少女漫画の「男に片思いする男」が希望を教えてくれた――一条ゆかり『デザイナー』『砂の城』と、恋愛にしっくりこない私 (1/2)
報われないキャラクターに救われた経験を、イラストつきで振り返ります。
少女漫画。それは多くの女性が出会い、ふれあい、どっぷりと浸かり、あるいは反発し、断絶を感じてきた、不思議な文化です。自分の物語を見つけられた人も居場所がなかった人もいますが、人生のどこかで一度はすれ違うものではないかと思います。
今回ねとらぼGirlSideでは、連載企画『少女漫画を語ろう』を立ち上げました。少女漫画について語る言葉が、この世にはまだ少なすぎるように思われたからです。さまざまな人たちに、自分の人生と交差した少女漫画、そして少女漫画と交差した自分の人生について、絵と文章で語っていただきます。
今回は漫画家・イラストレーターの松村生活さんに、一条ゆかり作品に登場する「男に片思いする男」たちへの思い入れをご寄稿いただきました。なお、以下の記事には一条ゆかり『デザイナー』『砂の城』のネタバレが含まれますので、ご注意ください。
書いた人:松村生活
ハムスターのうにさんと暮らしている漫画描き。Twitterでエッセイ漫画『うにさんと私』連載中(書籍化予定あり)。主にコミティアで活動していたが、新型コロナウイルスの影響でしばらく参加できない。実家には黒猫のカツオさんがいる。
Twitter: @seikatsugakusyu note: https://note.com/seikatsugakusyu
「恋愛」との距離感
異性愛者の中にもあんまり恋愛に興味を持たない人がいるように、同性愛者の中にもあんまり恋愛に興味を持たない人がいる。私のことだ。女性にときめく気持ちはあるが、恋愛関係を築きたいとはあまり思わない。それでいてたまには誰かと喋りたくなる時があり、ついレズビアン向けのマッチングアプリに登録してしまう。
しかし、マッチングアプリもしっくりこない。違和感の正体は、異性愛の婚姻制度を前提としたような、排他的かつ距離の近い関係性を望む人が案外多いことだった。ときめきは欲しいし、誰かを「めちゃくちゃ好き!」と思うこともある。だが、常に一緒に生きていたいわけではなく、年に数回会えれば十分だ。そのようなスタンスでいると、マッチングが難しく、情熱も続かない。
この社会にいるのは異性愛者ばかりではないことが自明の理となり、異性婚、同性婚、そしてそれ以外のパートナーシップの在り方が多様な形で受容されない限り、私は多分ずっと一人で生きていく可能性が高い。まあそれでもいいけど、と思いつつ、ときめきも捨てきれずに、うだうだ漫然と過ごしてきた。
そんな日々に、学生時代に愛読していた少女漫画のことを思い出す。
私は限りなくアセクシャル(※1)に近いレズビアンであるものの、フィクションのラブコメやロマンス(死亡者が出るレベルの修羅場が発生するようなやつ)を観たり読んだりするのは大好きだ。特にメインのカップルの男に片思いしている男が出てくると更に好き。今回は一条ゆかり『デザイナー』『砂の城』に出てくる、「片思いの男」の話をしたいと思う。
※1……アセクシャルとは、人に性的な魅力を感じないセクシュアリティのこと。
怒涛の展開と、主人に執着する男・柾――『デザイナー』
少年漫画ファンだった私にとって、少女漫画は基本的に友達から借りて読むものだった。当時連載中だった少女漫画(『Wジュリエット』『桜蘭高校ホスト部』『東京ミュウミュウ』等)はほぼ友達から借りて読んでいた記憶がある。自分で買うようになってからは、友達から借りることがないであろう、自分たちの世代が生まれる前に連載されていた少女漫画の文庫などを買った。中でもハマったのが、一条ゆかり作品である。
最初に自分で買って読んだ一条ゆかり作品は『デザイナー』だった。衝撃的だった。話の展開が速い。速すぎる。同作の主人公は天涯孤独の天才モデル・亜美だが、亜美を取り巻くファッション業界の闇が示されたかと思えば突然カーレースバトルが始まり、その直後には自分を使っていた一流デザイナー・鳳麗香(おおとりれいか)が亜美を捨てた母親だという事実が発覚する。そして亜美の母親の正体が分かった次のページで、亜美は交通事故に遭い、右足の神経を負傷してモデルを引退することとなる。
失意に暮れる亜美の前に現れたのは、カーレースバトルで唯一自分を負かした美青年社長・結城朱鷺(ゆうきとき)だった。朱鷺は亜美に、鳳麗香に復讐するためにデザイナーになるよう告げる。亜美は驚きながらも朱鷺の提案を受け入れた。朱鷺は瞬く間にパリからファッションに関する講師陣を手配し、亜美はフランス語の勉強をすっ飛ばしたまま、フランス語でデザイナーになるためのスパルタ授業を受け始める……。これでまだ序盤だ。全1巻(355ページ)のうちの85ページ目くらいまでの展開である。
なんてドラマチックで破天荒な漫画なんや! とこのあらすじだけで十分楽しいのだが、私が一番好きなのは、今回の本題である「片思いの男」の存在である。序盤からずっと朱鷺を「若」と呼んで寄り添う、黒髪ロン毛黒服のおっさん(おにいさん?)秘書、柾(まさき)だ。柾は明らかに朱鷺を愛しているし、朱鷺も「君がいればいい」と口にして、途中までは柾に寄り添っていた。しかし朱鷺が亜美に好意を抱いたことで、この関係にひびが入る。
最終的に朱鷺は亜美と結婚しようとするが、柾は全力で妨害し、朱鷺と亜美が実は双子だったという衝撃的な事実をマスコミに流す。亜美はその事実を受け入れられずに自殺し、朱鷺は亜美を失ったショックで精神年齢が10歳に戻ってしまった……。
朱鷺にひたすら献身的な柾に中盤から感情移入していた私としては、結果的に柾のところに朱鷺が戻って来たので「よかったね!」と思った。よくない。状況的に全然よくないんだけど。「大好きだよ柾 柾が一番好きさ」と言う10歳の無邪気な朱鷺が柾の元に戻ってきたものの、いつか朱鷺が何らかの形で記憶を取り戻したなら柾は真っ先に殺されるかもしれない。柾もそれは分かっているだろう。しかし、それでもどんな手を使ってでも朱鷺を自分のそばに留めておこうとする柾の折れない執着が、私は結構好きだ。
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