痴漢被害の実態は学生に伝わっていない――「痴漢抑止バッジ」プロジェクトの次に、クラウドファンディングでアニメ制作プロジェクトを始める理由
なぜアニメで伝えるのか?
2015年から痴漢抑止バッジの制作を続ける「痴漢抑止活動センター」の代表、松永弥生さん(以下、松永さん)。新たにアニメーションを制作するため、10月5日から11月20日午後11時までの期間に、クラウドファンディングプラットフォーム「READYFOR」にて制作資金を募ります。
「学生に知ってほしい痴漢の真実:アニメーション制作プロジェクト」の目標金額は150万円。なぜ、アニメーションなのか、アニメーションで何を伝えるのか。松永さんに聞いてみました。
アニメーションならではの視覚的な表現で、被害実態を伝えたい
痴漢抑止のためのアニメーション動画を作ろうと考えた理由について、松永さんはこう語ります。「痴漢被害についてはセンシティブな問題なので、言葉だけで伝えるのは難しいです。動画なら、言葉よりも具体的な表現で、多くの情報を伝えられます」(以下、松永さん)
また、近年学生たちがYouTubeなどのメディアに親しんでいることも、動画を作る決め手となったといいます。
120秒〜140秒程度のアニメーションには、警察発表などをもとにした痴漢被害の実態と、被害に遭わないための方法や、痴漢に遭った時の対処方法などが盛り込まれる予定とのこと。
アニメーションでそういったことを伝えようと思ったのは、痴漢による子どもへの被害が充分に問題視されていないだと松永さんは言います。
「文部科学省は児童・生徒の安全を守るための情報を発信するために『文部科学省×学校安全』というサイトを公開しており、そこでは交通事故を防ぐための自転車通学のマナーや、小学生の児童の下校中の防犯については取り上げられていますが、痴漢への注意喚起はないのです」
また、痴漢抑止バッジのデザインの審査の協力を学校から得る中で、痴漢被害の実態にあった防犯教育が行われてないことを実感したできごとも。
「2018年に大阪府立高等学校生徒指導連盟の協力で、府立高校の生徒指導教諭にアンケート調査を行いました。多くの生徒指導の先生が男性だからかもしれませんが、電車内の痴漢や強制わいせつの被害の実態は知られていませんでした。そして、女子生徒への防犯教育として行われていたのは短いスカートをはいてる生徒への指導。確かに短いスカートは盗撮の危険性があるのですが、電車内の痴漢は正しく制服を着ていても遭う。むしろ、『大人に逆らわない従順な子ども』として標的になってしまうことすらあるのです」
痴漢の実態が知られておらず、対策が不充分なのは全国的な問題ではと危機感を持つようになり、松永さんはアニメーション動画制作を決意しました。
被害抑止には早めの意思表示を
動画が主に対象とするのは中高生。被害に遭うのは女子がほとんどという理由と、被害者にも加害者にもならないために性別問わず見てもらいたいとのこと。電車内痴漢が起きやすい時間帯や場所などの被害実態とともに、自分の体は誰にも侵されてはならない自分自身の大切なものだということ、意図的にさわってくる人がいたら「嫌だ」という権利や、誰か信頼できる大人に被害を報告し相談して守ってもらう権利があるといった子どもたちへのメッセージが盛り込まれます。
「痴漢は偶然のふりをして体に触ってきます。だから、なるべく早い段階で体をねじったり、振り払ったり、『手があたってます。どけてください』と意思表示をするなどして、行動がエスカレートするのを防ぎます。動画を見て、知らない大人から嫌なことをされた時にも、自分の意志で言葉や態度で嫌だと示せるようになってほしい」
実際には「意図的に触っている」と確信して、すぐに行動に起こすのは難しいもの。それでも「動画では偶然だと思っても2回目以降は意思表示をする、それでも続く場合は信頼できる大人に言うなど、そういった判断をするよう促しています」と、対処法を伝えようとしています。
被害を大人に伝える意味とは
また、松永さんは被害に遭ったことを大人に伝える意義を次のように語ります。
「自分が子どもの頃、子ども同士で痴漢被害について話すことはありました。でも、大人になった今だから思うのですが、ちゃんと大人に伝えてほしい。子どもから被害に遭ったという声がたくさん上がれば、大人が『動かなきゃ』となり、結果的に社会を変えることになる。文科省や生徒指導部が痴漢被害についてよく知らず、効果的に動けていないのは、子どもたちの声が届いていないからだと思います」
ビデオを通して、子どもは自分自身を守る権利も、大人から守ってもらう権利もあるということも伝えていきたいと言います。さて、“信頼できる大人”という言葉は、子どもが問題に巻き込まれた時、よく出てくる言葉ですが、具体的にはどのような大人を指すのでしょうか。
「身近なところでは親やクラスの担任、養護教諭、生徒指導などの学校の先生、それからスクールカウンセラー、鉄道の痴漢対策室などです。もし、その中の大人のひとりに話して、きちんと聞いてもらえなかったとしても、被害に遭った子どもが悪いわけではない、あきらめないでほしいです」
痴漢抑止バッジのデザインコンテストで、デザインの審査を学校にも協力してもらってきたことは、先生が審査に関わる姿を生徒に見せることで、生徒が「この先生は痴漢抑止に共感している」「何かあったら相談しよう」と思えるような信頼関係を作る取り組みでもあったと言います。子どもに相談することを勧めるだけでなく、一緒に考える姿を見せて大人との信頼関係を築くことも痴漢抑止活動のひとつだと考えているそうです。
今年の2月の国交省分科会で電車内の痴漢犯罪対策のひとつとして「痴漢抑止バッジ」が取り上げられるなど、国政でも取り組むべき課題とみなされるようになり、松永さんは手ごたえを感じ始めています。
動画を見ただけで「嫌だ」と言えるのか
動画には自分の体は自分のもの、嫌なことをされたら「嫌だ」という権利がある、など、子どもの自尊感情に関わるメッセージも含まれます。そういった感覚は、子どもが育った環境や教育の中で時間をかけてできてくるものだとも考えられます。
松永さん自身も「動画で伝えても、すぐに理解されることだとは思っていません」とのことなのですが、それでも動画に盛り込む理由について、活動中のエピソードを交えてこう答えました。
「活動を進める中で、高校時代に痴漢被害に遭った女性から聞いた話が印象に残っています。彼女は『嫌なことをされたら嫌だという権利があるのを初めて知った。今の高校生に伝えたい。日本の良い子は大人に逆らわない、従順な子ども。本当は知らない大人に対しても、嫌なことは嫌だといってよいはずなのに』と言っていました。本来だったら幼児の頃に伝えられるべきことを、自分たち大人も、今の高校生たちも全く教えられていない実態があります」
家庭や学校でほとんど伝えられていないメッセージを、せめて動画では伝えたいと考える松永さん。さらに、動画は被害から子どもを守るだけでなく、加害者にさせないためでもあるとのことです。「自分の体は自分のものだと教えることは、自分の体の境界線を教えるでもあり、それは相手の権利を侵さないことにつながると考えています」
クラウドファンディングのリターンのコースは複数用意されていて、第6回痴漢抑止バッジの5個セットがもらえるコースや、グラフィックデザインのデータ・動画ファイルが提供されるコース(ともに改変不可)、動画のエンドロールに名前を載せられるコース、そして痴漢抑止活動の理解促進のための専用キットを盛り込んだ「学校へ痴漢抑止プロジェクト理解促進コース」などがあります。
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