しました。ゴールデンウィークに開催予定だったコミックマーケットが中止となった影響は特に大きく、前年対比6割減の受注規模となりました」
ねこのしっぽ 「売上に関しては特に4月から印刷受注が大幅に落ちています。業務的には会社の休みを増やしたり、就業時間を短縮したりしているほか、一部の社員にはテレワークでの作業をしてもらっています」
取材したいずれの印刷会社でも、売上に大きな影響が生じていました。さらに営業時間の短縮や、店頭対応を自粛して電話とオンラインでのみの問い合わせ・受注対応とするといった動きも多くの印刷会社で見られました。
「エア●●」だけではしのぎ切れない 即売会ありきで続く同人文化
――過去にこれほど大きな影響をもたらした社会現象などはあったのでしょうか。
栄光 「今回は創業以来最大の影響です。東日本大震災の時は幸いにも5月のイベントから開催されたので、3月のみのマイナスで済んでいました」
しまや出版 「コミックマーケットには第2回目から印刷所という立場で関わってきましたが、長い歴史の中でもここまで先行きの見えない状況になることはありませんでした」
ねこのしっぽ 「日本の経済的にも戦後最大じゃないかと思います。同人業界にとってもコミックマーケットが中止になるのは今までにない事件ですし、影響の大きさは計り知れません」
――4月に入り少し経つと「エア●●」として、イベント開催が予定されていた日にオンライン上で作品を公開したり、参加者が交流を図ったりする「エア●●」という企画も見られるようになりましたが……それでも、持ち直すというところまでは難しい状況でしょうか。
ねこのしっぽ 「エアコミケ、エアコミティア、エアブーなど多くのエア企画が開催されていますが、やはりリアルな即売会が行われないと、印刷会社だけでなく多くの関連業社にとっても深刻な状況は変わりません。同人誌は即売会ありきなので、なかなか難しいですね」
即売会以外で同人誌を頒布する方法としては、書店委託での通販、自家通販といった方法が主に考えられます。しかしこれまで同人サークルの多くは、即売会での販売と通販をセットで想定して、同人誌の制作・発注を行っていました。通販のみで頒布するという場合、即売会開催時と比較して部数を減らして発注するというサークルもあれば、モチベーションを失ってしまい、そもそも筆をとれないという声も聞かれます。
――即売会の開催が難しい状況下で、現在どんな取り組みをされていらっしゃいますか。
栄光 「特定の条件を設けず、すべての同人誌を20%割引で入稿できる『在宅執筆助成制度20%割引』キャンペーンを実施しています。多くの反応をいただき、20日間で100件以上のご利用があります」
しまや出版 「STAY HOMEでも即売会の雰囲気を楽しめるように、入稿いただいた全ての方へ『エア設営セット』をプレゼントしています。こちらを楽しみに入稿していただける方もいて、とても好評です」
さらに各社独自の取り組みのほか、印刷会社合同企画「同人誌応援キャンペーン」も6月30日まで実施されています。栄光、しまや出版、ねこのしっぽの3社を含む計21社がこのキャンペーンに参加しており、キャンペーンに参加している印刷会社へ期間中に入稿すると、無料特典を受け取ることができます。
ねこのしっぽ 「同人誌応援キャンペーンの利用者数はまだ多くはないですが、開始前からご入稿をいただくなど、楽しんでくださっている作家の方々がいらっしゃるので、やって良かったと思っています」
コロナ自粛が終わった先にも困難が……! 立ちはだかる「東京五輪問題」
そして現在、同人誌即売会にかかわる企業・業界は、もうひとつ大きな問題に直面しています。
しまや出版 「そもそも2020年は、五輪開催に伴う東京ビッグサイトの閉鎖で、同人業界は問題を抱えていました。そこに新型コロナウイルス感染症によるイベントの延期・中止です。全く想像もつかない状況でした」
東京五輪の準備のため、2019年から展示棟の一部が使用できなくなっていた東京ビッグサイト。2019年4月以降に東京ビッグサイトで開催された同人誌即売会では、例年より狭い展示エリアが会場として使用されてきました。
さらに五輪開催期間はすべてのエリアが使用できなくなるため、例年8月と12月に開催されてきたコミックマーケットは、2020年に限って8月分の開催を5月に前倒しする予定でした。コミックマーケットに限らず、2020年の夏は首都圏で大規模な同人誌即売会を例年通り開催することが容易ではなく、同人業界は以前からこの問題に頭を悩ませていました。
栄光 「東京五輪が1年スライドして開催される場合、来年も同様の影響を再び受けるという可能性があります。禍の先に禍が待ち構えています」
