「3日徹夜は当たり前!」でも「ブラックとはちょっと違った?」 壮絶だけど楽しい70年代少女マンガ家アシスタント事情

『薔薇はシュラバで生まれる』をレビュー!【試し読みあり】

» 2020年09月01日 20時30分 公開
[池田智ねとらぼ]
※本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

 1971年の春、中学3年生の少女が初めて出版社にマンガの持ち込みに訪れました。原稿を見てくれた編集長の厳しい指摘に意気消沈した少女ですが、その編集長の気遣いで、のちに『ガラスの仮面』(1976年)を発表する美内すずえの仕事場に行くことに。そこで、彼女は生き生きとした目で創作の楽しさを語る美内に出会います。少女もその後マンガ家としてデビュー。作品制作とアシスタント業務を並行させながら、多くのマンガの現場に足を運びます――。

薔薇はシュラバ 『ガラスの仮面』美内すずえ先生と出会うシーン

 アシスタントとして多くの巨匠の仕事に立ち会いながら、自身もマンガ家として活躍した笹生那実によるエッセイマンガ『薔薇はシュラバで生まれる』は、少女マンガの黄金時代と呼ばれた70年代の状況をいきいきと描いています。ちなみに「シュラバ」とは締め切り直前の「時間との戦い」状態の作画作業のこと。

 登場する作家たちは皆、70年代当時の本人たちの画風で描かれており、美内すずえは北島マヤのようにくるくると表情を変え、くらもちふさこは伏し目がちに微笑み……とサービス精神旺盛。描き手の画風を知っていると、思わず顔がほころぶ豪華な作りになっています。

どうして70年代が「少女マンガの黄金期」と呼ばれるのか?

 本書の最大のポイントは、70年代の少女マンガが何をどのように描いてきたかが細かに描写されているところでしょう。

 本書の中には、笹生が山岸凉子の『天人唐草』(1979年)掲載時の衝撃を「天人唐草読んだ!?」「山岸先生ってほんと改革者だよねー」とマンガ家仲間と熱く語る場面があります。

 なぜ山岸凉子は改革者と呼ばれたのでしょうか?  それは、少女マンガの主人公の多くが10代か20代初頭だった当時、30歳のさえない女性を主人公にし、抑圧された女性の内面と、彼女を取り巻く社会を、読者である女の子に向けて描いたからです。その後、山岸は聖徳太子を主人公にした『日出処の天子』(1980年)を発表し、再び少女マンガ表現の枠を大きく広げます。

 もう一つ印象的なのが樹村みのりとのエピソード。女性同士の恋愛を描いた『海辺のカイン』(1980〜81年)、日本国憲法の人権の章に男女の権利の平等を盛り込んだベアテ・シロタの評伝『冬の蕾』(1993〜94年)など、繊細な心のひだを描いた作品から、社会派の作品まで、幅広い題材に取り組んだ作家です。

 12歳の少女がレイプされるという衝撃的な描写のある『40-0』(1977年)。制作中に樹村は、「女の子が酷い目にあっても尊厳まで傷つく必要なんかない。負けてはいけませんよっていうのがテーマなの」と笹生に話したといいます。同時代の映画や小説の中では「傷つけられた女性は不幸になるしかない」という展開が定番だったころに、たとえ心無い人に踏みにじられようとも、尊厳を捨てない少女を描く――そんなエポックメイキングな作品だとあらためて伝わってきます。

過酷なシュラバ……でも、楽しかった!

 70年代、まだ少女マンガが「女子ども」のものとして軽んじられていた頃、彼女たちがどのようなメッセージを読者に向けて発信していたのか。本書にはそれが克明に描かれています。

 そして、新しい表現を作っていった人々による過酷なシュラバの思い出は、体力的にはとてもきつそうだけど、楽しそうでもあります。

薔薇はシュラバ 時には「カンヅメ旅館」でシュラバが繰り広げられていました

 次号の展開に迷いA案とB案のどちらがいいかをアシスタントに相談する美内。業務に追われて制作ができないアシスタントを、励ましたりベタ塗りを手伝ったりする樹村。編集者主催の自主勉強会で出会った仲間同士でくらもちの家におしかけ、わいわいおしゃべりしながらのアシスタント。北海道在住の三原順が、集中して原稿をするために東京に来た際に、次々訪れるマンガ家仲間たち……。

 本書の最後には、現在の笹生が当時のマンガ家仲間と雑談する場面があります。2〜3日の徹夜の後の24時間睡眠という生活を思い出し、「あんな生活しちゃダメ」と笑うマンガ家たち。彼女たちは、それでも「ブラックとはちょっと違った」と口にします。

 労働条件という意味ではどう見てもブラックな職場を、彼女たちがそうとは思わなかったのは、「先生とアシスタント」が単なる雇用主と労働者ではなく、新しい時代を作っていく同志だったからでしょう。

 女の子が「女子ども」のために描きはじめ、今では多くの人々の心を捕らえるようになった少女マンガ。その発展の過程をつぶさに記した本書に、70年代のシスターフッドとも言うべき現場が描かれているのは、なんだか胸が熱くなります。

※記事内の作品名後ろの西暦は発表年

『薔薇はシュラバで生まれる』試し読み

薔薇はシュラバで生まれる
薔薇はシュラバで生まれる
薔薇はシュラバで生まれる
薔薇はシュラバで生まれる
薔薇はシュラバで生まれる
薔薇はシュラバで生まれる
薔薇はシュラバで生まれる
薔薇はシュラバで生まれる
薔薇はシュラバで生まれる
薔薇はシュラバで生まれる
薔薇はシュラバで生まれる
薔薇はシュラバで生まれる
薔薇はシュラバで生まれる
薔薇はシュラバで生まれる
薔薇はシュラバで生まれる
薔薇はシュラバで生まれる
薔薇はシュラバで生まれる
薔薇はシュラバで生まれる
薔薇はシュラバで生まれる
薔薇はシュラバで生まれる
薔薇はシュラバで生まれる
薔薇はシュラバで生まれる
薔薇はシュラバで生まれる
薔薇はシュラバで生まれる
薔薇はシュラバで生まれる

