【ネタバレ】「ドラえもん のび太の新恐竜」のスパルタ教育と根性論 誤った“多様性”の危うさを考察(2/3 ページ)
もしかすると、「のび太の新恐竜」の作り手は原作屈指の名エピソード「さようなら、ドラえもん」も意識していたのかもしれない。のび太はジャイアンに何度もケンカを挑み、殴られボロボロになっても、ドラえもんに安心して未来へ帰ってもらうために逃げようとはしなかった。このエピソードを、今回の“傷ついてでもがんばるキュー”に重ねていた、とも考えられる。しかし、ドラえもんの幸せのために自分が傷つくことも厭わなかったことと、キューという他者に傷ついてでも努力をさせるということは、根本的に全く異なる。
のび太は誰よりも他者の痛みに寄り添う性格のはずなのに、自分と似た存在であったキューを無理矢理にでも飛ぶことを強要させる、しかも地面に叩きつけられ傷つかせるという、もっとも辛い選択をさせるはずがないではないか、とあらためて思ってしまう。
これは、のび太というキャラクターに対してはもちろん、「ドラえもん」という作品の裏切りとさえ思う。のび太はドラえもんの道具を頼るが、調子に乗ってしっぺ返しを受けてしまう。しかも、のび太はやりたくない努力はしない怠け者。そんなダメダメなのび太でさえも、他者を思いやる優しさという長所があるし、時には大切な誰かのために一生懸命になることもある。そんなのび太を見て、のび太のように自分に自信のない子どもは、少し勇気や希望をもらえる。「ドラえもん」は、そういう作品ではなかったか。
のび太がキューにスパルタ教育をさせ結果的に成功する、そしてのび太が逆上がりができてしまうというラストは、のび太のように自分に自信のない子どもにとっては、やはりつらいものとして映るのではないか。スパルタ教育や根性論を肯定とする作品があってもいいかもしれない、しかし「ドラえもん」という作品で、のび太というキャラクターで、それをやってほしくなかった。
また、この「のび太の新恐竜」の劇中で、ドラえもんはのび太のことを「平凡を絵に描いたような少年」と表現している。世間一般の認識であっても、のび太は平凡以下の、ダメ人間の代名詞的に呼ばれている一方、そのことを含めて愛されている存在だろう。そんな彼の表現として平凡という言葉を使うこともチグハグだ。
さらに、オリジナル版の「のび太の恐竜」であったはずの、のび太が自分で化石のことを調べて地層を掘り、卵を何日もかけて布団の中で温めるという、生まれようとしている恐竜のために一生懸命になる過程が今回はオミットされている。今回ののび太もキューが生まれてから育てるために奮闘したり図書館で調べ物をしているとは言え、最初からのび太というキャラクターの良さがストレートにあらわれたこれらのシーンを外してしまうということも残念だった。
3:間違っていると断言できる多様性の描き方
劇中では、キューが飛べなくてもいいという選択肢も、ましてや一方的に傷つけてきた新恐竜のボスの意識を変えさせるという選択肢も存在しなかった。これは、本作のキーワードになっているはずの“多様性”という観点からも齟齬(そご)がある。
本作の脚本を務めた川村元気による、以下のインタビューの言葉を、まずは読んでみてほしい。
「多様性って『弱者と共存しましょう』みたいな話になりがちな気がして違和感があったんです。恐竜や生物の歴史などを調べていくと、多様性というのは綺麗事ではなく、生物がサバイブするための必須条件だということがわかるんです」
『君の名は。』『世界から猫が消えたなら』などを生み出した川村元気の物語の作り方<『映画ドラえもん のび太の新恐竜』特別インタビュー> | テレビドガッチ
この言葉を読むと、暴力を振るってきた新恐竜のボスを批判するのではなく、キューの努力のほうに問題があるとする作劇の理由がはっきりする。つまり、川村元気の主張は、弱者(飛べないキュー)はコミュニティの中で多数派に迎合するため、生き抜くために、努力をするべきだ、ということなのだ。
確かに、弱肉強食の白亜紀の世界では、キューのようにまわりと同じように飛べないままでは、生きることそのものが難しいのかもしれない。事実、本作の小説版では、新恐竜たちの住処は、空を飛んで生きるために都合よくできていて、飛べないと仲間になれない場所という説明もされている。その環境に適した能力を持つ生物が生き延び、それが後の進化につながるということもあるだろう。仲間からつまはじきにされていたキューが、実は鳥のような飛び方ができ、それが生物の進化にとって必要なことで、多様性の肯定であるという論理も理解はできる。
そうだとしても、「飛べる者だけが生き残って進化できる」という価値観の押し付けは、優生思想的な考えにも近く、川村元気がかかげているはずの多様性とはむしろ相反することなのではないか、という疑問もつきまとう。
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