新型コロナウイルス感染症が収束し、外出や買い物などができる日常が戻ってきたとしても、同人業界が抱える問題はすぐには解決しないのです。
「数社だけが生き残ったのではダメ」 この難局を連帯して乗り越える同人誌印刷業界
このような苦境の中、栄光の岡田社長が4月3日に発表した「いま、皆様にお伝えしたいこと」というメッセージは、Twitterを中心に大きな反響を呼びました(参考記事)。
このメッセージでは、同人誌印刷会社の状況について「『たいへんだ!』と騒いでいる会社だけがタイヘンなのではありません」としています。そして、自社も苦しい状況にあるにもかかわらず他社の利用をも呼びかけた理由について「特定の同人誌印刷会社、数社だけが生き残ったのでは、ダメなのです」「印刷会社は日本に数万社ありますが、同人誌文化を理解して初心者も含めた作り手に寄り添える印刷会社は限られます」と続けています。
また、21社が参加している「同人誌応援キャンペーン」も、企画が発足した当初は複数社合同のキャンペーンではありませんでした。
新型コロナウイルス感染症の影響が生じる前から懸念されていた「東京五輪問題」に向け、2020年の夏は業界で力を合わせて何かキャンペーンを実施できないか? ねこのしっぽの内田代表がイベント主催会社や書店と3年前に相談していたことが、今回のキャンペーンの前身になっていたといいます。
ねこのしっぽ 「新型コロナウイルス感染症の影響で、ゴールデンウィークの即売会が開催不可能になりました。そこで当初考えていたキャンペーンを5月に前倒しして進めることにしました。
3年前に動き出した時にはねこのしっぽの単独企画として考えていましたが、じわじわと賛同が広がり21社の同業者に参加いただけたこと、同人誌印刷会社がこの危機的状況下で手を取り合って協力できたことは、たぶん皆様が考えている以上に大きなことだと思っています」
各社今後の取り組みと「いま、同人作家の方々に伝えたいこと」
――今後に向けて考えている取り組み、そして最後に、同人作家の方々に伝えたいメッセージがありましたらお聞かせください。
栄光 「7月からは『2021年カレンダー作成の早期割引』『暇だからできる!手加工割引キャンペーン』などを実施予定です。また、RGB入稿に対応し色再現品質を向上させる、ホームページを全面的に見直して刷新するなど、この耐える時間を前向きな準備期間として活用していきます。
皆様には何があろうと、なかろうと『本を作り続けていただきたい!』」
しまや出版 「現在、新型コロナウイルス感染症対策を行いながら、社内では新しい印刷にチャレンジしています。 テストを終え、6月中には商品リリースできると思います。業務量が減った時間を有効活用しながら、お客様に喜んでいただくためのサービス・商品開発を行っていますので楽しみにお待ちください。
同人誌の老舗印刷会社として新型コロナウイルス感染症に負けずに業界を継続していきます。 ぜひ皆様も創作活動を続けて、この同人誌文化を紡いでいきましょう」
ねこのしっぽ 「ねこのしっぽでは6月から8月まで『定期便書店ぱっく』という期間限定の企画を開始します。ねこのしっぽが自社定期便を運行している同人誌書店への委託にピッタリな、期間限定・仕様限定の特別パックです。他にも、新しいキャンペーンパックやグッズ商品の導入検討を進めています。
現在、印刷会社はさまざまなフェア、キャンペーンを行っていますが、頒布する場がない、交流の場がない現状では、同人誌を作りたくても作れないのが正直なところだと思います。
同人作家の皆様は焦らなくて大丈夫です。急いで同人誌を作らなくても大丈夫です。ただ、原稿は描き(書き)続けてほしいです。いつか場が復活した時のために、その時はぜひ弊社を検討していただけるとうれしいです。そして書店の委託頒布に慣れている作家さんは、同人誌の灯を消さないように、できる範囲で同人誌の発行をお願いします」
コミックマーケットをはじめとした同人誌即売会の延期・中止が同人誌印刷会社に与えたインパクトは大きく、「エア●●」などの取り組みだけではカバーしきれない影響が生じていました。
しかし、今回取材した各印刷会社はこの期間を前向きな準備期間としてとらえ、創作活動をサポートするサービスや業界全体を盛り上げるためのキャンペーンを現在も積極的に企画しています。同人業界にとっては今後も厳しい状況が続きますが、「同人作家の皆さんには、変わらず創作を続けてほしい」という思いは業界全体で共通しているようです。
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