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2411/19/news150.jpg 「情報を漏らされ振り回され……」とモデラー“限界声明” Vtuberのモデル使用権を剥奪 「もう支えられない」「全サポート終了」
  2. /nl/articles/2411/20/news028.jpg 「うどん屋としてあるまじきミス」→臨時休業 まさかの“残念すぎる理由”に19万いいね 「今日だけパン屋さんになりませんか」
  3. /nl/articles/2411/20/news224.jpg “ドームでライブ中”に「76万円の指輪紛失」→2日後まさかの展開に “持ち主”三代目JSBメンバー「誰なのか探しています」
  4. /nl/articles/2411/19/news169.jpg 高畑充希と結婚の岡田将生、インスタ投稿めぐり“思わぬ議論”に 「わたしも思ってた」「普通に考えて……」
  5. /nl/articles/2411/20/news031.jpg 「本当に同じ人!?」 幼少期からイボをいじられていた男性→美容師の“お任せカット”が衝撃 「めちゃくちゃ大変身」
  6. /nl/articles/2411/19/news022.jpg 「おててだったのかぁああああ」「同じ解釈の人いた笑笑」 ピカチュウの顔が“こう見えた”再現イラストに共感続々、464万表示
  7. /nl/articles/2411/20/news042.jpg 「腹筋崩壊」 ハスキーをシャンプー&パックしたら…… “予想外のハプニング”に「こ〜れは大変だわ」「沼にでも落ちたのかとwww」
  8. /nl/articles/2411/20/news216.jpg “歌姫”ののちゃん、6歳現在の姿に驚きの声「あれっ!?」「ビックリしてます!」 2歳で「童謡こどもの歌コンクール」銀賞受賞
  9. /nl/articles/2411/20/news041.jpg 黄ばみのある68年前のウエディングドレスを修復すると…… 生まれ変わった姿に「泣いた」「受け継ぐ価値のあるドレス」
  10. /nl/articles/2411/18/news107.jpg 走行中の車から同じ速さで後方へ飛び降りると? 体を張った実験に反響「問題文が現実世界で実行」【海外】
先週の総合アクセスTOP10
  1. 「飼いきれなくなったからタダで持ってきなよ」と言われ飼育放棄された超大型犬を保護→ 1年後の今は…… 飼い主に聞いた
  2. ドクダミを手で抜かず、ハサミで切ると…… 目からウロコの検証結果が435万再生「凄い事が起こった」「逆効果だったとは」
  3. 「明らかに……」 大谷翔平の妻・真美子さんの“手腕”を米メディアが称賛 「大谷は野球に専念すべき」
  4. まるで星空……!! ダイソーの糸を組み合わせ、ひたすら編む→完成したウットリするほど美しい模様に「キュンキュンきます」「夜雪にも見える」
  5. 妻が“13歳下&身長137センチ”で「警察から職質」 年齢差&身長差がすごい夫婦、苦悩を明かす
  6. 人生初の彼女は58歳で「両親より年上」 “33歳差カップル”が強烈なインパクトで話題 “古風を極めた”新居も公開
  7. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  8. 互いの「素顔を知ったのは交際1ケ月後」 “聖飢魔IIの熱狂的ファン夫婦”の妻の悩み→「総額396万円分の……」
  9. ユニクロが教える“これからの季節に持っておきたい”1枚に「これ、3枚色違いで買いました!」「今年も色違い買い足します!」と反響
  10. 中央道から「宇宙戦艦ヤマト」が見える! 驚きの写真がSNSで注目集める 「結構でかい」「どう見てもヤマト」 撮影者の心境を聞いた
先月の総合アクセスTOP10
  1. 50年前に撮った祖母の写真を、孫の写真と並べてみたら…… 面影が重なる美ぼうが「やばい」と640万再生 大バズリした投稿者に話を聞いた
  2. 「食中毒出すつもりか」 人気ラーメン店の代表が“スシローコラボ”に激怒 “チャーシュー生焼け疑惑”で苦言 運営元に話を聞いた
  3. フォロワー20万人超の32歳インフルエンサー、逝去数日前に配信番組“急きょ終了” 共演者は「今何も話せないという状態」「苦しい」
  4. 「顔が違う??」 伊藤英明、見た目が激変した近影に「どうした眉毛」「誰かとおもた…眉毛って大事」とネット仰天
  5. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  6. 星型に切った冷えピタを水に漬けたら…… 思ったのと違う“なにこれな物体”に「最初っから最後まで思い通りにならない満足感」「全部グダグダ」
  7. 「泣いても泣いても涙が」 北斗晶、“家族の死”を報告 「別れの日がこんなに急に来るなんて」
  8. ジャングルと化した廃墟を、14日間ひたすら草刈りした結果…… 現した“本当の姿”に「すごすぎてビックリ」「素晴らしい」
  9. 母親は俳優で「朝ドラのヒロイン」 “24歳の息子”がアイドルとして活躍中 「強い遺伝子を受け継いだ……」と注目集める
  10. 「幻の個体」と言われ、1匹1万円で購入した観賞魚が半年後…… 笑っちゃうほどの変化に反響→現在どうなったか飼い主に聞いた